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人間失格―機転―



 修学旅行から帰ってきて以来、優斗の様子がおかしい。名倉センセの様子もおかしくて
絶好調なのは、忌々しい今井サンだけ。
 尤も、名倉センセが、ああなのは、僕が咄嗟に吐いた嘘というか優斗との噂の所為なんだ
ろうけど。
僕は、どっちつかずで、名倉センセのところにも、優斗のところにもちょっかい掛けら
れずにいた。
 だから、僕もちょっとおかしい。


「アツシ!ちょっと、このキモ可愛くない溜息野郎をどうにかしろ」
笹部が優斗をつれて僕の前に現れたときも、僕は曖昧な返事しかできなかった。
「あはは、ゆうくん、疲れてるの?」
「うーん、まあね」
そう言う優斗も、曖昧で、何があったのか話す気はないらしい。
 真逆、味見してポイとか、そういうオチじゃないよね?そんなことしたら絶対許さないよ?
自分のことは、まあ棚上げだけど。
「ゆうくん?」
優斗は笹部を一瞥して、瞬きをすると、僕に向かって言った。
「・・・・・・アツシってさ、ホントのホントに、名倉のこと、手に入れたい?」
「うん?」
「もし、それが叶えば、他に何も望まない?」
「え?」
他に望むってどういうことだろう。見上げると、優斗は眉間に皺を寄せていた。
「どんだけ、ホンキなんだよ、名倉のこと」
「めちゃめちゃ、ホンキ」
「・・・・・・じゃあ、他は全部遊び?名倉のケツに火でもつけたくて、噂流してたんだろ?
それって、全部遊びだったのか?」
「優斗・・・?」
唇を噛み締めて、優斗が真剣な眼差しで見つめる。
 そこに秘められた「俺も遊びなのか?」という疑問。
 今まで流れてた噂は、嘘だったり、わざと誇張して流したりしてたことは確かだけど、
優斗に限っては、他とは違ってた。ホンキ半分、遊び半分。
 懐かしさと、優斗の今のルックスに惹かれて、遊びがホンキに変わってて、ついつい
ドキドキしてる。
「全部、遊びだったってわけでもないよ」
「じゃあ・・・」
じゃあ、俺は・・・・・・?
 そう、問いかける瞳に、吸い込まれそうになる。優斗、それって僕に本当にホンキに
なったってこと?優斗も遊びじゃなくて?
 誘惑したのは僕。それに乗ってきたのは優斗。優斗の気持ちなんて、ほぼ無視で、僕が
振り回してた。名倉先生を狙ってることも、そのためにした噂のことも優斗は知ってる。
だから、僕になんて本当にホンキになるはずないと、高を括ってた。
 優斗のことは傷つけたくない。
「やっだなー、ゆうくん、僕にホンキにでもなっちゃった?」
空気を捻じ曲げて、ニヤニヤ笑ってみたら、その場の空気がぱあんと弾けた。
「お前いい加減にしとけよ」
優斗は垂れ目を固く吊り上げて、僕に零すと、その場を去っていってしまった。
「アツシ、空気読めー」
「漫画以外のモノは読めないよ!」
「アツシってばサイテー。有馬っち泣かせたら、訴えてやるわ」
笹部が、オネー言葉で泣きまねして、僕を責めた。多分、笹部なりの心配。
 だって、誤算だったんだもん。優斗が僕にホンキになることも、僕が優斗に思った以上
にドキドキしてることも。





 そろそろ、決着を付けるときなのかもしれない。駆け引きで遊んでるのも悪くないけど
これ以上、事が面倒くさくならないうちに、きっぱり結果を出した方が、いいんだろう。
 そんなこと、ずっと前から分かってたけどだけど。
名倉先生は、僕の事、嫌いじゃないはずで、寧ろ好きだと思うけど、名倉先生には、越え
ないとならないハードルがいくつもあるから、それを越えてもらうために、焚き付けたり
してた。
 そのハードルを僕が壊すことはしたくない。名倉先生に越えてほしかったんだ。それを
越えてまで、僕を欲してほしい。



 放課後、地歴準備室に向かった。
 南校舎3階の一番東側。数学の質問に来る生徒以外は、滅多に人を見かけない寂しい場所。
だけど、僕には最高の密会場所。
 準備室の前に来ると、ドアが半開きになっていて、中から声が聞こえた。
隙間から中の様子を見れば、そこには、困った顔の名倉先生と、あのいまいましい今井
サンが、なにやら言い合っている。
 話の筋が見えないけど、今井サンは怒りながらも泣きそうな顔をしていた。
「何よ、急に先生ぶらないでよ」
「先生ですから・・・。今井さん、もう少し、自分を大切にした方がいいですよ」
「・・・うるさい!先生には関係ないわ!」
そこで、急に今井サンが飛び出してきたので、僕は入り口で見事にぶつかってしまった。
「きゃっ」
「痛っ」
今井サンは僕を見ると、驚きを隠せずに目をひん剥いた。
「・・・なんで、あんたがいるのよ」
「なんでって・・・先生に会いに来たから?」
見つめると、今井サンはその綺麗な大きな瞳が濡れだした。
「・・・ふんっ」
「今井サン?」
「どいてよ」
今井サンは僕の肩を押しのけると、零れだしそうな涙を我慢して、走り出した。
 びっくりして振り返ると、名倉先生は、既になんでもない顔をして仕事をしている。
一体、どうしたんだろう・・・。

「・・・・・・センセ?」
最初の呼びかけは、完全に無視された。でも、これはいつもの事だから、気にしない。
それで、近づいて、隣の席に座る。
 いつもなら、ココで溜息。それで、無理矢理覗き込むと、先生のポーカーフェイスも
終わりだ。
 だけど、今日に限って、先生はそれでも無反応だった。・・・無反応というよりは、怒ってる
みたいで、覗き込んだ顔を僅かに逸らされる。
「名倉、センセ?」
もう一度、名前を呼ぶと、先生は持っていたペンを置いて、おもむろに椅子を回転させた。
向き合って、先生の顔が固いままなことに気づく。
「・・・天野君、仕事中ですので、用事がなければ帰りなさい」
「名倉センセ?!」
伸ばした手を、振りほどかれる。いつもの先生の顔はなかった。
「・・・・・・君も、今井さんも、遊びたいのなら子供同士で遊びなさい。くだらないゲームに
巻き込まれたくありませんし、迷惑です」
な・・・・・・。
ピキピキと小さな亀裂が何本も入って、僕の短い気はあっという間に切れた。
「僕と今井サンを一緒にしないでよ!先生、今まで僕の事見てたんじゃないの?・・・全然
分かってなかったんだ!」
「天野君」
「もういい!先生なんて知らない、先生の馬鹿!」
叫んだ僕に、少しだけ表情を変えた名倉先生。だけど、先生の小さく呟く声を聞き入れる
ほど、平静ではいられなかった。
 先生を押しのけて、準備室のドアを乱暴に閉めると、そのまま教室までダッシュ。
・・・・・・僕、さっきの今井サンと同じじゃん。
 先生、一体何を考えてる?
決着をつけようとしていた心を挫かれて、腹が立つやら悔しいやら。ムカムカしてる時
は、何かに当たるのが一番だけど、それを受け止めてくれる優斗もここにはいない。
 あーあ、なんか優斗が転入してきてから、ツキが逃げてる気がする。優斗って実は厄病神
だったりして・・・。






溜息交じりで教室に戻ると、そこには意外な人物が1人残っていた。
 彼は、僕が声をかける前に、僕の方に近づいてきた。
「荷物があったから、戻ってくると思ってた」
「・・・・・・僕の事、待ってたの?」
「うん。ちょっと話したかったから」
「そう・・・・・・、久しぶり、西君」
僕が鞄を取ると、西は一緒に帰ろうと言い出した。誰とも会いたくない気分だったけど、
1人でグダグダ考えるよりマシな気がして、僕はその提案に大人しく従った。
 でも、よく考えれば、西と一緒にいるってことが一番の問題だったんだけど。




 西はある意味諸悪の根源だ。
西は今井サンが落とそうとしていた男。僕とホテルから出てきたって噂を流された男。
こうして、再び西が僕の前に現れたのは実に3ヶ月ぶりのことで、最後に話したのは、あの
噂が流れて、クラス中が(西は今井サンとは反対の隣のクラス)大騒ぎになってたときだ。
「久しぶり、天野君」
「うん、どうしたの、急に」
西は優等生な顔をして、にっこり笑った。実際、西は頭がよくて、多分学年でもトップ
クラスだと思う。
 僕とは違う人種だ。優しそうな顔で、女の子にも人気が高くて、今井サンみたいな子が
落としたくなるのも、まあ分からないでもない。
 実際、僕もそんな気持ちがあったわけだし。
だけど、西は身持ちが固いというか、隙がなくて、完璧なスマイルで僕の誘いを難なく
交わしてきたツワモノだ。
 今まで彼女がいたって言う噂も、勿論彼氏がいたって言う噂もない。モテるのに、浮いた
噂がないっていうのは、絶対なんかあると思うんだよね。それを暴きたかったんだ。
あの時はそう思ってたけど、離れていったら興味も薄れた。
「相変わらず派手に噂流してるね」
「好きで流してるわけじゃないけど」
「首尾は?」
「上々・・・・・・と言いたいトコだけど」

2人で、正門を抜けてた。
 途中すれ違った、他のクラスのヤツに二度見されたけど、僕も西も構うことなく歩いた。
 陽は既に傾き始めていて、風が肌寒さを感じさせる。
「西君こそ、僕に何の用事?」
「うん・・・・・まあ、何ってわけでもないけど」
西ははにかんで、僕を見下ろす。照れる顔も作り物のようだった。
 綺麗な顔だ。優斗はかっこいいという形容の方が似合うだろうけど、西の顔の造りは綺麗
という言葉が似合う。
 均整、というのか。
本の少し崩した笑いも、綺麗に映える。
「何ってわけじゃないなら・・・・・・また、お友達復活って?」
茶化してみたら、西は瞬間目を細めた。
 そういうこと?
どういうこと?
あまりに驚いて、あんぐり口を開けていると、西はクスクスと笑い出した。
「天野君でも、そういう表情するんだ」
「・・・・・・びっくりしたらするよ!」
「ごめん、ごめん」
西の表情は僅かに柔らかくなる。
「だって、西君、前にあんな噂流されて、迷惑してるんじゃないの?」
「迷惑?僕が?」
「うん。だから、僕から離れていったんだと思ったんだけど」
「僕は、天野君が逃げていったんだと思ってたよ」
「・・・・・・僕は、どっちかと言えば、来るもの拒まず、去るもの追わず、だけど?」
「でも、僕の事、諦めたでしょ」
なんだか、際どい会話になってきて、僕は思わず立ち止まった。
「天野君?」
いやいや、西は絶対ホモじゃない。口には出さないけど、絶対、そういうの嫌いな人種だ。
「西君、何が目的?」
「目的も何もないって。ただ、噂が静まってきたから、また天野君と色々話したいなって
思っただけ。・・・・・・僕、迷惑かな?」
「別に、友達になるのに迷惑も何にもないよ。ただ、西君が気にしないならね」
そういうと、西は喜んで、僕に抱きついてきた。
ちょっ・・・。あれ、西ってこんな性格だった・・・・・・?
制服からはみ出した西の鎖骨に、唇が当たって後ろによろけると、西はそのまま僕を街路樹
まで押し付けた。
「ホント、嬉しいな」
「西、君?」
えっと、何これ。
 自分が主導権を握ってない展開に、僕は弱い。西の醸し出す雰囲気に思いっきり飲み
込まれていた。
 見上げると、すぐそこに、西の顔が笑っている。夕暮れの中で映える顔。
くしゃり、髪の毛を梳くわれて、背中に甘い痺れが走った。西の手は冷たく、西が髪を
梳くたび、頭の熱を奪われていくみたいだ。

ウソウソ。西は絶対そんな趣味はないはず。首を振ると、西は髪の毛から手を放し、その
手を僕の頬に当てた。
 ゆっくりと近づいてくる顔は耳元で止まる。
息が耳たぶに掛かると、思わず目を閉じてしまう。この展開の意味が分からない。西は
何を持って、僕に近づいてきた?
 あの噂は、結構浸透してたし、こんな現場見られたら、今度こそ西も「ホモ」扱いだ。
そこまでして、僕に近づくメリットってなに・・・・・・?


「西君・・・・・・」
かすれた声で、名前を呼ぶと、西の鼻が鳴った。

「ねえ、僕もそのゲーム、参戦してもいい?」
西は、僕の耳元で、ニヤリと笑った。





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【天野家国語便覧】
人間失格(太宰治 著)
恥の多い人生を送ってきました、で始まるあまりにも有名な破滅的私小説。この中に何を
見出すのかは、人それぞれだけど、文学少女は太宰の思想に引っ張られないように。
まあ、これも読書感想文には適さないような気もするけど、そんなこんなで、実際に書いた
事があるので、できなくはないだろう。本当はもっと綺麗な文章も書ける人なのになあ・・・。
太宰も、居直れれば、よかったのに。



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