なかったことにしてください  memo  work  clap




宝田歩に関する情報


証言1:野球部1年A君

――タカラ先輩ですか?すっげー、カッコイイです。マウンドでバッター相手に三振取って
いく姿なんて、感動で震え上がりますよ。
あのキレキレスライダー見たら、バッター涙目になりますもん。あんな球、絶対打てないって。
それに、気迫からいって負けてます。凄いオーラ出してますよ!
お前らに俺の球が打てるのか?って挑発してるくらい。
あの人が味方で本当によかった。タカラ先輩がマウンドにいたら負ける気しないです。
存在自体が最高ですよ!俺、野球部入ってよかった〜。


証言2:クラスメイトS君

――宝田?え?誰だっけそれ。・・・・・・お前知ってる?・・・・・・ああ、あのちょっとちびっ子くて
ひょろっとしてるヤツね。・・・・・・え?あいつ野球部なの?ピッチャー?・・・・・・知らなかった。
お前、知ってた?・・・だよな、知らないよな。暗くはないけど、普通・・・?別に目立つヤツ
じゃないし、クラスにいても、いるんだかいないんだかわかんないヤツっているじゃん。
そう言うタイプだと思うけど。・・・・・・でも、そういうヤツってしゃべってみると案外面白い
ヤツだったりするんだよな。宝田が面白いかどうかはしらないけどね。



 宝田歩は困惑していた。目の前に立った女の子が、さっきから怒ったり泣きそうになったり
しているからだ。
「あのさ・・・・・・」
宥めるように歩は目の前の女子生徒に声をかけるが、彼女はキッとした目付きで睨み返すと
再び歩むに向かって吼えた。
「私は、あのピッチャーを呼び出したのよ!なんであんたなんかが来るのよ」
「そう言われても・・・」
「あなた、あのピッチャーの何?・・・・・・もしかして、双子の兄とかなの?!弟がモテる
からって、弟の振りして現れて私を騙そうとしても無駄よ!」
歩は手の中にあるメモを軽く握りつぶした。
 鞄の中に入っていたそれを目にしたときは、既にこんな展開になるような気がしていた
のだが、案の定というかそれ以上に今日のダメージは強い。
「双子とか、弟の振りとかって・・・・・・どっかの漫画じゃないんだから・・・。俺は正真正銘
宝田歩で、双子もいないし、普段から野球部のピッチャーだけど・・・・・・」
「嘘だ!・・・・・・嘘よ!」
「嘘って言われても・・・・・・。俺がピッチャーなのは確かだよ。君が惚れて、こうやって呼び
出して告白しようとしてるのが、誰なのかはわかんないけど・・・・・・」
手の中のメモ書きが重い。
 それは歩が放課後、掃除当番から帰ってきたときに、歩の鞄の上に置かれていたものだった。
周りに悟られないように、それを見ると、中は女の子の独特の字で歩に対する思いが綴ら
れていたのだ。

『――この前の練習試合で、初めて見たよ。かっこよかった。ファンになってしまいました。
・・・・・・お話したいので、放課後、新校舎の3階の踊り場で待ってます。来るまで待ってます』

騙されてるような気もしたが、こんなのを見て行かないわけにはいかず、歩は部活が始まって
しまう前に、急いで指定された場所に駆けつけたのだ。
 そこに彼女はいた。
このメモ書きは歩を騙すためのものでもなかった。
だけど彼女は歩を一目見た瞬間に怒り始めたのだ。
「じゃあ、私が見たあのエースは誰なのよ!」
「さあ」
「先週の練習試合で、ピッチャーやったの、誰!?あなた以外にいるんでしょ?私、その人
と間違えて、あんたのこと呼び出しちゃったんだわ!」
「この前の練習試合だったら、ずっと俺が投げてたけど」
頭を掻きながら彼女を見つめると、彼女は殆ど泣きそうな声で叫んだ。
「嘘よ!だって、あそこで投げてた人、もっとかっこよかったもん。あんたみたいに、
ダサくなかったし、もっさくなかった!」
「もっさくないって・・・・・・」
呼び出されといて、なんでこんな事を言われなきゃならないんだろう。初対面の女の子に
いきなりダメ出しされて、流石の歩も段々虚しくなってくる。
 他人からそういう評価を与えられてる事は、歩自身なんとなくは知っているつもりだ。大体
親の口癖から言って
「歩は、昔からマウンド以外ではオーラ0だもん。どうしてこんな子になっちゃったのかしら」
なのだから、今更どうしようもない。
 マウンド上では頼れるエースピッチャーの肩書きも、一度マウンドを降りれば、補欠部員
並の存在感しかなくなってしまうのだ。
 元々目立ちたいという欲が他人よりも低いし、ただ野球が出来ればいい、ただピッチャーが
やれればいいという単純野球馬鹿少年の歩にとって、マウンドを降りた後の周りの評価など
全くの無意味なのだ。
 だから、時々マウンド上の歩を見て惚れた女子から告白される事はあるのだが、大抵は
素の歩を見てがっかりして帰っていくというパターンがお決まりなのだ。
 ただ、今みたいに呼び出されておいて、オーラのなさにがっかりされた挙句、逆切れされた
経験は歩にとっても初めてだ。
「じゃあ何?このあたしが、あんたを見間違えたって言うの?それとも、あんたに惚れた
とでも言いたいの!?」
「・・・・・・そうじゃないの?」
「なんですって!?」
困ったなあ。どうやってこの場から逃げよう。部活始まっちゃうのに。
歩の心の中は既に逃げ腰になっていて、隙あらば階段をダッシュで駆け下りることばかり
考えている。
 彼女の文句は素通りで、歩の左の耳から右の耳へと通り抜けた。
「ねえ、ちょっと聞いてるの!?」
彼女が歩に突っかかろうとしたその時、階段の上の方から声が聞こえた。
「・・・・・・歩?」
歩と女子生徒が同じタイミングで上を振り仰ぐ。
「颯太!」
「三須君!?」
階段の上から2人を見下ろしていたのは三須颯太(みすそうた)。歩と同じく野球部員で
あり、歩と中学時代からバッテリーを組む歩の女房役だ。
「何してんだ?」
「颯太こそ、何してんの」
逆に歩に突っ込まれて、颯太は廊下の奥を指差した。
「生物室の掃除当番・・・生物室まで怒鳴り声聞こえてきたけど・・・?」
「・・・・・・うん、ちょっと」
「部活遅れるぜ?」
「うん。わかってる」
颯太は女子生徒の方にも目をやる。
「あれ?吉田さん?」
どうやら歩を呼び出した女子生徒は吉田という名で、颯太とは顔見知りらしい。
「・・・・・・ねえ、三須君って野球部だったよね!?」
「そうだけど」
「だったら、教えて!いつも投げてるピッチャーってこの人なの!?」
この人呼ばわりされ、挙句指までさされた。とても自分に惚れてる人のやる行動には見えない
けれど、彼女は歩に惚れているというよりもマウンドで見た歩の幻みたいなものに惚れて
いるのだから、それも仕方ないだろう。
 怒りの収まらない彼女を見て、颯太はピンときたらしい。一瞬ニヤっとした顔を歩に向け
ると、吉田に言った。
「そうだよ。俺と中学時代からバッテリー組んでるの、コイツだけだし。性格は暗くて
世界一目立たないピッチャーだけどね。あはは、真逆、吉田さんコイツに惚れちゃったの?」
颯太に小馬鹿にされて、吉田の顔は一層赤くなる。むっとした顔で歩を振り返ると
「冗談!」
一言言い放つ。
そうして、彼女はそのまま、怒って階段を駆け下りていった。

「颯太!」
残された歩の非難交じりの声に、颯太は悠々と階段を下りてきながらニヤリと笑う。
「なんだよ、歩が困ってそうだったから、助けてあげたのに」
「もしかして、最初から聞いてたの!?」
「だから、生物室まで、まる聞こえだって言っただろ」
「・・・・・・だったらもっと早く助けてよ」
歩が恨みがましい顔で颯太を見上げると、颯太はニシシと笑って歩の頭をグリグリ撫でた。
「修行、修行。これも修行のうちだ。さっさと部活行こうぜ」
颯太は名前のごとく、階段を爽快に下りていく。180の巨体が軽やかに階段を舞い降りて
行く姿を歩も必死に追った。





「ぶはははっ!!・・・・・・で、タカラは告白される予定の相手に、告白される前に振られた
のか!」
部室で腹を抱えて笑っているのは3年の湧井大和(わくいやまと)だ。
 部活が終わり、どろどろになったジャージを脱ぎ捨てて、湧井は颯太から聞かされた数時間
前の出来事を大袈裟に笑っている。
「・・・・・・そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー」
豪快に頭から水を被って汗を洗い流した歩は、バスタオルで頭をガシガシ拭きながら、
口の悪い先輩を恨みがましく見る。
「お前、本当にマウンド以外ではオーラないからなあ」
「そうそう、去年の夏の予選だって、あんな仕打ちされるし」
3年の部員がその台詞を口にすると周りの2、3年部員が一斉に笑い出した。
大笑いをする部員の中で取り残された1年は皆きょとんとしている。
「なんですかそれ?」
山下陽斗は湧井に向かって首をかしげた。
「・・・・・・あれ、この話1年にしてなかったんだっけ」
「ああ、もういいですって、そんな話しなくても!」
歩の制止をあっさりと却下して湧井は続けた。
「去年の夏の地方予選、結構イイトコまでいったんだよ」
「知ってますよ。見てましたから。ベスト4だったじゃないですか」
忘れもしない、初めて歩のピッチングを見て、陽斗が一目惚れしたのだから。
「結局、準決で負けちゃったんだけどな。・・・・・・その負けた試合の球場がさ、ここからだと
遠かったから、珍しく学校がバスをチャーターしてくれたんだよ」
「アレには驚いたよな。こんな貧乏そうな公立高校なのに」
「もしかしたら甲子園いけるかも、なんて甘い考えがどっかにあったんじゃない?」
「まあ、にわかに浮き足立ってたよな、周りは」
3年が懐かしそうに去年を思い出す。湧井はその思い出をぶった切って話を続けた。
「でも、そのバスが問題だったんだよ」
「問題?」
「マイクロだったから、乗れるのは先生とスタメン。補欠組とマネージャーは実費だった
んだよ。自力で球場まで行かないといけないの」
「まあ、しょうがないですよね」
「そう。しょうがないの。で、準決勝で負けて、皆どんよりしてバスに乗り込んで、暗い
気持ちで帰ろうとしてたら、バスの運ちゃんが、思いもかけないサプライズしてくれちゃって」
「サプライズ?」
「そう。バスに乗り込むとき、1人1人に差し入れのドリンク手渡しながら、あの試合で、そいつ
のよかったところ褒めてくれたの。3回のゲッツーが最高だったとか、5回の2ベースはいい
当たりだったとかな」
「よく見てる運転手ですね」
「うちの高校のOBらしくて、応援してくれてたらしいんだ」
「それで?」
「そう。そこからが笑い話」
湧井は歩をちらっと見ると大袈裟に手振りを加えて言った。
「最後に、最高に落ち込んでタカラが乗り込んでくると、運ちゃんがさ一瞬きょとんとして
止まってさ『あ、マネジャーの子は乗れないから、悪いけど自分で帰ってな!』って」
一瞬しん、となった後で今度はその場にいた1年も笑い出す。
「あんだけ、みんなのことよく見てる運ちゃんがだぜ?力投したエースの顔みてマネジャー
はないよな」
「宝田はオーラがなさすぎなんだよ」
「ミーティングでも直ぐ群集に埋もれるし」
「クラスでもそうですよ」
「でも、あの運ちゃんの驚異的なボケで、なんか一気に吹っ切れたっていうか、負けた悔しさ
なんて吹き飛んじゃったよな」
「帰りのバスの中でも俺達普通に笑ってたもんな」
散々ネタにされて笑われても、歩は困った笑いを浮かべているだけだ。
「そんなこと言われても、オーラってどうやって出せばいいのか・・・」
「そのオーラを出したり引っ込めたりできる宝田の方がよっぽど凄いと思うけどな」
笑われてる歩に、隣で着替えを済ませた颯太が横からいきなり抱きつく。
「気にすんなって。俺はお前の球がどんだけ凄いか分ってるから。な?俺が分ってれば
別にいいだろ?」
「・・・・・・颯太〜、お前見かけによらず、時々イイヤツだよなー」
歩も芝居がかった口調で180の巨体に抱きついた。
「汗臭い青春だな」
「もさい、止めろー」
3年の冗談と野次に颯太が調子に乗って、歩を益々強く抱きしめる。
「俺達の愛は不滅だ」
「苦しい・・・うぐっ」
言ってる事は冗談なのだろうが、その抱きしめた腕にどうにも我慢できないのが、それを
湧井の隣で見ている陽斗だ。
 陽斗の奥歯がギリギリとなるのを湧井は苦笑いで見る。
「颯太先輩、アユ先輩苦しそうですよー」
牽制の意味を込めてさりげなく颯太に発言すると、颯太はその陽斗を横目で見ながら、ニヤリ
と笑ったのだ。
「!?」
陽斗が瞬間湯沸かし器になって、歩の元に駆け寄っていく。
「アユ先輩!俺も分ってますから!アユ先輩の事愛してますから〜!」
歩の半分を奪うように、陽斗も歩に飛びつきながら叫ぶ。
 そこで部員の笑いがまた大きくなった。
「暑苦しいぞ、お前ら」
「うわー、愛の三角関係だ」
「きもいって」
当人達の気持ちを知らない周りの人間は暢気に笑っている。
「お前らなあ・・・」
湧井の失笑は誰にも届くことはなく、この危うい均衡は未だ保たれたままだ。
「・・・・・・苦しい!陽斗、お前、汗臭い!離れろって!」


歩には陽斗の気持ちも、ましてや颯太の気持ちも知る由もなく、ただこのコントのような
毎日の戯れに流されて、もみくちゃにされまくっている。
 この関係が崩れたとき、こいつらはどうなるんだろう。部活内の三角関係なんて、面白すぎ
じゃないかと、興味本位で湧井は思う。
 でも、この関係が拗れたとき、今年こそは、と思い描いている甲子園の切符が儚く消えて
しまう気がして、もう少し今のままでいて欲しいとも願ってしまう。
 けれど、興味と不安が交錯する湧井の思いなど関係なく時は非常で、確実にその時は
やってくる。

豊山南高校野球部にとって大きなターニングポイントとなるT高との練習試合まであと2週間
に迫っていた。



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