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韋駄天ラバーズ



格言:おいしいダイエットには穴がある。




□□亜希のダイエット記録□□

11月某日――ダイエット21日目
実行中のダイエット:バナナダイエット+レコーディングダイエット+スロトレ
朝食:バナナ4本
昼食:焼きソバ
夕食:来○亭のラーメンと餃子。とんこつしょうゆ。チョー旨い
体重:78.3キロ。減り方が緩くなってきたなあ
一言:麺ばっかり食うな!野菜を食え(真野)←焼きソバと餃子の中に入ってるもんねー!(亜希)
一言つけたし!:スロトレさぼるな!!(真野)



秋も進み、肌寒さを感じるようになった教室で、相変わらず亜希はバナナを手にしていた。
「あー!もうバナナ飽きたー!せめて、チョコバナナにして!それかまるごとバナナ!
バナナミルクシェーキでもいい〜。まるごとバナナの生クリームたべたいなぁ」
亜希はバナナの皮をむいて、ため息を吐くと、辟易しながらそれを頬張った。
 机の上には食べ終えたバナナの残骸が山のようになっている。間食はバナナオンリーと
言われて、おやつ代わりにバナナばっかり食べているので、亜希はバナナを見ると、思わず
ため息が出てしまう。
 それでもバナナ以外食べるものがないから、仕方なく食べているけれど、いい加減飽きて
きた。ダイエットの効果も始めた一週間目よりも薄くなっていて、教室の後ろに掲げてある
亜希の体重のグラフも右下がりの線が緩くなっていた。
「バナナダイエットは生バナナじゃなきゃ意味ないと思うけど」
「でも、もう飽きたよ。バナナ、バナナ、寝ても覚めてもバナナバナナ・・・。せめて別の
食べ方があったらいいのに」
亜希は残りのバナナも口の中に押し込むと、モゴモゴいいながら水で押し流した。
敦子は友人達とその様子を見ながら、ダイエット特集の雑誌を捲った。
「別の食べ方ねえ・・・あ、加熱とかしてもいいのかな。レンジでチンしてみる?ちょっと
調べてみるわ」
「おえ〜、そのままレンジで温めるの?そんな温かいバナナなんて、まずそうだよ」
「温かいバナナがまずかったら、生バナナの旨さが実感できていいじゃない」
「そんなの、あんまり嬉しくないよ」
敦子達と雑談をしていると、亜希はいきなり後ろから頭を殴られた。
「痛いっ!・・・・・・真野だろ!!」
反射的に名前を呼んで振り向くと、思ったとおり、仏頂面の真野が立っていた。
「何すんだよ!」
「何すんだじゃない。こっちは貴重な休み時間を割いてやってんのに」
言われて、亜希は時計を見ると、あっと小さな声をあげた。
「あっ・・・・・・スロトレの時間、忘れてた・・・・・・」
真野は意外とまじめに亜希のトレーニングに付き合っている。ダイエット日記の一言も
マメに書くし、クラスメイトはその様子に驚いていた。
 その真意がどこにあるのか、誰にもわからないが、亜希は、真野の協力の後ろ側には
悪意があって、自分がへばっていくのを楽しんでいるんだと、信じ込んでいた。
「スロトレ、さっさとやれ!」
真野が不機嫌そうな声を出す。
 スロトレとはスロートレーニングの略らしく、ゆっくりとした動きで身体を動かし、
脂肪を燃焼させるという最近の流行の運動ダイエットらしい。
 しかも週3回ほどでいいのが謳い文句で、週3回なら出来ると亜希は数々ある運動系の
ダイエットからスロトレを選んだのに、その週3回ですら、亜希はサボりがちなのだ。
「えー・・・・・・今日はお休み・・・」
「週3回のトレーニングをさぼるんじゃねえよ!」
それはごもっともです、と亜希の周りの人間も頷く。
「だって・・・・・・辛いの嫌だ・・・」
呟く亜希にもう一つ拳が降ってきて、亜希の潰れた声が教室に響き渡った。






□□亜希のダイエット記録□□

11月某日――ダイエット30日目
実行中のダイエット:毒出し脂肪燃焼スープ+レコーディング+スロトレ
朝食:脂肪燃焼スープ+パン3枚
昼食:お弁当
夕食:脂肪燃焼スープ+ハンバーグ
体重:77.5キロ。おかしいなあ、もっと痩せるはずなのに・・・
一言:馬鹿なお前にきっちり言ってやる!食べてやせようと思うな。
好きなだけ食べても痩せるなんていうダイエットは、この世には無い(真野)



「亜希ちゃん、バナナダイエット続いてるの?」
「バナナはやっぱり加工されて輝くと思うんだ」
「なによ、それ」
「チョコバナナとかさ、バナナパウンドケーキとかさ、生クリームたっぷりつけて食べたい
果物だってこと」
「はいはい、バナナは飽きたのね」
亜希が不貞腐れると、美咲は苦笑いした。
「あー、ケーキ食べたい!」
ケーキ断食を決めてから、亜希は美咲の部屋にあまり行かなくなった。ムーンウッドは
今や亜希にとって禁断の壷。開けてはならない箱には、近づかないのが一番なのだ。
 今日だって、久しぶりにムーンウッドに行くと、案の定、1階の店舗で美咲の父親から
「モンブランでも持っていきな」というあま〜いお誘いを貰ってしまったのだが、亜希は
涎が垂れそうな口をぐっとつぐんで、
「ダメだよ、おじさん!俺今ダイエット中だって!」
そう言うと、一気に美咲の部屋に駆け込んできたのだ。
「大体、家の隣にケーキ屋なんてあるからいけないんだ!」
亜希は恨めしそうに呟く。
「私、ケーキ屋の娘だけど、少なくとも亜希ちゃんよりスリムよ」
美咲のスタイルに亜希はため息を吐いた。
「なんで俺は太って、ミサちゃんは太らないんだよ・・・」
「なんでって、1階で貰ってきたケーキを、亜希ちゃんが私の分まで食べちゃうからでしょ!」
美咲はケーキ屋の娘の癖に甘いものがあまり好きではない。小さい頃から食べ続けた所為で
飽きてしまったのだ。
「バナナみたいに、ケーキも食べ続けると飽きればいいのにね」
「無理だよ。おじさん、飽きる頃に新作出してくるから」
「ある意味策士ね。・・・・・・それで、亜希ちゃん、今は何のダイエットしてるの」
「えーっと、毒出し脂肪燃焼スープにレコーディングとスロトレ。バナナも飽きたし、今の
トコは順調っぽい」
「毒だし脂肪燃焼スープってどんなの?」
「野菜スープをご飯の前に一杯食べるだけっていうやつ。夕食の前だけに食べればいい
らしいけど、毎食でもいいから、朝と夜食べることにしてるんだ」
「へえ。野菜スープねえ。何が入ってるの」
「えっと・・・6個くらいの野菜を煮て作るらしいんだけど。なんだったかな。タマネギ、
ピーマン、キャベツ・・・・・・後は、セロリとトマトとニンジンかな。クラスの女の子がレシピ
くれて、そのまま母さんに渡しちゃったから、どうやって作ってるのかよくわかんないけど、
多分、全部煮るだけ。6つの野菜の効果も説明してもらったけど、忘れた」
高城家では意外にもこのスープはヒットだったらしく、亜希の母が好んで作るようになった
おかげで、亜希も順調にこのダイエットが続いている。
「お母さん任せなんて、適当ねえ。亜希ちゃん本当に痩せる気あるの?」
「もりもり、あるって!痩せて真野の馬鹿に惚れさせて、そんでもってぎったんぎったんの
けちょんけちょんに振ってやるっていう目標は忘れてないよ」
なんて低い志なんだろうと美咲は思うけど、本人がまだやる気を失くしてないのなら、それで
いっかと笑った。
「それにしても、そのダイエット日記、意外と言うか驚きって言うか」
「コレが何?」
亜希はダイエットの記録のノートを美咲に差し出した。
「だって、こんなに真面目に書いてあるじゃない」
「俺はいつだって真面目だよ」
「亜希ちゃんじゃないわよ。真野君の方!」
「真野が!?」
「この一言欄、ちゃんと欠かさず書いてあるじゃない」
「それは女子が無理矢理書かせてるんだってば」
「そうかもしれないけど、やっぱりこうやってちゃんと書いてくれるっていうのは、すごい
と思うなあ・・・・・・」
美咲はこの文章の向こう側にある真野の気持ちを探ろうとペラペラと捲っていった。
毎日の記録の下に、ぶっきらぼうな文字でぶっきらぼうな文章が一行。
けれど、きちんと毎日書き続けてあって、美咲は妙に感心してしまった。
「・・・・・・案外、亜希ちゃんの目論見は実現しちゃうかもしれないわね」
「何それ」
「なーんもないわよ!ふふふ。亜希ちゃん、春が来るようにがんばってね」
「??・・・・・・うん??」
亜希はそんな美咲を不思議そうに眺めていた。





寒い寒い冬がやってきても、亜希のダイエットはひたすら続いていた。けれど、ダイエット
の効果は当初の期待値よりもずっと薄れて、やればやっただけ響くと言ったことはなくなって
いた。
 食べ物の制限でイライラする+ダイエットがうまくいかない+真野はいつも通りムカつく。
この3つの要因は亜希の気持ちをジャブで攻めてくるようで、じわじわと亜希を追い詰めて
いる。いつKO喰らってもおかしくないほど、亜希の気持ちは萎れていた。
「あー、もっとがつんと痩せる方法ないかな」
亜希が疲れた顔で呟くと、敦子がダイエット本をペラペラを捲って、あるページを示した。
「やっぱり痩せるなら、断食系がいいと思うわ」
「断食!?無理無理!絶対無理!餓死しちゃう」
「あはは、しないしない。大丈夫よ。断食って言っても全く何も食べないわけじゃないし。
断食の目的は食べないで痩せるんじゃなくて、腸の中綺麗にするってことなんだから」
「そうなの?」
「そうよ。腸の中を綺麗にすると痩せやすくなるのよ」
痩せやすくなる。その言葉に亜希の心が動いた。
「身体の中の毒素を出すのよ。綺麗にリセットした身体は痩せやすくなるし、ヨーグルトは
腸内に善玉菌を作ってくれるから腸にもいいって、ここに書いてあるもの。それに、1ヶ月に
一度でいいみたいだし」
亜希は言われて、ヨーグルト断食ダイエットのページを読んだ。
 いかにも優れているように書かれた記事を読んで、亜希は自分の胃の大きさを忘れて、
思わずやってみるなんて言ってしまった。
 けれど、やっぱりこれは甘い罠だったのだ。




□□亜希のダイエット記録□□

12月某日――ダイエット55日目
実行中のダイエット:ヨーグルトプチ断食+レコーディング
朝食:ヨーグルト+豆乳
昼食:ヨーグルト+豆乳
夕食:ヨーグルト+豆乳
体重:75.1キロ。む、無理・・・・・・こんなダイエットは無理!!もうやらない!!
一言:こういうのをチョイスするお前が馬鹿なんだよ。
まあ、死ぬ気でやれば痩せられる。死ぬ気でやれ(真野)



 断食の結果、当然ながらその日の体重は一気に落ちた。落ちたけれど、亜希のモチベー
ションも一気に落ちた。
 運動で辛い思いしながら痩せるのは嫌だと思ってたけど、食事で嫌な思いするのはもっと
辛い。楽して痩せようと思うのはやっぱり間違いなのだろうかと亜希は漸く今になって思い
始めていた。
 断食の所為で次の日からは身体がふわふわとして力が出ない&極度の空腹でストレスが
最高潮。まるで自分の身体が自分のものじゃないような感覚に襲われた。確かに毒素は
抜けたかもしれないけれど、一緒にやる気まで抜けて行ってしまった気がするのだ。
「毒の無い亜希ちゃんなんて、亜希ちゃんじゃないわ」
と冗談めかして美咲が言っていたけれど、本当に自分じゃないみたいだ。
「もう無理・・・一歩も動きたくない〜」
「あれ?体調よくない?身体すっきりしたんじゃないの?」
「全然〜。空腹でスカスカ。力入らないし、だるい」
「でも、今日はスロトレの日じゃない?また真野君が怒るわよ」
「真野?もうあんなヤツどうでもいいよ」
呟いた亜希の後ろには、グッドタイミングで真野が立っていた。
「俺がなんだって?」
振り返ると、底意地の悪そうな笑顔を浮かべている真野と目が合う。亜希はとっさにやばい
と思ったけれど、身体に力が入らずに、なすがままの状態になってしまった。
「うぐぅ・・・苦しい」
真野の手が伸びて亜希の首を締め付ける。
「俺は何て言った?」
「・・・・・・」
「死ぬ気でやれって言ったよな?」
「いや・・・・だぁ・・・」
「さっさとやらないと、本気でこの腕に力いれるからな」
十分本気で締め上げてるじゃないか。亜希の抵抗は殆ど効かず、瀕死の芋虫みたいだと
自分を嘆いた。
「もう、止める〜。俺、ダイエット止める〜!」
「死ぬ気でやらせるって言っただろ」
真野がニタリと笑った。
 そうして、不協和音は再び激突することになる―――。



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