なかったことにしてください  memo  work  clap
きょうの料理


 レシピ7:ほっこり粥で良薬口に苦くない!―後編 



「ったく、俺は何してるんだろう……」
リビングで薬箱を探しながら綾真は呟いた。
誠史の気持ちは本気なのだろうか。冗談だといってあしらったのは何故なのか。本気で
向き合わないのはどうしてなのか。
答えがすぐそこにある気がして、綾真はぎゅうっと目を閉じた。心臓がドクドクといつも
より早いペースで波打っている。
「落ち着け、俺。そんなわけはない。ありえない。15も年上の男なんて論外だ」
小声で唱え続け深呼吸を繰り返すと、幾分落ち着いた。こんなことで心をかき乱される
のは不本意だ。こんなのが恋になるなんてあってはならないと、既成の概念で精一杯否定
した。
自分が恋愛に興味ないと言えばウソだし、恋人と過ごした甘酸っぱい過去の一つや二つは
綾真にだってある。恋愛のセオリーを知っている程、経験が多いわけではないが、二人の
関係が色づき始めればそれなりに分かると思う。けれど誠史の告白は自分の範疇を超えす
ぎていて、何をしても裏目に出てしまう気がした。
綾真は何も考えないように体温計を探した。
リビングで体温計を見つけ、再びベッドルームへ戻ると、誠史はベッドヘッドを背もたれ
にして眠っていた。綾真が入るとゆっくりと振り返り、だるそうな表情から少しだけ笑顔
を作って見せた。
「見つかった?」
目の周りが赤く腫れぼったいのだから、当然まだ発熱しているはずだ。
「はい。ちゃんと測ってくださいね」
「えー、どうしようかな」
この期に及んでまだ体温計を拒否している姿に、綾真は本当に15も年上の大人のすることか
と呆れた。
「測らないなら帰りますよ」
綾真も引き摺られて大人気ない答えをすると、誠史は観念したように体温計を受け取った。
「……分かった分かった。測るから、ちゃんと俺のお世話してね」
誠史が脇に体温計を差し込んでから計測終了の合図が鳴るまで綾真はじっと誠史の動きを
見張っていた。
「そんなに見詰められると体温上がっちゃうじゃな……」
ぼそぼそと冗談を言いながら取り出した体温を見て誠史が固まった。綾真は体温計を覗き
込むと、そこに表示されていた数字に目を疑った。
「39度!?……ちょっと、本気で大丈夫ですか」
「……ウソ、俺こんなにあるの?ダメだ、俺、もう生きていかれない……」
大げさにベッドに倒れこむ姿が本気のようにみえて、綾真も流石に焦った。
「あの!本当に、俺なんかしますよ?ご飯とか食べられてます?無理ならちゃんと水分
取ってくださいね?冷蔵庫、空っぽだったんでスポーツドリンクとか欲しいなら買って
きますし……」
「……まめまめしい恋人を持って俺幸せだなあ」
「誠史さん!」
「ウソウソ。ありがとう。ホントはもう十分感謝してるよ。風邪うつるといけないから、
早く帰りな。クレープありがと……って今何時?!」
そこまでぼうっとしていた誠史だったが、急に現実を意識した。ケータイを手元に引き
寄せて、時間を確認すると悔しそうに顔を歪めた。
「ごめん、こんな時間だったなんて……」
終電の時間などとっくに終わっていて、明日も学校がある綾真にとってはあまり歓迎できる
時間ではないことは確かだった。
「大丈夫です。課題も終わったし、それにちょっと寝てしまっていたので、体力的にも
まだ大丈夫ですから」
「……君さえよければ、ゲストルーム使って?勿論お風呂も、タオルも着替えもなんでも
使ってくれていいよ……」
心底申し訳ないという顔の誠史を見るとやっぱり根は「いい人」なのかもしれないと綾真
は思った。
「じゃあ、マンションの鍵を貸してください」
「ん?」
「スポーツドリンク買ってきますから」
綾真が真面目に答えると、誠史が目を細めた。
「ありがとう。玄関のキーボックスに掛かってるよ。……夜間の外出はくれぐれも気を
つけてね?」
「大丈夫、俺22の男ですから」
「可愛い子に男も女も20も40もないんだよ」
「誠史さんの目が腐りきらないうちに、早く寝てください」
綾真は笑って部屋を出た。
誠史は玄関の鍵がロックされる音を遠くで聞いた気がしたが、再びまどろみの中へと落ちて
いったのだった。





綾真は深夜に24時間営業しているスーパーに向かっていた。明日も平日で朝から学校は
あるが、このまま放って帰ることは綾真の性格がさせてくれなかった。たとえ年上の男で
も弱っている人間を目の前にすると、手を差し伸べずにはいられないのだ。そういう性分
なのだから仕方がない。相手が求愛してくる理解不能な男だとて、それは変わらなかった
ということだ。
綾真にとって、誠史は特別な客だけれど、思い入れのある特別な人間ではない。特別な
感情など絶対にない。11月の真夜中は薄手のコートでは寒すぎるほどで、綾真は余計な
感傷に浸ることをやめ、足早にスーパーへ向かい手早く買い物を済ませた。
帰宅すると、部屋の中は一層静かだった。何度か誠史の部屋をノックしてみたものの、返事
はなく、仕方なくドアを開けてみると誠史が汗びっしょりになって眠っていた。
綾真は急いで洗面所からタオルを持ってくると、誠史の汗を拭き枕元に今買ってきたばかり
のスポーツドリンクを置いた。
誠史は目を覚ます様子もなく、時々苦しそうな呼吸をしては綾真を不安にさせた。綾真は
時計を見て、深夜過ぎる時間に目を擦った。
ベッドルームを静かに出ると、風呂を借りゲストルームで束の間の休息を取った。





ドアをノックする音で誠史は目を覚ました。ブラインドの隙間から入ってくる陽射しで
朝が来たことを知る。身体を起こすと、昨夜より随分と楽になったと感じた。
振り返ればサイドテーブルの上にスポーツドリンクと汗拭き用のタオルが置いてあり、この
ノック主が綾真であることも察することが出来た。
「どうぞ」
思った以上に声が掠れた所為で、綾真が慌ててベッドルームに入ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「綾真君の看病のお陰だね」
「……。あ、熱!熱測ってください」
「えぇ、今日もぉ?」
「当たり前です」
綾真はベッドサイドに置いてある体温計を差し出した。有無を言わせない動作に誠史も
素直に従った。
ピピッと電子音がして誠史が身体の中から体温計を取り出すと、すかさず綾真も覗き込んだ。
「37度4分。大分マシになってきましたね」
「俺まだ熱あるの?……ダメだ、今日も会社休んでやる」
誠史は本気か冗談か分からない口調で言うと、布団を引っ張り上げた。その拍子に誠史の
お腹がぐぅっと鳴って、綾真は思わず噴出した。
「……誠史さんって実は大きい小学生とかじゃないですよね?」
「ひどい。熱でうなされてる人間捉まえてそんなこと言うの」
「あはは。あ、そうだ。お粥作ったんです。食べます?」
「へぇ。まめまめしいな」
誠史がニヤリと笑ったので、綾真はさっさと立ち上がってドアまで逃げた。
「持ってきますから!」
顔が赤くなる前に綾真は部屋を出たかったのだ。



誠史の部屋に運び込まれたのは一人用の土鍋だった。鍋の蓋の小さな蒸気口から緩く湯気
が立ち昇って部屋の中に食欲をそそる匂いがほんのりと漂った。
「お粥炊いたんですけど、食べられます?」
「へえ……なんか本格的。さすが料理人」
「でも、調達したのはせいぜい調味料と肉くらいですよ?ご飯だって冷蔵庫の冷ご飯だし」
「そうなんだ」
「冷めないうちにどうぞ」
綾真はベッドサイドに土鍋の乗ったトレイを置いた。蓋を取ると白い湯気の中から艶やかな
粥が姿を見せた。ごま油と鶏ガラスープの食欲をそそる匂いが一層強くなる。
「うまそ」
「美味しいですよ、ホントに」
綾真は小鉢に取り分けると、薬味を散らして誠史に渡した。しかし、誠史は小鉢を受け取らず、
綾真の手をじっと見詰めた。
「誠史さん?」
「ねえねえ、ふうふうしてあーんとかしてくれないの?」
「するわけないじゃないですかっ」
「ノリ悪いなあ」
誠史はブツブツ文句を言いながら綾真の手から小鉢を受け取った。
「ホント、誠史さんて……」
子どもみたいだと綾真は呆れた。誠史は綾真の態度を気にすることなく受け取った小鉢から
お粥を掬った。
「なんか普通のお粥と違うような気がする」
「なんちゃって中華粥です」
誠史はへえっと一言呟いてお粥を口に運んだ。
「……!旨い」
「そうですか、それはよかった」
「お粥って味付けが塩だけの、どろっとした病人食ってイメージだったけど……」
「まあ日本のお粥はそうですよね。折角作るなら、美味しく食べられるほうがいいかと
思って、中華風鳥粥にしてみました。でも、なんちゃってなので、鶏ガラスープは市販の
顆粒のものですけど」
鶏の手羽や胸などで出汁を取り、ご飯も米から炊いていくのが本来の鳥粥なのだが、時間
短縮のため、省ける手間を全て取り除いた結果生まれたレシピだった。
「でも、すっごくおいしいよ。ごま油がいいね。一気に食欲が戻った。細かくさいてある
鶏肉も、あとこれはしょうがの匂いかな。食欲をそそる味がいいね。こんなお粥なら最後
まで全部食べきれるな」
「それはよかった。一応、しょうがと鶏肉で風邪対策……もう引いちゃった後ですけど、
鶏胸肉は高たんぱく質なので、栄養を補う面でもいいかなって。薬膳料理って呼んでいい
のか微妙なところですけど」
「でも苦い薬を飲むより、綾真君のお粥の方が、ずっとか早く治りそうだ」
誠史はパクパクと粥を食べ続けている。時々旨い旨いと呟きながら、あっという間に小鉢
の中は空になった。誠史は自分でおかわりをよそって二杯目も食べた。
「ゆっくり食べてくださいね。胃がビックリしちゃいますよ」
「うん。でも旨くてさ。それに凄い。なんちゃってでも十分本格的に見える」
「そうですか?土鍋の所為じゃないですか?雰囲気重視」
「この鍋、どこで調達したの?まさか、これだけの為に買ってきたわけじゃないよね?」
「え?」
綾真は驚いて顔を上げた。誠史がぺろりと一人分の粥を食べきったところで目が合った。
「食器棚の一番下にあったのを借りただけですよ。まあ、一人用の鍋まであるなんて、
ちょっとびっくりしましたけど」
綾真がそう言うと今度は誠史が驚いた。
「これ、うちの食器なの?」
「そうですよ。見たことないんですか?」
「ないね」
引っ張り出した一人用土鍋は2個あって、どちらも埃をかぶっていた。長いこと使われて
いなかったことは容易に想像はついたが、存在まで知らないなんて、どれだけ不憫な鍋
だろうと綾真は思った。
それと同時に嘗てあのキッチンに立っていた人物のことを想像して胸が痛くなる。
切ないのか悔しいのか分からない感情で震えそうだった。
「……綾真君?」
「いや、なかなか持ってる人いないと思いますよ、一人用の鍋」
「そういうもんなの?」
「そうですよ、クラスのヤツにだってこんな一人用の鍋、持ってないと思いま……あっ!」
言いかけて、鍋というキーワードに綾真は重大な約束をさせられていたことを思い出した。
「何?」
「……そういえば、みんなが、誠史さんと鍋したいって」
「へえ?いいんじゃないの」
「無理しなくていいんですよ」
誠史があっさりOKを出したので、綾真は落胆した。断ってくれると期待していたことが誠史
にも分かる。誠史はニヤニヤし始めた。
「友達といるときの綾真君ってどんなんか見てみたいし、みんなでおいでよ。たしか、普通
の大きい鍋もあったはずだよ」
「……そこは断ってください」
綾真はがっかり肩を落とした。あの電化製品の墓場に、IHの鍋があるのは綾真だって確認
済みだ。だから、誠史には断って欲しかったのだ。
「誘っておいて、それはないでしょうに。あ、俺との関係がばれるの怖い?大丈夫、誰に
も口外しないから」
茶目っ気たっぷりに誠史が言うと、綾真はムキになって反論した。
「ばれて困るような関係なんてないですっ!」
「じゃあ、これから作ってみるっていうのでもいいよ」
ぬうっと手が伸びて、綾真は頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「何……っ」
腕をひっぱられ、バランスを崩したところで、誠史の唇が綾真の頬に命中した。ちゅっと
小さな音を立てて唇が離れると、綾真は両手でそこを擦った。
「もう!!病人は大人しく寝て、さっさと風邪治して下さい!!俺、学校あるから、もう
帰りますっ」
まったく油断も隙もありゃしない、綾真が顔を赤くしながら怒っていると、誠史はひらひらと
手を振った。
「ありがとう。またお店行くよ」
「風邪治るまで来ちゃダメですからね!!」
「はいはい」
裏返せば風邪が治るまで待ってるということを、綾真は気づいているのだろうか。誠史は
クスクス笑いながら、綾真を見送ったのだった。





――>>next




今日のレシピ
身体ぽかぽか、心ほっこり鶏粥


材料(4〜5個分)
・ごはん……ご飯茶碗1杯
・鶏肉(むね)……50g
・しょうが……1かけ
・青ねぎ……お好み
・水……500cc

・鶏がらスープの素(顆粒)……小さじ1〜2
・しょうゆ……小さじ1
・塩……少々
・ごま油……小さじ1/2

作り方
1.水と鶏がらを鍋に入れ、沸騰させる。
しょうがとねぎはみじん切り
とりむねは細切りか、ささがきにして
塩をひとつまみ振っておく
2.沸騰したらごはんを入れる。
2分ほど煮て中火にして、かきまぜながら15分程度煮る
(好みの硬さで調整してください)
3.一度火を止め、鶏肉としょうがを入れ、
しょうゆと塩で味付けをする。再び中火にし、鶏肉に
火が通ったら出来上がり。
4.最後にごま油で香り付けを。食べる時に薬味(ネギ)
などをちらす。

綾真メモ
おかゆの味がシンプルなので薬味で冒険するのも楽しい。
手間と時間のある人は、是非鶏がらからチャレンジを!




よろしければ、ご感想お聞かせ下さい

レス不要



  top > work > きょうの料理 > きょうの料理7後編
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13