なかったことにしてください  memo  work  clap



 今まで色々と吉沢さんを怒らせたことはある。それは、俺のミスだったり行き過ぎた愛情
だったりで、吉沢さんは怒りながらもどこか絶対に許してくれる糸口を残しておいてくれた
わけだけど、今回ばかりはそうもいかないと、俺は身をもって知ることとなった。
「吉沢さーん、あのう・・・」
「・・・・・・」
ほら、プライベートなんて徹底的に無視だし。オマケに仕事ではパートナー解消まで通告
された。
「新井、今日から吉沢課長と一緒に動け。お前もそろそろ仕事覚えろ」
朝、斉藤さんから通達された言葉は新井のための言葉というよりは、俺を避けるための
手段としか思えなかった。
「さ、斉藤さん!俺は?」
「お前は、もういい加減1人でもいいだろう。っていうか、デカイ物件以外は1人でやってる
じゃないか」
「そうですけど・・・・・・」
「あ、それから深海。A木商事の物件、担当お前から新井に変えろって」
「はあ?」
それ、俺の超お得意様物件なんすけど!
「吉沢課長命令だから」
ひどい。ひどすぎる。こんなイジメみたことない。パワハラだよ・・・・・・って悪いのは全部
俺なわけだけど。
「物件の引継ぎ、午前中にしておけよ」
「・・・・・・はい」
しゅん、萎れてると斉藤さんは新井に聞こえないように俺の耳元で囁いた。
「お前、一体吉沢課長に何したんだ?」
「・・・・・・その、ちょっと、いろいろ・・・・・・」
まさか、言えるわけがない。だけど斉藤さんには俺と吉沢さんがプライベートで揉めている
事はちゃっかりばれてるらしい。
 事情を知ってれば、傍から見ればバレバレなんだとか。
「まあ、いいけどさあ。仕事に私情持ち込むような人じゃないから、仕事の心配はしてない
つもりだけど・・・・・・。さっさと仲直りしろよ」
「・・・・・・はい」
バツが悪くて俺は苦笑いしながらその場を離れた。笑える状況じゃ全然ないんだけど。





 いい訳ならたくさんあるし、吉沢さんはちょっと誤解してる。優花に会ったのは事実
だけど、吉沢さんが思ってるようなことにはなってない。
 だから本当は一刻も早くその誤解を解きたいんだけど、今の吉沢さんには近づくこと
すら出来ない状態で(強力な負のオーラで俺は弾き飛ばされそうだよ・・・)指を咥えて
吉沢さんと新井がいちゃこらしてる(?)のを見ているしかないのだ。
 そう。あの馬鹿新井。
コイツがまた、本当に腹が立つほど厄介なヤツで。
俺と物件交代してから、吉沢さんを金魚のフンみたいに付きまとっている。(ように
しか見えないんだ。俺フィルターかかりまくりだけど)
 吉沢さんも吉沢さんで、俺へのあてつけみたいに、新井を連れまわしてるし。(仕事だ
から仕方ないといえば、それまでだけど・・・・・・俺にはどう見ても吉沢さんの嫌がらせにしか
見えないんだ!!)
 そうして、日にちばかりが経って、俺のフラストレーション爆発も限界になろうとしていた。




「新井、10時になったら出掛けるから準備して置けよ」
「ういっす、吉沢課長」
新井の態度も段々なれなれしくなっている。やばい、俺の立場ない。
「なんだか、新井君見てると昔の深海主任思い出すわね」
「本当よね。深海二世って感じ」
「課長の後、ほいほい着いてくところとか、そっくり」
周りの評価は全然面白くない。
 不貞腐れ気味に否定すると、女子社員はからかうように言った。
「大好きな課長取られて、深海主任面白くないんだ」
「あはは、可愛い」
「はいはい、何とでもいってくださいよ、もう」
心の中で泣きそうになっていると、俺の隣を新井が嬉しそうに駆け抜けて行った。
「課長と、外回り行ってきまーす。帰社は4時でーす」
その声に女子社員がまた笑う。
「あたし、今新井君のお尻に尻尾が見えたわ」
「全開で尻尾振ってたわね」
うずくまって泣きたい気分だ。






 新井の仕事は順調に進んでいるようだった。
「契約結べそうです」
帰社するなりニコニコ顔で報告する新井に俺は手にした資料で殴ってやった。
「当たり前だ。俺が育てた上客だぞ。取れなくてどうするんだ」
「まあ、土台はそうっすけど・・・でも、俺もがんばってるんすよ?」
「あー、そうですか。そうですか」
我ながら、大人気ない反応で答えると斉藤さんにまた突っ込まれた。
「深海はお兄ちゃんなんだから、弟には優しくしてやらないと」
「どこのお母さんですか、斉藤さんは!」
「って、ここのブースのみんなが思ってるよ」
「うっそーん」
周りから漏れる失笑。ニヤニヤ笑ってるだけで、斉藤さんだって勿論助けてはくれない。
部外者から見れば、俺達はいいコンビで、新井は可愛い弟分で、2人で宝物――吉沢さん
を狙ってる悪ガキくらいにしか映らないんだろう。
 事の深刻を知らないから、暢気にしていられるけど、もう俺と吉沢さんは壊滅寸前なんだ。
電話もメールも繋がらない。仕事でも接点が段々と少なくなってるし、プライベートでなんて
一切口も利いてくれない。
 マンションの合鍵があるから、最悪乗り込んでいって決着付けることもできるけど、出来れば
それは最終手段にとっておきたいんだ。
 まだ犯罪者にはなりたくないし。

「新井、・・・・・・新井」
「はい!」
吉沢さんの声で俺の身体は一気に硬直した。デスクに張り付きながら、全精力を耳に向けて
新井との会話を盗み聞き。
「新井、今日暇か?」
「今日って今ですか?」
「・・・・・・馬鹿、仕事終わってからだよ」
「暇っすよ」
「じゃあ、ちょっと付き合え」
「え?はい、いいっすけど・・・・・・」
怪訝な顔をして新井は頷く。
 よ、吉沢さん。それってデートのお誘いじゃないですか!俺という恋人がありながら・・・・・・
ってそんなこと言えた義理じゃない。
「あー、ずるい。新井君吉沢課長にいいもの食べさせてもらう気ね」
「はい?」
「課長、私達もたまには連れてってくださいよー」
「はいはい。また今度」
新井がワンテンポ遅れて、自分が誘われたことに気づく。
「あ、飲みの誘いでしたか。なら全然オッケーっすよ!」
新井はテカテカの笑顔でピースサインを出す。どこの小学生だ、お前は。
「じゃあ、また後で」
ブースを去っていく吉沢さんは、俺の存在なんて空気以下にしか思ってないのか、相変わらず
全くの無視だった。
「深海、前途多難だなあ・・・・・・」
斉藤さんの忍び笑いが心に刺さって、俺は再起不能になりかけていた。






 再び新井に呼び出された俺は、新井を前に泣きそうな気持ちになっていた。
これはもう、怒りを通り越した涙だとしか言いようがない。
「深海先輩ってば、聞いてます?」
「き、聞こえてるっ!」
「だったら、何かアドバイスくらいしてくれたっていいじゃないですか」
何をどうアドバイスしろというのだ、この状況で。
「好きにしろ!」
「酷いっす。俺、真剣なんすから」
真剣だから、どうしようもないんじゃないか。この馬鹿っ。お前が言ってることはなあ、
俺に死ねって言ってるも同然なんだぞ。
 そもそも、俺がこんなどん底の気分を味わっているのは、今から数分前に遡る。神妙な
面持ちで俺とビールのグラスを重ねると、新井はそれを一気に飲み干して言ったのだ。

「俺、吉沢課長に恋しちゃったみたいっす」

 そう言って、新井はいつもみたいにへらへらと笑い出して、俺を完全に凍らせた。
だから、絶対そう言う展開になるって言ったのに。あんな風に新井のこと構ったら、この
馬鹿は絶対吉沢さんの事好きになるに決まってるんだ。
 なのに、なのに・・・・・・。
吉沢さん、ひどいっすよ。あんまりです、この展開。俺、なんか悪い事しました?
・・・・・・あ、してたか。
 だけど、吉沢さんが新井にちょっかい出せば、新井が吉沢さんの事好きになることくらい
吉沢さんだって、分っていたはず。
 まさか、それを狙ってた?お、俺、本当の本当に捨てられるってこと?見限られた?
心臓がドクドク言って胸が苦しい。何故こんな気持ちで新井の前に座ってなきゃならない
んだろう。自業自得にしても、辛すぎる。
 突っ伏して泣きたい。
「で、例の件、どうなってるんすかね?俺、気になって困ってるんですよ」
「・・・・・・何の話だ」
「もう!前に言ってた吉沢課長の彼女の話っすよ!」
「ああ?」
もう、何を言われてもまともに受け答える気がしない。
「先輩に、探ってくださいって言ったじゃないっすか」
「ああ、ああ、もうそんな昔の話忘れてた・・・・・・っていうか、言ったじゃないか。吉沢課長
には綺麗で美人で優秀な恋人がいるって」
もはや言ってて虚しいだけだ。
「やだなあ、それ、深海先輩の彼女じゃないっすか!」
その一言に頭の線が2,3本切れたような気がした。
 こいつが!こいつが、こんなバカな事言わなければ今頃円満に吉沢さんといちゃこらして
いたはずなのにっ・・・
「だから!あの子は彼女じゃないの!何回も言わすな、馬鹿」
「そうなんすか?すっごいいい雰囲気に見えたのになあ」
「お前の腐った目にはそう見えたのかもしれんけど、全然違うの」
「そうなんすか。お似合いのカップルなのに」
「ジョーダン!ったく、お前がそんなこと言うから俺は、酷い目に遭ってんだぞ・・・・・・」
「酷い目?」
「・・・・・・なんでもない」
新井は俺の内情なんてどうでもいいらしく、それ以上は突っ込んでこなかった。その代わり
目をキラキラさせて、乗り上げながら俺の手を取ってきた。
「先輩っ」
「なんだ、気持ち悪い」
「俺の恋、成就しますよね?」
「知るかっ!」
「冷たいなあ・・・・・・」
「大体、よく考えろ。相手はお前よりも10近く年上で、お前よりずっと頭がよくて、しかも
男!ありえるわけないだろう」
「恋に性別は関係ありません!」
新井はきっぱりと俺に向かって言う。こういう馬鹿が味方だと嬉しいのか悲しいのか分らなく
なるな。吉沢さんと付き合ってからは、全くその通りの考えだけど・・・・・・
「関係しろ!」
みすみす、背中を押すようなまねなんて出来るか。例え俺が振られる事になっても、新井に
だけは絶対に渡したくない。
 新井の下で吉沢さんが、あんな顔でよがってるなんて、想像しただけで100メートルダッシュだ。
なのに、新井ときたら、デカイ図体でもじもじしながら
「だって・・・俺、もう好きになっちゃったし」
なんて抜かしやがる。
「馬鹿、早まるな。お前の壮絶な勘違いだ。妄想だ!目を覚ませ!」
「いんや、先輩。俺は間違いなく吉沢課長に恋してるっす。もう自覚しちゃったし、遅い
っすよ。もう、寝ても覚めても、吉沢課長の事ばっかり考えちゃって・・・・・・」
「や・め・ろ」
「・・・・・・先輩、案外了見狭いっすねえ。今の世の中、何でもありっすよ。ほら、巷じゃ、
ユニセックスとかはやってるじゃないっすか」
「意味が違っ!」
馬鹿かお前はと叫びたくなるのを堪えて、何とか新井の暴走を止める事を考える。こんな
ヤツとライバルなんて本当に嫌だ。
「一時の気の迷いだから、止めておけ。後で辛くなるのはお前だぞ!吉沢さんにそんな趣味
はない。お前が告白しても、けちょんけちょんにやられて、ぼろ雑巾のように捨てられて
再起不能になるだけだ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないっすか」
「とにかく無理!告白なんて絶対するなよ?!」
牽制のつもりで新井を見ると、新井はそれには何故だか頷いてた。
「いきなり告白とか無理っすよ!俺だってわかってますって」
「そう・・・・・・だったらいいけど」
このまま片思いで終わってくれ!と僅かな願いは次の一言で粉砕された。
「だから、先輩。お願いです。俺と吉沢課長の仲、取り持ってください」
「はあ!?」
机の下の拳がわなわなと震えた。誰と誰の仲を取り持つだと?ふざけんなよ。吉沢さんは
俺のモン。誰にも渡す気なんてねえよ。
「深海先輩?」
グーで殴ってやる。お前なんて絶対いつかグーで殴ってやる!
「俺、先輩にしかこんな事相談できないんすよ?信頼してるんですから。お願いしますよ」
へらへら笑う顔のどこに信頼が込められているのか、俺にはさっぱりわからないけど、
新井は新井の中の最高点で俺に頭を下げた。
 ああ、もう。一体どうすりゃいいんだよ。



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