なかったことにしてください  memo  work  clap




ワクイ オレノコト スキダロ・・・・・・?



 初めて黒田とまともにしゃべったとき思ったことは、黒田は宇宙人だってことだ。今から
もう5年以上前の話で、湧井も黒田もまだ中学1年だっだ。
「黒田野球部入る?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ、野球部でもよろしく!」
「ああ」
「・・・・・・黒田は相変わらず暗いなあ。もっと明るくなったほうがいいよ」
「じゃあ、湧井が俺の分まで明るくなってくれればいい」
そう言って、黒田は眉を顰めたのだ。
湧井は
「黒田って変なヤツ」
と思わず口に出して言っていた。


 小学校時代、リトルリーグに所属していた湧井はそこで黒田と知り合った。けれど、当時
から性格の正反対だった黒田とは、殆どしゃべる事はなかったのだ。
 湧井は同じチームに所属していた海野瑞樹と話していた記憶の方がまだある。
黒田と一緒に行動することが多くなったのは単純で、同じクラスで野球部に入部したのが
黒田しかいなかったからだった。
 けれど、黒田の性格はいつまで経っても湧井には理解できず、湧井は何故自分が黒田の
隣にいるのか不思議でしかたなかった。
 クラスの中にいるときは、湧井には他の友達がたくさんいたし、その友達としゃべっている
ことの方が多かったのに、野球の話だけは必ず黒田とした。
 応援してるプロ野球のチームの話、部活の話、スイングの事、守備の事、野球に関する
ありとあらゆる事は黒田と話した。
 野球でしか黒田と繋がってなかったといえばそうなのかもしれないけれど、湧井は黒田
と野球の話をするのが好きだったのだ。
 クラスメイトに話しても分ってもらえないマニアックな話。贔屓のプロ野球チームが勝った
次の日など、その興奮を伝えてもクラスメイトは素通りだった。でも黒田は違った。湧井
の興奮を吸収して、そして頷いてくれる。
 それだけで湧井は嬉しくて仕方なかった。
2人だけにしか分かり合えない話が増えると、自然と距離も縮まって、結果湧井は黒田と
行動を共にするようになった。
 黒田の事を別の意味で意識するようになったのは、黒田がレギュラーになってからだった。
セカンドのポジションになった黒田と二遊間の連携コンビを多くするようになって、自分
と黒田の野球に対するセンスがよく似ている事を改めて知ると、湧井は益々黒田を信頼する
ようになった。
 熱い絆、抜群の相性、そんな言葉で自分も周りのメンバーも2人を認識するようになって
湧井達はセットで扱われる事が多くなった。そんな中で、黒田は一段と成長していった。
 3年になると、ぐっと背が伸びて、日ごろの筋トレのおかげで肩や腰周りに堅い筋肉が
付き始め、黒田の体格は見惚れるほどだった。



 決定的だったのは3年に上がって直ぐの練習試合のときだった。
 練習試合の時、湧井はいつもベンチで黒田の隣に座る。別にそれに大きな意味はない。
ただ、そうするのが当たり前だったし、周りもそれを不自然には思っていなかった。
何回の攻撃の時かは覚えていないけれど、味方チームの打者がファール打った。ファール
ボールは湧井達のベンチに向かって飛んでくる。
 湧井は瞬間反応が遅れて、顔を上げたときは、白球は目の前に迫っていた。
「湧井よけろ!」
監督が怒鳴った。
 その瞬間、身体が左に大きく引っ張られて湧井は体勢を崩した。ボールは湧井のいた場所を
突き抜けて、後ろのフェンスに直撃する。
 湧井の目の前は白いユニフォームで覆われていた。それを伝って上を見上げると、黒田の
顔がある。
 肩の周りに熱いものを感じてそれが黒田の腕だと認識した。
黒田はボールを避け切れないと判断して湧井を自分の方に抱き寄せたのだ。
湧井の身体の体温が一気に上がった。
 なんなんだ、コレは・・・・・・。
チクリと胸の辺りが変な痛みを覚える。見上げた黒田の男らしさに湧井は自分でも信じ
られない感情を持った。
 黒田ってカッコイイなあ。
一瞬だったのか、数秒その体勢が続いていたのか、湧井はそのときの時間感覚が全く無い。
「大丈夫か?」
黒田の声に我に返る。
「悪りィ・・・」
湧井は押しのけるように、黒田の胸から離れた。
 他人に身体をあんなふうに抱き寄せられる経験などしたこと無い。ましてや自分よりも
体格のいい男に。
 ドクドクと弾む鼓動の意味を湧井はどうしていいのか迷った。
気のせいにして片付けられるほど、薄ぼんやりとした感情じゃない。一緒にいる時間が
長い所為か、思い起こせば「一緒にいる」ことの理由が全て片付いてしまう。


黒田が好きだから・・・・・・


ありえないだろ。
 悶々とした日々は続いて、何度も否定した。
黒田は尊敬できる。野球も上手くなったし、信頼も出来る。黒田以外のセカンドなんて
組みたくない。野球に関しては文句はない。
 それに自分から見ても、黒田はカッコイイ。身長も高いし、体格もいい。顔は目立ちはしない
けれどいい顔をしてると思う。
 それに自分と違って頭もいい。密かに女子の間で騒がれているのも知ってる。
「だけど、俺が好きになるっておかしいだろ!」
自分への突っ込みは虚しかった。
 目で追う。しゃべると嬉しくなる。肩が当たると体温が上がる。
どこの少女マンガだそれは。
意識し始めると、黒田との連係プレイにも僅かな綻びが見え始める。ボールをパスする
瞬間に躊躇ったり、黒田の顔を見て動きが止まったり。野球馬鹿一直線の湧井が始めて感じた
挫折はこんなところからだった。
「最近息があって無いぞ」
周りに言われるまでにその綻びが見え始めると、湧井はついに観念してその感情を受け入れた。
俺は黒田が好きだ。
 心の中で開き直ってしまえば後は簡単だった。ひたすら隠すだけ。
そうやって、湧井は黒田との超中学生級の二遊間を築いていったのだ。







「なんで黒田は、俺がお前の事好きなの知ってるんだ!?」
出掛かった台詞は喉元ギリギリで押さえ込んだ。切り抜けろ。こんな事で自分の気持ちを
見破られるわけには行かない。
 絶対に最後まで守り抜いて、黒田の気持ちは捨てていくんだ。
「好きって・・・!お、お前、何言ってんの!?頭大丈夫か?」
流れていた涙は驚きですっかり引っ込んでしまった。黒田の掌は湧井の頬を何度も撫でる。
 その感触に蕩けて流されそうになって、湧井は首を振った。
「止めろって・・・」
「素直になれば?」
「!?」
湧井は黒田の手を払いのけた。
「だ、大体。お前のその発想、どっから来るんだよ。俺がお前の事好き?!なんでそんな
アホな考えが浮かぶんだ!お前おかしいよ!」
顔を真っ赤にしながら湧井は否定を始める。野球の戦略を練るときの冷静さと緻密さを持ち
備えた脳は吹っ飛んでいる。
 ゲームを組み立てるように展開を予想して、順を追って否定していけばピンチは乗り切れる
はずだ。野球の試合はそうやって何度もシュミレートしたじゃないか。
 なのに今の湧井にはそれが出来ない。喚いて動揺して否定して、これじゃ、お前の事好き
だって言ってる様なものだ。
「でも、好きだろ?だって・・・」
湧井は大袈裟なジェスチャーで黒田の言葉をさえぎった。
「んなこと、あるか!俺がいつそんな素振り見せた?黒田、自意識過剰か?それとも、被害
妄想か!?お、俺がお前の事好きなんて証拠、どこにあるんだよ!」
まくし立てて言うと、黒田の手が止まる。
 そして、黒田は困った風に口に手をやった。
「・・・・・・坂井に言われたんだ」
「何を!?」
「K高との試合が終わって、坂井が俺に話しかけてきた」

『湧井はなんでお前みたいなセカンドと組んでるんだ?何か理由があるのか!俺と組めば
甲子園だって勝てるのに。俺と黒田の実力なんて歴然だろ。・・・・・・そう言ってやったら、
湧井のヤツ、俺より黒田の方がいい男だからだって。アホか』

「そう言ってきた」
「だ、だから?そんなの坂井がむかついたから、言っただけで・・・・・・」
「まだある」
「え?」

『湧井は俺がK高に進学するって知るまで、K高希望出してたんだろ?そんなに俺と組みたく
なかったのか?それとも、そんなに黒田と組みたかったのか。・・・・・・多分、お前と組みた
かったんだろうな。こうやって湧井見てると分る気がする。K高の進学蹴って、お前選んだ
湧井、幸せそうな顔してやがる。まるで恋する乙女みたいだ・・・・・・湧井には言うなよ。冗談
でも言ったらアイツ、絶対キレるだろうから』

「・・・・・・!」
「それで確信した。前から薄々は感じてた。例え俺がK高に一緒に進んでも、俺は坂井には
勝てない。上手くやったとしてファーストかサードにコンバートされて、お前と二遊間組む
事はないだろう。でも、俺と一緒に無名の高校に行くよりも、坂井と一緒にK高でプレーした
方が絶対お前の為だ。甲子園だってそっちの方が断然近い。だけど、お前はそうしなかった。
そうまでして豊山南を選んだ理由はなんだろう、ずっと思ってた」
「それは・・・・・・」
「お前は、K高より俺を選んだんだ」
「・・・・・・」
「俺と二遊間組む為に、K高を捨てた」
不自然な進学。理由は誰にも言えなかった。勿論黒田にも。自分の左隣に黒田以外の人間が
守っているなんて、耐えられなかった。
 隣で笑いながら最高のプレイを作り上げるのは黒田じゃなければ嫌だと思ってしまった
のだ。
「お前が、そうやって俺を選んだ理由・・・・・・」
「や、野球は、相性だ、ろ」
そうだ。二遊間は相性だ。息の合った黒田とやりたかっただけ、それ以外に理由など・・・・・・
「俺を選んだ理由は、俺の事が好きだから」
違う、違う!
 湧井は首を振る。そんなの、認められるわけないだろう!
「とっくにバレてる」
黒田は余裕の笑みを浮かべた。
「・・・っ」



『ゲームセット!3-4!西丘高校、惜しくも準々決勝、ベスト8で敗退です!』



ラジオから西丘高校が負けたことを告げる実況の声が聞こえてくる。
 西丘高校が勝ち進むにつれて、湧井は複雑な気持ちになっていた。自分達を破った学校
なのだから、勝ち進んで欲しい。けれど、自分達と同じ敗北の気持ちも味あわせたい。応援
しているような負けを望んでいるような、複雑な思いを抱えてずっと見ていた。
 けれど、今はそんなことなど、どうでもいい。
ゲームセット。
湧井は人生の試合に負けた気分だった。
 バレてた・・・・・・。
 絶望と諦めが心の中を駆け抜ける。自分の滑稽さに馬鹿らしくなって湧井は乾いた笑い声
を上げた。
「そうだよ、お前の言うとおり。全部その通り」
必死に隠そうとしていた想いは、とっくにバレてたというのだ。こんな滑稽なことってある
かよ、湧井の乾いた笑いは力なく消えていく。
「俺、馬鹿みたいだ・・・・・・必死に隠してたのに・・・・・・」
湧井はロッカーに背中を預けて、両手で顔を覆った。
「好き・・・だった・・・。お前の事、ずっと」
初めて口にした黒田への気持ち。こんな風に言葉にするなんて思いもしなかった。
「K高蹴ったのだって・・・お前とやりたかった、それだけだ・・・・・・その所為で、お前の進学先
捻じ曲げた・・・・・・」
チクリと胸が痛む。せっかく止まった涙がまた溢れ出す。
「・・・・・・お前に迷惑・・・・・・かけた・・・・・・ゴメン・・・・・・」
そのまま、膝から崩れ落ちそうになった。
 もう終わりだ。これからどんな顔をして過ごせばいいんだろう。
「忘れるから・・・・・・お前の事、忘れるから、許して・・・・・・」
二度と一緒に野球をやることも無い。気まずいまま試合に出る必要も無い。それがせめてもの
救いだ。チームにも迷惑かけることはない。
「気持ち悪い思いさせたくなかった。絶対隠すつもりだったし・・・・・・隠し通せると思った」
「気持ち悪くは無い」
黒田の慰めも湧井はちっとも浮かばれない。そんなうわべだけの言葉、何の意味がある。
「なんで・・・・・・ばれたんだ・・・・・・」
湧井の絶望は涙ばかりを引き起こす。
「ゴメン・・・ホント、ゴメン・・・お前も、忘れて・・・・・・」
覆った手の平からも涙が伝って、それが床に落ちていく。
「・・・・・・もう、友達にも戻れないだろうけど・・・・・・忘れてなんて・・・都合よすぎるかもしれ
ないけど・・・・・・許して・・・・・・」
好きになったこと、許して欲しい。
 湧井は嗚咽しそうになる喉を押さえて息を呑む。涙がピークになるときに、黒田は湧井の
頭に手を乗せてびっくりするような事を言った。




「・・・・・・ホントにお前、俺の事好きだったのか」
「?!」
顔を覆っていた湧井に掛けられた言葉に、驚いて動きが止まる。
 涙を拭いて顔を上げると、黒田は謝った。すまなそうな顔で湧井に声をかけている。湧井
は顔から手を離して、ポカンと黒田を見上げた。
「すまん。カマかけた」
カマ!?カマかけたって!?何の為に!
 湧井の顔が感情が高ぶって一層赤くなった。
「だ、騙したのか!?」
「試しただけ」
「黒田!!お前、何で!そ、そんなに、俺の事おちょくって楽しいのか!」
叫んだ湧井はそのまま、力が抜けていった。本当に馬鹿みたいじゃないか。
「よかった。俺だけじゃなかった」
怒りで震えそうになる瞬間、黒田の台詞はまた湧井の気持ちをかき乱していく。
「な!?」
「俺だけが、1人思ってたわけじゃなかった」
崩れ落ちる寸前の湧井を黒田は引き摺り上げると、後頭部をなで上げて黒田は上を向かせた。
 黒田の顔が近づいて、湧井はのけぞって黒田を見上げた。黒田の唇が色っぽく光る。
腰に手を回されて、湧井は黒田に密着した。
「ちょ、ちょっと・・・く、ろだ・・・!?」
「こういう気持ちになってたの、俺だけじゃなかった」
ほっとしたような表情で黒田は笑った。
「黒田っ、おまっ・・・・・・ふうっん!?」
黒田の顔が近づく。
 あっと思った瞬間に湧井は唇をふさがれた。
 そのままねっとりと唇の感触を楽しまれて力が抜ける。腰が砕けそうになるほど口の中を
遊ばれて、湧井は黒田にしがみ付いた。
 キスされてることに漸く気づくと、湧井は再びパニックになった。
俺だけじゃなかった・・・・・・?どういうことだ、それは!?
俺だけが好きってことか?
カマかけてまで俺の気持ち引きずり出して、黒田は一体何を知りたかったって言うんだ。
黒田、俺にキ、キスしてきた?
トトト、心拍数は高まる。
それって・・・・・・。
湧井は黒田の顔を引き離すと、乾ききらない瞳で黒田を見上げた。掴んだTシャツが震えて
肩の辺りが伸びている。黒田の手が腰から離れたら、湧井は立っていられないだろう。
 黒田も目を逸らすことなく湧井を見下ろした。沈黙は熱を帯びた空気を連れてくる。
湧井の掠れた声と黒田の熱っぽい野獣のような声。
「黒田、それって・・・・・・」
「湧井が欲しい」

次に降ってきたのはむしゃぶりつかれるようなキスだった。







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