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きょうの料理


 レシピ8:新しい風、アジアの香り―後編 



微妙な空気になったことに若干の責任を感じつつも、メンバーがそれほど引き摺っていない
ことにほっとしながら、綾真は片付けを始めた。食材の余りは綾真が買い取って持ち帰る
事にし、それ以外の料理は誠史のために冷蔵庫に綺麗にしまってやった。
「あっけない幕切れだな」
片付けをしながら美浦が苦笑いで言った。
「ごめん、俺が余計なこと言った」
「まあ丁度いい時間やな。電車もあるし、帰って寝る前にレシピ考えられる」
美浦に慰められていると、他のメンバーにも愚痴るどころか感謝された。
「ひと時の楽しみをもらえて、楽しかったっすよ。綾真さんの新作鍋食べられたし」
「そうだよねー。王子様にも会えたし、日常のオアシスっていうか、フル充電させてもらっ
て、また頑張ろうって思えたし、今日はありがとね」
「レシピ提出、頑張らなくちゃね。卒展で一個くらい賞もらいたいもん」
メンバーの前向きな発言にほっとしていると美浦は感心しながら頷いた。
「なんだかんだ言って、お前の言葉には力があるんだよな……。不思議だ」
「やめて。超恥ずかしくなる」
綾真は耳を赤くして首を振った。美浦は綾真がどうして皆の兄貴的な存在でいられるのか
ほんの少しだけ分かると思った。



大方部屋の片付けを終えると、それぞれにお礼をして部屋を出た。余った食材や調理道具
で手荷物が一杯の綾真は、列の最後をゆっくりと歩いた。酔いは殆ど醒めていて、まだ飲み
足りない気持ちは誰にも知られないように胸の中に仕舞った。
「誠史さん、今日は本当にありがとうございました。超、楽しかったです!」
「俺も、久々に若さとパワーを貰ったよ。またおいで」
ニコニコと笑いながら、誠史はメンバーをエントランスまで見送った。
「母に自慢しまくります!」
「私なんて、そっこー写メ送っちゃったもんね」
「俺も」
美浦も悪戯な顔で手を上げた。
「おじさん捕まえて、からかわないでね」
「大丈夫です、私達全然ストライクゾーンですから!」
「お前らがストライクゾーンでも誠史さんは違うぜ、絶対」
男達に茶化されて、女子が文句を言っている。少し遅れて綾真がエントランスから出てく
ると、皆が一斉に振り返った。
「ごめん、おまたせ。誠史さんもわざわざここまで見送ってくださってありがとうござい
ました」
大きな荷物を持って現れた綾真を見下ろして誠史は目を細めた。
「あ、綾真君ごめん。高森さんに渡してもらいたいものがあるんだった。せっかく出てき
たんだけどちょっと取りに来てもらってもいい?」
「……?いいですけど……」
「じゃああたし達待ってるよ」
「うんうん、行って来なよ」
「いやいいよ。マンションの前で酔っ払いがたむろってると迷惑だろ。それに俺方向逆
だし。先帰ってな。また月曜日」
「それもそうだな。じゃあまたな」
美浦がそういうと、メンバーも美浦に従った。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
手を振って別れを告げると、誠史は綾真を再びエントランスへと促した。背中を押され
綾真も歩き出す。誠史はエントランスに一歩踏む込むと、綾真に手を差し伸べた。
「はい」
「はい?」
「荷物。重たいでしょ。半分持つよ」
「大丈夫ですよ。俺、男ですから!」
「うん。知ってる」
そこまで言って、誠史は綾真の耳元に口を近づけた。
「知ってるけど、自分が手ぶらなのに、好きな子が重そうなものを持ってると助けてあげたく
なる男心も分かるでしょう?」
「わ、分かりません!」
綾真がパクパク口を開いてる隙に、誠史は綾真の手から全ての荷物を奪い取ると、玄関の
ドアを解除した。
「どうぞ」
「……俺、もう、どこをどう突っ込んでいいのかわかんないです……」
そんな二人の後姿を見送った美浦は「なんかお似合いのカップルみたいに見えるけど、俺、
目が腐ってるのか」と呟いた。しかし、そこにいた全員がその言葉を否定しなかった。





再び玄関に戻ってくると、上がってと促す誠史に綾真は靴を履いたまま首を振った。
「届け物預かったら帰りますから」
誠史はふっと鼻で笑った。そして、自分は靴を脱いでさっさとリビングに向かって歩いて
行ってしまうので、綾真は慌ててその後を追った。
「あの、渡すものってなんですか」
綾真が背中に向かって問うと、リビングのドアに手を掛けていた誠史が振り返って言った。
「ないよ」
「は?」
「そんなものはないよ」
「はあ!?」
「このまま、君をあの子達と一緒に帰すのが惜しかったから」
「……子どもですか、あなたは!」
誠史は本当に子どものようにニヒヒと笑って見せた。綾真ががくりと肩を落としている
様子を見ても、誠史は悪びれもせず、リビングのドアを開け放って綾真を誘った。
「明日は夕方まで時間あるんでしょ?もう少し飲んでいきなよ」
「帰りますよ!もう満足しましたから!」
「そう?飲み足りない顔してたよ」
覗き込まれるように見詰められて、綾真はビックリした。何故本心がばれているのだろう。
驚いて綾真は自分の気持ちを思わずこぼしてしまった。
「何で分かるんですか!?」
言ってから墓穴を掘ったと綾真は後悔する。
「飲み会の間中、綾真君のこと舐めるように観察してたから、かな」
「誠史さん、変人……」
その視線を誰かが見ていたらどうするんだという不安やら、どこかで湧き上がってくる
嬉しさやら照れを綾真は処理しきれず、よろめいて壁にもたれた。誠史もこれ以上は無理
にリビングに誘うことなく、自分も壁に背を付いて綾真を見下ろす。腕を組みながら満足
気に語った。
「今日の鍋会は、面白かったね」
「そうですか?うるさい女子ばっかりで申し訳なかったって思ってましたけど、あんなので
満足できるなら、よかったです」
「いや、面白かったのは君の方」
「俺!?」
「今夜の綾真君はなんだかカッコよかったよ。学校だといつもあんな感じなの?」
「そ、そうですよ。学校でもどこでも一緒のつもりなんですけど」
綾真は女子達がしていた会話を思い出す。自分が誠史の前だとキャラが崩壊するだの、そこ
がギャップ萌だの、気の遠くなることを平気で並べていた。後でからかわれるだろうとは
予想していたが、やっぱりからかわれていると思うと悔しくなる。
「綾真君ってお客さんの前だと、もっと物腰柔らかいし、俺の前だとツンツンしてるよね」
「それは誠史さんが……」
「俺の所為?まあいいや。でも、兄貴肌のところあるなあとは思ってたけど、綾真君が
あんなに頼れる兄貴的存在だったなんてね」
「別にそんな存在になったつもりは無いですけど。他の子達より年上だから、必然的に
そういうことになっちゃったんです。変ですか」
「だから、カッコよかったって言ってるでしょ。でも、ちょっと妬けたかな」
「はぁ?」
「俺の知らない綾真君を知っている学校の皆に、妬けまくりだよ」
言いかけて誠史はニヤニヤを顔を覗き込む。
「まあ、こういう綾真君も可愛いから、今のままで十分満足だけど」
「誠史さん!!」
からかわれたと思って綾真が叫ぶと、誠史は軽く手で制した。
「それにしても驚いたなあ。綾真君『さと泉』に就職決まってたんだね」
「運がよかったんですよ。内定してた子が一人辞めてしまって、急遽空きが出来たので」
「来年からはもう呑喜には立たないの?」
「無理でしょうね。そんな暇無いと思います」
誠史は淋しそうにその言葉を受け取った。
「綾真君の手料理が食べられるのもあと僅かになるんだ」
「そうですね。偏食を理解してくれる料理人がいるお店、もう一回探し直すしかないですね」
天然の返答に誠史は苦笑いを浮かべる。壁にもたれた身体がずしりと重く感じた。
「そういうことじゃないんだけどね。淋しいなあ……あ、そうか。綾真君がここで作って
くれれば問題ないね。それで全部解決するよ。うんうん。いい考えだ」
突拍子もない提案に綾真は目を見開く。ここで料理をするというのは、自分達の関係が
そういう関係になっていることが前提の話だ。そういうニュアンスの話なことくらい綾真
にだって分かった。甘ったるい空気が漂い始めそうで綾真はかき消そうと語気を強めた。
「いい考えなわけ無いじゃないですかっ」
「そう?……でも気長に行くつもりだったけど、そうも言ってられなくなったからなあ」
綾真が反論すると、誠史は身体を起こして綾真の一歩前に立った。綾真が見上げると、誠史
は張り付いた笑顔のまま、こちらを見下ろしている。ぞくっと背筋が震えて、綾真は本能
的に危険を感知した。
「誠史さん……!?」
ゆっくりとした動作で誠史は綾真の顎に手をかける。顎に触れられて、ぞわぞわと身体中
が異変を訴えた。誠史の笑顔は見た目だけだ。真摯に見詰められ、その奥に綾真が感じた
ことの無い熱さを秘めていることを実感した。
「……や、やめっ……」
驚いて綾真が固まっていると、誠史の顔がどんどん近づいてきて、唇が触れそうになった。
誠史の息が自分の唇で確認できるほど近い。キスされる寸前のところで綾真の身体がぴくっ
と揺れた。不安そうな瞳が誠史を見上げる。
誠史は一瞬空気を緩めた。それから子猫に口付けをするかのように綾真の瞳の上に軽く唇を
落とした。綾真は肩をすぼめてそのキスを受けた。
目頭がぴりぴりと痺れて、燃えているようだった。ダメだ。誠史にこんなことをされると
益々自分を失ってしまう。暗闇の中から出口を見つけてしまいそうで、綾真は苦しくなった。
「誠史さんっ……」
縋るような瞳で誠史を見上げると、誠史は不敵な笑みを湛えていた。誠史は確信的に綾真
の耳朶に唇を近づけた。息が当たると、綾真の身体がびくりと緊張する。
「やめっ……」
逃げようとする綾真の身体を誠史は壁に押し当てた。反射的に暴れようとする右手を掴み
顔の横の壁に固定する。顎に掛けていた手が腰に回された。上半身が接触すると、誠史は
更に足を割って、膝を綾真の太ももの間に捻り込んだ。
身体の芯が疼いている。腰の辺りがジンジンと熱く、それが誠史に知られたくない熱だと
分かった。
誠史は綾真のその反応を半ば楽しんでいる様子で、腰に回した手ももぞりもぞりと動かし
はじめた。綾真はがくっと腰の力が抜けて誠史に支えられた。
「も、もうっ……ホント、やだ……」
綾真のその反応に気をよくしたのか、誠史は息を吹きかけていた耳朶を、ぱくりと口に含
んだ。
「あっ!!」
口の中で甘噛みする歯と輪郭をなぞる舌に、今度こそ思いっきり暴れた。
「やっ!やだ!!!」
逃げようとする綾真を、誠史は今日は逃がさなかった。綾真が暴れるより更に強い力で
押し込められ、その代わりバリトンの声が綾真の耳に鳴り響いた。
「そろそろ遠慮しないよ。覚悟決めてね」
綾真の背筋が得体の知れない物体になで上げられたようにぞわりと震え、綾真はその場に
へたり込んだのだった。





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今日のレシピ
ハリハリ風でアジアン風


材料(4〜5人分)
鍋の具財
・豚肉
・水菜
・白葱
・にんじん
・白菜
・大根
・豆腐
・餅

などなど。お好みで入れてください


鍋スープ
・だし用昆布……1枚
・水……2リットル
・にんにく……2片
・しょうが……1片
・ローリエ……1枚
・赤とうがらし……2本
・八角……1個(お好みで調整してください)
・醤油……大さじ4〜5
・みりん……大さじ3
・酒……大さじ3
・塩……15グラム
・砂糖……大さじ2
・オリーブオイル……大さじ3
・黒胡椒……適量

作り方
1.水に出汁用の昆布を入れて1時間程放置
2.具財を切る。にんじん、大根はピーラーで剥く
3.鍋にオリーブオイルを敷き、ニンニク
しょうがを炒める
4.唐辛子、ローリエ、八角を入れる
5.出汁と調味料を全て入れ、一煮立ちさせる
6.具財を入れ、火が通れば出来上がり

綾真メモ
八角はかなり香が強いので、入れるときは様子を見ながら
入れてください。苦手な人は要注意!




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