なかったことにしてください  memo  work  clap



新人研修が終わると、怒涛の忙しさがやってきた。
新プロジェクトが始動したのだ。当初の予定通り、俺のいたプロジェクトは解体し、
再編成となったわけだが、このプロジェクトは今後、社の方向性を決める重要な位置に
あるらしく、営業部長だけでなく、取締役会からもプレッシャーを掛けられていた。
 当然プロジェクト内は緊張でピリピリするし、今まで仕事を一緒にしてこなかった
奴等とは、会話がかみ合わないわで、俺はこれまでにない胃痛で苦しんでいた。
 俺って意外とこういうプレッシャーに弱いんだなぁ・・・。

「深海、昨日話してたプレゼン資料、できたか?」
「す、すみません、まだ・・・です」
「まだ、か。たたき台でいいから今日中に作れ。明日、稲垣と3人で検討するから」
「はい、わかりました」
 主任になった斉藤さんから、小言を言われていると、後ろから視線を感じて振り返った。
同期の園田だった。
園田は俺よりも10センチ以上小さな体で、俺を見上げるようにこちらを向いていた。
「あ?なんかあったか?」
「いや、別に」
そう言うとすかした顔で自分の席に着く。・・・なんなんだ、アイツは。
 入社当初、研修で一緒になったから面識はあるが、部署が違うため今まで一緒に仕事を
したことはなかった。それが、今回のプロジェクトでリサーチ部門から抜擢された園田が
入ってきて、行動を共にすることが多くなったのだが、これが俺にとってまた大きな悩み
の種だった。
 前から俺とは気の合わなさそうな性格だとは思っていたが、社内で挨拶を交わす程度なら
社会人としてやり過ごすぐらいなんでもない。しかし、一緒に仕事をするとなると、相手の
相性というやつは、大いに影響する。
 俺は、園田と話すたびに宇宙人と話しているかの錯覚に陥った。それも1度や2度ではなく。
 特に顕著に現れるのは、吉沢さんのことを話しているときだ。吉沢さんも当然俺達の
プロジェクトを指揮することになったのだが、園田はどうも吉沢さんと馬が合わないらしい。
 馬が合わないというよりは一方的に園田が吉沢さんを嫌っているようにも見えるのだが、
その理由は俺には皆目見当も付かなかった。
 ただ、事あるごとに園田は吉沢さんの指揮の取り方は間違っていると言っては会議を
引っかき回したのだった。



 昼休みに俺は珍しく社食で飯を食った。いつもはコンビニや購買で買ったパンやサンド
ウィッチを自分の机で頬張るのだが(そのほうが時間が有効に使える)雨が降ると、コンビニ
まで行くのが億劫になり、仕方なく社食で飯を食うことになるのだ。
 1人でB定食のコロッケを食べていると、園田が近づいてきて、
「ここ、いいか?」
と聞くので、俺は前の席を指して、座れば?と言った。
 本当は園田と飯なんて食いたくはないのだけれど、こういう時に断る理由は早々見つから
ない。
園田はB定食の乗ったトレイを俺のテーブルの前に置くと、小脇に抱えていた資料を俺に
突き出してきた。
「飯のときぐらい、仕事の話はなしにしようぜ・・・」
「・・・こんな時じゃないと、お前と2人で話せない」
「は?」
「それ、リサーチ班の分析結果。お前、それ見てどう思う」
いきなりどう思うとか言われてもな・・・。飯を中断させるほどの緊急なものには思えないが、
俺は仕方なく園田の差し出した資料に目を通す。
 それは、先週の会議で園田が吉沢さんに食い下がったときに使った資料だった。





「吉沢課長の決定が悪いとは思いませんが、どうして藤山商事との契約を切るのかどうしても
納得いきません。このリサーチ資料は目を通してくださったんですか?自分の分析の結果は、
藤山商事は今後も大いに伸びていくと思います。ここで契約を切るのはおかしいと思います。
それどころか、吉沢課長が新規に契約を取るとおっしゃったタケミ社は、未知数過ぎると
思います」
園田は手にした資料を吉沢さんに突きつける。それを、吉沢さんはちらっと見ただけで首
を振った。
「うん、確かに園田の言うことも分かる。そのためのリサーチ班なんだからな。だけど、
ここでの決定権は俺にある。全ての資料を総合して俺は決めているつもりだよ」
「それは分かります。ただ、俺は納得いかないんです」
吉沢さんは、ため息を吐いた。
「あのな、園田。例えばな、藤山商事はこれから俺達が展開していく商品と合致しないんだ。
このプロジェクトでは安さよりも安定した製品を優先する。そうなると藤山商事は外れる
よな?」
諭すような口調で吉沢さんは言ったが相変わらず園田は不貞腐れていた。





「・・・あのさ、園田。俺は分析屋じゃないから、リサーチの資料はいまいち読みきれない。
ただ、吉沢課長がああやって、決めたことに今更蒸し返すのは、プロジェクトの士気が
下がると思う」
「深海は、吉沢課長が決めたことなら何の疑問も持たずに、はいはいって言うこと利く
のかよ?」
「そういうわけじゃないけど、少なくとも今回の決定は妥当だと思うぜ。単純に営業の
俺から見ても藤山商事はやり方が汚い。俺はあそこと手が切れるならうれしい限りだけどな」
園田は深いため息を吐いてB定食を食べ始める。とても嫌な沈黙が訪れた。
 どうせ、こういう嫌な気分になるんだから、初めから俺の前になんて座らなきゃいいのに。
俺の見る限り、園田というヤツは、どうも矛盾が多い。嫌な事、嫌になるであろうことに、
次々首を突っ込んでは、自ら沈没していくような感じがするのだ。まあ、でも園田の凄い
ところは沈没しても、すぐに浮上するってとこだ。
俺なんてあんだけ凹まされたら、2週間くらいは絶対に引きずるであろうところを、次の
日にはけろっとした態度で仕事してるんだから、その辺りの精神的タフさは少しは見習い
たいモンなんだけど。
 俺は味噌汁を飲み干して、お茶もそこそこに立ち上がった。
「じゃあ、俺、先行くわ」
「ああ、うん・・・」
まだ何か言いたそうな顔をして園田が見上げてきたが、俺はそれに気づかない振りをして、
その場を後にした。
 これ以上、あいつのペースに巻き込まれて色々考えるのはごめんだ。俺は吉沢さんを
評価しない園田に対して、沸々と敵対心が湧いている。確かに俺は吉沢さんのことを尊敬
してるけど、あの鷺沼のようにシンパなわけでも、崇拝しているわけでもない。本音を
言えば、尊敬の粋を超えている感情がないわけじゃないけど、吉沢さんを単純に評価する
ときには、そんなのは関係ない。1歩引いても、いや3歩くらい引いてみてもも、吉沢さん
は的確な指示を出していると思う。
 それなのに、何故、園田にはそれが分からないのだろう。
・・・・・・あー、やめた。
園田のことなんてどうでもいい。あいつのことで頭悩ませるなんてごめんだ。
俺は気分が悪いまま、屋上へとタバコを吸いに向かったのだった。





 会議を重ねる毎に白熱した意見が取り交わされた。みんなそれぞれの立場でこのプロジェクト
に賭けているのだろう。もちろん、例に漏れず園田の吉沢さん叩きは止まらなかった。
 それに反して、次第に吉沢さんの語気が弱くなっている気がしてならなかった。頑なに
曲げないでいた意見ももう少し柔和に考えてみると言ったり、決定を慎重にしている様子
が見られた。
 吉沢さんもあれだけ園田に責められると不安になったりするんだろうか。そんなの気にせずに
いつもの吉沢さんのように振舞ってくれればいいのにと、俺は心の中で思っていた。
事件が勃発したのは7回目のプロジェクト会議だった。それは、ある意味起きて当たり前
という必然性を十分に含んでいた状況だったわけで。
 園田の執拗なまでの吉沢さん叩きについに俺が口を挟んだ。はっきり言ってみていられ
なかった。
 園田は吉沢さんの課長としての質まで問いているようだったが、俺には私憤以外の何物
にもみえない。
 それで、俺がその間に立って園田を嗜めると、今度は俺のことを、吉沢さんの信者だとか、
偏った目でしか見てないなど、いちゃもんをつけてきた。
 結果、園田と俺は吉沢さんを巡る大バトルを繰り広げるはめになってしまったのだ。
「お前、一体なにがしたいわけ?」
「別に、何にも」
「だったら、なんで意味もなく俺にやたら文句は付けるは、吉沢課長を馬鹿にするような
発言するは、なんでそんなことするんだよ」
「別に、俺はそう思ったまでのことをしただけだ」
「お前、それでもホントに社会人?」
「社会人だから、社会人らしく、自分の意見を言ってるんだ」
俺は園田の胸ぐらを鷲掴みにして、突っかかった。ぶん殴りたい衝動だけはぎりぎりの
ところで抑える。そんなことをしたら、吉沢さんに迷惑が掛かる。まだそれを考えるだけの
余裕はあった。
・・・・・・いや、それくらいの余裕しかなかったのかもしれない。
「よせ、深海」
俺と園田の間に斉藤さんが入ってきて、宥めた。だけど、俺も園田も全然納得いかなくて、
斉藤さんの向こうに見え隠れする園田をキッ睨みつける。
 斉藤さんよりさらに小さい園田も俺を下から睨みあげていた。
「斉藤さん、俺、納得いかないです。これ以上プロジェクトをかき乱すヤツと一緒になんて
やっていけないです。ちゃんと話し合うなり、決着つけなければ、先にも進ません」
「まあまあ、深海、そう熱くなるな。園田も、意見があるのは、分かるが、ちゃんと理に
適って、皆が納得するような理由がなければ、お前の意見は通らんぞ」
園田はぐっと睨みつけて
「理に適ってるじゃないですか」
と早口に言った。
「どこがだ!!」
俺は腹が立って食って掛かった。
「だってそうでしょう?俺は、リサーチ結果を分析して吉沢課長に、結果を考慮して決定
してくださいと再三申しあげたつもりですが、それがどうですか?この方針決定のどこに
リサーチの結果が反映されているんですか?」
「反映されていないわけないだろう!!課長は総合的に判断した結果、藤山商社は切る
という決定を下したんだ」
園田は馬鹿にしたように、鼻でふんっと笑った。
「だったら、吉沢課長の判断力を疑いますね」
その発言にはさすがの斉藤さんも顔をしかめる。
「おい、園田、言いすぎだぞ」
「斉藤さんまでそういった偏った見方するんですね。営業さんは目を覚ました方がいいですよ」
斉藤さんが間にいなかったら、多分俺は園田をぶん殴っていただろう。こんなに真っ向から
吉沢さんを否定するヤツと同じ空間にいるだけで吐き気がする。
 プロジェクト内がざわついた。
先ほどから黙ってみていた吉沢さんが立ち上がると、もういい、と一言呟いた。俺も斉藤
さんも園田も、急に押し黙って、吉沢さんを振り返る。
 しんとした空気の中で、吉沢さんはもう一度、
「深海も斉藤君ももういい。座りなさい」
と言った。
 そして、園田に向き合い、
「君は俺にどうしてほしいんだ?話を聞く限り、藤山商事を切ったことに固執している
ように聞こえるが、どうも、それだけのようには思えない。俺の決定にはどれもこれも不満
らしいしな。・・・・・・俺がこのプロジェクトを降りれば満足か?」
「・・・」
園田は答えない。ただ無言で吉沢さんを睨んでる。軽く息を吐き、
「園田の意思は分かった。ただ、俺にも俺の責任がある。その意見だけは飲めないが、今後
はもう少し検討してから、決定を行うようにしよう。今日は、もう時間がない。この辺り
でお開きだ。続きは来週月曜日にやる。稲垣、タケミに持ってくプレゼンまとめとけよ」
「あ、はい」
 解散の合図と共に、園田は会議室を飛び出した。そこで緊迫した空気が一気に崩れる。
誰彼とも無くため息混じりにお疲れさまの声を掛け合った。

<<5-2へ続く>>








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