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友人失格―転句―



 噂は再び広まった。
相手は俺が転入してくる前に噂になっていた男、西だ。しかも、今度はガセじゃないと
きてる。ただ、当のアツシが困惑気味なところから、何か裏があることは確かだった。
 俺は、アツシの前でキレて以来、アツシとは挨拶程度しか交わしてない。気まずい空気は
引きずったままだった。



「アツシー、お前チョーモテモテ」
「モテてる訳じゃないと思うよ。・・・それに、西君とはただ一緒に帰ってただけだし・・・なんで
あんな噂になってるのか・・・」
「不本意なの?」
「どっちかといえば・・・凄く、ね」
笹部の茶化しにも、アツシは困っている。俺は、アツシの隣の席で2人のやり取りを黙って
聞いていた。
 昼休み、今日は生憎の雨。季節がまた少し進んで、肌寒さを感じる。周りの景色も、もう
長袖シャツにニットと言った冬仕様になり始めていた。
「あ、わかった。アツシ、お前そろそろ、本命に突撃でもしようとしてんだろ?」
その言葉に僅かに胸が痛む。
 アツシの本命はやっぱり名倉で、俺とのことは遊びだったってことなんだろう。俺だって
100%ホンキなわけじゃない。ただ、遊びでは割り切れない感情が後から金魚のフンみたい
に張り付いてきて、剥がそうにも剥がれないんだ。
「・・・・・・でも、もうダメかも」
アツシは机に頬杖をついて、笹部に言った。
「何が?」
「僕、センセに嫌われちゃったみたいだし」
「嫌われた?」
「うん。そりゃ、もう、さっぱりと」
アツシの溜息が前に座る笹部の髪を揺らす。笹部はそれを鬱陶しそうに掃った。
 嫌われたって、どういうことなんだろう。修学旅行から帰ってきてからこっち、確かに
名倉の様子もおかしい。
 授業なんて何時もぼそぼそしゃべってよくわかんないけど、それに輪を掛けて、黒板に
書く数式も、間違いだらけで、授業なんて成立してない。
 アツシもそんな名倉を追いかけてるように見えないし、そういえば、あの今井も、ここ
数日、名倉を追いかける姿を見てないような気がする。
 そこに来てこの噂。
一体どうなってるんだ?見えない繋がりが、みんなの足をそれぞれ引っ張っているような
気持ち悪さ。
「じゃあ、アツシ、今そんな噂が流れたら、結構ダメージでかいんじゃん」
「だから、凄く困ってるんだってば」
「お前、振り回すのは好きなくせに、振り回されるのは嫌いだもんな」
「うん」
「うわ、即答」
笹部はフン、と鼻を鳴らした。
 そんな2人の姿を横目で見ながら、俺は机に突っ伏して考えていた。
俺はアツシが好きだ。そういう意味でも、そういう意味じゃなくても、天野陸という
人間が好きだと思う。
 それから、アツシと修学旅行でしたことは、後悔してない。ラッキーだと思ったし(今
でも思ってるけど)そのことで流れた噂も、やられた、とは思わない。
 じゃあ、このままアツシを手に入れたいか、そう聞かれると、そこが一番の問題だった。
名倉とくっつくのは、面白くない。ましてや、再熱した西とかいう秀才野郎にもってかれる
のはもっと面白くない。
 でも、アツシの一番欲しいヤツになれないまま、アツシを落としたところで、それって
すごい虚しいと違う?
 あー、分かんねえ。
「でもさ、なんで今頃、また西なんかが出てきたんだ?」
「・・・・・・それが分かれば、苦労しないよ。西君、頭いいんだもん」
西、か。どんなヤツなんだろう。隣のクラスで頭良くて、人形みたいな顔してるヤツって
ことくらいしか、知らない。
 アツシとどんな話をして、どんな風にアツシに迫ったんだ?西は、一番になれなくても
それでも、アツシを手に入れたいと思うんだろうか。
 何考えてるヤツなんだろう。
「そんな頭いいヤツが、なんでアツシみたいなアホを選ぶのか、俺は知りたいね」
「じゃあ笹部聞いてきてよ。西君、僕に『ゲームに参戦したい』なんて言ってくるし・・・」
ゲーム。ゲームかよ。
 ゲームで人を落として、飽きたらポイ。西もそういう人間なのか?
 こいつらの感覚ぜんぜんわかんない。気持ち悪い。
突っ伏したままの顔を上げることなく、昼休みは終わっていった。






 今週は掃除当番で、ジャンケンで負けたゴミ捨てまで押し付けられた。小雨の降る中、
傘なんて差すのも煩わしくて、焼却炉までダッシュする。
 焼却炉は体育館の後ろにひっそりとあって、雨の日は最悪だ。
体育館では、既に室内の部活が始まっていて、その中で笹部の姿も見えた。やつはああ
見えて、恐ろしく運動神経がいい。
 一昨日、体育の時間に、体育大会の100メートル選手を選ぶために、試しに走ってみた
けど、笹部はダントツだった。
 その笹部を横目で見送って、体育館の軒下から、焼却炉へと走る。
 コンクリートの水溜りを跳ねて、ズボンの裾がじんわりと湿ってくる。この季節の雨は
流石に寒い。足元から体温を奪われていくみたいだ。
 焼却炉にゴミを突っ込んで、再びダッシュで戻る。小雨にもかかわらず、肩の辺りは
しっとりと濡れた。
 奪われていく体温を身体を摩って温めて、南校舎の昇降口に向かう。雨の校舎は暗くて
かび臭い。この陰気な空気から早く逃れたくて、階段を二個飛ばしで昇っていると、踊り場
で、名倉に会った。
 名倉も手にゴミ箱をもっている。地歴準備室の掃除でもしていたんだろう。
「うっす」
「ああ、有馬君。雨の日は滑りやすいから、気をつけてくださいね」
「・・・っす」
名倉は俺の隣をすり抜けていく。
 これが、ウチの担任で、23だかの冴えないヤツで、アツシが絶好調に惚れてる男。アツシ
はなんで、こんな男に惚れてるんだろう。今井じゃないけど、俺だってわかんない。
 しかも、今、アツシはこの男に避けられているらしい。何があったんだ。アツシにホンキ
で惚れられていて、満更でもなかった男が、ここに来て・・・・・・ひょっとして、俺とアツシ
の噂、気にしてるんだろうか。
 でも、噂なら今までも色々流れてきたはずだ。そんなことで、今更めげるヤツでもない
だろうし。教師としてのプライドに負けたんだろうか。名倉ってそういうところ、結構
真面目に考えてそう。モラルだとか、世間体だとか。
 まあ、ばれたら、クビか飛ばされるのは間違いないだろうから、名倉だって慎重にならず
には、いられないだろうけど。
振り返ると、名倉は背中を丸めながら、ぼんやりとした足取りで階段を降りている。
俺は思わずその背中に声を掛けていた。
「名倉、先生」
名倉はびっくりしたように肩を揺らした。それから、ゆっくりと振り返ると、踊り場で
佇む俺を見上げる。
「はい、なんでしょう」
何でしょうといわれても、返す言葉がない。何を言うべきか、全然まとまってもないのに、
声を掛けてしまった。
 ただ、名倉の本心を、俺は知りたい。名倉がホンキじゃないなら、俺にも考えがある。
だけど、そんなこと、どうやって聞いたらいいんだ?相手は教師だぜ?
「・・・・・・」
「有馬君、どうかしましたか?」
「・・・・・・先生ってさ、なんで先生になったの?」
「はい?」
「言っちゃ悪いけど、全然、先生に向いてなさそうなのに」
「・・・・・・やっぱり、生徒にもそう思われてますか。そうですね、向いてないかも知れません。
だけど、1人でも多くの子に、数学と向き合う楽しさが伝わればいいと思って、教師になった
んですよ。・・・・・・まあ、実際、絶対に教師になってやろうと思ったのは、教育実習であんなに
嘗めたマネをされて、悔しかったっていうのがあるんですが」
「嘗めたマネ?」
聞き返すと、名倉は俯いて、身体を揺らした。
「・・・・・・実習に行った先に、自分が作ったテストをわざと赤点取ったり、教師を・・・その頃は
実習生ですが、教師をからかったりする生徒がいてね。それで、思ったわけですよ。教師に
なってその子に『いい教師になった』って言わせてやりたいって。まあ、意地みたいなモン
ですね」
まあ、実習生なんて嘗められてナンボみたいなところあるけど、きっと名倉は実習先でも
こんなんだっただろうし、悔しかったんだろう。
「で、今、その子に会ったら『いい教師になった』って言ってもらえそうなの?」
「・・・・・・残念ながら、彼には相変わらず嘗められてばかりです」
「は?」
どういうことだ?そう思って、聞きなおすと、名倉は顔を上げて、困ったように笑った。
「天野君は、いつになったら、先生として認めてくれるんでしょうね」
「ええ?!」
名倉は暫く無言で立ち尽くした後、急に踵を返して階段を降り始めた。
「先生?・・・・・・あんた、アツシの事、追いかけて教師になったって言うのかよ!」
名倉の足が止まる。しかし、名倉は振り返らなかった。
「・・・・・・走りすぎると、滑って転びますから、気をつけてくださいね」
それだけ言うと、名倉は、暗い校舎の闇に消えていった。
「たまには、あんたも、ホンキ見せろよ!」
闇に響いた俺の声は、名倉に届いただろうか。
 名倉のホンキは分からなかったけど、少なくとも、名倉はアツシのことを特別な存在と
してることは間違いない。
 いや、きっと、名倉はホンキだ。ホンキだから、こうやって手を出さないで、じっと耐えて
るんだ。
 あー、やだやだ。教師の片思いなんて、気持ち悪いぜ・・・・・・。
心まで湿気が入り込んで、しんみりしてしまう。湿った空気の中じゃ、アツシへの想いの
火も、簡単に消えてしまいそうだ。
 参るよな・・・・・・。






 南校舎の渡り廊下を抜けて、教室棟へ向かった。確かに、廊下は滑って、走ると転びそう
になる。
 俺は廊下の湿気に気を取られながら、薄暗い廊下を教室へと急いだ。隣の教室に明かりが
ついていて、思わず教室の前で足を止めた。
 中にいるのは、3人の男子生徒だ。その中に知った顔を見つけて、息を呑む。
真ん中で笑っているのは西だ。
「なあ、西、いいのかよ、またあんな噂流されて」
「あはは、参るよねー、ちょっと一緒にしゃべって帰っただけなのに。キスしてた、なんて
冗談、きついよ」
「天野に関わるからだって。あいつの隣にいると、なんでも噂になる。隣のクラスの転入
してきたヤツなんて、結婚相手だの、修学旅行で盛ってただの、酷いもんだし」
お、俺の事!
 やっぱり、噂になってんだ・・・。
「かわいそうだよね、ホント」
西が笑う。その様子に他の2人が呆れ半分で言った。
「西も気をつけろよ」
「そうだよ、ホントに天野に食われちゃったらどーすんだよ」
「うん。程々にしとくよ。天野って、勉強できないけど、頭悪いわけじゃないからね」
あれ、なんだろう、この不快感は。
「そろそろ、帰ろうか」
彼らが立ち上がって、教室の出口を見たところで、ばっちり視線が合った。・・・・・・やべ。
俺って、どうしてこう、間が悪いんだ。


「あ・・・」
「ああ、天野君の」
天野君の、何だよ、続きは。
 西は素早く俺に近づいてきて、教室の出口を支えにもたれ掛かった。
近くで見ても、恐ろしく整った顔だ。これで頭いいんだから、世の中って不公平だ。
「何か?」
「・・・・・・いや、別に。ゴミ捨て帰りに通りかかったら電気がついてて。それだけ」
「ふうん、そう」
西はまるで、俺を品定めでもするかのように、頭から足先まで眺める。
「君も、なかなか不運な運命の持ち主だよね」
「はあ?」
「だって、天野君に、散々いいように、弄ばれてるんでしょ?」
「弄ばれてる!?」
「え?違うの?・・・・・・僕にはそう見えたけど。あ、君、ドMだったりする?」
「何!?」
思わず食って掛かると、西は柔らかい顔になって、慌てて謝った。
「ごめん、冗談」
「あんたねえ・・・」
「冗談だけど、君は、本気なの、有馬君」
わずかに垣間見る、西の素顔。笑顔の仮面の下で、何かがうごめいているような、気持ち
悪い感覚。
「・・・・・・そういう、あんたはどうなんだよ?」
昼休みにアツシの口から出た言葉を思い出す。ゲームに参戦するとかそんな台詞。
 アツシを狙って、落とそうっていう意味なんだと、そのときまではそう思っていた。
「・・・・・・」
「西・・・・・・?」
 西は、急に冷めた声になって、預けた背中を正した。そして、一歩、歩き出すと、その
まま俺の前を通り過ぎていく。

「あれを手に入れることには、興味ないんだ」
ぞわっと、寒気がした。
 こいつ、一体何をしようとしてるんだ?
振り返ると、西は、俺の存在なんてなかったように、他のヤツと廊下を歩き始めていた。







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【天野家国語便覧】
友人失格(有馬優斗 作)
友人を止めるか、片思いを止めるか、それが問題だ。そんな自問自答で始まる男子高校生の
ちょっと陰鬱な青春群像劇。
友達以上恋人未満の言葉に、それでもいいかと、納得できない辺りが、若いというか、切ない
というか。翻弄される人間は、とことん翻弄される運命なのだと、痛感する1冊。



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