なかったことにしてください  memo  work  clap
韋駄天ラバーズ



「は?」
「え?」
その瞬間、真野と視線ががっちり絡まって、がんじがらめになった。
ちょっと待て、俺!!
好きって、俺が真野を好きって!!勢いあまって何言ってるんだ!!
口は災いの元。気を抜いていると、心の声が駄々漏れになってしまう自分の悪い癖を、亜希は
今更ながら激しく後悔した。
 言ってしまった。美咲が言ってたように、勢いあまって告白してしまった。
 お互い、息を吐くのも忘れて沈黙が訪れていた。真野に至っては絶句して、表情が張り
付いたまま亜希を凝視している。
 ジリジリと背中が熱い。セミの鳴き声と暑苦しい風の吹く音だけが2人を取り巻いている。
どちらが先に動くか。先手必勝だと思った時はもう遅くて、真野がその場の主導権を握り
始めていた。
「好き?・・・・・・お前が、俺を?」
真野の掠れた声がして、亜希は腕で顔を拭った。
「わ、わ、悪かったな!」
急激に頬が熱くなる。多分真野からみても頬は赤くなってるだろう。
「ふうん、お前が俺をねえ」
そう言って真野がニタっと笑った瞬間、亜希は背筋が冷ややかになっていくのを感じた。
口にして表現するなら
「まずい」
だ。
「なんだ?」
「真野が留学なんてするから・・・・・・言うつもり無かったのに、つい口が滑っちゃったんだ!」
「お前、そんなに切羽詰ってたのか?たかが3週間いなくなるだけで」
「は、はい?」
今なんと言ったんだ?目をぐるぐるさせて真野を見つめ返すと、真野は涼しい顔を崩すこと
なく続けた。
「留学って3週間くらいだけど」
「ええ?!」
真野とは裏腹に更に動揺を始める亜希を真野は憎たらしいほど余裕の笑みで見下ろした。
「お前、留学の話どこで聞いたんだ?交換留学で夏休みの間のショートステイだ。夏休み
の後半は部活の大会あるのに、休んでられる分けないだろ。ばーか」
ばーか。ばーか。ばーか・・・・・・頭を鈍器で殴られたような感覚が亜希を襲った。真野の
台詞がお寺の鐘みたいに、ぼわんと何度も響く。
「3週間て・・・・・・俺、告白損じゃん!!」
「損じゃないだろ」
「損した!!俺のピュアなハートに謝れ!!」
「なんだそれ」
「くそう。こんな恥ずかしいこと、何で言っちゃったんだ。お前の顔、まともに見れない
じゃん。もういいから3年帰ってくるな!!」
言ってることが無茶苦茶なことに、亜希は気づいているんだろうか。
 真野は苦笑して、亜希の暴れだしそうな腕を掴むと、先週まで体育の授業でやっていた
柔道の足技を基本に忠実に亜希にかけた。
 どたん。体育館に響き、亜希は見事に仰向けに倒れた。
「痛てっ」
腰を打ったのか、じんじんと身体が痺れる。
 衝撃から思わず目を閉じていた亜希が、ゆっくりと瞼を開けると、目の前にドアップの
真野の顔があった。真野の息が亜希の髪を揺らしていく。
「ホントにいいのか?俺が3年もいなくなって」
それはそれで嫌だ。けれど、今この瞬間で言えば、真っ先にいなくなって欲しい。時間が
巻き戻せるなら1時間でいいから元に戻して、何事も無かったように、3週間の間大人しく
ダイエットして待っていたかった。
 よく確かめずに突っ走った自分が悪いのだけれど、3週間で帰ってくるなら、もっと早く
言えよと、亜希は覆いかぶさりそうになっている真野の胸を跳ね返した。
「どけよ!」
「高城って、本当に面白いヤツだな」
真野は亜希の汗で張り付いた髪の毛を指で引っ張った。
「どうせ、俺は・・・・・・」
「好きになって欲しい?」
「なっ」
「俺がお前の事好きになれば、晴れて両思いになれるんだぜ?」
「い、いらない!そんなの、いらないから!」
顔を赤くして、真野の下から逃げ出そうともがいていると、真野は耳たぶに唇を乗せて甘い
声で囁いてきた。
「ホントに?」
ゾクゾクっと全身が粟立つ。
「お前の事、好きになってやるって言ってるのに?」
不遜な台詞に亜希はむっとした。
「そ、そういうことは、お願いしてなるもんじゃないだろ!!」
亜希は頬を膨らませると、昔のように丸々とした顔になった。
「不細工な顔だな」
「どうせ、俺はいつまでたってもデブで不細工だよ!お前なんかに、俺の気持ち分かって
たまるか」
真野と会話していると、段々虚しくなる。デブの気持ち弄びやがって。睨みつけると、真野
はふっと身体を退かした。
 その隙に亜希は上半身を起こして、そのまま壁側まで後ずさる。その様子に真野が深い
息を吐いた。
「待てよ。逃げるな」
「真野の近くにいると、俺のピュアハートが穢れるから」
「どのハートがピュアだって?心臓に毛でも生えてそうなのに」
「ひどい!!」
「・・・・・・お前だって、俺の気持ち知らないだろ」
「お前の気持ちなんて、知るか!」
「知らなくていいのか?」
「俺は自分の事でいっぱいいっぱいなんだよ!」
「本当に・・・・・・お前は自分中心だな。俺だけじゃない。周りのヤツがどう思ってるかだって
高城は考えたこと無いだろ」
「なんだよそれ」
「今、お前が周りのヤツになんて言われてるか、何て噂されてるか知らないだろ」
「知らない!」
断言する亜希に真野は頬を緩めた。
「知らなきゃ別にいい」
「お前何が言いたいんだ」
揺れた瞳で亜希が見上げると、せっかく壁際に逃げたのに、真野は亜希の元までにじり寄って
きた。そして、亜希があっと声を上げている間に、亜希は真野の腕の中にすっぽり納まって
しまったのだ。
「あああ!?真野?!」
締め付けられるわけでもないのに、真野の腕は亜希をはっきりと抱きしめて、亜希は動けなく
なる。真野の汗の匂いが亜希に伝わって、亜希は上がりっぱなしの心拍数が、心臓が壊れる
んじゃないかって言うくらいまで更に上がった。



「ここまで苦労して痩せさせたのに、今更横から出てきた奴等に掻っ攫われてたまるかよ」
「はん?」
「青田買いってヤツ?痩せるの待ってたら、面倒くさいことに巻き込まれそうだからな。先に
手付けとくことにする」
ドクドクと真野の心臓の音が聞こえた。
「え?え?え?!何それ」
「痩せてきたら急にかっこよくなったとか、実は前からかっこいいと思ってたとか・・・・・・
あいつら好き勝手いいやがって」
ぼそぼそと真野の言葉が耳を通り越していく。夏場の体育館なんて一人で立ってるだけでも
暑いのに、2人抱き合ってたら、汗が次々に噴出して、真野のTシャツも亜希の制服も、背中
がぺっとりしていた。
 けれど、そんなのお構いなしで、亜希は真野の言葉をドキドキしながら待った。
「俺、他人に取られるなんて冗談じゃないって思ってんだけど、それでも俺の気持ちなんて
どうでもいい?」
 優しい声が降って来る。耳が熱くてジンジンと痺れた。
だって、この状況って・・・・・・
 何度も騙された真野の態度。だけど、今度の今度こそ、これは、本物・・・・・・?
「真野もしかして、もう俺に惚れてるの?」
ごくり、真野のTシャツに手を伸ばして腕の中から真野を見上げた。目が合う。吸い込まれ
そうな黒い瞳が揺れる。これで、漸く真野の本心が聞けるんだ。それで、本当に両思いに
なっちゃっうんだ。
 亜希がうかれそうになっていると、真野の表情がぐにゃりと歪んで、またも嫌味な顔に
なった。それから亜希のモチモチとした頬を抓って言った。
「痩せろよ。55キロまで痩せたら、きっちり惚れてやるって事だ」
「!?」
なんだとぉ!?この期に及んで、まだそれを言うか。
「今じゃないのかよ!」
叫んだ亜希に、真野は軽く眉を顰めた。
「今すぐは無理。だって、俺、お前を抱いてるところ想像できない」
「だ、だ、抱いてるところ?!」
激しく動揺して、亜希は顔中どころか、体中が真っ赤になって、頭の先っぽから、機関車
みたいに蒸気が噴出している。
「何だ?逆か?お前にケツ差し出すなんて、それこそ悪い冗談だ」
真野は一瞬真面目腐った顔でそう言うと、亜希はあまりに飛びぬけた話に鼻血でも出る
んじゃないかと、思わず鼻を押さえてしまった。
 逆上せそうだ。
「惚れさせるってそういうことだろ」
突き詰めればそうかもしれないけれど、そこまで直結して考えたことがなかった亜希は、
真野に抱かれている自分を一瞬想像して、身体中が真っ赤になっただけでは足らず、自分
の股の間のブツが腫れ上がってしまった。
「む、無理!そんなの、俺も無理!」
「お前、何興奮してんの」
身体の変調に気づかれて、亜希は絶えられなくなって、ばたばたと真野の中でもがいた。
「は、離せ〜!もう、ヤダ!!」
亜希が逃げ出そうとするほど、真野の腕に力が入った。追えば逃げるし、逃げれば追いかける。
真野の気持ちを手に入れたのか曖昧なラインで亜希は喜んでいいのか微妙だ。
 結局、何の進展もしてないのか。
「俺から逃げようと思うなよ」
「?!」
「初めから言ってるだろ、痩せるまで逃がさないって」
痩せるまで逃がしてもらえなくて、痩せたら惚れてもらえる・・・・・・?
それって、そういうこと?
「真野の捻くれ屋!このうぬぼれ変態ドS野郎!」
「お前、この期に及んで、俺に向かってそういう口利くか?」
「うるさい!お前なんて、お前なんて・・・」
「好きなんだろ?」
真野が楽しそうに亜希の顔を覗く。ニタニタした目で見られて、亜希は悔しいやら恥ずかしい
やら、変な汗まで出てきてしまった。
「もういい、忘れろ〜!!」
「ああ、そうか。忘れてた。あの約束だけは先払いしてやるよ」
そう言うと、真野は亜希の顎をくいっと持ち上げて、正面を向かせた。
「約束?」
「忘れたのか。自分で言ったくせに」
”痩せたら、デコじゃないところにしろ――”
真野は、亜希のぷっくりした唇を指でなぞると、そこに自分の口をゆっくりと重ねた。
「!!」
ピリリ。唇が痺れた。真野の唇の感触がはっきりと分かる。どこをどう間違えなくても、
真野にキスされているのだ。
俺のファーストキスなんだけど!!こんなシチュエーションなんて・・・!
 ファーストキスはロマンチックな雰囲気で、なんて夢見ていた亜希は、突然の事に驚きを
隠せないまま、唇がくっついたままなのにパクパクと口を開いてしまった。
 顎に手を掛けていた真野はそんな亜希の口を固定すると、調子に乗って開かれた隙間から、
てろりと自分の舌まで亜希の中にねじ込んだ。
「!?」
亜希の中で別の生物が亜希の口の中を泳いでいる。冷静になって考えると気持ち悪いはず
なのに、どういうわけか、亜希の身体も股間もますます熱くなってしまった。
 何が何だか分からない亜希は、初めて味わうキスの味に腰が砕けそうになっていた。
 いや、実際、
「特別サービスでオマケ付き」
なんて言いながら、真野が唇を離すと、亜希はその場に崩れ落ちてしまったのだ。
「お、お、オマケじゃないだろ!!」
グリコのオマケだってもう少し遠慮してるよと、亜希は真野を睨み上げたが、真野はその
視線にニヤニヤとして、悪びれた様子もなく
「痩せたら、続きもしてやるよ」
と再び亜希を溺れさせた。





「け、結局!お前は俺の事どう思ってるんだよ」
キスからやっと落ち着きを取り戻しつつある亜希は、何故だか隣に密着して座ってきた
真野を振り返って、さっきから気になっていることをやっと口に出した。
「知りたい?」
知りたいに決まってる。あんなことまでされて、こっちは文字通り骨抜きになったって
言うのに。
「馬鹿だな、お前は」
真野は亜希のぷるんとした頬を摘んだ。
「痛てっ!馬鹿馬鹿言うな!」
「馬鹿な子ほど可愛いっていうだろ」
「なんだよ、その親バカみたいな発言」
「似てるかもな」
「お前の気持ち、それなのかよ!?」
真野に恋愛モードっていうのは無いのか。がっかりしそうになっている亜希に、真野は
ぼそっと呟いた。
「一番初めに気づいてなかったなら、一生分からないだろうな」
「え?どういうこと?!」
亜希が不思議そうな瞳で見上げると、そこにはいつも通りの真野の意地悪な顔があって、
亜希はデコをパチンと弾かれた。
「さあね」
「真野ぉ〜!!」
体育館中に亜希の裏返った声が響いた。
 何の進展も無いようで、それでも亜希は滲み出してくる嬉しさで、頬が緩んだ。
また、真野の隣にいられる。まだ、真野と一緒にいられる。
亜希の恋の行方はダイエットと一緒で、恐ろしく先が長いのだけれど、まあ、それも
自分らしくていっかと亜希はムフフと笑った。



 数年後、大学生の真野の隣に、スリムで色白美少年が並んで歩いていたという噂が流れる
のをこのときの亜希はまだ知らないのだが、それはまた別のお話。





2009/09/30

お読みくださり、ありがとうございました。
すみません、結局痩せませんでした(笑)
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レス不要



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