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聖天ラバーズ




風が薫る5月。休日の午後を、机に向かって黙々と勉強していた真野慧史(まのさとし)は
爽やかな風と共に窓から入ってきた侵入者に辟易とした顔を見せた。
「・・・・・・向希(こうき)、来るなら玄関から入って来いっていつも言ってるだろ」
「えー、いいじゃん。隣の部屋同士なんだから。それにそういいながら、慧史だってここの
窓いつも開けておいてくれるし」
そう反論した山影向希(やまかげ こうき)はベッドに寝そべって、持ってきたPSPの電源を
入れた。
 慧史の部屋は二階の東側にあって、東側の窓には小さなバルコニーがついており、その
更に東側には、幼馴染の向希の部屋がある。
 物心ついたころから、向希はこの部屋に遊びに来るときは、必ずこの窓を伝ってやって
来るのだ。
「・・・・・・。俺、勉強してんだけど」
「いいよ。気にしなくて。俺も気にしないでモンハンやってるから」
「俺が気になるって言ってんの!」
そういいながらも、溜息を吐いて慧史はベッドに背を向けた。
 毎度のやり取りなのだから、慧史も敢てそれ以上は言わない。慧史はずれた眼鏡を人差し
指で直すと、問題集に意識を持っていった。
 再び慧史の部屋にはた迷惑な声が響いたのは、慧史が数Uの問題集を開いたときだった。
「たっだいまー。今日も暑い〜」
そう叫びながら慧史の部屋のドアを不躾に開けたのは神足嵐(こうたり あらし)、慧史
のもう一人の幼馴染だった。
「あ、おかえり〜、嵐。いいシューズ買えた?」
「おうよ、そりゃばっちり。これであと0.3秒は速くなる」
嵐は真夏のような日焼け具合の顔をテカテカさせて向希の隣に寝そべった。
 慧史のシングルベッドは2人の高校生の身体でぎゅうぎゅうになってしまい、それを尻目
にすると、慧史はまたイライラした。
「お前らなー!・・・っていうか、嵐も、勝手に人の家入って来るなよ。どうせ、お前も窓
伝いに来たんだろ」
「うん。だって、イチ兄ちゃんの部屋の窓、開いてたから」
イチ兄ちゃんと呼ばれたのは、慧史の4つ離れた兄、真野慧一(けいいち)のことだ。慧一
の部屋は西側にあり、その向こうには嵐の家があった。
 この三人は隣同士三軒並んだ同級生の幼馴染なのだ。
「イチ兄ちゃんの部屋の窓、開けておいてくれたの慧史でしょ?」
「・・・・・・空気入れ替えて、鍵閉めるの忘れただけだ!」
そういいながら、慧一が大学で家を出て2年、嵐があの部屋伝いにここまで来れなかった
ことはない。
「イチ兄ちゃん、こっち帰ってくることあるの?」
向希がゲームの手を止めて慧史を見上げた。
「盆と正月くらい・・・あとは、俺の知らないときに時々戻ってるらしい。一人暮らしって
言っても、隣の市だし」
「そういえば、この前、合同練習で市営グランドに行った帰りにさー、イチ兄ちゃん見た」
「・・・・・・あ、そう」
4つ離れた兄とは、それほど仲が良い訳ではない。会えば一言二言話はするが、お互いどこで
何をしてるかなど、全く知りもしない。確かに、バスケ部で身体を鍛えている兄とは、性格
も体格も違うし、血が繋がっていなかったら、一生しゃべったりしない部類の人間だ。
 男兄弟なのだから、それが普通だと慧史は思って気にも留めなかった。
「それがさーイチ兄ちゃん、すっごい美人連れてた」
「はあ?アイツが?」
慧史は思わず声を上げた。その拍子に眼鏡がずれる。
「あ、多分俺も会った事ある。すっごい、綺麗な人でしょ?挨拶したら、アキですって挨拶
返されちゃった。イチ兄ちゃん、珍しく照れてたよ」
向希が話しに加わって、慧史は益々驚いた。過去、あの変人に彼女がいたかどうか知らない
が、大学生になれば、そういうこともあるのだろう。
 2人の話から、アキという名の新しい彼女でも出来たのだろうと慧史は想像したが、2人の
話は大切なものを欠落していた。
 アキ――高城亜希は確かに真野慧一の恋人だが、正真正銘、男だ。
その事実を知らないのは、慧史にとってある意味幸せなのかもしれない。
「アイツがそんなふうになってるなんてなー」
「あれ〜?慧史も恋人がほしいの?」
向希に言われて、慧史は一瞬むっとしたが、直ぐに否定した。
「別に・・・」
「慧史は、俺達と一緒にいる方が楽しいんだよな〜」
能天気に呟く嵐に、慧史はアホかと言い返して2人に背を向けた。
 幼い頃から、喧嘩しながらずっとひっついてきた3人は高校二年になっても、未だにこう
やってつるんでいる。
 高校に入ると、慧史だけは県内トップの高校に進学した。嵐は中学の陸上スプリンタと
してスポーツ推薦で別の高校に進学し、向希はよく分からないが、なぜか嵐と同じ高校に
進んだ。
 自分は、この3人の中では多分一番真面目で常識的だし、頭も良いし、性格もマシだと
慧史は思っている。それに比べて、嵐は走ることしか能がないスポーツ馬鹿だし、向希に
至っては、勉強も運動もできない、ただのゲーマーだ。
 どうして、性格も趣味もばらばらな三人をこうやってひっつけているのか・・・・・・それは
ただの惰性だ、と慧史は本気で思っていた。
 しかし、その惰性の関係もここに来て少しおかしくなり始めていた。
「なあ、向希〜」
慧史の後ろで嵐が甘い声を出す。
「なん?」
「今度の記録会、応援来る?」
「いいよ」
「よっしゃ。俺、向希の為に新記録出す!」
「にゃぁっ!」
向希の潰れた甘い声が響いて、思わず慧史が振り返ると、嵐が向希に巻きついて笑っている
所だった。
 慧史は本気で嫌な顔を浮かべて、2人の名前を叫んだ。
「嵐!向希!」
「なんだよー」
「俺の部屋でイチャイチャすんな!キモイわ!!」
高校に入って、慧史が聞かされた衝撃的事実は、この2人が付き合い始めたと言うことだった。
 16年ずっと一緒にいて、2人の気持ちがそういう方向に向かっていたことに微塵も気づ
かなかった慧史は、驚きとそして少しの疎外感を味わうことになった。
 しかし、2人が付き合い始めたと言っても、相変わらず嵐も向希も慧史の部屋に遊びに
やってくるし、オマケに慧史のベッドで今みたいなトークを繰り広げていくのだ。
「イチャイチャって・・・俺ら、昔と変わんないよ」
「・・・・・・お前ら、付き合ってんだろ!!」
イラつきながら慧史が言うと、2人は顔を見合わせた。
「付き合う・・・ねえ・・・」
「俺達、『好き』同士だけどなあ・・・・・・付き合ってる・・・のか?」
「・・・・・・お前らが言ったんだろ!付き合ってるって!!」
「お互い好きだって告ったって、言っただけだって。付き合うって大体、何すんだよ」
「何って・・・」
逆にそう聞かれて、慧史は戸惑った。付き合うって言ったら普通、デートして、キスして
あわよくば・・・・・・
「やることなんて決まってんだろうが・・・・・・」
「何?!」
キラキラした瞳で嵐が自分を見上げて、慧史は頬がかあっと熱くなった。
「お、お、お、お前らだって、してんだろ!」
「何を?」
向希がとぼけた声を出す。
「やるってったら、エッチしかないだろ!!」
慧史は自分でも顔が真っ赤になるのを感じながらそう叫んだ。
「エッチ〜!」
「きゃあ〜、慧史のエッチ!」
その反応をまるで面白がっているかのようにベッドに寝そべった2人ははしゃいだ。
「うるさいっ!」
慧史が本気で怒り出すと、嵐はちょっとだけ声のトーンを下げた。
「だってなあ・・・・・・」
「なんだよ!」
「・・・・・・俺と、向希でエッチって・・・・・・どうなん?」
嵐は何に照れているのか、頬をぽりっと掻いて、遠慮がちに慧史を見る。
「しるか!」
気持ち悪い空気にイライラして慧史が再び2人に背を向けると、慧史の後ろで向希の声が
響いた。
「はーい!俺、痛いの嫌だから、嵐にお尻あげたくないでーす」
「えー、俺だって痛いの嫌〜。いいじゃん、向希ならお尻痛くてもゲームして寝転がってる
だけだし!俺、大事な大会の前にケツ割れてたら洒落にならんよ」
「嵐だって、それだけ頑丈に出来てるなら大丈夫だって!俺のひ弱なお尻より、十分堪え
うるよ」
「でも、俺痛いの苦手だし。注射だって死ぬ思いして打ってるのに・・・」
「慣れれば大丈夫って言うよ?」
「えー・・・・・・。ねえ、慧史」
2人の聞きたくない会話に無理矢理耳を塞ごうとしていたのに、慧史はまた呼ばれて、忌々
しそうに振り返った。
「何だ!」
「ねえ、俺達、どっちがどっちだと思う?」
「・・・・・・!!」
生まれてこの方、この2人には色んな質問をされてきたが、こんなにどうでもいいことを
聞かれたのは初めてだ。
「・・・・・・こ、の・・・」
「何?」
「この筋肉馬鹿にゲーム脳!!お前らさっさと出てけ!!」
慧史は机の上にあった問題集を2人に投げつけると部屋のドアと東側の窓を次々に開けた。
「いやん、慧史のヒステリック!男のヒステリーはもてないんだぞ〜」
「うるさい!」
「あーあ、怒っちゃった。・・・・・・まあいいや。また来るね〜。嵐もまた後で〜」
「あーい」
2人は手を振り合って、お互いの家へと消えていった。





「大体さ、慧史はちょっとの事で怒りすぎなんだよな」
「うーん、淋しいんじゃない?」
「淋しい?」
「だって、俺達はお互い好き合ってるでしょ?」
「なーんだ、やっぱり慧史も恋人が欲しいってことか!」
こいつらには学習能力というものがないのかと、慧史はイライラしながら2人の会話を背中
で聞いていた。
 あれだけ怒って出てけと言った次の日には、やっぱりこうやって2人はやってきて、慧史
のベッドを占領しているのだ。
「お前らなあ・・・」
慧史が呆れて振り返ると、嵐がヒラヒラと手を振った。
「はいはい、いいよいいよ。慧史にもお似合いの子、俺達が見つけてきてあげるから」
「はあ?」
「俺達って、俺もかよ」
「うん。慧史に似合う子、一緒に探そう」
「まあ暇だからいいけどね。・・・・・・んで、慧史はどんな子がいいの?」
「・・・・・・ちょっと待て、そういう話じゃ・・・」
「俺わかるよー。慧史ってさー、こう見えてテレ屋さんだから、ガツガツしてない子が
言いと思う〜!目と目が合ってウフフって言っちゃうような子!」
「そうかなあ。俺は引っ掻き回すくらい元気な子の方が似合う気がするけど」
「じゃあさ、お互いこれだっていう子、連れてこようよ」
「いいよ」
嵐と向希は慧史の意思など全く無視で勝手に話を進めてしまった。自分の事なのに何故か
蚊帳の外の気分な慧史は、殆ど諦めた表情で首を振った。
「・・・・・・勝手にしてくれ」
「俺さー、向希のクラスにいるあの小さい子がいいと思うんだよな」
「小さい子・・・誰だろ。俺は隣のクラスのバスケ部の子が慧史には似合うと思う」
2人はベッドの上で慧史の未来の恋人について盛り上がっている。慧史は2人に背を向けて
机の上の問題集を手に取った。
 再来週にはテストがある。進学校でもトップクラスをキープし続けている自分は、こんな
2人に構ってる時間など無いのだ。
 そう思って物理の問題集に目を落とす。けれどどうにも背中が気になって仕方なかった。
「ねえ、それよりもさー」
「なあに」
「どっちがお尻差し出すか、じゃんけんで決めようぜ」
「えー嫌だよ。だって嵐じゃんけん強いもん」
「じゃあ、どうすんの」
嵐に聞かれて、向希はうーんと唸った。
「そうだなあ・・・日替わりで交代でもする?痛み分け!」
「俺痛いの嫌〜!」
嵐がぶんぶんと頭を振ってベッドの上で身体をばたつかせた。
「そういう聞き分けの無いヤツは無理矢理襲ってやるっ」
向希は自分より体格のいい嵐に向かって乗りかかった。家の中でゲームしかしてない向希は
色白で、腕も腿も嵐より遥かに細い。
 慧史は一瞬、その体格差で自分が嵐を抱くという発想も凄いと思ってしまったが、直ぐに
我に返った。
「お前ら・・・・・・!ここでそういう話すんなって言ってんだろ!!」
「ぎゃあ、慧史痛いっ」
慧史の投げつけた物理の教科書が嵐の頭に直撃した。
「さっさと帰れ!!」
今日も真野家に慧史の喚き声が響いていた。





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