なかったことにしてください  memo  work  clap
きょうの料理


 レシピ2: 腹黒ナスのデリカテッセン―後編



「ナスだよナス!」
「はあ」
「生まれてから一度もナスを口にしたことない大人がいるってありえなくない?」
昼休みの学食でやっぱり美浦に文句を言いながら綾真は「スペシャル西園寺ランチ」を
頬張っていた。
「料理人でそんなヤツがいたら、俺も突っ込むだろうけど、ただの客だろ?いるんじゃない?
うちの妹だって未だにキュウリ嫌いだし」
「でもさ、食べたことなくて嫌いっておかしくね?」
新しい味覚に出会うことが幸せだと思う綾真に誠史の気持ちなど分かりもしない。食べた事
なくて嫌いなんて、人生損しているとさえ思った。
「でもさ、食わず嫌いを克服するほうが簡単だよな」
「……そう?」
「だってさ、その味を知らないだけで、嫌いなわけじゃないんだから。調理方法さえ間違
わなければ、食べられるようになるって西園寺ティーチャーが言ってた」
「……そっか」
調理方法……どうやったらナスを怖がらずに食べられるだろう。揚げナス、麻婆ナス、ナス
グラタン……綾真はナス料理を次々に思い浮かべた。
黒さを強調せず、旨みを逃がさない調理……。初めて食べる味なら、素材を前面に出すより
もドサクサに紛れていた方がいい。それでいて、食べたと実感できる調理方法。
綾真は誠史の穏やかな顔が歪むのを思い出して奮起した。
「絶対食べさせたる!あの、おたんこなす!」
「綾真、何か最近楽しそうやな」
「え?…!!全然そんなことない!!」
全力で首を振る綾真を尻目に美浦は今日も「西園寺Tランチ」をがっついていた。





前回のトマトの奇襲作戦とは違うのだから、本当に嫌なら来ないはずだ。
だけど、もう来ないかもしれないという不安は不思議と沸いてこなかった。誠史は今日も
来るに決まっている。あの挑発的な目はそう語っていた。やれるもんならやってみろぐらい
の勢いで綾真を見ていたはずだ。だったらこっちだって絶対に食わせてやると、開店前の
仕込みに走った。
誠史が来たのはやっぱり閉店間際だった。
「仕事が立て込んでて、まいったよ。あー疲れた。いつもの頂戴」
「はい、かしこまりました」
綾真は手際よくビールとキムチ乗せ奴を出すと、カウンター越しににっこり笑って言った。
「さっそくですけど、誠史さん、ナス、チャレンジしてみませんか?」
「随分自信アリなんだね」
好戦的に誠史もそれを受け取った。
「この世の中に食わず嫌いで、ナスを食べたことのない人がいなくなって欲しいですから」
「じゃあ、お手並み拝見といきますか」
「絶対食べさせてみせますよ!」
綾真は冷蔵庫から材料を取り出すと、誠史の前で調理を始めた。



綾真が選んだのは美濃焼きの真っ白いスクウェアの皿。そこに出来立てのナスが並んだ。
料理に名前を付けるのなら「ナスの挟み焼き」だろう。
丸い切り口のナス。その間にはジューシーな肉が挟まれている。肉汁が溢れて、和風のあん
と混ざり食欲をそそった。
ナスの側面が綺麗な縞模様と描いている。ピーラーで皮をむいてあるらしく、ナスの黒さを
目立たなくしようとしているのだろうかと誠史は思った。
「ナスの肉挟み。……鉄板ですけど、鉄板だからこそ、やっぱり旨いんです。あ、でも
輪切りにして、ナスの存在を控えめにしてみました。味もちょっと濃い目ですよ」
37年、こんな風にしてナスを克服させようとした人間は今までいなかった。嫌いといえば
それで通った子ども時代、自分で食を選べるようになったら、徹底的に避けていた。
改めて対面して、誠史は苦笑いが隠せなくなった。
「なんか、給食食べられない子どもが教室の隅で何時までも残されてるときの、あの気分
を思い出すね」
「残されてたんですか」
「いや、俺は堂々と捨ててた」
綾真が顔を顰めると誠史は笑って箸を取った。
「覚悟決めますか」
「そんな、げてもん食うみたいに言わないでくださいよ」
「俺にとっては、イナゴ食うのと同じレベルなのよ?」
「……大丈夫です!これはハンバーグです!ハンバーグの隅っこにナスがくっついてるって
思ったらいけますから」
「ハンバーグねえ……」
誠史は箸でナスをつまみあげると、一呼吸して口の中に運んだ。

ガブリ。

眉間に皺を寄せて、誠史がかぶりつく。噛み付いた瞬間、綾真は小さく声を上げた。その
様子を高森も興味深そうに眺めている。

モグモグ、モグモグ……

誠史の表情が次第に緩んで、肩の張りが取れていく。どうやら思っていた味とは違うもの
だったらしい。

ゴクン。

誠史の口の中にナスが入りきるまで、綾真は息をしていなかった。誠史の喉が動くと同時に
自分もゴクリと飲み込んで咽た。
「なんで君が咽るの」
「……き、緊張して……!」
実のところ、食べに来てくれる自信はあったけれど、食べてくれる自信となると怪しかった。
昔、家族に自分の料理を作って、苦手が克服できなかったという過去がある綾真には、ある意味
デジャブのようで、自分の料理の腕というよりも、嫌いなものを克服させるという作業が、
苦しかったのだ。
「で?どうだった?誠史君」
高森が覗き込んできたので、誠史も箸を置いて頷いた。
「思っていた以上には旨かったよ」
「よかったな、綾真」
暫く放心していたが、はっと我に返ると、俄然強気になった。
「でしょ!旨いことわかってもらえたんですよね!?」
乗り出しそうになって綾真が言うと、誠史はそれを手で制した。
「うーん、旨いねえ……。この肉の部分は最高に旨かったよ」
「で、でも!ナス、食べれたでしょう!?」
綾真が真剣に乗り出してくるので、誠史は一旦そこで折れた。
「わかった。ナスの凄さはよく分かった。食べられるモノだし、それなりに旨い」
「それなりに旨いってどういうことですか!」
けれど、綾真もその評価には納得がいかないらしく、食い下がってくる。誠史もそうなると
引き下がれなくなった。
「旨いよ。肉は旨いし、ナスも思ってた程、虫っぽい味はしなかった。でもね、俺はやっぱり、
この黒さが許せないんだよね」
僅かにのこる皮の部分を指差して誠史は言う。そんなに黒いのが気になるのなら、皮を剥が
しておひたしにすればよかったのかも……と瞬間弱気になるが、誠史の勝ち誇った顔を見ると
悔しくなって思わず言い返していた。
「黒光りしてるから旨そうなんじゃないですか!」
「黒っていうのは昔からいい意味より悪い意味の方が圧倒的に多い。ほら、犯人の事クロ
っていうでしょ?腹黒いとか黒星とか黒魔術とか。黒光りなんて銃口向けられてる表現じゃ
ないか」
「腹黒いナスがどこに存在するんですか!!」
どんないちゃもんなんだと、綾真は半分呆れた。
「こいつって、いかにも悪そうな顔してない?」
「ナスをそんな風に見てる人の方が頭悪いです!」
「……綾真君、結構言うね」
「あ……す、すみません」
客に対して少々暴言だったと気づいた綾真は慌てて頭を下げた。この人はただの客だ。
自分の身内でも友人でもない。随分フランクな人だという事は分かったけれど、この人は
「他人」だ。ただの客で自分とこの人はカウンターを挟んで別の世界にいる。
カウンターは聖域であり結界だと言ったのは綾真の学校の師、西園寺ティーチャーだった。
そのことを思い出して、綾真は切なくなった。



誠史は熱いお茶を一口飲むと、スーツの上着を羽織った。
「お勘定、お願い」
ヒートアップした会話もあそこで途切れ、あとはまったりとした時間が過ぎた。誠史が
席を立つころには他の客は引き払っていて、誠史が最後の客となっていた。
「ご馳走様。今日はありがとう。37年目の真実にも出会えたし」
「でも、本当に食べたことなかったんですか?」
「うん。やばそうだと思ってたからね。ちょっとでも虫っぽい味がしたら吐いてたよ」
「……虫、食べたことあるんですか……」
「ないね。さあ、ごちそうさま。あ、ナスの料理もお会計入れといていいから」
「え?あれは俺の作った試作品なので、値段付きませんから……!」
「そう?じゃあ言い値でつけておいていいよ」
言い値でつけるなんて、そんな難題をこっちに押し付けないで欲しいと綾真は赤面しながら
レジの前に立った。
「おじさん、どうしよう」
「お客様が出してくださるっていうんだから、ありがたく貰っとけ」
高森も苦笑いして二人のやり取りを見ている。
「・・・・・・じゃあ・・・・・・お通しと同じでいいですか・・・・・・」
「うん、じゃあそれで」
綾真は緊張しながらレジを打つと会計を貰った。
「ごちそうさま」
誠史はいつも通りニコニコと笑顔を浮かべながら店を後にした。





「なんか・・・・・・」
言いかけて高森は苦笑いを浮かべた。優秀そうな出で立ちで、ぱっと見は温厚そうな性格。
紳士的なのに、どうしてだか食べ物の事になると子どもじみた態度を取る。このデジャブを
綾真だけでなく、高森も味わっていたのだ。
「誠史君ってやっぱり似てるやろ?」
「うん・・・・・・」
綾真は急に苦しくなって白衣の裾を握った。
「来月やな」
「……うん」
この苦しみは何なのだろう。胸の詰まりが自分にも分からない。切ないって言葉だけで
片付けられるような単純なものではなく、懐かしさやもどかしさが混じって中心で渦を
巻いているような感じだ。
「10年か。早いな」
「……父さん……」
呟いた途端、鼻の奥がツンと痛くなった。高森は何も言わず、綾真の背中を優しくポンと
叩くと、店の奥へ消えて行った。





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今日のレシピ
ジューシーハンバーグ、ナスに挟まれる


材料(2〜3人分)
・なす……2〜3本
・片栗粉……適量 <タネ>
・ひき肉……150グラム
・たまねぎ……1個
・卵……1/2個
・パン粉……大さじ4〜5
・牛乳……パン粉が浸るくらい
・塩、コショウ……適量
<タレ>
・水……大さじ2
・みりん……大さじ1
・醤油……大さじ1
・砂糖……大さじ1/2

作り方
1.ナスはピーラーで縞模様になるように縦に皮を剥き、
1センチ程度の輪切りにして水に晒す。
2.パン粉に牛乳を掛けて浸しておく。
3.玉ねぎをみじん切りにして炒める。
4.ひき肉に塩を入れて、粘り気が出るまでよく混ぜる。
5.4の上に2と3、卵、こしょうを入れ、混ぜ合わせる。
6.水気をよく取ったナスに片栗粉をまぶし、タネを挟む。
7.大目の油で焼く。ナスに焦げ目がついたら弱火にしてふたをする。
(3分程度蒸す)
8.その間にタレを混ぜ合わせておき、出来上がった7の中に
入れて絡ませる。
9.タレが絡んでなじんだら出来上がり。
綾真メモ
ナスが嫌いな人にはあくまで「肉メイン」で推してみよう。
これはハンバーグ!
ナスはくっついてるだけ!くらいの気合で食べさせるべし!




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