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痴人の愛―望み薄―



世の中の修学旅行生に告ぐ。
修学旅行とは何だ。








 修学旅行?そんなの、友好を深めるためのものデショ?


「お前は、交遊を楽しむの間違いだろ」
笹部は相変わらず、僕に容赦ない。
 新幹線の2人掛けの席をお見合い席にして、隣に優斗斜め前に笹部と、僕達は関西に
向けて旅立っていた。
 これから3泊4日、奈良や京都や大阪を満喫する旅が始まるらしいけど、どこに行くとか、
そんな事には全く興味ない。
 寺も神社もUSJだって、「名倉先生と過ごす4日間」の前では霞んでしまう。
「けっ、何が楽しくて、男6人部屋!むさいし、臭いし、この4日間が彼女とラブラブお泊り
デートとかだったら、テンション上がりまくるのに」
「てか笹部、彼女いないだろ」
「いいんだよ、ロマン、ロマン。そう言う妄想が大事なの、俺達のお年頃には」
「・・・・・・僕は結構楽しみだけどね」
「男に囲まれて嬉しいのなんてお前くらいだ」
笹部はぺっぺっと唾を吐いて、嫌そうな顔をする。
 男に囲まれて嬉しいわけじゃないんだけど。まあ、隣に優斗がいるのは確かに興奮する。
この前、帰り道にキスしてから、時々思い出しては、顔がにやけてしまう。
 笹部の前では相変わらずな距離だけど、2人きりになったときは、優斗が少しだけ積極的
になるのも、たまんなくワクワクする。
 勿論本命は名倉センセだけど、あのキス以来、優斗だってかなりいい線行ってることに
気づいた。
 男相手は初めてだって言ってたけど、キスがあれだけ上手ければ、エッチだってきっと
上手くできると思う。大体セックスなんて、センスなんだし。
 優斗の身体に密かに見惚れていると、車両の先頭座席の方から、きゃあっと一際大きな
笑い声が聞こえてきた。
「女、うるせえ」
笹部が振り返って、悪態をつく。振り返った方向には数少ないクラスの女子と、同じく隣の
理系クラスの女子が声を上げて笑っていた。
よく見れば、その中心に囲まれてるのは名倉先生だった。女の子の黄色い声に、先生の
困ったジェスチャーが見える。
「名倉、モテモテ」
通路を覗き込んだ優斗に、笹部がもう一度振り返った。
「名倉ちゃんの隣にいるの、8組の今井サンじゃん」
「有名人?」
優斗が笹部を見る。笹部はその視線に苦笑いをして、僕を見た。
「・・・アツシのライバル」
「は?」
優斗は驚いて、笹部と僕を見比べる。
 ったく、余計なことを言わないでよ。
「な、そうだよな?」
ごり押しの笹部に、僕は仕方なく頷く。
「ライバルってどういう意味?」
「今井サンはさ、『アタシが理系に来たのは、理系の方が男が多いから』って公言しちゃう
ような子なわけよ。あの顔だし、あのスタイルだし、性格がどんなんでも、あれに誘惑
されちゃえば、男として引くわけにはいかんだろ」
「ふうん・・・それが、なんでアツシのライバル?」
「ポジションが被ってる」
「笹部ー」
「・・・・・・というのは、半分くらいは冗談で、ホントは1人の人間を巡って愛憎劇が繰り広げ
られてたから」
「どういうこと?」
優斗が続きを聞きたそうに覗いてくるので、僕はその視線をずらした。けれど、笹部の方
は、僕の思惑なんてお構い無しに、優斗に話してしまった。
「今井サンが狙ってた男が、アツシとホテルから出てきたっていう噂が流れたんだよ」
「は!?」
デカイ声でリアクションを取る優斗に車内の注目が集まる。
 溜息が漏れて、気分は一気に悪くなった。
「・・・・・・ただの噂だってば」





 そう。この「ただの噂」が引き金で、修学旅行でやっかいな出来事が起きるんだけど、
この噂を流したのは僕じゃない。そもそもアイツとは何もなかった。
 ホテルに出入りするような仲でもなければ、キスだってしたこともなかった。
確かに、ちょっとはイイかなって思ったこともあったけど、話してみてすぐにわかった。
ああ、これは脈がない。
ホンキでかからなきゃ、絶対に落とせそうもなかったし、本命でもないのにそこまで
する気になれずに、僕は大人しく「友達」を選んだんだ。
 ところが、暫くしてそんな噂が流れ始めた。流したのが誰で、どんな目的があったのか
僕には分からないけど、結局気まずくなって、アイツとは疎遠になった。
 それが1学期の話。
その男を隣のクラスの今井サンが狙ってたって事を知ったのは噂が流れた後だった。
「ホモの後釜なんて女としてプライドが許さないんじゃないの?」
っていうのは笹部だけど、多分笹部の考えは当たってる。
 それ以来、なんか僕に風当たりが強いことばっかり起きてるんだよね。援交の噂やら、
50過ぎのハゲ親父とカーセックスの噂やら、僕にしてみれば論外な噂なのに、世間の目は
怖い。都市伝説みたいに噂が一人歩きして、今や僕は相当な「淫乱」になってる。
 まあ、セフレがいたときもあったけど、今は目の前の優斗と名倉センセの三角関係を
楽しむ事で手一杯だもん。
 噂なんて所詮そんなもんだ。でも気分のいいものではなかったから、噂の出所を探ったら
それが今井サンだったって訳。
 で、さっきの笹部の台詞に辿りつく。




 そのいわくつきの今井サンが僕の名倉センセにべったり張り付いてる。
「修学旅行は日頃心に思い溜めた気持ちが一気に爆発する時だからな」
「だからって、それはありえないだろ。相手、名倉だぜ?モテる要素ゼロだろ」
「有馬っち、それは違う。現にココに1人、いるぞ」
2人が一斉に僕を向く。
「俺には名倉のよさがわからん」
「分かるヤツには、分かるんじゃねえの?よかったな、アツシ。分かりあえる子が出てきて」
「いいわけないじゃん」
彼女、男の趣味、結構イイんだよ。イイと言うか、僕と被るというか。
 彼女に名倉センセの魅力を気づかれたのだとすれば、これはかなり厄介だ。
「遂にホントのライバルになったな」
笹部は茶化していうけど、彼女は手ごわい。性別が女っていうだけでも不利なのに、今井
サンは男心を分かってる。
 そして、彼女もまた僕と同じタイプなんだ。
「ライバルなんて可愛いもんじゃないよ。今井サンが名倉センセの事本命でも、遊びでも
最悪だ」
「何で」
「本命以外は落としてポイ」
自分の事ながら、酷いなコレは。でも、今井サンだって同じだし。
 深いため息をかき消すように、彼女達の笑い声が再び聞こえてきた。






 1日目は京都。新幹線を降りて、そのまま市内観光になる。市内観光は班行動だった。
高校生にもなって京都を集団で歩くのはアホの行列みたいだと思っていたから、助かった
と言ったら、笹部に
「アツシ、修学旅行の注意事項何にも読んでないのか」
と呆れられてしまった。
 改めてしおりを見れば、集団行動なんて新幹線移動以外なかった。こんな狭い京都市内
を500人近くの団体が歩いてれば、邪魔にもなるか。
 6時に集合らしく(どこに集合かわからないから、とりあえず優斗か笹部のケータイは
繋がるようにしておかないとな)駅でいきなり解散になった。
 予め提出させられた予定表(神社仏閣は3つ以上まわること、と注意書きがあったらしい)
に従って、ロータリーでバスを待つ。
 班は優斗と笹部と一緒だったけど、見たくもない寺巡りなんて詰まんないから、こっそり
抜け出して、烏丸四条あたりで買い物でもしようと思ってたら、バスを待つ列に名倉先生
がやって来て、僕達の隣に並んだ。
 笹部があからさまに嫌な顔をする。
「先生じゃん、何してんの」
「君達の監視」
「は?」
「ブラックリストの学生は担任同行が職員会議で決まったんです」
「ブラックリストって!センセー、それ俺らじゃなくて、アツシだけじゃん」
指をさされて、存外だと思った。教師にばれるような派手なことなんてしてないよ、僕は。
「センセ、僕のどこがブラックリストなの?」
「天野君、君達が一番初めに行く場所はどこですか?」
「え?・・・・・・えっと、どこだっけ笹部」
笹部がニヤッと笑う。
「烏丸四条ではないことは確かだな」
「笹部ー!」


 結果、僕は興味もない神社を予定表どおり巡ることとなった。脳内で、先生と密着ラブラブ
デートだ、と言い聞かせ、わざと先生の隣をべったりくっついて歩いて、自分でも複雑な
気分だった。
 三十三間堂内では、先生の顔を捜す振りをして、先生の手をこっそり握ってやった。
清水寺は、清水の舞台とかいうところで、下を覗いて「先生、怖い」と言って、ここぞ
とばかりに抱きついてやったし。
興味はなくても、先生が隣にいれば、楽しいもんなんだね。
だから、この修学旅行のちょっとした開放感の中で、僕と名倉センセの関係も発展すれば
いいのになって、思ってた。
 いや、思ってたというより、発展させてやろうとしてたんだけど。
だって願ってるだけじゃ、事態は進展しないデショ。僕は就寝後の時間を狙って先生の
部屋の押しかけた。





「笹部、僕ちょっと出てくる」
「先生達、見回りしてるぜ」
「うん。大丈夫。上手くやるから」
「上手くやるって、お前どこ行くんだよ・・・・・・」
「アツシ、お前」
隣で優斗の声が聞こえたけど、それは無視した。
 友達のところに会いに行くわけじゃないんだ。ましてや相手は担任教師。他の先生に
見つかったとしても、先生にどうしても聞いてもらいたい相談があるとか言えば、何とかなる。
 とりあえず先生に会わなきゃ、話は始まらないからね。
僕は部屋を抜け出して、先生の部屋へと向かった。




 先生の部屋は角部屋で、斜め左には隣のクラスの担任の部屋がある。流石に正面で待って
いると見つかる確率は高いな。とりあえず、部屋の中に入るのが先決。入ってしまえば
こっちのもんだ。
 そう思って、先生の部屋のドアを叩こうとしたとき、中から僅かに声が聞こえた。
「せんせ〜、ねえ、いいでしょ?ちょっとだけ!」
「・・・・・・あのね、今井さん。ここは教師の部屋です。勝手に入ってこられても困りますし、
相談事があるのなら、今井さんの担任に言ってみてはどうでしょう?僕なんかよりも、ずっと
あなたの事を分かってると思いますよ?」
「あたしは、先生がいいの。先生にわかってもらいたいんだもん」
「・・・わっ・・・こら、離しなさい」
ぶっちーん。
 あの女ー!なんてこと!なんてこと!なんで、僕と同じこと!
やっぱり、今井サンは侮れない。やることなすこと、僕と同じなんて。まずいな、コレは。
どさくさにまぎれてキスでもされたら溜まったもんじゃない。
 僕の名倉先生に手なんて出させない!
僕は先生の部屋のドアを勢いよくノックした。
 中で聞こえる小さな悲鳴。慌てて駆け寄ってくる足音と共にドアが開いた。
「あ、天野君!?ど、どうしたんですか、もう就寝時間はすぎてますよ」
動揺した先生の顔。むすっとした表情で見上げれば、先生は黙った。
「先生に、相談があったんですけど」
わざとらしく、部屋の中に響くように声を出すと、今井サンは直ぐに出てきた。
「あれ、天野君じゃない。どうしたの」
「今井サンこそ、なんでこんなところに?」
「名倉センセイに相談があって」
「へえ、奇遇だね。だけど、今井サン、幾ら先生でも男の部屋に入るってどうかと思うよ?
先生に襲われちゃっても、文句言えないよ」
「こら、天野君!」
「えーアタシは別に平気だけどー?」
「でも、そんな噂が立ったら、先生にも迷惑が掛かるよ」
「・・・・・・そうね、お互い先生にメーワクかけることだけはしちゃだめよね」
今井サンは部屋から出てくると、僕の前でにんまり笑って、通り過ぎて行った。
 その笑顔はどういう意味なんだ。
名倉先生にホンキって言うこと?宣戦布告?それとも・・・・・・
得体の知れない気持ち悪さで、先生を見上げると、先生はもっと困った顔で佇んでいた。
「天野君も早く部屋に戻りなさい。就寝時刻は過ぎてます」
「センセ、あの子に何にもされてない?」
「はい?」
「キスとか、ハグとかされてたんじゃないの?」
「・・・されてませんよ」
「ホント?でも、心配だから、厄除けね」
先生のTシャツの袖を引っ張ると、無理矢理顔を引き寄せて、小さな音で唇にキス。
 軽く唇を合わせて、すぐに離れるだけの小さなキスに、先生の顔はもう真っ赤だった。
「センセ、可愛い」
「あ、天野君!」
小声で怒る先生に背を向けて、僕は部屋に戻った。とりあえず、一時退却かな、これは。
・・・・・・参ったな。
今井サン、あの子をどうにかしないと、厄介なことになりそうだな・・・・・・







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【天野家国語便覧】
痴人の愛(谷崎潤一郎 著)
ざ・お耽美小説。エロもがんばれば芸術になれると世間を知らしめた(と勝手に思ってる)1作。
紫の上大作戦を試みようと思ったものの、逆に手玉に取られて、振り回され、最低なヘタレ男と
自由気まま、小悪魔というよりもはや悪魔のような女の子の愛憎劇。
これも、やっぱり夏休みの読書感想文には選んではいけません。



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