なかったことにしてください  memo  work  clap
Re:不在届け預かってます


 Re:帰っておいでよ




「奈央!奈央!」
智優は奈央のアパートの玄関の前で扉を何度もノックしていた。
 こんな深夜に何事だと、奈央よりも隣の部屋の住人が先に玄関を開けて、智優をジロリと
睨んだ。
 けれど、それに謝っている程、余裕はない。智優はひたすら扉を叩いた。
奈央は既に寝ていたのだろう、智優が更に数回ドアを叩いたところで、不審な顔をして
やっとドアを開けてくれた。
「・・・・・・智優?」
「奈央!」
智優は隙間程度開いた玄関に身体をねじ込むと、中からロックし、更にチェーンキーまで
掛けた。
「智優、何だ・・・?」
がちゃんという大きな音と、智優の血相の悪さに、寝ぼけ眼の奈央も目を見開く。
「・・・・・・水、くれ」
ずっとずっと走ってきた。タクシーを捕まえる心の余裕がなく、智優はひたすら走った。
その間にも狭山からメールが何度か来たが、智優は全部無視した。
 奈央は怪訝な顔をしたまま、智優に水を持ってくると、テーブルの前に座った。
智優も水を一気に飲み干すと、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「・・・・・・もう、一杯」
「いいけど・・・・・・」
奈央は不審な顔は崩せないままだったが、何も言わずにもう一杯水を出してくれた。
 二杯目の水も一気に飲み込む。空のコップをテーブルに置くと、やっと呼吸が出来た。
 けれど、直ぐに頭に狭山が浮かび上がって、智優は眉間に皺を寄せる。
「俺・・・・・・人生で一番ヤバイかも」
「智優?」
「ありえないことがありえてしまうのが、世の中ってもんなんだよな・・・・・・」
「何があったの」
奈央には蛍琉と別れた日以来、連絡はしていない。別れた事情も碌に話していなかった。
「うん、まあ・・・いろいろ」
強がって笑って見せると、奈央は今回ばかりは逃がしてはくれなかった。
「笑って流せるほどのことだったら、お前がこんな風に飛び込んでくることないだろ」
「・・・・・・」
奈央に睨まれる。智優は唇を噛んだ。
湿気をたっぷりと含んだ6月の空気は肌にまとわり付いて、気持ちが悪い。そのべっとり
とした感覚が狭山と被って、智優は身震いした。
「智優」
「ああ・・・・・・」
智優は自分の失態をさらけ出すことに躊躇ったが、渋々と口を割った。
 智優は、蛍琉に好きな人が出来て振られたこと、そして、狭山に拾われたこと、そして
狭山から逃げ出してきたことをぼそぼそと語った。



「やだね、怖いね〜」
「笑うなよ!」
智優がやっと全部話し終わると、奈央は豪快に溜息を付いて身体を仰け反らせた。
「笑ってないと、震えが来そうで」
「・・・・・・写真、全部持って来ればよかった」
「でもそこに有ったのが全てってわけじゃないでしょ。そういう男がたかが30枚程度で
諦めるようには思えない。それに、どうせ元のデジカメのデータだかフィルムだかは本人が
持ってるはずだし」
「あー!ホント、今回ばかりはすげえ、ヤラレタって感じ・・・・・・」
「智優はさ、詰めが甘いんだよなー。仕事じゃ出来るサラリーマン装ってるんだろうけど」
「装ってるってなんだよ」
「そうだろ、お前の話聞いてると、営業じゃ成績かなりいいみたいだし、ボーナスも俺から
すれば、そんなに!?って思う額貰ってるし。だけどさ、俺や詠汰は昔から智優のこと
知ってるから、お前が実はすごくおっちょこちょいで詰めが甘いってこと、ちゃんと知って
るんだよ。まあ、私生活まで気張ってられないだろうけど」
奈央にそんな指摘をされると思っていなかった智優は頬を赤くした。
 幼馴染にすら自分の弱さを見せたくなくて、格好つけていたのに、それがばれていた
なんて恥ずかしすぎる。
「色々、最悪・・・・・・」
「馬鹿だな、智優は。幼馴染に格好つけても、メリットないんだよ」
奈央は気分を紛らわせるように軽い口調で笑った。





 狭山からのメールも電話も着信拒否にした。きっと今頃、狭山本人も智優が出て行った
原因に察しが付いているだろう。
 当面の間、狭い奈央のアパートから出勤することにしたが、智優はその間も憂鬱な気分を
引き摺っていた。
 狭山の元を逃げ出して2日目、その異変は起きた。智優が出社すると智優のデスクの上に
小包が置いてあったのだ。
「なんすか、これ」
既に出社していた事務員に訪ねると、事務員も、出社したら玄関においてあったと言う
のだ。宅急便の宛名シールは貼られているが、差出人の名前もなく、配達されたわけでも
なかった。ただ、あて先に会社の住所と智優の名前が書かれていて、事務員も仕方なく
智優のデスクに置いたらしい。
「・・・・・・爆弾とかじゃないですよね」
「やめてよ、そういう怖い事言うの」
智優は引きつった笑いで恐る恐る小包を開けた。
 中に入っていたのは智優が毎朝飲んでいる缶コーヒーが2本とメモ書きだった。
『おはよう、仕事がんばってね』
隣で覗き込んきた事務員が
「朝倉さん、追っかけでも出来たの〜!モテる男は違うね〜」
などと、暢気なことを言って茶化してきたが、智優は直ぐにでも小包ごと捨ててしまいたい
気分だった。
 こんなことをしてくる人間なんて狭山しかいない。
智優は震えがくる身体を寸前のところで我慢して、コーヒーの包みをゴミ箱に捨てた。
給湯室に駆け込むと、缶コーヒーは開けて全部流す。乱暴に缶もゴミ箱に投げ捨てると、
智優は深く息を吐いた
 その様子を高藤が不審そうに見ていた。





 日に日にエスカレートしていく小包攻撃に智優は頭を抱えていた。
相談するにも誰にしたらいいのか。ありえない状況に、智優は鬱々としたまま会社を後
にした。
 6月ももう下旬になると、湿気と暑さで歩いているだけで不快な気分になるというのに
狭山の行動が更に気分を下げた。
 重い足取りで会社の近くの弁当屋で弁当を頼むと、そのまま奈央の家に直行する。
ビールでも買って帰ろうかと思ってコンビニの前で足を止めたけれど、そういう気分
にもなれず、智優は歩き出した。
 奈央のアパートは既に電気がついていて、奈央は仕事から帰ってきているようだった。
「あー、だる・・・・・・」
智優はアパートの玄関の前まで来ると、扉の前に張り紙がしてあることに気づいた。初めは
奈央宛のものかと思ったが、むき出しの文面を見て、思わず息を呑んだ。
「・・・・・・!」
貼り付けられたメモを千切りとると、身体の芯から震えが走った。
『お疲れさん。今日の晩ご飯は、h屋で買った鳥唐弁当だね』
後ろを振り返って、人の気配を探したけれど、狭山どころか、誰の影も見当たらなかった。
望遠レンズで覗いているのかもしれない。
 ぞっとして、智優はメモを手の中で潰すと、慌てて部屋の中に入った。
「あ、おかえり」
呆然とした顔で入ってくる智優に奈央は風呂上りのさっぱりした顔で迎えてくれた。
「どうしたん?」
「・・・・・・俺、本気でヤバイかも」
手で潰したメモを奈央に見せると、奈央も流石に険しい顔をした。
「お前、その狭山ってヤツからのメールと電話、無視してんだろ?何か他にされてないの?」
「会社に・・・」
奈央には言ってなかったが、昨日は会社宛に弁当が送られてきた。夕食にどうぞ、と親切
そうなメッセージとともに。
 それ以外にも花が届いたり、ケーキが届いたり、明らかにおかしいことが続いている。
 奈央は真顔になって智優を見据えた。
「被害届出せよ」
「被害って」
「それ、りっぱなストーカーだろ」
言葉にされるとぞっとする。ぞっとするが、どうしてもしれが自分の事のように思えない。
自分がストーカーの被害者でしかも相手は大して知りもしない男なのだ。
「俺、男だって」
「男だって、ストーカーくらいされるだろ。浮気相手の女から逃げようとして、ストーカー
に遭ったって話、この前しただろ」
「誰だよそれ」
「俺の会社の同僚」
「・・・・・・でも、それは、浮気相手でしかも相手は女だろ!!」
「相手が男だろうが女だろうが関係ないって。智優をストーカーしてる男だってゲイなん
だろ?恋愛対象ならありうるだろ」
「ねえよ・・・・・・」
智優は頭を抱えた。何故自分がこんな目に遭うのか、狭山との接点に心当たりなど全くない
のに。ゲイバーで一方的に知られ、一方的に追いかけられ、そして罠に嵌った挙句、ストーカー
だなんて、踏んだり蹴ったりもいいところだ。
「とにかく、ここもばれてるし、あんまりウチに長居してるのよくないかも」
「・・・・・・奈央にも迷惑かかるしな」
「そういう意味じゃなくて。セキュリティの問題。お前、マンション帰った方がいいよ。
あっちの方がまだマシだろ。玄関防犯カメラあるし、昼間は管理人もいるし」
「マンション蛍琉いるって」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。話せば、蛍琉が出てってくれるでしょ」
セキュリティの問題云々より、ここにいたら確実に奈央にも迷惑が掛かるのは智優にも
予想できる。会社に毎日物を送りつけてくるような人間なのだ、奈央のうちに何されるか
分かったもんじゃない。
 けれど、せっかく飛び出してきたマンションに戻らしてくれと頭を下げにいくなんて
智優の小さなプライドがぴりぴりと痛むのだ。
「・・・・・・あんなとこ、帰りたくねえ」
不貞腐れて呟くと、奈央は苦笑いするしかなかった。
「案外それが転機になるかもしれないじゃん」
本人にそれを言おうものなら、鬼のような不機嫌になって口を閉ざすだろうけれど、奈央
には智優が蛍琉に未練を持っていることはよく分かっているし、切っ掛けさえあれば、より
を戻したいと思っていることも見えていた。
 智優は泣きそうな表情になって顔を擦った。
「・・・・・・なんで俺なんだよ」





 次の日、出社すると、やはりデスクの上には小包が置いてあった。最近毎日続いている
この小包攻撃に社員も目新しい気分は抜けて、不自然なのに誰も気に留めなくなっている。
 智優は中身を確認する前に給湯室に持っていくと小包を開けながら、ゴミ箱に怒りを込めて
ゴミを捨てていった。
 小声で怒りを吐き出していると、智優の携帯がポケットの中で震えた。智優はゴミを
捨てる手を止めポケットから携帯電話を取り出す。





from:
sub:帰っておいでよ
  必要なものがあれば、
いつでも送りますよ
でも、そろそろ帰っておいでよ





 送信者の名前はない。名前はないが、相手が誰かなど一発でわかった。
「くそっ!」
智優は思わず壁を殴っていた。
「朝倉さん?!」
「!!」
智優が壁を殴った瞬間、給湯室に入ってきたのは高藤だった。智優は驚いて殴った拳が宙
で固まった。
「・・・・・・なんだ、高藤か」
「なんだって・・・・・・朝からえらく荒れてますけど?」
「別に、なんでもない」
智優は捨てかけの小包や乱暴に置かれた携帯電話を横目で見ながらバツの悪そうな顔をした。
 高藤は智優の様子がおかしいことを知った上で、敢てそれに踏み込んでいく。
小包の中はやはり今日も弁当で、走り書きには『栄養のあるもの食べたほうがいいですよ』
と恩着せがましい文句が書かれていた。
 高藤はそれを覗き込んで、じろりと智優を見る。智優は高藤の真剣な顔に一歩引いた。
「・・・・・・」
それから、智優の携帯電話を掠め見ると、明らかに怒りを含んだ顔で智優ににじり寄った。
「『元カレ』ですか」
「・・・・・・違う」
「!」
高藤は目を見開いた。
「・・・・・・俺、てっきり別れた恋人が未練たらたらで、朝倉さんにストーカーしてるのかと
思ってました」
蛍琉が未練持ってるのなら、智優は全力で飛び込んでしまうだろう。智優は皮肉な顔をして
否定した。
「・・・・・・なこと、あるわけないだろ」
「じゃあ、こんなことしてくるの誰なんです?」
「知らねえよ」
「知らないって、朝倉さん、知らない人間に毎日こんなモノ送りつけられてるんですか」
「・・・・・・」
「それ、ストーカーですよ!?」
「・・・・・・分かってるよ」
智優が力なく俯くと、高藤は智優の腕を掴んだ。
「高藤、痛いって・・・」
「何で、こんなことになってんですか!!」
「何でっていわれてもなあ」
知らないヤツに誘われて、フラフラと付いていった挙句、美味しいことされて、罠に嵌った
ことを知って逃げ出したらストーカーになってた、なんて言えるはずもない。
「何で言ってくれなかったんですか・・・何で、俺のトコに来てくれなかったんですか」
「だからさあ、それは・・・・・・」
「今からでも遅くないです!俺のトコ来て下さい。俺、朝倉さんのこと守りますから!」
あまりに高藤が真剣に言うので、智優は苦笑いになって高藤の腕を外した。
「ばーか、なんで俺が男に守られなくちゃならないんだよ」
掠れた声で言いきると、智優は小包をゴミ箱に投げ捨てて、携帯電話をポケットにしまった。
「朝倉さん!!」
「・・・・・・ありがと。でも、高藤に迷惑かける気はないから」
智優は唇をかみ締めて、給湯室を後にした。





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