なかったことにしてください  memo  work  clap

「って、これ、アイバニーズのRG8320やんか!!」
俺は手渡された真新しいギターを手に呆然とその差出主を見た。
「そう。お前、欲しがってただろ?ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントにやるよ」
「えええっ・・・マジで?!ホントに?ホントに貰っていいのかよ!?」
俺が前から密かに狙っていたモデル。「GIGS」や「rockin'f」やらで紹介される度、食い入る
ように眺めていたヤツだ。
 差出主――水無瀬は「喜んでくれてよかったよ」とにっこり笑った。
 信じられねえ。いくらコイツが俺よりも10歳も年上で、国内最大手の楽器メーカ社員だった
としても、こんな簡単にギターをポンポン買う金なんてないはずなのに。
 俺は水無瀬をもう一度見る。
「これ、ホントに俺に?クリスマスプレゼントにしたって、高すぎるやろ」
「まあ、安くはないけど、楽器店の店長が頑張ってくれたんだよ。それに、お前がこれから
本当にプロになったら、もっといいもの買うだろ?それまでのつなぎで使えばいいよ」
水無瀬は何でもなさそうな口調で言うが、コイツだってただのしがないサラリーマンだ。定価
30万近くのギターを、簡単に買えるわけがない。ましてや、こんなクソガキに毛が生えたような
俺のために・・・。
 水無瀬はずり落ちて来そうな眼鏡を左手の中指の腹でくっと持ち上げて、俺を見下ろす。
「プレゼントなんだから、貰っときな」
「・・・でも、俺、アンタに何にも用意してないし」
まさか、こんなプレゼントがもらえるなんて思いもしなくて、俺は後ろめたくなる。クリスマスに
何の用意もしてない、俺もどうかと思うけど、俺の性格からして、プレゼントとか、ありえねえ。
しかも、年上の男に、何をあげろって言うんだ。
「いいよ、別に。俺は、お前が毎日愉しく生きててくれれば、何もいらないよ」
「・・・ばか、何オヤジ臭いこといってんだよ」
「29なんて、もうオヤジさ」
ワックスで固めた前髪の形を気にしてる男が言う台詞じゃない。水無瀬は休みの日でも、きっちり
髪をセットして、いつでも仕事に出かけられるような勢いでいる。
 街中で、買い物してる最中に、楽器店の店員やら店長やらにいつ出会ってもいいようになんだとか。
根っからの仕事マンなのか、音楽バカなのか、どちらなんだろうな、俺は水無瀬の面長の顔を
見ながら思う。切れ長の瞳が眼鏡の奥で笑っている。水無瀬は男の俺が見ても格好いいと思う。
 うすっぺらいセル眼鏡もよく似合ってるし、見るからに清潔そうな感じは見てて気持ちがいい。
年相応な顔は小麦色で、短くカットした髪からは青リンゴのワックスの匂いがする。俺と、
5センチ位しか身長差はないはずなのに、ガタイがいい所為か、俺よりも遥かにデカくみえる。
「なあ、ちょっと弄ってみてもいい?」
「ドーゾ、お好きなだけ」
俺は水無瀬の部屋の俺の定位置――黒革の2人掛けソファーに座り、黒光りする名器を丁寧に音を
出した。ミニアンプに繋げて音を作ると、何時もよりシャープな音がする。
 ネックが手に馴染む。フレットを抑えて適当なコードを押さえる。
 ああ、やっぱりいい。ジャストフィット。歪ませたら、たまんなくいい音が出るだろうな。やっぱり
メタルにはアイバニーズだよな。
 俺は適当に作ったリフをリズムを変えたりして遊んでみる。
「ん、今の、いいな。それ何のコード使ってんの?」
「えーと、Am、B、E、Cm7・・・」
「よし、OK−」
水無瀬は自分のギターを持ち出して(ヤツのギターはギブソンだ)俺の作ったリフを弾き始める。
5回くらい弾くと、水無瀬が目で合図してきた。
”テキトーに弾け”の合図だ。
俺は、水無瀬のコードに合わせてアドリブを入れた。セッションの始まりだ。
 水無瀬は無類のセッションの鬼だ。俺の19年の人生で、こんなにセッションを愛して、楽しんでる
人間を他に見たことがない。
 腕はプロ並・・・だと俺は思うのだが、本人は、「プロになれるほど上手くはない」と断言する。
プロになろうとしている俺を前になかなか厳しい言葉だ。
 ポップなアドリブから、テンポアップ。リズムが変わる。俺は速弾きでそれに答える。
途端、俺も水無瀬も「おっ?」と言う顔をしてお互いの顔を見合わせた。
(なんだよ、これ、すげえいい感じ。速弾きすると、ネックが手に吸い付いてる感じがもろ分かるぜ)
他のメーカーよりも、僅かに薄いネック。速弾きするために作られたといっても過言じゃない
ボディライン。俺は長年フェンダーやフェルナンデスばっかり弾いていたけど、もう、これは
乗り換えるしかないと思わせてくれるような、抜群の弾き心地。
 キュイーンと音を歪ませて、弾ききると、俺は満足そうに水無瀬を見た。
「最高」
水無瀬もうんうんと頷きながら自分のギターをスタンドに戻す。
「やっぱり、七郎はアイバニーズが合ってるな」
そうして、俺のギターを取り上げると、いとも簡単に俺のアドリブの真似をし始めた。
「うーん、やっぱり、ネックが違うとエライ違うな。断然弾きやすい」
はっ・・・これだもんな。プロほど上手くないとかいいながら、俺の速弾きを弾きこなすんだもん・・・
全く嫌になる。
 水無瀬はそんな俺の思惑なんて関係なしに、一通り弾き終わると俺にギターを手渡してきた。
「次のライブ、楽しみだな」
そうして、水無瀬は俺の隣に座ると、ポケットからタバコを取り出して口に咥えた。俺はすぐさま
不機嫌になって、水無瀬と向き合った。
「・・・俺の前で吸うなって言ってんだろ?」
「ああ、ごめんごめん。つい、口が淋しくて、さ」
水無瀬は、悪気など全くなかったように適当に謝るから、俺は水無瀬からタバコをもぎ取って
サイドテーブルに放り投げた。
 ったく、喉痛めるから吸うなって何度も言ってるのに・・・。
「そんなに淋しいなら、コレでももらっとけよ」
ギターを立てかけて、水無瀬の胸ぐらを引き寄せてると、ぷっくりとした形のいい唇を俺ので
塞いでやった。
 水無瀬の唇はいつだって柔らかくて気持ちがいい。唇を重ねるだけで、こうも官能的な気持ちに
なるのもどうかと思うんだけど。
 俺も水無瀬もどちらからともなく、舌を絡め合い歯列を舐めあう。水無瀬と唇を合わせるだけで
ゾクゾクした。
 薄っすら目を開くとアップの水無瀬の顔が見えた。俺の鼻や頬に水無瀬の青い縁の眼鏡が当たって
そこだけえらく冷たく感じる。水無瀬は眼鏡が俺の肌で曇ろうがお構いなく口の中を犯すように舌を
絡めてきた。
「・・・っ」
息が上がるくらいお互いを貪り、唇を離すと、俺は水無瀬の肩に顔を埋めて、小さな声でぼそぼそ
呟いた。
「・・・あ、のさ・・・。ギター、ありがとな・・・」
「どーいたしまして」
水無瀬の喉仏が上下して、クスクスと笑う声が聞こえてきた。どうせ、俺が真っ赤になってる
ことなんてお見通しなんだろうな。ちぇ・・・年上ってコレだから苦手だ。


 俺、森川七郎次が、水無瀬拓斗と出会ったのは今から2年前だ。その頃の俺ときたら、今よりも
数段生意気で、「やんちゃ」で、どーしようもないガキだった。中学から始めたギターで、
バンド組んで、女の子にちやほやされて、インディーズではそこそこ有名になった。
 それで、俺は「俺ほどギターの上手いヤツなんていない」なんて不遜なこと思ってたから
向かうところ敵なしだった。ライブで対バンやったって、負けたなんて思ったことは一度も
なかったし。
 ところが、その鼻っ柱をポッキンと折ってくれたのが水無瀬だった。俺のギターを聞いた
初めての感想が
「君、耳悪いの?チューニングの仕方、知ってる?」
だったのには、さすがに俺もプチ切れた。その後、水無瀬のギターを聞いて俺は大いに落ち込んだ
わけなんだけど。
 水無瀬はもう何年も友人達とバンドを組んでいる。最強の「お遊びコピーバンド」だ。
オリジナルは一切なし。傾倒してるバンドもなし。お互いそれぞれが、今一番やりたいバンドの
スコアを持ってきて、適当に合わせるという、向上心がまったくないバンドだ。年に数回、
親しい友達を呼んで、ライブハウスで「発表会」なるものを開催している。それ以外は、
スタジオでメンバーとセッションして遊んでるだけだ。水無瀬は
「俺はね、バンドに、娯楽以外の何も求めてないから」
と言って、コピー以外は頑なにやろうとしない。ただし、このバンドの恐ろしいところは、
コピーと言いながら、勝手にアレンジが加わっていくことだ。ライブハウスで初めて聞いたときは
びっくりしたというよりも、鳥肌が立った。
 ライブ中に即興でアレンジを加えていく。アドリブも好きなように変えるし、メロディと歌詞
以外は殆ど、彼等のオリジナルになる。それだけの技量がありながら、アマチュアでい続けるのは
正直もったいないと思う。うん、今でもちょっとは思う。
 そういうと、もう走れる年じゃないだろ?って笑って誤魔化すけど、水無瀬だって、一度や
二度くらいは、プロを夢見たことあるんじゃないのかって思う。
 実のところ、アレだけの腕を持ちながらプロになれないっていう水無瀬を見ると、プロデビュー
の声を貰っている自分がこれから先、成功できるか全く自信がなくなるわけなんだけど。
 この2年間で、俺は2度もデビューの話をポシャった。1度目は、バンド内が険悪になって
バンド自体が解散した。2度目は、俺のメンタルの問題。水無瀬に「そんな気持ちでデビュー
なんかしたって、失敗して終わるだけだ」と釘を刺され、俺はそのバンドを脱退した。
 今回、こうやってまた声を掛けてもらえたのは、殆ど奇跡に近いんだけど、それゆえ俺は
ちょっと臆病になってたりする。
「2度あることは3度あるっていうだろ?」
「でも、3度目の正直とも言うけど?」
そんなことを、お互い(時には逆のこと)言ったりしながら、今度のデビューの話に頭を悩ませている。
 水無瀬は2度目のデビューがポシャった時、ホントにダメになりそうだった俺を救ってくれた。
なんていうか、全身で俺を受け止めてくれた。文字通り、全身全霊で。
 ・・・それ以来、俺はなんとなく、水無瀬に心を預けちゃったりしてるんだけど、コレが世間一般様の
いうところの、恋人同士というのは、些か疑問を持たずにはいられない。
 俺は、愛の告白だの恋人に掛ける甘い言葉だの、そういった心がムズムズするようなのが苦手だ。
水無瀬は俺のそういう性格を知ってか、こういう関係になってからもそんな類の言葉は一度も
言われたことがない。
 見ようによっちゃ、セフレだ。ただ、お互いの欲望を貪って、埋め合わせて。不安だとか、
水無瀬に甘い言葉を掛けてもらいたいだとか、そういった気持ちが全くないわけではない。
 ただ、それを求めることで、この不安定で居心地のいい関係が崩れてしまうのが、怖いのだ。
俺も水無瀬も男だし、男だということを差し引いても、10歳も年下の俺に水無瀬のような人間が
骨抜きにされるのも考えにくい。「俺様」だと思っていた高校時代を鑑みると随分しおらしく
なったもんだよな。
 俺は1人自嘲した。
「・・・、おい、そろそろ、リハの時間だぜ?」
俺は名を呼ばれて顔を上げた。ドラムの「ピース」が俺の顔を覗き込んでいる。俺は先日、水無瀬
に貰ったギターをチューニングしながら、ずっと考え事をしていたようだった。
「大丈夫か?ボーっとしてないか?」
「ん、いや、大丈夫だって。今年は今日でラストライブだし。気合十分ってとこ?」
ここは市内にある、「ソニック」というそこそこ名の知れたライブハウスだ。ここは、数多くの
有名バンドを排出したライブハウスとして、「ソニックでライブをする」というのが、バンドマンに
とって、ちょっとしたステータスになっている。ソニックを拠点にライブ活動を繰り広げている
俺達は、県内で今最もメジャーデビューに近い存在だった。現に水面下ではメジャーデビューに
向けてのレコード会社、各社が動き出しているらしい。
 俺はそういうのも含めて、自分が走り出してないまま船が勝手に進んでいる感覚がとても
気持ち悪かった。自分の煮え切らなさが問題なのだけれど。
「頼むぜ、ロージ」
ベースの高井が俺の肩をポンと叩いた。「ロージ」はバンドでの名前だ。「しちろうじ」の後ろを
とって、ロージ。そもそも、俺は次男なのに、何で「七」郎次なんだって言うと、ウチの両親、
そろって黒澤映画の大ファンで。そう、黒澤映画最高峰の「七人の侍」の七郎次をそのままつけて
くれたと言うとてもありがた迷惑な名前だ。
 小学生の頃はこの古臭い名前にどんだけ嫌な思いをしたか、今となれば笑い話の一つでしか
ないのだけれど。
「おっ、ロージ、newギターじゃん!」
同じくギターでボーカルのYOSHIが俺のアイバニーズを目ざとく見つけて声をかけてきた。
「目ざといなー」
「おー、アイバニーズ。益々メタル気味になってくな、ウチのバンド。大丈夫かな」
「まあ、ええんじゃないの?・・・ってあの人たちはいい顔しないかもな」
あの人たちと言うのは、俺達のバンドにデビューの話を持ちかけてくれたプロデューサーの
ことだ。ただでさえ、音楽界の流れの中で、メタルなんてあまり日が当たらないジャンルなのに
最近はラップやクラブミュージックといったジャンルが主流になり、バンドはラップかパンク
じゃなきゃ売れないような偏見から、デビュー目前のバンドに方向性を無理矢理変えさせる
という荒行をやるプロデューサーもいると聞く。
「ピースにとっては、嬉しい限りだろ?もろへヴィメタル思考だもんな」
「俺は、ツーバスが叩ければそれでいい」
ピースは12月だというのに、まるで常夏のような格好をしながら、スティックをくるくる回している。
 コイツは生き様そのものがへヴィメタルみたいな人間だ。
 俺達が雑談していると、ソニックのスタッフが控え室にやってきた。
「すんませーん、漉院座(ろくいんざ)さん、リハお願いしますー」
「うえーい」
ピースが振り返って返事をする。この漉院座というふざけたバンド名を考えたのはピースだ。
正確には漉院座(半)という。
字面はいかにもイカれたへヴィメタルみたいなバンド名だけど、声に出して読んでみると、脱力
したくなるような、ただのシャレでついた名前だ。
 いつだったか、県内のバンド大会に出ることがあったんだけど、まだ結成してまもなくだった
ことから、バンド名がなくて、俺達は、バンド名に悩んでいた。ところが、
「バンド名なんていつだって変えられるんだから、適当でいいだろ」
って誰かが言ったせいで、ピースが読んでいた雑誌を閉じて、おもむろに、バンド出場の応募用紙に
書き出したのが、この名前だ。
 もちろん、読んでいた雑誌は「rockin'on JAPAN」だった。
 尤も、当時は「漉院座」ではなく「六院座」で、さらに「オン」がないのは、ピースが
「オンの字が思いつかなかった」
という、間抜け極まりないオチが着くのがけれど。


<<2へ>>




よろしければ、ご感想お聞かせ下さい

レス不要



  top > work > 短編 > 想い煩うことなく、愉しく生きよ1
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13