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はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―



「大体さ、こんなに似てるんだから、親戚とか血が繋がってるんじゃないかとか、普通は
そう言うこと考えたりしないの?」

 板橋に指摘された事はご尤もだ。
ホテルの部屋で再会を果たした僕達は、板橋が何故ここにいたのかその謎をすぐ知る事
になった。
「だって、真逆こんなところで板橋の従弟に会うなんて普通思わないじゃないか」
「親戚の結婚式があるんだって言っただろう。親族も集まるさ」
鉄平の名前は板橋鉄平と言って、板橋の父親の弟の子どもに当たるらしい。
「母方の親戚の結婚式になんで父方の親戚まで参加するんだよ」
「うちの家系、複雑だからな。俺らにもよくわかんない。でも繋がってんだよ、鉄平の親
と今度結婚する親戚の親が」
イライラとした声で板橋が答える。
「血が濃くなるとよくないんじゃないの?そういうの関係ないの?」
「まあ、うちの一族は昔からそういう濃い関係が多かったらしい」
・・・・・・だから、板橋みたいな変態双子が生まれちゃったのか。冗談の一つでも言いたいけど
どうも板橋はそんな雰囲気じゃなかった。
「何で板橋はこの部屋が分かったの?」
「下で鉄平の親に会ったんだよ。丁度他の親戚の人とコーヒー飲んでたところを見つけ
られたんだ」
そういえば、ココに来たとき、「山下さんとコーヒー飲んでくる」なんて言ってた。
「あんたさ、恐山でいきなりいなくなって、おまけに電話も繋がらなくなって。探しても
いないから一度ホテルに戻って捜索届けでも出そうかと思ってたんだ。そしたら鉄平の
おばさんに鉄平が不思議な男の子拾ってきたなんて言われて。よくよく話を聞いてみたら
どうもそれがあんたみたいだったから」
全く、いい年して迷子になんてならないでくれよ。板橋は最後にそう付け加えて腕を組んだ。
せっかくの再会も板橋は喜んでいるというより、僕がいなくなった事に怒ってるように
見える。そりゃあ、突然一緒にいた人がいなくなれば大騒ぎにはなるだろうけどさ・・・・・・
「だって、あれは板橋が勝手にいなくなって」
そうだ。そもそもあれは板橋が僕の止めるのを振り切って橋を渡ってしまったから起きた
ことじゃないか。被害者は僕であって板橋はこの原因を作った張本人じゃないか。
「だったら、ワタルがバス停の前にいたんだから、そこで待ってればよかったのに」
板橋の口調が強くなる。顔の表情も見たことないような真剣さがあって、僕はそれに圧倒
されかけた。
「・・・・・・見えなかったんだよ!」
「はあ?」
「僕がバス停に戻ったとき、白板橋の姿が見えなかったの!だから、僕はてっきり2人に
置いてかれたと思ったんだ」
「俺達がそんなことするわけないだろ!」
「だって、白板橋いなかったんだもん。置いてかれたって思うだろ、普通!」
僕が板橋に向かって叫ぶとにょきっと白い方が首を突っ込んできた。白板橋は板橋と違って
相変わらずの表情で僕を見る。
「ねえ、はしま君?白板橋って何?それ俺のこと?」
「あっ」
しまった。心の中でこっそり呼んでた名前、出しちゃった。
「俺、そんなに白いかなあ。陽には当たってないし、カケルよりは白いかもしれないけど
もうちょっといい名前にしてくれたらいいのに。なあカケル」
「どーでもいいよ」
「これがどうでもいいものか!よく考えてみたまえ。カケルは板橋で俺だけ白板橋なんて
不平等じゃないか。カケルが黒板橋とでも呼ばれていれば話は別だが」
白いの、空気を読んでよ。って言ってもこの双子には空気を変える力はあっても空気を読む
能力なんて備わってなくても平気なんだろう。流石の僕もイラっとする。
「あー、ワタルうるさい。ちょっと黙ってろって」
「カケルは酷いこというなあ。ねえ、はしま君」
ニコニコ顔の白い板橋と、むっつり顔の黒い板橋。僕にはそれが天使と悪魔にも見えた。
無論天使だからと言ってもこんな天使はお断りだけど。
「とにかくあんたもこれ以上勝手に行動しないでよ。こんなところで警察沙汰は勘弁して。
俺は静かに橋見に来ただけなんだから」

プチン――――。

ああ、結局そうだ。何かってあれば、橋、橋。
「板橋は僕の心配より橋のことばっかり!」
珍しく感情が溢れ出して、気がついたら板橋を睨んでいた。
「橋を見るためにわざわざ青森まで来たことくらいあんただって知ってるだろ?」
何を今更、と付け加える板橋も僕を見下ろして怒っていた。
「そうだよね、僕はただのおまけで、お荷物で板橋の邪魔ばっかりで!」
「別にそんなこと言ってないだろ」
「だけど、どこに行こうと板橋は橋のことばっかり。僕が邪魔なら初めから僕の事なんて
連れて来なければいいじゃない!」
ああ、もう最悪。せっかく再会できたって言うのになんでいきなりけんか腰で話してるんだよ。
僕達は暫く睨みあっていた。
 僕達の沈黙はそのまま部屋の沈黙になる。誰もその場から動けないような重力の中で、
一人軽やかに無重力を楽しんでいたのはやっぱり白板橋だった。
「なんだ、君達はせっかくの再会を楽しむんじゃないのか。わからん子達だな。それよりも
見てごらん、鉄平が驚いてるじゃないか。うん、子どもの前で喧嘩はよくないぞ。さあ
続きをするなら部屋に帰ろう」
振り返ると鉄平が呆然として僕らを眺めていた。
 これが、さっきまで心配して心が潰れそうになっていた相手なんて・・・・・・鉄平には信じ
られないだろうな。
 自然とこぼれる溜息に疲れが出る。
「鉄平君、迷惑かけてごめん。充電器ありがとう。お父さんにも伝えておいて」
「・・・・・・うん」
鉄平は無表情のまま呟いた。
「行こう」
板橋も組んだ腕を外して歩き出す。
「じゃあな、鉄平」
僕達は鉄平の部屋に気まずさという迷惑な置き土産を置いて部屋を出た。





 ホテルの部屋はツインが2部屋取ってあった。当然白板橋は一人で使うだろうし、この場合
僕と板橋が同じ部屋になるのは当たり前なんだろう。
 多分、僕だって数時間前までなら当たり前にそう使っていただろうけど、今は到底そんな
気分にはなれなかった。
 せっかく再会した恋人同士なのに・・・・・・。
甘い気分なんてものはどこにもなくて、(そもそも僕と板橋の間にそんな気分な時など
皆無に等しいわけだが)板橋の身勝手な怒りと僕の無様なあがきで、部屋の前の僕らの
空気は吹雪いていた。
「805と806。はしま君、どちらか好きな方を選びたまえ!」
白板橋がカードキーを人差し指と中指に挟んで僕の前に差し出す。
「どっちでもいいよ・・・・・・あの、さ・・・」
「何?」
「僕・・・・・・部屋、一人にさせてくれない?」
殺人のような視線で僕は睨まれた。白板橋も驚いた顔で僕を見下ろす。
「はしま君?」
この状態で同じ部屋になんて息が詰まってしまうよ。せめてもう少し時間おいてから話
あわせて欲しい。怒りでぶつかれば余計なものまで巻き込んでしまう。
 冷静になれば板橋の怒りの本質も見えるかもしれないし。
なのに板橋は僕を白けた目で見下ろしたまま
「好きにすれば」
冷たい声でそう呟いた。そして白板橋の指からカードキーを一枚抜き取ると、さっさと
部屋に入ってしまったのだ。
 あっけに取られる僕と、曖昧な笑みを浮かべている白板橋を残して。
「あ・・・・・・」
「まあ、そのうち、機嫌もよくなるさ。じゃあまた後でね」
い、板橋のバカ野郎!!





 夕食は鉄平の親やらその他の親族と一緒に取る事になった。僕なんて全く関係ない他人
の上、迷子になってケータイの充電器まで借りた所為でものすごく肩身の狭い思いをする
はめになった。
 一番隅の席で黙々と食べ続ける僕を板橋は殆ど無視してたし、白板橋は他の親族に引っ
張り回されてたし、鉄平が時々こちらを見ては言葉を飲み込んでいたようだった。
 最悪・・・・・・。



 部屋に戻ってからは本当にひとりぼっちになった。板橋がこっちに来る気配もなければ
電話もならないし。
 一人にしてと言ったのは僕だけど、怒ってないで迎えに来いよ!バカ板橋!


暫くベッドで不貞寝してると、部屋のドアを叩く音がした。
「板橋・・・かな」
僅かな期待を胸にドアを開ければ、そこにいたのは板橋でも白くなったのでもなく、ミニ
チュアの板橋―――鉄平だった。
「鉄平君・・・」
「一人?」
「・・・うん」
「中入ってもいい?」
「うん。どうぞ」
小さな板橋を招き入れる。こうやって改めて見れば鉄平はそれほど板橋とは似ていない
ことに気づく。
 板橋の隣に同じDNAを持った人間がもう一人いるのだから、鉄平と板橋の差はますます
はっきりと浮き出る。
 鉄平が板橋とそっくりに見えていたのは、離れ離れになっていた不安の所為だ。会え
なくて余計に板橋の面影を重ねてしまってたんだろう。
 ツインのベッドにそれぞれ腰掛けて、僕らは向かい合った。
「何か飲む?」
「・・・別にいい」
「そう。何か用だった?」
「・・・・・・」
鉄平は言いにくそうにもぞもぞしている。
「いいよ、気にせず言って」
「あんたの探してた人、カケル兄ちゃんだったの?」
「・・・・・・うん。そう。鉄平君の従兄だったなんて、もっと早く分かっていれば連絡手段とか
他にもあっただろうにね」
他人のそら似がこんなに似てるわけないよね。そういう頭の回転の悪さに自分でもちょっと
嫌気が差す。板橋もそりゃ怒るよなあって気分にもなった。
 でも、やっぱりあの態度はどうなんだろう。
「せっかく会えたんだから、あんな風に怒らなくてもいいのに」
つい零れてしまう愚痴に鉄平が小さな声でフォローした。
「・・・・・・心配してたからじゃないの」
心配?僕を・・・・・・?
「それはないよ。板橋っていつも橋のことしか頭にないから」
本当に橋のことしか頭にないんだ。橋を前にしたときの板橋なんて視界からも脳みその中
からもきれいさっぱり僕の事なんて消えてるから。
 吐いた溜息に鉄平が「はやく仲直りすれば?」なんて大人ぶって言った。
「板橋が怒ってる理由を納得するように言ってくれたらね・・・・・・」
鉄平が僕の台詞を聞いて顔を上げた。それから僕を見つめると悲しそうに顔を歪めて、そして
再び俯いた。
「鉄平君?」
「クラスに・・・・・・」
「うん?」
「クラスにすげえ仲いい友達がいたんだ」
鉄平は膝の上の拳を握る。
「一緒にゲームしたり、遊んだり、秘密基地作ったり・・・・・・あいつのことなら何でも知ってる
くらい仲良かった」
「うん」
「・・・・・・だけど、この前、喧嘩しちゃって」
「なんで喧嘩になっちゃったの?」
「友達の間で好きな子の話になったとき、あいつだけ絶対誰にも言えないって言ったんだ。
俺はちゃんと言ったのに。・・・・・・それで、後であいつと2人になったときにもう一度聞いた。
そしたら、お前だけには絶対言わないって・・・・・・それで喧嘩になった」
喧嘩の原因なんて些細なものだ。僕と板橋みたいに。それにしても、お前だけには絶対
言わない、か。仲がよすぎて言えない事もあるんだろうな。好きな子が被ってたり、好きな
子がその本人だったり。まあ後者の確率は低いだろうけど。
「仲直りできたの?」
その質問に鉄平はプルプルと肩を震わせた。
「3日くらいしゃべらなかった。学校で顔合わせても無視してたし。・・・・・・4日くらいして
学校帰りにあいつが、ちゃんと話すからいつもの場所で待ってろって」
「いつもの場所?」
「秘密基地・・・みたいなもん。うちの近くの空き地にあるんだ。だから、俺は家に帰って
からカバン置いて直ぐにそこに行った。それでずっと待ってた・・・・・・」
ずっと待ってたって・・・・・・。もしかして・・・・・・。
 鉄平の今までの行動とこの話が急激に接近する。
「暗くなるまで待ってた。ずっと待ってたのに、あいつ来なかった。それで、家に帰ったら
母さんが・・・・・・あいつ交通事故に遭ったって教えてくれて・・・・・・」
ああ・・・・・・。
 何時でも会える、明日も会える、そう思ってる人が急にいなくなったんだ・・・・・・。
小学生にしたらなんて過酷な経験なんだろう。
「・・・・・・俺、あいつにゴメンもさよならも言ってない」
ポタリ、鉄平の握った拳の上に雫が落ちる。
 鉄平は三途の川で死んだ友達を待っていたんだろう。その一言が言いたくて。本当に
神にも縋る想いで。
「・・・・・・」
僕が掛けられる言葉なんて本当に何一つない。鉄平は拳を緩めて、両腕で顔を拭った。
鼻をすすると顔をあげて、鼻づまりの声で僕に言う。
「だから・・・・・・あんたも早く仲直りしたほうがいいよ」
鉄平はそれだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。


 残された僕には何を考えていいのか分からない苦しい空気がまとわりついて、鉄平と板橋
の顔がスパイラルで頭を駆けて行く。
 同列にされたくないのに、最悪な結果の後の最悪な結末を知ってる鉄平に僕の心も引き
摺られて、どっと疲れが出る。
 このまま喧嘩して別れて、そのまま一生会えなくなるなんてことは、仲直りして元通り
に戻る確率より遥かに低いはずだ。
 普通はそんなこと考えない。だってありえない。明日には機嫌直して笑ってる、そうに
決まってるんだ。
 そう思えば思うほど、不安も大きくなる。
ああ、もう最悪。
 僕はそのままベッドの潜り込むと、鉄平も板橋も頭の中から追い出すように眠りに就い
たのだった。



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