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男ヤモメに蛆が湧く―丘の衝撃―



ありえない。ありえない。ぜーったい、こんな話はありえない。

「なー、丘(たかし)!ちょっとでいいから、父さんの話、聞いてくれよ」
「いやだ」
かれこれ30分以上、こんなやり取りが続いている。親子水入らずの楽しい日曜になるはずだった
のに、今、オレは父さんと一世一代の大喧嘩中だ。
「なあ、せめて、ここを開けて?」
「絶対いやだ!!!!」
オレは自分の部屋の扉の前に無理矢理ベッドを置いて、バリケードを作っている。とりあえず
自分の力で動かせそうなものがこれくらいしかなかったからだ。
 扉の向こうで、父さんが情けない声で何か言ってるが、オレは話を聞く気にはなれない。
「パパー、兄ちゃ、どおしたの?」
どうやら、父さんの隣には弟の陸(あつし)がいるらしい。泣きそうな声で多分父さんの
足にでも絡み付いてるんだろう。
「うーん、丘兄ちゃん、ちょっとご機嫌ナナメみたいだなー。よーし、アツシ、ここで踊れ!
そしたら、兄ちゃんでてくるかもしれないぞ?」
「ほんとう?」
「ああ、一昨日、保育園でならったミミちゃん体操やってごらん」
「あーい!」
手拍子とアツシのバタバタと動く音がドア越しに聞こえる。
「おつかいミミちゃん〜おつかいに〜!ミミちゃん、元気な働きもの〜♪」
・・・んな、踊りでオレがでていくわけないだろ。どっかの神様じゃあるまい。
「・・・出てくわけないだろ、ばーか!」
オレはドアに向かって叫ぶ。
「兄ちゃ、ミミちゃん嫌い?」
「・・・」
「やっぱりだめか。アツー、やっぱり兄ちゃん、その踊りじゃダメだってさー」
途端、アツシが天地を劈(つんざ)くような泣き声を発した。
ったく、甘えん坊で泣き虫。
「あーあ、よしよし。兄ちゃん、アツ泣いちゃったよー」
「・・・知るかよ!」
「丘が慰めてやらないと、アツシ泣きやまないよ」
「父さんが泣かせたんじゃないか!!」
父さんは時々何を考えてるのかよく分からない。アツシを泣かせるようなことを平気で言う
癖に、泣かれるとどうしていいのか判らないのだ。
 父さんがアツシをあやしていると、アツシの泣き声の奥から、足音がやってきた。
「あーあー、泣き虫アツ〜」

出たな、この諸悪の根源!!!

「天(たかし)・・・」
「せ、せんせえー、兄ちゃんがあー・・・」
「おいで、アツ」
足音の主は、井原 天(いはら たかし)と言って、アツシの保育園の担任だ。アツシを迎え
に行くのはオレの仕事だから何度も会った事がある。
 いまどきのかっこいい兄ちゃんみたいな人だ。それでいてオレにも優しくしてくれる、アツシ
も大好きな先生。

 だけど。

 だけど、それと、これとは話が違う。いくらかっこよくて、優しくて、どんなにいい先生でも
オレは絶対に嫌だ。絶対に、絶対に・・・

「一緒に住むなんて、ぜーったいに、認めないからな!!」


 オレ、天野 丘(あまの たかし)小5。3年前に母さんが病気で死んでから、父さんと弟の
陸(あつし)と3人で暮らしてる。
 父さんは天野 晴(あまの はる)と言って普通のサラリーマン。オレにもアツシにも負けない
位の甘い物好き。ポケットにいつも飴が入ってるし、父さんはいつだって甘いにおいがする。
アツシなんて、父さんが砂糖で出来てるって本気で信じてて、風呂はいるときなんて時々、
父さんの肩とか舐めて、
「パパ、おさとうなのに、しょっぱい」
と不思議な顔をしてたりする。
 仕事ができるのかオレはしらないけど、時々、父さんの会社の人(同僚や部下って言ってる)
がやってきて、ご飯食べてったりするくらいだから、そこそこ人気はあるのかもしれないし、
大学の時にバスケやってたらしく、日曜にはよくオレにバスケ教えてくれる。そんな時の
父さんはすっげーかっこいい。
 かっこいいと言えば、参観日に父さんが来るとクラスの女子が絶対騒ぐし、そんな時はオレも
ちょっと鼻が高い。
 だけど、時々、何考えてるのか分からないときがあって、日本語が通じないっていうか、オレ
と父さん、本当に血が繋がってるのか疑いたくもなる。
(だけど、誰に言わせたって、オレの容姿は「晴Jr.」って言われるくらいなんだから、間違い
なくオレと父さんは血が繋がってるんだろうけど)
 弟のアツシは5歳。ひまわり保育園の年中。母さんが2歳の時に死んじゃったから、あんまり
母さんのこと覚えてないみたいだけど、やっぱり、母さんが恋しいのか、すぐに泣く。
 すぐに泣くから周りが甘やかして、ちやほやするから、あいつは今絶対図に乗ってる。泣けば
済むと思ってるから、オレはオレなりに世間ってヤツを厳しく教えてるつもり・・・なんだけど。
 なぜか、オレになついてて、怒られるって分かってるくせにすぐまとわり付いてくるんだ。
まあ、そこは可愛いっていうか、うん、まあかわいい。
 母さんは元々病弱だったらしいんだけど、アツシを産んだときに体調を壊して、ずっと入退院
を繰り返してた。だけど、3年前、これで病態が安定したら仮退院って時に、風邪をこじらせて
そのまま死んじゃった。・・・そんときは、オレも無茶苦茶泣いたし、オレ以上に父さんなんて、
3日くらい泣き続けてた。そんで、あまりに辛かったのか5日くらいふらっといなくなって、
6日目の朝、泥酔して帰ってきたところに、じいちゃんやばあちゃん、母さんのじいちゃんにまで、
心配されて、めちゃくちゃ怒られてた。
「息子達をほったらかしにして、何してるんだって」そしたら、また号泣。オレはあんなに
泣いた父さんを見たことないし、きっとこれからもないんだろうなって思ってる。オレも父さんも
母さんが大好きだったから。
 ・・・だから、父さんはいままで再婚しなかったし、(なんか勧められてたみたいだけど)オレも
母さん以外の人がこの家に来るなんて絶対嫌だと思ってるから、これからもずっと、家族3人で
暮らすもんだって思ってた。
 いや、今でも思ってるんだけどさ。・・・なのに。

 この惨劇の始まりは今から数時間前のこと。
 何時もと変わらない日曜日に、ここんところよく遊びに来てた天先生と、父さんが、
リビングにオレを呼んで、いきなり、
「天と一緒に住もうと思う」
なんて言い出したことから始まる。
 最初、天先生の住む場所がないからウチに下宿でもするのかと思っていたら、
「まあ、結婚は出来ないから、事実婚みたいなもんだけど。あ、丘は事実婚ってわかるか?」
なんてのん気に言い出すもんだから、オレは真っ青になって、思わず父さんに叫んでいた。
「意味わかんねえよ」
「あ、わかんない?事実婚っていうのはさー」
「そうじゃなくて!!」
どこまで抜けてるのか、どこまで本気でボケてるのか、父さんのニコニコした顔からは読み
切れなくて、オレはイライラ、ムカムカの絶頂になった。
「ほ、本気なのかよ」
その問いに、天先生が申し訳なさそうに、うんと呟く。
 信じられない・・・。だって、その、け、結婚とかって、好きな人同士がするもんなんだろ?
「父さんも、天も一生懸命考えた結果なんだけど・・・丘は、嫌か?」
「当たり前だろ」
「・・・晴さん、やっぱり俺は、いいですよ・・・。丘君嫌がってるみたいだし・・・。ごめんな?」
天先生がオレに向かって頭を下げる。
 悪い人じゃない。アツシだって大好きな先生だし、母さんがいないの知って、色々よくして
くれたし。こうやって休みになると遊びに来て、アツシの面倒見てくれたり、一緒にオレとバスケ
してくれたり・・・。父さんより遥かに若くて、かっこいいのに、なんでよりによって、ウチの
馬鹿オヤジなんかを好きになるんだ。わけわかんねえよ。
「と、父さんは、母さんのこと、もう好きじゃないのかよ・・・」
 それに、オレは父さんの再婚自体、反対なんだ。
死んでもずっと母さんのことだけ、好きなんだって思ってたのに・・・。
「もちろん、やっちゃんのことは今でも、大好きさー。あの子ほど、いい子はいないよ」
「だったらなんで・・・」
「母さんは、母さん。ずっと好きだけど、天も父さんのこと好きでいてくれるし・・・」
父さんは照れているのか、頭をぼりぼりかきながら、笑っている。
「そんなに好きになってくれる人と結婚したいなら、佳美ちゃんとすればいいじゃん!!」
佳美ちゃんっていうのは、母さんの従姉妹で、今でも時々ここに通っては、ご飯とか作り置き
してくれるんだ。従姉妹だから、母さんにちょっと面影があって、おまけに、佳美ちゃんは
父さんのことが好きで。
 うん。多分、父さんが好きだから、この家に通ってご飯作ってくれるんだろう。
だけど、オレは母さん以外の人が父さんと結婚するのは絶対認めたくなくて・・・。
「だって・・・丘、新しい母さんはいらないって言うから」
「だからって、父さんは2人もいらないよ!」
一体何考えてるんだよ!
「いいじゃないか、母さんみたいで父さんみたいで、実は兄ちゃんなんだから」
「意味分からないよ!とにかく、ウチにはこれ以上家族なんて増えないし、オレはそんなの
認めないからな!」
「えー、アツシは喜んでるぞ?先生と一緒に暮らせるって」
「オレを5歳児と一緒にすんなよ!」
オレはぶち切れて、2階に駆け上がった。そうして、自分の部屋に篭ると、ベッドで入り口を
塞いで、今に至る。


「わかった・・・。そんなに嫌なら、一緒に住むのは諦めるよ。その代わり、夕食だけは一緒でも
構わないだろ?」
「そういう問題じゃない!」
「どういう問題なんだ?」
そういう問題じゃないことくらい、父さんにだってわかってるはずだろ!父さんが天先生と
一緒に住むってこと。父さんが一緒に住みたいって思うってことは・・・
「なんで、父さん、天先生なんか好きになるんだよ。フツーおかしいだろ?」
天先生、かっこよくて優しくて、ちょっと綺麗な顔してるけど、どっからどう見たって、男だ。
 なんで、そんなの選ぶんだよ。なのに、父さんってば、のん気な顔して、
「そうかー、やっぱり、おかしいかー」
なんて言ってるから、オレは益々頭に血が上って、内側からドアを蹴っ飛ばしてやった。
ドンっと家中に響き渡る音がして、辺りはしんとなった。
 その途端、せっかく泣き止んでいたアツシがこの世の終わりのような声を上げて泣き始める。
「あーあー、また泣いちゃった〜」
「父さん!」
おおらか、大物、寛大、モノは言いようだ。父さんはただの脳天気の脳足りんだーっ。
 ドアの向こうから、アツシの泣き声、大人のため息、囁く小声が聞こえてくる。オレは
それのどれもから耳を塞ぎたくて、枕の下にもぐりこんだ。
 もういやだ、いやだ、いやだ・・・。
今日ほど、こんなに父さんが嫌いだと思ったことはない。
オレが枕の下で不貞腐れていると、ドアをノックして、天先生の声が聞こえた。
「丘君、驚かせて、ごめんね。丘君、お母さんの事、大好きなんだよね。お父さん、奪う
ようなことして、ごめんね。だけど、お父さんも俺も、すっごくよく考えて、色々悩んで
決めたことだから、丘君には知って欲しくて・・・。すぐには無理だろうけど、いつか、丘君が
受け入れてくれたらって思うよ。落ち着いたら、出てきてくれる?もう一度話そう。それまで
待ってるから・・・。晴さんも、とりあえず、下で待ちませんか?」
父さんがオレに聞こえるようにデカイため息を付いた。
「丘ー、昼飯作って、下で待ってるからなー」
そして、のん気にそういうと、部屋の前から足音とアツシの泣き声が遠ざかっていった。
 しんとした空間に、オレは急激に泣きたくなって、枕の下でボロボロと泣いてしまった。
ちくしょう、ちくしょう・・・。

オレはこれからどうしたらいいんだ。ベッドから這い出て、窓に目をやると、家の前の桜の
木が青々と葉っぱをなびかせて揺れている。
 先週の頭に花はすっかり散ってしまった。
屋根から出たら、あの木に飛び移れる。そうだ、そうするしかない。
オレは部屋の隅に転がしてあったリュックサックに適当に着替えや教科書を押し込むと、明日
履きおろそうと取っておいた買ったばかりのスニーカーを履いて、窓から屋根へ出た。
「よっと」
軽くジャンプして桜の枝にしがみつく。それから、お隣さんの塀の上に上手く着地して、オレは
無事に家を脱出した。

 そうさ、オレは断固として戦う。戦ってやる。父さんが馬鹿な考えを諦めない限り、オレは
家には帰らない。
 家出してやるんだ。
オレはそう決めて、行く当てもなく、目の前の道を猛ダッシュしていた。


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【天野家ことわざ辞典】
男鰥に蛆が湧く(おとこやもめにうじがわく)
男鰥は、世話をする者がいなくて、自然に身の周りや環境が不潔になる






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