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きょうの料理


 レシピ6:包んで包んで包まれて!あなたと蕩ける懐かしデザート―後編 



綾真は珍しく、誠史の来店を心待ちにしていた。
思い出クレープの話を聞いた後で、ネットで調べたり、試行錯誤を重ねて、綾真はやっと
誠史のアイスクレープを完成させたのだ。
自分でもよく出来たと思うが、果たしてこれが誠史の思っている味であるかどうかだ。
試験前の緊張感にも似た面持ちで、綾真は呑喜の冷凍庫を振り返った。
「……自信作か?待ち遠しいな」
高森にその様子を見られ笑われた綾真は、耳を赤くして否定した。
「別に、待ち遠しいとか、そんなんじゃ……!」
「ウソウソ。顔に書いてあるぞ。自信作なら、是が非でも食べさせたくなるのが料理人っ
てもんだ。お前にもそういう特別な客が出来たんやな」
「特別な客……」
確かに特別な客というカテゴリーは間違ってないような気がする。それどころか、今の
自分と誠史の関係に一番しっくりくる名前を与えてもらって、綾真は急に心が軽くなった。
特別なのだ。誠史は他の人とは違う。自分にとって特別。でも客なのだ。
そう思うと、自分のしていることを正当化できるし、この距離の心地よさも説明がつく。
綾真は晴れ晴れとした気持ちで頷いた。
「うん。特別な客かもしれない。あの舌を唸らせたいって、最近そんなことばかり考え
ちゃうし」
「偏食家が相手やと、やりがいもあるな」
「うん、そうだね」
綾真が返事をしたところで、常連客が暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ」
「らっしゃい」
常連客はカウンターとテーブル席を見渡して、カウンターを選んだ。カウンターには他に
もう一人常連客が座っていて、お互い軽く会釈をして、客は席に着いた。
二人とも40代半ばのサラリーマンで、先にカウンターに座っていた方は既婚者で、今は単身
赴任の身、後からやってきた客は身軽な独身だったと綾真は思い出す。
高森が常連客を大切にすることを知っているので、綾真もなるべく常連客の顔と最低限の
情報は覚えることにしている。無駄口は挟まないが、高森と客のやり取りを綾真もそっと
聞いて客の特徴は大体把握していた。
独身サラリーマンはケータイをちらちらと見ながらメニューを注文した。
「えーっとねえ……ビールと……酢だこ……」
「はい」
そこでサラリーマンの口が止まる。ケータイの画面を見入っているようだ。
「あ、ごめん。とりあえずそれだけ。あと、ちょっとコレ見ててええ?」
客が指したのはケータイの画面で、見れば画面はテレビになっていた。
「ええ、どうぞ。でも、珍しいですね、テレビなんて」
綾真が答えると独身サラリーマンは照れくさそうに頭を掻いた。
「それがさー、帰りの電車でこれ見始めちゃったらやめられんくなって」
客が指す画面に綾真も僅かに身を乗り出して覗き込んだ。
「なんて言う番組なんです?」
「『徹底追跡、あの人は今!?』っていうヤツ。ワンセグたまたまつけたらやってたんだ
けどさ、あの『肉食王子』が出るんやって!で、ずっと見てんだけど、引っ張る引っ張る。
まだ温存してるんや。こりゃあトリかな」
独身サラリーマンが話していると、隣のサラリーマンが箸を止めて食いついてきた。
「肉食王子!懐かしい響きだなあ!……すんません、つい」
「でしょ!あのCMからもう30年近く?すっかりおっさんになってるんやろうけど、あの
生意気な王子がどうなっちゃったのか気になって」
「俺、よくモノまねしたなあ。『にくにくにくにく、にくしか食わない!俺を満足させて
くれ!』」
「そうそう。それで母親に『王子、隣の星のお肉です』って言われながらサラダ出される
んですよね!」
二人の客が盛り上がる中、綾真は首をかしげた。
「肉食王子ってなんですか?」
「ええ!!知らんの!?あんなに有名なのに……そっかあ、若い子は知らんのか」
「だって生まれてないでしょう」
「そやな。どう見ても30歳になってないもんなあ。生まれてないか」
綾真は言われて、22ですと答えた。
「そりゃ知らないわ。冷凍食品のCMでね。子役の子が超偏食の王子で、肉ばっかり食べて
たら、その国の肉がなくなってしまったっていう設定なんだよ。それで執事がごまかして
サラダを隣の星の肉だとか言って出すんだけど、当然騙されるわけはなくて。そこに登場
するのが救世主の冷凍食品っていう今思うとよく分からない設定だったけど、子役の力も
手伝って爆発的に人気になったCMなんだよ」
「30年近く前のだから、今は40歳近いんじゃないのかな?」
自分にも懐かしいCMや曲があるけれど、この客の琴線に触れるものとは別のものだ。今は
お互い大人で同じ時を生きているけれど、こういう昔の話になると途端に世代を感じる。
この客達は自分よりも遥かに大人で、自分の知らない時を生きてきたのだ。
そう思って、綾真は誠史を思い出した。
誠史も自分とは違う時を生きてきた人間だ。この僅かでも大きな時の差が何故か切なく
なって、綾真は胸が痛くなった。
「その子、もうテレビに出てないんですか?」
「結構売れてたと思うんだけどねえ、気がついたらいなくなってたなあ」
「まあ、子役なんて旬を過ぎれば消えるだけやからな」
そういわれると、見なくなった子役なんて何人もいるなと思い浮かべたところで、店の
扉が音を立てた。
「いらっしゃい」
店主の声で顔を向けると、やや疲れ気味の顔の誠史が暖簾を押しのけて入ってくるところ
だった。
「いらっしゃいませ」
誠史はカウンターの定位置、綾真の前に先客がいることに驚いて一瞬立ち止まったが、何
も言わずに高森の前に座った。
「……こりゃあ、次も違うとなると、本当にトリにもってきやがったな」
「子役がトリなんて、よっぽど凄いことになってるのかな」
自分の前で常連客が盛り上がっているので、綾真は一瞬誠史に声を掛けるタイミングを
失った。
「どっかの社長とか、よっぽどイケメンとか」
「実業家とかありえるなあ……」
会話が一しきり終わったところで、綾真は誠史に身体を向けた。しかし、何にしますかと
声を掛ける前に誠史は店主に注文を出していた。
綾真は何故かばつの悪い気分で「いつもの」を手早く用意し、誠史の前に出した。
「お待たせしました」
「ありがと。……今日は盛況してるね」
「……誠史さんが来るのが早いからですよ」
「そっか。ごめんごめん。いつも貸切状態だからさ。早い時間からあれじゃ店潰れちゃうか」
あはっはと、誠史は珍しく大きな声で笑った。常連客がその声に驚いて振り返る。
「おや、たまにお見かけする方ですね」
「どうも。いつもはもっと遅い時間なので、こんなにお客さんがいると緊張してしまうな」
誠史は、どこが緊張しているのか全く分からない振る舞いで、綾真に出してもらったビールと
キムチ奴に手をつけた。
『さて、お待たせいたしました!次はこの方のあの人は今です……』
常連客はテレビのナレーションが聞こえると、俊敏な動きでテレビを振り返った。
「あ、あの、誠史さん……」
「何?」
綾真は常連客達をチラ見して、彼らがテレビに夢中になっていることを確認すると早口に
言った。
「ちょっと試作があるんですけど……」
「ホント?そりゃ楽しみだ。何作ったの?」
綾真は照れくささを隠すために、眉間に皺を寄せた。綾真は常連客が帰ったら、誠史の思い出
デザートの試作品を出そうと思っていたのだ。
それを答えようとした瞬間、ワンセグテレビを見ていた常連客達が声を上げた。
「え?!」
「ええーー!!」
カウンターの客が二人して誠史を振り返っている。その声にびっくりしてテーブル席にいた
客達も一気にカウンターに注目した。
「どうされたんですか?」
綾真が訊ねると客がテレビを指した。
「こっこれって!」
ケータイの小さな画面を覗き込むと、何故かそこには誠史の顔が映っていた。
『……肉食王子から30年、今、現在の肉食王子こと新村誠史さんです!』
テレビ画面から聞こえてくる声に、今度は綾真が声を上げた。
「う、うっそぉ!?」
綾真も目を白黒させて、誠史を振り返った。その様子に誠史は片眉を上げて溜息を吐き、
店主高森は苦笑いを浮かべた。
「え?!誠史さんが肉食王子!?」
「マジで!?マジで、君があの新村誠史君!?」
「新村誠史君!?ホントにホンモノ!?」
常連客が声を震わせて誠史に話しかけた。
「ええ、まあそうですね」
「ホンマにホンマなん!?……驚いて、言葉も出ない!」
「ひょええ。凄いな。全然面影無いね。いや〜、あの生意気偏食児がこんなイケメンに
なってるなんて!あ、握手してもらってもいい!?写真、写真は?!奥さんに写真見せ
たいんだよ」
「俺も、写真撮らせてもらいたいわ!」
酒の入っている客達は遠慮なしに誠史に迫った。誠史は「一般人なんて撮っても面白く
ないですよ」といいながらも、客達のリクエストに答えて、一緒に写真を撮らせた。
その後、呑喜ではちょっとした騒動になった。
テーブル席に座っていた客達も、写真を迫ったり、握手をおねだりして、誠史は律儀に
それに答えた。
ただ、
「サインください」
という願いにだけは
「もう覚えてないのでかけませんよ。ごめんなさい」
と、頑なに断っていた。



騒動が一しきり終わると、テーブル客も常連客も次々の会計を済ませていった。
「ホンマありがとう!今日は呑喜に来てよかったわ」
「ありがとう。奥さんにメールしたら、ウラヤマメール貰いましたよ!」
客達は自分達の希望を叶えてもらい、興奮したまま店を後にした。
綾真はそれを唖然とした気持ちで送り出した。
常連客達が去ると、呑喜にはいつもと同じ静かな空気がやってきた。カウンターには誠史
一人が残され、他の客は全て引いた。耳鳴りでもしそうな静寂の中、高森の盛大な溜息で
3人の時は動き出した。
「せっ、誠史さんって……有名人だったんですね」
綾真が顔を強張らせたまま呟くと、誠史はいつもと変わらぬ口調でそれに答えた。
「そうでもないよ。だって綾真君、俺の事知らなかったでしょ?」
「それは、俺が生まれてなかったからですって!店中、大興奮してたじゃないですか」
そういうと、誠史は高森を指した。
「落ち着いてた方もいるみたいだよ」
振り返ると、高森は誠史の料理を盛り付けている。そういえば、常連客がテレビ見ながら
盛り上がっているときも、誠史が有名子役だったってことが判明したときも、高森はただ
苦笑いを浮かべてみているだけだった。
「なんで、おじさんは……」
言いかけて、綾真ははっと思い出した。



『おじさん、あのお客さんの名前知ってたん?』
『常連さんだからなあ……それに有名だし』



初めて、誠史と「対決」したときの高森の言い回しだ。
「おじさん、知ってたん!?」
驚いて振り向くと、高森はちゃめっけたっぷりに頷いた。
「知ってたよ。常連さんに記帳してもらってるやろ?あの時に、「肉食王子」と同姓同名
ですねって言ったら、本人ですってあっさりカミングアウトしてくれたから」
「別に隠してるつもりじゃないからね。ただみんな気づいてないか、聞いてこないから
こっちも言わないだけで」
誠史はバツ一のときもそんな口調で言っていた。心を開いているのか閉ざしているのか
綾真にはいまいち読みきれない相手だ。
「だけど、有名子役なんて、誠史さん凄いですね。ゲーノー人だったんだあ……」
「昔の話だよ。今は全く切れてる。サインだって全く覚えてないし、あの頃どんな仕事
してたかも殆ど覚えてない。肉食王子はずっと言われ続けてたから辛うじて覚えてるけど
それ以外の話は、振られても困るよ。それに、今回あのテレビに出ることになったのも、
ちょっと面倒くさい事情があってのことで、本当なら出たくなかったんだ」
誠史は何故かぶすっとした口調で言うと、ビールを煽った。触れられて欲しくない部分
なのだろうと、綾真はそれ以上の詮索は止めた。客のプライベート詮索はしないのが決まりだ。
「そういうもんなんですか……」
綾真が引き下がると、高森が思い出したようにくすっと笑って、出来立ての煮込みハンバーグ
を差し出した。
「誠史君はね、肉食王子と偏食児で有名だったんだ」
綾真は偏食児というキーワードにピンとなった。
「子どものころから、好き嫌い激しかったんですか!?」
驚いて聞き返すと、誠史は当然の顔で言い返した。
「大人になって急に好き嫌いが増える方がおかしいでしょ」
「誠史君は覚えてないかも知れないけど、俺、よく覚えてるテレビ番組があってさ。子役
が主役のバライティー番組で、誠史君も出てたんだよ」
高森が懐かしそうに話すので、誠史も、ああと返事をした。
「多分、それは覚えてますよ……」
「綾真の通ってる専門学校の料理長いるやろ?」
「西園寺ティーチャー?」
「そう、その弟。サイオンジガーデンの料理長がまだ若手料理家だった頃、誠史君と対決
してるんだ」
「ええ!?」
「その頃の新村誠史君といえば、食えない餓鬼の代表みたいな子役だったから、持ち前の
我がままで料理長の作る料理にケチ付けまくり。まずい連発で、西園寺さん困らせてたな」
「数年後にVTR見せられて、本当に悪餓鬼だったので恥ずかしいですよ」
それで、この前サイオンジガーデンで料理長自らが出てきて挨拶していったのか。
やっぱり有名人なんじゃないかと綾真は思う。
言いたい事も聞きたいことも沢山あるが、どこからどう話を切り出してよいのか分からず
再び沈黙が訪れた。
誠史は目の前の煮込みハンバーグに箸を入れて旨そうに口に運んだ。
「大体、参っちゃうよね。よりによって「肉食王子」だなんて。今ならせめて肉食系王子
とか、もうちょっとオシャレにしてくれるのに」
もう一口、誠史はハンバーグを口に運ぶ。うまいな、と小声でひとりごちた。
「……間違いなく、誠史さんは「肉食」王子だと思いますよ……」
綾真は出来立ての煮込みハンバーグをがっついている誠史を見て苦笑いした。
自分の知っている誠史に、綾真はほっとする。
ただ、あまりに凄い出来事が起きて、綾真はその日、給食クレープを誠史に出すのを忘れて
しまうのだった。





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今日のレシピ
包んで冷やして温めて、給食アイスクレープ


材料(4〜5個分)
・ホットケーキミックス……100グラム
・卵……1個(Mサイズ)
・牛乳……180cc

<中身>
・クリームチーズ……200g
・ヨーグルト……150g
・砂糖……大さじ3
・レモン汁……大さじ1
・粉ゼラチン……5g
・お湯……大さじ3

作り方
【中身】
1.クリームチーズは室温に戻しておく。
粉ゼラチンをお湯で溶かしておく。
2.室温に戻したクリームチーズ・ヨーグルト・砂糖
レモン汁をハンドミキサーでしっかりと混ぜ合わせる。
3.あわせ終えたら、ゼラチンを加え混ぜ、冷蔵庫で冷やす。

【クレープ】
1.ホットケーキミックスに牛乳、卵を入れよく混ぜる。
2.ホットプレートかフライパンに油を引いて強火で加熱する。
(フライパン)の場合は濡れ布きんなどで、
荒熱をとり、生地を流し入れる(中火)
3.薄く延ばし菜箸などでひっくり返す。
4.生地が冷めたら、中身の材料をザックリとほぐし、
生地の半分に起き、半分に折る。
5.ラップで包み、冷凍庫で冷やして出来上がり。

綾真メモ
誠史さんの食べた給食クレープってこんな味だったのかなあ……




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