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Re:不在届け預かってます


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蛍琉が嘘を吐いた。あれだけ自分が嘘を吐いたことを詰った蛍琉が・・・・・・
「そんなに、俺の事が嫌だったのかよ・・・・・・」
智優はせっかく引きかけた涙がまた目に溜り始める。今度は泣くもんかと智優は必死にその
涙を堪えた。
「嫌だった訳じゃないんだ・・・」
泣きそうになっている智優の頬に手を差し伸べようか迷っていたが、蛍琉は全てを吐露する
覚悟が出来たようで、その手を引っ込めると、胸の前で硬く結んだ。
「好きな人が出来たっていうのは、嘘。智優にカマ掛けられて、どう答えたらいいのか
迷った挙句、出て来た酷い嘘・・・・・・」
「嘘って・・・・・・嘘なら、もうちょっとマシな嘘吐けよ!!」
そう叫んで智優は蛍琉が吐いた過去の嘘を思い出す。
 自分はゲイじゃないし、男と寝たこともない・・・・・・高校生の蛍琉が吐いた嘘だ。
そうだ。蛍琉はいつも肝心なところでとんでもない嘘を吐くのだ。
「うん・・・・・・ホントにね。自分で言っておきながら、それはないだろって、言った瞬間から
後悔してた。でも、引けなかったんだ」
蛍琉は智優をリビングのソファまで連れてくると、そこに座らせた。蛍琉はソファから少し
離れて、ラグの上に座る。
 胡坐の上に手を置いて、その指を仕切りに動かしていた。
「だから、好きな人が出来たわけでも、勿論、智優の事、嫌いになった訳でもないんだ。
・・・・・・でも」
蛍琉はそこで一旦言葉を区切ると、智優を見上げた。
「でも、俺が智優の事好きかどうか分からなくなってたのは本当・・・・・・。いや、智優が俺
の事どう思ってるのか分からなくなって、それで段々気持ちが塞いできたっていうのが、
正しいんだけど」
「俺が・・・?俺の所為なのかよ!?」
智優の頬が紅潮していく。怒り出す前に蛍琉は首を振った。
「そうじゃないんだって。ねえ、聞いて?」
「・・・・・・」
「俺さ、ある時から、智優が分からなくなってた。ある時ってこの日ですって明言出来る
日付があるわけでもないんだけど、少しずつ溜ってたんだ。でもこうなる切っ掛けを作った
日はある」
「・・・・・・いつ?」
「去年の智優の誕生日の翌週」
去年の誕生日は、蛍琉と喧嘩していた。蛍琉が誘ったくせに、待ち合わせに現れず、智優が
切れて喧嘩別れした日だ。
 あれから、3週間ほど智優は高藤の部屋に転がり込んでいたはずだ。
「このマンションに一人でいるのが辛いのは、智優だけじゃないんだよ?」
「!!」
蛍琉は自嘲気味に智優に言った。
 智優は喧嘩すればいつも飛び出す方だが、その度蛍琉はこの部屋に残された。言われれば
蛍琉の方が、この辛い思いをずっとしてきたのだ。
「智優が帰って来ないのが面白くなくてさ・・・・・・3日くらい連続で『いっちゃん』の所で
呑んだくれてたんだ」
「蛍琉が?!」
「信じられない?・・・・・・俺だって、普通に感情持ってるよ」
蛍琉は忙しなく動かしていた指を止めて、ふうっと息を吐いた。
「そこで、狭山に話しかけられた」
「狭山?!」
狭山の名前が出てきて、智優は身体が固まった。左腕の傷がジクジク疼く。
「・・・・・・まあ、前から狭山とは顔見知り程度の面識はあったんだけどね。一人でカウンター
で飲んでたら、隣に座られちゃって、仕方なく話に付き合ったんだ」
初めは唯の世間話だった。それが、いつの間にか蛍琉のプライベートにまで及んでいた。
「俺も、そこそこ酔ってたし、智優がいなくなって誰かに愚痴ってたかったって言うのも
あってさ・・・・・・今思うと、よりによってなんで狭山にしゃべっちゃったんだろうって、ホント
頭にくるけど」
蛍琉は、恋人と喧嘩別れした話を狭山にしてしまった。その日は愚痴っただけで終わった
のだが、次の日、『いっちゃん』で待っていたのは、狭山と智優の写真だった。
「俺の写真・・・?」
「・・・・・・うん。・・・・・・智優が映ってたよ。・・・・・・俺以外の男に寄り添ってる智優がね」
蛍琉が寂しそうに呟く。智優は耳の奥からキンキンと頭をかち割るような酷い頭痛を感じた。
「『いっちゃん』のところで智優の顔見たことあるって言ってたけど、でもさ、別れ話を
した次の日に、そんな写真持ってくる男、もっと警戒するべきだったんだよね・・・・・・」
けれど、蛍琉はすっかり冷静を失ってしまったのだと言う。
「その男の顔・・・・・・俺、知ってたから・・・・・・」
「・・・・・・会社の・・・・・・」
「うん。多分そう」
智優は頭を抱えた。確かに蛍琉は高藤を知っている。仕事帰りに一緒に歩いている所を
何度か見ているはずだ。
 敢て2人を会わせようとしたことは一度も無いけれど、蛍琉は高藤の顔を覚えていたらしい。
「見た瞬間、なんか色々吹っ飛んだよ」
「・・・・・・」
「智優の過去・・・・・・今までも、俺と喧嘩して出てった後の事、想像はしてたよ。でも、知り
たいとも思わなかったし、詮索もしなかった。だってそれは智優のプライベートで、俺と
切れてた時のことだから、俺には何も言うこと出来ないでしょ」
でも、狭山から智優の男の話を吹き込まれてしまった。それが、狭山の作戦だったのかも
しれない。
 狭山のストーカー行為は随分と前から始まっていたようで、智優が蛍琉と喧嘩して別の
男の元に転がり込んでいたのを蛍琉は突きつけられてしまったのだ。
「知れば、やっぱり見方が変わるんだよ・・・・・・」
世那の存在を見せ付けられた智優には、その気持ちは痛いほど分かった。
「智優が帰ってきて、その存在を忘れようとしてた。でも、智優が嘘吐いてコンパに行った
時、智優が平然として嘘を突き通そうとしてたの見て、俺の中の智優への不信感がまた
大きくなってったんだ・・・・・・」
蛍琉の様子がおかしかったのはそういう理由だった。全てには理由があって、その要因で
結果が生まれていたのだ。
 蛍琉の一方的な我がままでも、蛍琉一人が悪いわけでもなかった。
「でも・・・・・・智優があんなカマ掛けてこなければ、直ぐに別れるつもりは無かったんだけど」
蛍琉はそう言って苦笑した。
「・・・・・・俺の深読みの所為かよ」
「時間の問題だったかもしれないよ・・・・・・」
「じゃあ、なんで池山君と付き合ってたんだ」
智優は拗ねた口調になった。それを言われて蛍琉は益々苦笑いするしかなかった。
「流された・・・・・・としか。でも、智優の気持ちが分かるのかって思ったのも確か。別れて
別の男と一緒にいるってどんな気持ちなんだろうって。世那君には悪いけど、完全に自分
の思惑で利用してた」
「酷い男だ」
「ホントにね。・・・・・・でも、別れて、他の男にいってしまいたくなる気持ちはちょっと
分かったよ」
意地悪そうに蛍琉に言われて、智優は唇を噛んだ。
 蛍琉がしたことは、今まで全部自分がしたことだ。蛍琉だって自分と同じように喧嘩
すれば心が荒むし、一人になれば寂しかった、それだけの事だ。
 蛍琉の心はいつもつかみどころが無くて、何をされても超然としているような気がして
いたけれど、それは智優の思い込みだった。
 智優の痛みは、蛍琉の痛みだ。お互い、今まで相手に付けていた傷を受けて、折れていた
のだ。
「でも、そういうのはやっぱり長く続かないんだね・・・・・・本気じゃないのはすぐばれる」
「だから殴られた?」
「うん。智優が狭山にやられた日――あの子の部屋にいたんだけど――俺、じっとして
られなくてさ、病院に駆けつけようと部屋飛び出そうとしたんだ・・・・・・」
智優の容態は心配だが、世那としても当然面白くない。世那は思わず口走ってしまった
のだと言う。
「『今出てったら別れる』って。俺、その一言に頭きちゃってさ・・・・・・そういう問題じゃ
ないだろって」
そうして、蛍琉は怒ったまま世那の家を飛び出して、病院に駆けつけたのだった。
 その考え方が、あまりに蛍琉らしくて智優は小さく噴出した。
「馬鹿だな。そういう問題なんだよ」
「・・・・・・そうみたいだったね」
初めから世那の一方的な想いで出来上がっていた不安定な関係は、あっという間に崩れた。
 けれど駄目になったらそれでもいいと思っていたのは蛍琉で、何度か世那の方から修復
を試みようと誘われたのだが、蛍琉は耐えられなくなって、ついに本当の事をしゃべって
しまったのだ。
「その代償がその傷って訳?」
蛍琉は薄れた傷跡を手で摩りながら頷いた。『防御する理由がなかったから』蛍琉の言葉は
そういう意味だった。
「お前、人傷つける天才だな」
「・・・・・・傷つけたいとは思ってないけど・・・・・・」
蛍琉の行動が繋がってくる。智優は見えないでいた蛍琉の気持ちを少しずつ手繰り寄せて
いることを実感した。
 もう少しだ。もう少しで、蛍琉の心に届く。智優は高ぶる気持ちを抑えた。
「で・・・・・・蛍琉は、どうして戻ってきたの?分からなくなった俺の事、別れたら分かった
のかよ」
蛍琉はラグの上で胡坐を欠いたまま、首を振った。
「正直、智優の気持ちが何処向いてるかまだよく分からない・・・・・・分からないけど、重要
なところがそこじゃないってことは分かった」
「・・・・・・なんだよ、それ」
蛍琉はおもむろに立ち上がると、智優の隣に座った。蛍琉の体重にソファが沈む。接近して
きた体躯に智優は身体を緊張させた。
「俺達には、足りないものがあったんだ」
「足りないもの?」
「俺達に足りないのは」
「・・・・・・」
「多分、言葉だ」
蛍琉は、逃げ腰の智優の腕を引き寄せて、頬に手を当てた。蛍琉の顔が近い。真剣に見詰め
られて、智優のテンションが更に上がった。
 智優の瞳がまた潤い始める。目頭が熱くなって、鼻先がつんと痛んだ。
蛍琉が智優の頬を優しく撫でていく。蛍琉の瞳が優しく智優を見下ろした。
「ちゃんと言おう?」
「何、を?」
「全部。・・・・・・例えば、俺は、智優が好きだってこととか、本当はもう二度と手放したく
ないってこと」
「!!」
智優の頬がぴくりと揺れた。
 智優が好き、その言葉を智優は何度聞いたことがあるか。思い起こしても、見当たること
がない。
 気持ちはいつもそこにあって、言葉にしなくても分かると思っていた。分かっていた事
もあった。通じ合っていると確信して、そのうち言葉は要らなくなった。
 けれど、通じ合ってるからこそ言葉は必要で、智優も蛍琉もその落とし穴にドボンと
落っこちてしまったのだ。
「蛍琉・・・・・・俺っ」
智優は蛍琉のシャツを強く掴んだ。自分も早く言葉を告げなければ・・・・・・。急いる気持ち
に蛍琉は微笑んで頷いてくれた。
「智優、好きだよ」
智優の涙腺が再び決壊した。欲しかった言葉を、蛍琉はやっとくれた。その一言があれば
回避できた喧嘩がいくつあるか、それを考えると嫌になるほど、欲しかった言葉。
 蛍琉は次から次へとあふれ出してくる智優の涙を指で拭うと、腫れぼったい目じりに
唇を落とした。
「智優が好きだ」
それから、涙の川が出来ている頬にも二つ。
「智優、愛してるよ」
そうして、智優の唇の上に、音を立てて小さくキス。触れるだけのキスをして、その後、
優しく吸い取った。
「蛍琉・・・・・・好きだ、俺も・・・・・・」
智優がキスの合間にやっと想いを告げると、蛍琉は容赦なく今度は智優の唇に吸い付いて
きた。下唇を口に含んで、舌の先で撫で上げる。
 それだけで蕩けそうになった智優の腰を蛍琉は手を回して支えた。
「んっ・・・」
蛍琉の舌が遠慮を忘れて、智優の口を割った。てろっとした感覚も蛍琉の味も全部知ってる
ものなのに、背筋がゾクゾクする。舌の先を絡まれて、智優は蛍琉の腕を掴んだ。
 蛍琉の舌は、智優の舌で遊んだ後、上あごを伝って、歯列をなぞって行った。優しく
されているのに、今までした蛍琉のキスの中でも一番乱暴な気がするのは、蛍琉の気持ちが
流れてくるからだろうか。
 堰き止められていた想いが濁流のように押し流されてきて、智優の中で洪水を起している。
蛍琉の中にあった熱い気持ちが、智優の涙を止めてくれなかった。
 蛍琉は名残惜しそうに智優の唇から離れると、腫れぼったい智優の顔に沢山のキスを
落とした。
「よかった。ずっと聞きたかったんだ、智優の気持ち。ずっと・・・・・・高一の頃から」
「!!」
涙の中で、智優は目を見張った。蛍琉の告白には一々驚かされる。
 その反応に、蛍琉の方が驚いていた。
「・・・・・・え?嘘、智優、天然なの?何の為に、二年もかけて落としたと思ってるの」
「陥れたのかと思ってた」
「俺、すっごい純情青年なんだけどね」
蛍琉と初めて身体を重ねたあの日、蛍琉も智優も内心ありえない位緊張していた。初めて
同性とセックスするからだと智優は思っていたけれど、蛍琉は長年想い続けた相手とこんな
形だったけれど、セックスすることになった所為で、頭の中はパニックだったらしい。
 2人はじっと見詰め合って、そして笑い出した。
「馬鹿だなあ・・・智優は」
「・・・・・・お前もな」
やっと超えられた壁は振り返ればオブラートよりも薄かった。手を伸ばせばそこにあった
のに、自分の妄想で随分と厚い壁を作っていたのだ。
 こんな切なくて苦しくて、蛍琉と高校生みたいな恋愛を再びするなんて思いも寄らなかった。
でも穏やかに笑える日が蛍琉と迎えられる喜びに、自分の選択が間違ってなかったことを
智優はかみ締めていた。





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