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はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―



 板橋のアパートは横浜にあるんだけど、何故だか板橋の実家も横浜にある。しかも同じ
市内にある大学に通ってるんだから、わざわざ下宿する必要なんて全くない。
 以前なんで下宿なんてしてるんだって聞いた事があるんだけど、
「実家は胡散臭いから嫌なの」
とわけのわからないことを言っていた。
 下宿させてもらって、オマケに車まで貰って、どこの金持ちのボンボンかと思うけど、
(ヒガミなわけじゃない・・・寧ろ呆れてる)板橋の実家を見て思った。


 板橋って、本当の本当にお坊ちゃまだったんだ・・・・・・!


 豪邸と呼んでもいいほどの板橋の実家の前で僕は立ち尽くした。
 お父さんがゼネコンだか建設会社だかの社長さんだとは聞いていたけれど、なんだろう
この絵に描いたような金持ち像は。
 純和風の母屋に、庭師が綺麗に作り上げた庭園には池まであって、あの中には絶対に
錦鯉とかがいるんだ。それで、休日になると和装した親父さんが庭を散歩しながらその
鯉に餌なんてまきながら庭でも眺めてるに違いない。
 うわー、どこの漫画の世界だ、これは。
「どうしたの」
「板橋がどうして変人双子に育ったのかなんとなく分るような気がする・・・・・・」
「何それ。いいから、早く中入って」
「う、うん」
気後れしながらも玄関を入って行くと、中で若い綺麗な女の人が出迎えてくれた。
「母さん、久しぶり」
「あら、カケルも一緒だったの。ワタルも、久しぶりね。お帰り」
「運転手ですから」
「ただいま。久しぶりに帰ってきたけど相変わらずこの家は胡散臭い」
白板橋まで、板橋と同じ事を言う。胡散臭いってどこがだよ。立派な、立派過ぎる豪邸じゃ
ないか。
「失礼な子ねえ・・・・・・まあまあ、鉄平君もいらっしゃい。奥でお母さん達待ってるわよ」
「こんばんは」
え、これ、板橋のお母さん・・・・・・?
 若い!30代後半くらいに見えるけど、流石にそれはないだろう。
 若いというか童顔というか。鼻筋の辺りが板橋達に似てるかな。あ、板橋達が受け継いでる
のか。でもとても親子には見えなかった。
 鉄平はぺこりとお辞儀をして靴を脱ぎはじめる。
「あら、そちらは?」
「あっあの、こじ、小島と・・・・・・」
僕が慌てて挨拶をすると、にゅるっと前に出てきた白板橋が僕の肩を叩いて僕の台詞を
さえぎった。
「母さん、彼ははしま君という。遠慮なくそう呼んでやってくれ」
「ちょ、ちょっと・・・」
「はしま君?ワタルのお友達なの?」
「いや、カケルのだけど、カケルのお友達は俺のお友達」
「あらそう。はしま君もさあどうぞ」
白板橋〜〜〜〜っ。僕の名前を間違って刷り込むなってーの!
「あの、こ、小島です!」
 板橋のお母さんは細かい事には気にしない人間らしい。ニコニコ笑ってさあどうぞ、と
僕まで快く迎え入れてくれる。
 この性格か、板橋が引き継いだのは・・・。






 千葉の三途の川であの体験をした日の遅くに僕達はそのまま家に戻ることにした。板橋の
実家には鉄平の親が待っている。白板橋も今日は実家に一泊していくといって4人揃って
板橋の実家に向かう事になった。
 僕は途中で降ろしてもらおうかと思ったけど、白板橋が旨いもの食わせてくれるから絶対
行った方がいいと言うから、ずるずると付いてきてしまったのだ。
 鉄平の様子はあれから暫くは呆然としていたようだったけど、車に戻ると、まるで憑き物
が落ちたかのようにあどけない顔で笑ったりしていた。
 これが本来の鉄平の姿なんだろう。車を降りるときに鉄平が照れくさそうに僕に
「ありがとう」
と言ってきたあの姿が無性に可愛くて僕の脳裏に焼きついた。
 きっともう大丈夫。僕が見たものが鉄平が見たものと同じかどうかわからないけれど、
鉄平の顔は晴れ晴れしてる。たった一人の親友を本当の意味で失うことにならずに済んだ
のだと、僕は思う。
 あの少年の微笑は鉄平に向けた許しだ。それから、もう後ろを振り返るなっていう励まし
と、探してくれてありがとうという感謝。
 それだけ思ってくれる友達がいて、彼も鉄平も幸せだな。死んでしまった事実に幸せという
言葉は似つかわしくないけど、その友情は幸せだと思う。
 じっくり、ゆっくり癒えればいい。いつか、鉄平も板橋達みたいに彼を懐かしむとき
笑っていられるような気がした。



「じゃあ、はしま君はヒッチハイクで拾われたのかい」
「まあ、いろいろあって・・・」
板橋の実家の座敷に通されると、そこは宴会になっていて、しかもそこにいるおじさん
連中の殆どがすっかり出来上がっていた。
 赤い顔で笑っている一人の男に顔が行く。
(うわっ・・・板橋のDNA発見っ)
どう間違えなくても板橋のお父さんだと一目で分る男が手を振って招き入れてくれた。
 隣には鉄平の父親(板橋のお父さんの弟さんらしい)が並んでいて、ここの男系はみんな
同じような顔をしていて、僕は噴出しそうになった。
板橋は僕の事を「ヒッチハイクで拾ったのがきっかけで仲良くなった人」と紹介した。
間違ってはないけれど、やっぱり後ろめたい気持ちはある。
 親にカミングアウトするのは、並のことじゃない。勘当されて家を出た人だって知ってるし
そこから気まずくなって家庭崩壊したゲイの知り合いもいる。
 大事な息子さんを引きずりこんでごめんなさい、と良心がちくちくする。けれど板橋の
お父さんはそんな僕の気持ちなど知る由もなく、やたらとフレンドリーに接してくれた。
 ・・・・・・社長さんっていうから、もっと威厳のある人だと思ってたけど、どうも白板橋の
性格の方はこの人譲りらしい。
 白板橋と同じような口調で、僕にしゃべりかけてくる。
「さあ、たんとお食べ。足りなかったら、寿司でもうな重でも取ってあげるから」
「ありがとうございます」
机の上に豪勢に並んだ料理はいくら食べても足りなくなる事などありそうもない。僕は
本当に旨いものにありつけてしまった。
 そして、何故だか板橋のお父さんの隣に座らされて僕はお父さんの話し相手になっている。
気さく、フレンドリー、どこのウマの骨とも分らない僕にこれだけ心を開いてくれる社長
って、一体普段はどんな人なんだろう。
「ところではしま君は、いくつなの」
白板橋の間違った刷り込みの所為で、お父さんにまではしま呼ばわりされる僕。お父さん
にも訂正したんだけど、全然聞いちゃいなかった。
「・・・24です」
「若いね、いいんじゃない。仕事は?」
「えっと・・・・・・ちょっと色々あって、今はアルバイトです」
「そうか。じゃあ春までに就職決まらなかったら、うちに来るといい」
「は?」
お父さんは僕にビールを注ぎながらとんでもない事をいった。
「カケルかワタルに後を継がせようと思ってるんだけどね、二人ともうちには入りたくない
って言うから・・・・・・」
「はしま君、甘い言葉に乗ってはいけないよ」
白板橋が首を突っ込んできて、お父さんの台詞をさえぎった。
「何それ・・・?」
「この人はね、はしま君を会社に入れて、はしま君の事を人質にするつもりなの。俺達が
入らないと、はしま君がどうなってもしらないよってね」
「冗談!そ、そんなことないですよねぇ」
振り返ると、お父さんが「バレたか」と言ってビールをあおっていた。
 ちょっと・・・この家、何とかして!!
「父さん、あんまり絡まないでよ」
呆れたように板橋が間に入ってくれて、僕はやっとお父さんから解放された。






実家で一泊していくという白板橋と鉄平を置いて、僕達は家に帰った。
「うち寄ってくでしょ?」
「うん」
僕はそのまま家に帰る気になんてならなくて、板橋の部屋へと向かうことにする。
 やっと気兼ねなく2人きりになれたのだから、もう少しこの安堵感を味わっていたい
気分だ。
 部屋に入ると、当たり前なんだけど出発したときのままだった。
板橋が出掛ける直前まで読んでいた雑誌。僕が洗って伏せておいたマグカップ。積み上げ
過ぎて雪崩の起きた橋の写真も崩れたままだ。
 そう言う一つ一つに安心して僕は溜息が出た。
板橋はポットにお水を入れている。止まっていた部屋の時間が動き出す。
「コーヒーでも飲む?」
「うん。・・・・・・やっぱり家って一番落ち着くね」
「そう言うと、だったら初めから旅行になんて行かなければいいのにって、よくワタルが
言うよ」
「そうなの?」
「あいつ、引きこもりだからな」
板橋はアクティブだけど、白板橋は趣味が机上旅行だからなあ。
 真顔で言ってる白板橋を思い浮かべて僕は笑ってしまった。
インスタントのコーヒーを淹れて板橋がベッドに腰掛けた僕の隣に座る。2人並んでコーヒー
を飲みながら、この旅の話をぽつりぽつり語る。そんな心地いい時間を楽しんだ。
「鉄平、元気になるといいね」
「なるよ。あの子本当に普通の小学生だから。今度会うときがあったら、豹変振りに驚くよ」
「そうだといいけど。・・・・・・それでも、今の小学生ってませてるっていうか、小学生が
色恋問題で悩んでるなんて、思いもよらなかったっていうのが正直なところかな」
「時代が違うんだろ、俺達の時と」
「僕と板橋でもちょっと違うよね。たった3年なのに」
「じいちゃんになってしまえばみんな一緒」
「そうだね」
おじいちゃんになるまで板橋と一緒にいられるかなんてわからないけど、年取っても橋
ばっかり追いかけてる板橋はちょっとおもしろいと思った。できればその隣にいたいもんだ。


「なんだか、随分と長い旅だったね」
飲み掛けのマグカップをローテーブルにおいて僕はベッドに寝そべる。
 スプリングの硬いベッドはそれだけでギシっと音を立てた。
「実際にはそんなに経ってないけどね。気ばっかり使う旅だったから長く感じたのかも」
板橋も僕隣に寝そべると、寝ながら伸びをした。
 珍しく板橋も気を使ってたみたいだしなあ。
「鉄平の所為で三途の川巡ったり、あんたは迷子になるし」
「あ・・・・・・そうだった」
それで僕達は喧嘩したんだったっけ。
「あんなところで迷子になって、鉄平みたいに幽霊になった人探すのはごめんだよ?」
「うん・・・・・・ごめん」
板橋に足を絡ませて、距離を縮めると、板橋の匂いが鼻を掠める。
 いつもの部屋。板橋のベッド。寝心地はそれほどよくないけど、居心地はいい。
帰れる場所があるから、板橋はこうやって橋巡りの旅なんて続けるのかもしれない。
「はあ、疲れた」
「もう懲りた?」
板橋の腕が僕の首の下に回る。板橋の肩の匂いを嗅いで、その肩に自分のおデコを擦り付けた。
動物のマーキングみたいだと板橋に笑われた僕の変な癖。
「全然。・・・・・・どこに行こうとも、僕は付いてくって決めてるから」
「そっか」
「だから、次に旅に出るときも、連れて行ってよ!」
「どうしようかなあ・・・あんた迷子になるし」
「もう、ならないってば!」
ムキになって顔を上げると、板橋が笑って僕を抱きしめた。
「はいはい、本当に三途の川に旅立つ時以外はどこでも一緒に連れてってあげるよ」
「・・・・・・そういう怖い事をさらっと言わないでよね」
板橋はまだ喉の奥でククっと笑っている。
 そうして、一しきり笑った後、板橋はふっと声のトーンを変えて言った。

「俺が三途の川に旅立ったら・・・・・・」
「な、何?」
板橋の腕が僅かに力んだ。暖かい板橋の体温に包まれる。
「先に死んだら、あんたのこと三途の川の前で待ってるよ」
「え?」
驚いて顔を上げると、優しい顔にぶつかる。僕はがらにもなくドキドキしてその言葉を聞いた。
「だからさ、俺が先に死んでも、お棺の中には六文銭は入れないでね」
「六文銭?」
「三途の川の渡し賃。持ってたら渡らされちゃうデショ」
真面目に言ってるようにも聞こえる口調で板橋が言うので僕は黙って続きを聞いた。
「俺が先に死んだら三途の川の前で待っててあげるから、あんたは俺の分の渡し賃も一緒
に持ってきたらいい。それまで、三途の川に架かる橋でも堪能してるからさ」
「板橋、それ本気?」
「あ、本物の三途の川には橋なんて架かってないんだっけ?」
ロマンチックなんだか冗談なんだか分らない板橋のたわごとに、僕は呆れながらも、ちょっと
嬉しくて巻きついた板橋の首に唇を落とす。
 この先の事なんて考える余裕もない。今を生きてるので精一杯だし、こんな不毛な関係が
いつまで続くかなんていう保証もない。
 だけど、板橋のそんな気持ちが嬉しくて、死ぬまで・・・・・・死んでも一緒に旅が出来たら
きっと楽しいだろうなと僕は思わずにはいられない。
「じゃあ、板橋が先に死んだら僕は12文銭持って追いかけるよ」
「うん。そうして」
ぎゅっと首に抱きつくと、背中に回された手が僕を撫でる。耳元で笑ってる声が聞こえる
から、やっぱり今のは板橋の冗談なのかもしれない。
 ロマンチックになんてなりきれなくても、それが板橋らしくて僕はそれだけで満足してしまう。
 安堵感に包まれると、思いつくのはやっぱり次の旅の事だった。僕もそろそろ、板橋の
橋オタクが乗り移ってきたのかも。・・・・・・僕はただの旅マニアになりそうだけど。
「・・・・・・ねえ、次はどこに行くつもり?」
「そうだなあ・・・北海道にでも行ってこようかな。あそこにも面白い橋がたくさんある
らしいから」
「北海道!いきたい!」
ベッドの中の橋談義にいつの間にか僕も便乗している。
「じゃあ冬は大変だから、暖かくなったら行ってみる?」
「僕も連れてってよ!」
「勿論」
板橋の手が僕の頬に触れる。目が合って馬鹿みたいに笑って目を閉じると、板橋の唇が僕
の口をゆっくりと塞いでいった。


 ああ、次はどんな橋に出会えるんだろうな・・・!









2008/04/08

お読みくださりありがとうございました。
またいつか・・・・・・








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