なかったことにしてください  memo  work  clap
韋駄天ラバーズ



 亜希は真野の横顔の写真を見上げながら、複雑な想いを抱えていた。
 痩せてびっくりするほどの美少年になって真野に惚れさせてやると闘志を燃やしたのは
つい数ヶ月前の事。それなのに、今では真野の事がムカつくのに気になって仕方が無い。
 美咲に言わせると、恋だっていうけど、それを認めるのはやっぱりちょっと悔しい気が
する。
 俺が好きになるんじゃなくて、アイツが俺に惚れるんだ!そんでもって、けちょんけちょん
のずったずたに振ってやるんだ。
 その考えが中学生女子なのよと美咲には笑われたけれど、その野望は今も捨て切れてない。
真野の悔しい顔が見たい。あの傲慢な男を傷つけてやりたい!単純な動機だ。
 でも、それと同時に、真野が自分の事を好きになることを考えただけで亜希は体温がぐっ
と高くなった。
(だって、俺と真野が両思いとかなったら・・・・・・いやいや、俺は好きじゃないんだ!)
言い訳は白々しく思えた。



「高城何してんの」
名前を呼ばれて、亜希は派手に肩を揺らした。
「うん。ちょっと」
パネルの後ろ側ではスタンバイしている男子生徒がいて、亜希がそこに無理矢理入って来る
と怪訝な顔をしていた。
 亜希は真野の写真が右上であることを確認すると、後方にいる美咲に向かって分かるよう
に小さく頷いて見せる。美咲もそれに気が付いてヒラヒラと手を振って見せた。
 それから、隠れるようにパネルの後ろ側に身を潜めると、どうか美咲が選ばれませんよう
にと心の中で祈った。

教室中に暗幕が引かれ、真っ暗になると、どこから持ってきたのかスポットライトが光り
司会者を映した。
「えーでは、4回目の当選者の発表です!」
司会の男子生徒がテンションの高い声で叫ぶ。ボックスの中に手を突っ込むと、ファン
ファーレが鳴り響いた。
「なんで、競馬のファンファーレなんだ」
隣の男子生徒がぼそりと呟く。
「そうなの?」
「しかも阪神GT」
「ふうん・・・・・・?」
男子生徒の台詞を聞き流して亜希は司会の手元を見つめた。
 どきどき。ぞわぞわ。
なんで自分がこんなに緊張してるんだろう。
ファンファーレが止み、紙を取り出すと、司会は軽やかに読み上げた。
「えーと、当選者は『M高のダイエッター』さんです!」
パチパチ、拍手と共に暗幕は外され、一気に明るくなる。
「『M高のダイエッター』さん、いらっしゃいますか〜?」
その声に周りがざわつく。亜希は嫌な予感がして、思わずパネルの外に顔を出した。
「・・・・・・はい、私みたい。それ」
美咲が手を上げると回りの生徒が一斉に振り返った。
「!!ミサちゃん・・・・・・マジかよ」
亜希は一気に嫌な汗が噴出してきた。
「おめでとうございま〜す!見事当選されたのは、M高の美女です!いや〜おめでとう
ございます!さあ、前に出てきてください」
司会が妙なテンションで美咲を前に促す。美咲はマイペースに人ごみを掻き分けて前に
出た。
「改めて、おめでとうございます。お名前と学年教えていただいていいですか?」
「M高1年の月森美咲です」
「こちらにはお友達といらっしゃったんですか?」
「友達に会いに来たの」
「そうなんですか。では早速ですが、月森さんの夢を叶えてくれる『夢叶え隊』を選んで
もらいます!」
司会に振られて、美咲は当然のようにパネルの右上を指さした。
 一瞬パネルの後ろ側にいた亜希と微かに目が合って、美咲はふふっと笑う。
「こちらでいいですか?」
「はい」
美咲がこっくり頷くと、右端のパネルが捲られた。その途端クラス中が悲鳴なのか失笑
なのか、美咲には見当も付かないどよめきが起きた。
「・・・・・・えっと、月森さんの夢を叶えてくれるのは我らがクラスの一番の美男子、真野慧一
君です!」
真野の名前を聞いて、美咲は改めてパネルの写真を見た。
これが真野慧一。これが亜希を乙女にした男。
 どこで撮ったのか、いまいちピントが合っていない横顔写真なのに、整った顔から美形
オーラがにじみ出ている。
 この顔から毎日デブデブ言われている亜希を想像して美咲は内心大笑いした。
「えっと、真野君は今部活の企画でここにいませんが、必ず貴方の夢を叶えますので、
ご安心ください。では、月森さん!貴方の夢をおっしゃってください!」
チープなドラム音を流されて、美咲はきょろきょろと周りを見渡した。それから、パネルの
後ろにはみ出ていた亜希と目が合うと、目配せをする。
(ミサちゃん、何する気だ・・・・・・)
亜希が眉を顰めると、美咲は司会から向けられたマイクに向かって軽やかにしゃべり始めた。
「えっと、私の夢は、友達が痩せることです」
「ええ!」
美咲の答えに亜希がパネルの後ろで悲鳴を上げる。隣の男子がまたも怪訝な顔をした。
司会は裏返った声で美咲を覗き込む。美咲はお構いなしにしゃべり続けた。
「はい?」
「実は、私の友達はダイエットをしようと思っても全然上手くいかなくて。一緒にダイエット
して欲しいって言われて、付き合ってるんだけど、どうも私じゃダメみたいなのよね」
「は、い・・・・・・?」
「もっと厳しく言ってあげる人がいると、きっとがんばれると思うのよ」
「はあ・・・・・・」
「っていうか、痩せる気ないのにダイエットするなんて、口だけなのよ、あの子。いい加減
私も付き合うの疲れたわ!ここは、ガツンと厳しく言ってくれる人に一緒にやってもらった
方がいいと思うの」
「大変なお友達ですね・・・・・・」
「うん。だから、私の夢は、真野君に私の友達、高城亜希のダイエットに付き合ってもらう
ことです」
きっぱりと言った途端クラスがどよめいて、パネルの後ろから勢いよく亜希がはじけ飛ん
できた。
「み、み、ミサちゃん!何言ってんの!!」
転がってきた亜希に瞬間、場がしんとなった。それから誰かがクスっと笑い出すと、一斉に
クラスメイトの爆笑が起きた。
「ナイス!高城のお友達さん!」
「亜希ちゃんやったね」
「高城のダイエットを真野が協力するなんて、マジでウケルわ」
クラスの賞賛を受けて、美咲はウフフと笑った。
「月森さん、高城君の友達だったんですか」
「うん。幼馴染で仲良しよ」
「こんな可愛い子が幼馴染なんて・・・・・・」
「何?」
「いや、なんでもないです」
司会の男子の信じられないといった顔をよそに美咲は涼しい顔をして亜希を見た。
「これでダイエットがんばれるよね、亜希ちゃん」
「ミサちゃん、それやばいって・・・・・・!」
亜希がぶるぶると身体を揺らす。すっかり秋めいているのに、亜希の額からは汗がびっちょり
とあふれ出して、顔を振る度ぽちゃりと床に落ちた。





クラスメイトが事情をさっぱり飲み込めていない真野を引きずってクラスに戻ってくると
クラスの雰囲気は有無を言わさないように真野を囲んだ。
「・・・?なんだ?」
「真野君、あなた、そこにいる月森さんの夢を叶えることになったから」
「は?」
「は?じゃないわよ。クラス全員に誓約書書かせたの忘れたとは言わせないわよ」
実行委員の女子生徒が真野に負けないように精一杯睨み返して言った。
「真野君」
美咲がよそ行きの声で真野を呼ぶ。真野は少しだけ表情を緩めて美咲を見下ろした。
「・・・・・・」
「あなたが真野君?私の夢を叶えてくれるんでしょ?」
「・・・・・・らしいな」
「うん。真野君、亜希ちゃんをよろしくね」
「は?」
美咲から出てきた台詞にまたも真野が表情を固くした。
「言ってる意味が分かんない」
「月森さんの夢は、亜希ちゃんのダイエットに真野君が付き合うことだから!がんばるのよ」
「・・・・・・!?」
「よろしくね」
にっこり笑う美咲に真野の頬がピクリと揺れた。
 それから、ぐるりと振り返って獲物を見つけると、真野は声を震わせてその名を呼んだ。
「たーかーしーろ〜〜〜」
「お、俺知らないって!俺何にもしてない!」
「知るか!なんでお前のダイエットに俺が付き合わなくちゃならないんだ!」
「俺だって知るか!」
「お前がこの子に吹き込んだんだろ!」
「何にも言ってねえよ!そんなことするわけないだろ、馬鹿真野」
亜希が睨みつけると、真野も黙っていなかった。
「なんだ、このデブ」
「うるさい、馬鹿!」
子どもみたいな言い合いだわと、美咲は現物の喧嘩を見ながらクラスの女子と同じような
気持ちになった。
 真野はズカズカと亜希に近づいていくと、亜希の首(がありそうな所)に腕を巻きつけて、
思いっきり引き上げた。
「うぐぐぅ・・・・・・くる、しいっ・・・・・・」
「撤回しろ。お前のダイエットなんて付き合ってられるか!」
そう言われると、素直になれないのが亜希の性格だ。
「俺が・・・・・・・痩せたら、何でもするっていっただろ。ううっ、苦しいっ・・・・・・離せって・・・
だったら・・・ダイエットも付き合え」
「馬鹿か!痩せたらの話だ。なんで痩せるの手伝わなきゃならないんだ」
「前借りだ」
「そんな話聞いたことないわ、どあほぅ」
真野は亜希を更に締め付けた。本気で絞め殺されるんじゃないかと亜希が思い始めた頃、
漸く美咲が真野の肩を叩いて、やんわりとその力を緩めさせた。
「ちょっと待って、真野君」
「・・・・・・何」
「ダイエットの事は私が勝手に言い出したことなの。亜希ちゃんは何にも知らないの。それは
本当よ。だけど、私からもお願い。亜希ちゃんのダイエット付き合ってくれない?」
普段の美咲からは3割り増しくらいで美女オーラが出てると、亜希は思った。
 美咲は確かに美人だ。亜希は長年一緒にいるせいか、美咲を友達以上には思えないけれど
こんな風に確信的にお願いしている美咲を見ると、美咲の可愛さに改めて気づかされる。
 それから、女の子って得だよなあと思った。
 真野は少し躊躇いながらその言葉に動作を止めた。
それでも頷かない真野に美咲が押しの一手。
「真野君、亜希ちゃんにうんと厳しくしてくれて構わないから。ね?」
「厳しく?」
「スパルタで痩せさせてあげて」
「ちょっと、ミサちゃんっ!」
「何よ。亜希ちゃん、厳しく言ってもらわなきゃ、絶対亜希ちゃんみたいな人は痩せない
わよ!毎日毎日ケーキ三昧。私が言っても止めないでしょ」
その言葉に真野は一瞬考えて、それからニヤリと笑って亜希を見下ろした。
「ふうん。厳しくされたいのか」
「な・・・・・・」
「いいぜ、付き合ってやるよ、お前のダイエット。きっちり痩せさせてやるよ」
「真野?」
「お前が逃げ出しても、止めさせないからな」
じわり、離れたはずの真野の腕が再び亜希の首に絡みついた。
「真野・・・くるしいっ」
悪魔のような笑みを湛えた真野を見上げて、亜希は早くも後悔を始めた。
呆然と立ち尽くす亜希に真野が言った。
「ところでお前、体重何キロなんだ?」
「・・・・・・多分75キロくらい」
「20キロ」
「え?」
「20キロ痩せさせるからな!」
「ええーっ!絶対無理!!」



何でこんなことになってしまったんだ・・・・・・。
亜希のダイエット作戦はこんな形で幕を開けることとなった。



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