なかったことにしてください  memo  work  clap
韋駄天ラバーズおかわり



「・・・・・・亜希君の知り合い?」
結貴が真野と亜希を交互に見ている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
真野は亜希の手にしたフォークとテーブルに並んでいるケーキを目ざとく見つけて、亜希を
睨んだ。
「お前、何してんだ」
「べ、別に!真野には関係ないだろ!」
いきなりの喧嘩腰に結貴が不審げに真野を見る。
「・・・・・・玄関先でなんだし、あがってく?」
「いえ、あいつ連れて帰りますんで」
「真野?!」
「さっさと来い!」
「なんでお前にそんなこと指図されなきゃいけないんだよ!」
「うるさい!早く来い!」
「俺は今から結貴さんにもらったケーキ食べるんだから邪魔すんなよ!お前なんか、もう
関係ないんだからな!」
ふん、そう言って亜希が手にしたフォークをショコラに突き刺そうとした瞬間に、真野が
玄関からズカズカとやってきて、いきなり亜希の両脇を抱えた。
「ぎゃあっ!!真野!!何すんだ!!」
「お前が太った原因はこれだな」
そういいながら、亜希はずるずると玄関まで引き摺られていく。そして玄関で再び結貴と
顔を合わせると、
「こいつ、返してもらいますから」
と言って、亜希の手にしていたフォークを結貴に突っ返した。
「・・・・・・あ、あの!」
亜希は結貴に慌てて取り繕う言葉を探したけれど、この状況を説明できる言葉が何一つ
思いつかなかった。
「なんだか、お取り込みみたいだね・・・・・・あ、ケーキお土産で持ってく?」
そう言うと、真野が結貴を睨んだ。
「あんたがコイツを太らしてたんだな」
「随分人聞きの悪いこと言うんだね」
2人の間に緊迫した空気が流れる。亜希は展開が飲み込めないまま、真野に両脇を抱え
られていた。
「事実だろ」
「亜希君はもう少しぽっちゃりしてた方が可愛いと思うけど」
「あんたの趣味なんてどうでもいいんだよ。こっちはどれだけ苦労して痩せさせたと思って
るんだ!」
2人が睨みあう。亜希は喧嘩でも始まるんじゃないかと顔が硬直してしまった。
「・・・・・・おかげで、亜希君がすっかりケーキを食べにきてくれなくなっちゃったけどね」
結貴がふうっと肩の力を抜いて、首を振った。途端に縛られた空気が解放されて、亜希は
やっと自分の足で立った。
「亜希君、残念だけど、王子様のお迎えが来ちゃったから、お菓子の国は消えるしかない
みたいだね」
茶化されても、亜希は笑えなかった。
「帰るぞ!」
真野に怒鳴られて、亜希は複雑な心境のまま靴を履いた。
「じゃ、じゃあ・・・また・・・・・・」
ろくに挨拶も出来ないで、亜希は真野に引っ張られて外に出た。
「痛いって!離せよ!」
「うるさい。いいから来い」
嫌がる亜希を真野は無理矢理引き摺った。アパートの駐車場に止めてあったバイクのところ
までくると、亜希に有無を言わさずヘルメットを被せる。
「いやっ・・・・・・痛いっ!・・・・・・離せ〜〜〜!!俺、お前とは絶交したんだ〜!」
「乗れ。しっかり掴まってないと、落ちるからな」
「嫌だ〜〜〜!!真野に、拉致られる〜〜!!」
亜希の叫びはヘルメットの中で木霊して、虚しく消えていった。





真野のアパートに着いてからも、亜希はずっと文句ばかり垂れていた。
 せっかく逃げ出してきたというのに、なんでまた真野のアパートにいるんだ。
夕暮れからすっかり日は落ちて、辺りには夕食の匂いが立ち込めていた。バイクを降りて
玄関まで引き摺られてはきたものの、最後の一歩になって、亜希は意地でも足を止めた。
 この一線を越えてはいけない気がするのだ。自分の中の安全装置が働いているのか亜希
は真野に押されても、玄関に入ろうとしなかった。
「さっさと入れって」
「晩ご飯、待ってるから俺帰る」
「電話でもしとけ」
「今日はカレーだから帰る〜!」
「アホか。さっさと入れ!」
「嫌だ〜帰る〜!!」
「うるさい。近所迷惑だろ」
真野は暴れる亜希を抱え込んで無理矢理アパートの中に入っていった。



「いいから座れ」
真野は今度こそちゃんとお茶を出してくれた。真野は亜希の座った隣に微妙な距離を作って
座った。
 亜希は落ち着かない気持ちで真野の顔をチラチラ見ている。喧嘩して飛び出して、結貴
の家から連れ出されて、また真野の部屋にいる。
 今日は振り回されてばかりだ。
「なんなんだよ、今日は・・・・・・」
「全て、お前がケーキの誘惑に負けて太るのが悪い」
それを言われると辛い。
「真野が3週間も俺の事、放っておくのが悪いんだ!」
言いがかりもいいところだけれど、真野と話しているとどうしても喧嘩腰になってしまう。
「太ったのを俺の所為にするのか。ふうん」
「何だよ」
「そんなに俺に管理されたいのか」
「そういう意味じゃない!」
「じゃあどういう意味だ」
「・・・別に!大体、自分の都合のいいときだけ現れて、俺に指図ばっかりして!真野は俺の
なんなんだよ!」
叫んだ亜希に真野が眉をしかめた。
「亜希は俺になんになれって言ってんだ?」
「・・・・・・え?」
「お前は、俺を何だと思ってたんだ?」
真野は亜希の手を取ると、無理矢理自分の方を向かせた。
 逃げられない様に正面を向かされて、顔を覗き込まれる。間近で見ても真野は良い男で
それは亜希が出会ったときから少しも変わっていない気がした。
 自分はこの顔に惚れたわけじゃないし、真野のドSな性格にも多分惚れてない。だけど、
何故か自分は真野が好きで、真野と気持ちが通じたら、どんなに幸せかって思って・・・・・・
「亜希?」
キスしたり、ぎゅっと抱きしめられたり、そういう事がある度、気持ちが通じている気に
なっていたけど、でも、それは自分の独りよがりなのかもしれないと亜希は気持ちがしょげ
てきてしまった。
 唇をかみ締めて、真野から顔を逸らす。
こんなことなら、大学まで追いかけなきゃよかった。
こんなことなら、ダイエットしなきゃ、こんなことなら、真野に出会わなければ・・・・・・
「こんなことなら・・・・・・」
思わず口走った言葉に真野がぴくりと眉を動かした。
「お前、妄想の中でおかしいことになってるだろ」
「・・・・・・」
「勝手に妄想するのは構わないけど、俺の気持ちまで勝手に処理するの止めてくれる?」
「勝手にって・・・・・・」
「大体さあ、こういうことしてて、何にもわかんないってお前どんだけ馬鹿なんだ?」
真野はそう言うと亜希を自分の身体の中にすっぽりと覆い隠すように抱きしめた。
驚いて亜希が離れようとするのを強い力で止めて、更に耳元にちゅうっと音を立ててキス。
びくんと震える亜希と顔を合わせて、その唇にもかぷりとキスをした。
 気持ちいい。あれ、やっぱり真野は自分の事・・・・・・?
そう思って顔が緩んでくると真野は亜希を抱きとめたまま、右手でデコを弾いた。
「痛っ!!」
「馬鹿だな、ホント。俺がなんでわざわざ、あのD専野郎の家まで連れ戻しに行ったと
思ってんだ」
「ってか!なんで真野が結貴さんの家知ってたんだよ!」
「月森さんに聞いたに決まってるだろうが」
「え?」
「お前の事追いかけて、家まで行ったら、お前いないっていうし。仕方ないから月森さん
の家に顔出してみたら、月森さんが『結貴さんと一緒に歩いてるの見た』って言うから
わざわざ迎えに来てやったんだよ」
「え・・・ミサちゃん家にいたの・・・」
亜希は驚いて声のトーンが一気に落ちた。
「はあ?」
真野が訝しげに亜希を見下ろす。
「だ、だって・・・・・・。ミサちゃんに会いに行ったら家の前で結貴さんに会ってさ、ミサ
ちゃん家にいないから、相談なら結貴さんが乗ってくれるっていうから・・・・・・」
亜希がバツの悪そうに理由を告げると、真野は心底呆れた口調になった。
「お前騙されたのか。本当に馬鹿だな」
「馬鹿馬鹿言うな!大体、真野の訳わかんない行動が悪いんだろ!」
「訳わかんない?」

「だって!出てけって言ったり、勝手に迎えに来たり・・・・・・」
「でも、もう分かっただろ?」
ニヤっと笑うと、亜希はカッと顔を赤らめた。
「お、お前が、俺の事・・・・・・言葉で言わないかこんなことになったんだよぉ!」
亜希が真野の胸板をぽこぽこ殴ると真野はその手を掴んで亜希を見詰めた。
「言ってほしい?」
「?!」
真野の顔が急に真剣になる。喧嘩腰だった亜希もその表情に息を呑んだ。急に空気の流れ
が変わって、真野の視線がいつになく熱いと亜希は思った。



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