なかったことにしてください  memo  work  clap
あまりてなどか 人の恋しき―路頭―



 とにかく、メチャメチャに走った。
息が切れて、わき腹が痛くなって動けなくなるまでオレは走り続けた。
内側から沸き上がって来る変なパワーが、オレをどこまでも駆りだす。どこぞのキャラメル
じゃないけど、雨宮と一つ唱えるだけで、100メートルダッシュ出来そうだ。
 もうダメって言うくらい走り続けて(でも、走っていた場所は商店街の周りだから、同じ
所を何度もグルグル回っていて、多分それを見てた人は何事かと思ってたんだろうな)公園
のベンチに崩れるように座った。
 ド、ド、ド・・・・・・。体中が脈を打つ。苦しい。息が上がる。
「はあ・・・、はあ・・・、死にそ・・・」
座り込んだらすぐに汗が噴出してきた。こんな11月の寒空なのに、オレの身体はこんなにも
熱い。夏以来、部活を辞めてまともに運動なんてしてなかった所為で、オレの身体は随分と
なまっている気がした。
 こんなに息上がってる、心臓もドクドクいってるし・・・。
「雨宮・・・」
声に出したら、心臓が壊れるくらい早く動いた。なんだよ、オレ・・・。
 整わない息のまま、夕暮れの空を見上げる。吸った息が冷たくて、肺がぴりぴり痺れた。


 雨宮のことが、好きなんだろうか、オレは。


好きじゃなかったらあんなことしないよな、普通。
 タケやヒデキ、来本までにからかわれて、あんだけ否定しておいて、絶対違うって自分の
気持ちに向き合うことすらなかった。
 だけど、あの瞬間、オレは雨宮に吸い込まれてた。アイツの顔みてたら、気持ちが高ぶって
気がついたら、キスしてた。
 ・・・・・・なんていうか、すげえ、気持ちよかったんだよな。
多分、したかったんだ、オレ。自分でも変だと思うけど、ホント、あの時は目の前にある
雨宮の唇とくっついてみたいなんて、いやらしいこと考えてた。
ボッという音が出そうなほど顔が熱くなる。
ドクドクと脈打つ心臓が、上がる息が、体中を駆け巡る血が、そのことを確信させる。


オレ、やっぱり、雨宮が好きなんだ。


それ以外の事は考えられなかった。



 11月の夕暮れはあっという間に過ぎる。真っ暗になった公園のベンチに座ったまま、じっと
心臓の鼓動が治まるのを待っていた。
 帰ろう。オレは勢いよく立ち上がると、街灯が明るい商店街の方へと歩き出す。
そういえば、雨宮、家に残したまま飛び出して来たけど、どうしたんだろう。っていうか、
アイツに会ったら、オレなんて言い訳したらいいんだ?
 前に雨宮、オレに向かって「俺のこと好きになる」なんてふざけたこと言ってたけど、
(そのふざけたことに、今オレは直撃してるわけだけど)まさか、本当に好きだなんて告白
するわけにもいかない・・・よな?
 どうしよう。謝っても許してもらえないかな。・・・でも、たかが、キスしただけだし、
交通事故にでも遭ったと思ってくれ!自分のファーストキスに落ち込んだことはこの際、
棚上げだ!

 それにしても、オレは初めてだったけど・・・雨宮は、誰かとキスとかしたことあるんかな。
雨宮が誰かと・・・。オレの頭の中では雨宮と謎の黒い影がキスをしている。きっとかわいい
顔して、背だってちっちゃくて、オレなんかとちがって柔らかい唇で・・・。
 うわ・・・リアルに傷つく。胸の内側がちくんと痛む。
ヤメだヤメ!
そんなこと、考えたくもない。雨宮、かっこよくてもてるだろうし、彼女だっているかも
しれない。だけど、そんなこと考えても、この気持ちがどうこうなるわけじゃないし、自分
の妄想で、あれこれ考えるのは無駄だ。
 オレはもんもんとする気持ちに無理矢理終止符を打って商店街を抜けた。

「あっ・・・」
「・・・・・・」
雨宮に会ったのは、商店街を抜けてすぐのことだった。
 なんだよ、とっくに家に帰ってるかと思ってた。見れば、雨宮は少しだけぼさぼさになった
頭で、顔なんてすっごく複雑な表情うかべてた。
 そりゃ、たしかに友達に押し倒されて(倒れたのは雨宮だけど)無理矢理キスされて、
どんな顔して会えっていうんだよな。
 だけど、そんな顔でさえも、オレは違って見えた。もう雨宮を見る世界は全てが全て、
まるっきり変わって見える。
 雨宮を好きじゃなかったさっきまでが嘘みたいだ。胸のあたりを鷲掴みされたような刺激
が身体を突き抜ける。
 なんでさっきまで、あんなに普通にしゃべれてたんだろ、オレ。顔なんてまともに見れない。

「あっあのさ、雨宮、オレ・・・」
会ったらまず何を言うか。それすら考えてなかったオレは謝罪と雨宮への告白が頭の中で
ごちゃ混ぜになって、結局言葉が続かなかった。
 オレは雨宮を見上げた。得意じゃないけど愛想笑いで場を誤魔化そうとしたら、雨宮は
不意にオレから顔を逸らした。
 え・・・?
「雨宮?」
「・・・・・・」
その顔を覗き込もうとして、雨宮は明らかにオレを避けた。そして、オレが次に話しかける
前に、雨宮はオレの前をそのまま通過していった。
「雨宮ー?!」

ええーっ!
また、無視かよ!
 雨宮はオレの言葉に振り返ることもなく、暗闇に消えて行く。雨宮の表情から、オレは
アイツが何を考えてるかなんて、何一つ読み取ることはできなかった。
 嫌われた?友達以下?・・・雨宮、オレのことどう思ってる?前みたいに、おちょくって
わざと無視?あとで笑ってオレにイヤミ言って。
 なあ、またそんなところなんだろ?
ちょっとくらいの、ハプニングだって、お前けろっとしてるだろ、あの夏の日みたいにさ。
見送る背中はどんどん暗く小さくなって、もうオレの視界からは消えてなくなった。
 
サイコロふって、いっぱい進んだはずの目。だけど止まった場所は、誰もがあざ笑う
「フリダシニモドル」
絶対、今オレのいる足元にもそう書かれているにちがいない。
 オレ達の関係は、また元にもどってしまった。
 だけど、オレの抱えている胸の中は以前とは比べようのないほど、痛みを感じていた。



 あれから、1週間近くが経っていた。オレは鬱々気持ちと、突然爆発する雨宮への想いが
交錯して、今まで以上にやつれてた。
 タケやヒデキには、もうすでにバレてるから、否定はしなかったけど、最近じゃクラスの
ヤツにまで、
「なんだ、天野元気ないな。あれか、恋わずらいか」
なんていわれる始末。・・・オレってそんなに顔に出やすいのかな。
「オレ、今すげえ、かっこ悪い」
タケに言ったら、タケは爆笑して丘らしいといっていたけど。オレらしいってどういうこと
なんだろう。
 放課後、タケとヒデキとしゃべっていたら、教室の前でクラスメイトに呼ばれた。
「天野、外でトモダチとかいうヤツが待ってるぜ?」
オトモダチ?
 まさか!
オレは鞄を引っつかむと、タケやヒデキの「がんばれ〜」というニヤニヤ声を背中に受け
ながら、教室を飛び出した。
 まさか・・・。

 そう思って出てきてみれば、いたのは意外なヤツだった。
「雨宮じゃなくて、残念だった?」
「門永!」
正門の前でオレを待っていたのは、門永歩だった。
 はあ〜・・・。そうだよな、雨宮がオレの中学にわざわざ来る必要なんてないもんな。
「・・・あのさ、明らかにがっかりって顔しないでくれる?」
しゃがみこむオレに頭上から門永の声。ため息吐きたいのはこっちの方だ。
 顔を上げれば、門永はオレに向かってちょっと怒った顔をしている。
「話あるんだけど」
またか。コイツの話を聞くとろくな事ないのに・・・。
「オレも、ちょっと言いたいことあるんだけど」
オレ達は、前と同じように公園まで無言で歩いた。


「で。話って何」
オレは、ベンチに座るや否やソッコーで切り出した。
「天野君って、やっぱりせっかちだな」
「オレはね、お前とは、もう関わりたくねえの。用件言ったらさっさと帰ってくれ」
「そういうこと、言うんだ、天野君。・・・ねえ、そういう口利くからには、雨宮にちゃんと
言ってくれたんだよね?」
あ・・・。
 オレの脳みそは鳥か!・・・やべえ、こいつとの約束すっかり忘れてた。自分が雨宮のこと
好きだなんて自覚するので頭いっぱいで、コイツに雨宮にT高受けるように言えって言われて
たこと、すこーんと抜けていた。
「ねえ、天野君」
門永は笑ったままの表情を崩すことなくオレを見つめる。怖い・・・。こういうところ、確実に
雨宮と血が繋がってる・・・。
って言うか!
「お前こそ、従兄弟だってなんでいわなかったんだよ!」
「そういえば、言わなかったっけ」
あっけらかんと笑う顔には、明らかな作為。
 こいつ、絶対わざとだ。
「で、言ってくれたの?」
「・・・言ったけど!・・・でも、あいつ、J高受けるって。オレが説得したって無理だ。それに
親が説得してダメなのを、オレが言ってどうこうできるもんじゃないだろ」
「・・・そう」
雨宮にT高受けろとは言ってないけど、でもちゃんと、お前の意思は伝えたから、まあいいだろ?
間違っちゃいないし。
 門永は、暫く無言のまま、両手を握り締めていた。
そんなに、困ることなんだろうか。雨宮の両親でもないのに、親戚の子どもの高校受験を
心配するなんて。・・・雨宮がT高受けるって雨宮家では一大事なのか?
 従兄弟の存在がオレにはイマイチ分からない。オレにも従弟はいるけど、滅多に会わないし
ずっと年下だしな。
「ところで、もう1つ聞いてもいい」
考え込んでいた門永が顔を上げた。
「何」
「・・・1週間くらい前から、雨宮の様子が変なんだけど、天野君、何かした?」
「え・・・」
雨宮の様子がおかしいって、それってまさか・・・。
思い当たる節ならありまくりだ。
「天野君。何があったの」
鋭い視線で見つめられて、オレはたじろいだ。オレってホントこういうのすぐ顔に出るんだよな。
でも、真逆、雨宮にキスしたなんて、さすがに言えないし・・・。
 門永の視線が痛い。心に食い込んでくるようだ。
「君も受験生なら分かってると思うけど、今、大事な時期なんだよ!?変なちょっかいだして
雨宮のこと誑かさないでくれないかな!!」
「誑かすって!」
「雨宮、昨日の塾内模試、最悪な点数とって来たんだ、君が何かしたとしか思えないんだけど!」
・・・誑かしてはないけど、「何か」したのは事実だ。だけど、なんでこいつさっきから一々
オレに食って掛かるんだ?
「オレは別に・・・。っていうか、門永、ただの従兄弟のくせに、なんでそんなにガミガミ
言ってくるんだ?お前だって受験生だろ?自分の事心配したらどうなん」
「俺の事はどうだっていいんだよ。俺、余裕でT高合格圏内だから」
「はあ・・・」
こいつも、頭いいわけね。あー、はいはい。
「それに」
門永は、そこで一端言葉を止めた。その言葉の続きが見えない。
「?」
「・・・それに、俺はただの従兄弟じゃないよ」
「は?」
ただの従兄弟じゃなきゃなんだ?スーパー従兄弟か。なんだそれは。
「ねえ、天野君」
オレがマヌケなことを考えていたら、門永がじりりとオレとの間隔を詰めてきた。ベンチの
隅に座っていたオレはそれ以上逃げることはできない。
「何・・・」
「知ってる?いとこ同士って結婚できるんだよ」
「はあ?!」
門永は下から黒々とした瞳でオレを覗き込む。その瞳が恐ろしいほど光った。
 は?何?門永が言ってることは、そういうことなのか?だから、自分と同じT高に雨宮を
行かせようとしてるのか?!
「待てよ、何言ってんだよ!」
確かに、いとこ同士は結婚できるって聞いたことあるけど・・・
「お前等、男だろ!」
オレの反撃は、あっけなく撃沈した。

「君達だって、同じでしょ」
「何で、それを・・・!」
知ってるんだ、といいかけて、オレは自分の気持ちを簡単にばらしてしまったことに気づく。
門永は、鼻から抜ける大きな息を吐いた。

「やっと、認めた」
「認めたって・・・オレは・・・雨宮のことなんて・・・」
「じゃあ、そんな風に言ってるヤツには、雨宮は絶対渡さないよ」


門永の顔は、真剣だった。









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【天野家古今和歌集】
あまりてなどか 人の恋しき(あまりてなどか ひとのこいしき)
(浅芽生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき――参議等)
芽がさみしく生えているという「篠原」の言葉じゃないけれど、
忍んできた恋が、溢れてしまいそうだ。どうしてこんなに、あの人が恋しいんだろう






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