なかったことにしてください  memo  work  clap
雨ぞ昔の 香に匂いける―面相―



 夏期講習は思いの他、あっという間に終わりに近づいていた。と同時にオレの夏休みも
終わっていくのだけど。
 お盆とその土日合わせて5日間以外みっちりあった夏期講習も残すところあと1日。女の子
達なんて、急に淋しくなったのか、この頃になって慌ててアドレス交換とかし始めてる。
 そんなオレも雨宮と離れるのがちょっと淋しかったりするわけだけど。
雨宮とオレは、あれ以来、至って普通のお友達ライフを送ってる。時々雨宮は(いや、
時々っていうには少なすぎるかも)オレのことからかって、オレが真っ赤になるのをあざ
笑ってるけど、(最近は3回に1回くらいの率で、オレも雨宮に罵声返すことにしてる)普段
は、中学のツレと話してるように仲よくしてる、つもり。
 でも、塾の中ではあんまり話さない。だってギャラリーがうるさいんだ。
「ね、今日は2人で話さないの?」
厄介なのは、雨宮の取り巻き君じゃなくて、女の子の方。
 劇的な仲直りの後で知ったんだけど、女の子達はどうやらオレが本気で雨宮のことを好き
なんだと勘違いしてるらしくて、それ以来やたらとオレ達の後を付けてくる。
 この子達、雨宮のこと、ファンだの好きだの言ってたのに、いざ聞いてみれば
「他の女の子に盗られるのは我慢できないけど、天野君だったら応援しちゃう」
とか、
「そうそう、それに、天野君と雨宮君ってちょっと・・・ねー!」
とか。女の子の思考ってよく分からない。
 でも、塾のクラスで変な噂立てられるのも癪に障るし、触らぬ神にじゃないけど、彼女達
の前では、極力雨宮に話し掛けることは止めた。
 そんなわけで、オレと雨宮の2人っきりの時間は、塾の行き帰りの数十分に限られる事
になった。

「あと1日で終わりだなー。そういえば雨宮、模擬テストの結果どうだった?」
暗くなり始めた商店街を、雨宮と2人で歩く。最近やっと夕方になると涼しくなる日が増え
てるけど、塾のクーラーががんがん効いてる部屋から出るとやっぱり暑くてたまらなかった。
 雨宮は鞄から、週の頭に受けた塾内模擬テストの結果をとりだして、「見る?」と差し出し
てきた。オレはその余裕ぶりに腹が立って、「見せてみろよ」ってちょっと挑発っぽく受け
取った。
「けっ」
結果を見て一言目はコレだった。順位に燦然と輝く1位の文字。
 なんだよ、そりゃ余裕で見せられるってんだよな。
「お前、高校受験余裕だろ」
「余裕じゃないよ。ただ、諦めなきゃならないくらい絶望的でないだけで」
そういうレベルの人間だって世の中には幾らでもいるんだぜ、雨宮。
 塾の毎週金曜日に発表されるテスト発表だって、オレが勝ったのは初めの1回だけだった。
いや、あれはもうまぐれとしかいいようがない。だって、次の回からはオレなんてトップ10
内に入ることすらなかったんだから。
「雨宮、それ一歩間違えると厭味だぜ」
「そう言う天野はどうだったの?」
「・・・まあまあってとこ」
雨宮はオレの前に手を出す。さらっと出した手にオレも何故だか自分の順位表を渡していた。
あまりにも自然な動きに、逆らえなかった。なんで、オレそんなことしたんだろう・・・。
 雨宮はオレの順意表を見ながら、やたら神妙な顔つきになって、
「天野、高校どこ志望してるんだ?」
と聞いてきた。
 そういえば、オレ雨宮にJ高のこと言ってなかったな。雨宮はこの辺じゃ飛びぬけて頭の
いい私立のT高に志望出してるって噂だけど。
「オレ・・・J高」
「ふーん」
雨宮は聞いてるんだか聞いてないんだか、よくわからん返事をした。それで、そのままオレに
順位表を返すと、

「俺も、天野がいるから、T高やめて、J高にしようかな」

と、にっこり笑ってほざいたのだ。

は?

えーっと・・・えーっと。
意味が分かりません。
こいつ、今何言った?オレがいるから志望校変えるだ?そんな意味の分からない動機で、
志望校を簡単に変えるな!
「お前、何考えてだ?意味わかんない」
びっくりして雨宮を見上げたら、雨宮は平然としていた。
「だからね、天野がJ高受けるなら、俺も受けるってこと」
何が、だからね、だ。雨宮はそれが悪いことでも、大変なことでもないような顔をした。
「だからね、じゃねえよ。何平然とそんなこと言ってんだよ。お前T高受けるんだろ?」
「受けるつもりだったけど、だって天野T高なんて行くつもりないでしょ?」
「あったりまえだ!」
あんなトコ、オレの成績で受かってたまるか。受けるだけ恥だ、金の無駄だ。
「だったら、俺が志望校変えるしかないかなって思って・・・」
思って・・・じゃない、なんで志望校変えるんだ。
 まさか、本気でオレがいるからってそんな理由で志望校決めたりしてないよな?
「何、天野は俺が一緒の高校行くの嫌なの?」
「嫌とかそういう理由じゃない!」
「じゃあ、何?」
「お前、オレなんかが、いるかいないかなんて、そんなんで高校選ぶんじゃねえよ。これ
から3年間、もしかしたら、その先もずーっと後悔することになるかもしれないんだぜ?」
「後悔?俺が、どんな後悔するっての?」
「するだろ、何でT高に行かなかったんだとか」
T高なんて、ここらじゃ名門中の名門の進学校だし、雨宮はきっと医者になるんだろうから、
将来医学部に進む時だってJ高よりも有利だと思う。
 それに、親だって、J高よりもT高に通ってる方が、鼻が高いだろうし。そのために塾に
通わされてるんじゃないのか、お前は。
 なのに、それを棒に振ってまで、オレがいるからJ高にするだと?ふざけるのもいい加減に
しろよ。
 オレはちょっとばかり腹が立っていた。だけど、雨宮は思った以上に真剣な顔でオレに
言ったのだ。
「俺は、天野と同じ高校に行かない方が後悔する」

な・・・。
それって、すっごい反則と違う?殺し文句もいいところだ。雨宮はオレのこと、ただの友達
としか思ってないだろうけど、でもそんな風に言われたら、文句もつけられなくなるじゃんか。
 嬉しいとかそんな感情は絶対に口に出すもんかって決めて、オレは雨宮から顔を逸らす。
まともに顔なんて見れなかった。だって、絶対オレ今顔赤い。
 怒っていたはずの俺の胸の中で、きゅんっていう世にも奇妙な音がする。
「・・・」
「・・・」
「お、お前が、それでいいなら、オレは、これ以上何も言わんけど・・・」
「うん。じゃあ、お互いJ高受かるように、頑張ろうな」
はにかみ笑顔の雨宮の顔は夕焼けの中でよく映えていた。
 ・・・あ、なんだ。コイツのこういう笑い方、全然変わってないじゃん。
そう思ったら心がくすぐったくなって、
「オレ、塾夏期講習で終わりだけど、わかんないとことか、教えてくれよ」
なんて呟いてた。


 商店街を抜け切ったすぐのところで、中学校のバスケ部の奴等に会った。
「あれ、天野じゃん」
そう声を掛けられて顔を上げれば、5人のバスケ部の3年。夏に引退試合があったから、元
バスケ部って言った方が正しい。
 オレとは大体、どいつも仲がいい。その中の3人は小学校からのツレだ。そうして、そこで
気づいた。こいつらも当然雨宮の事を知ってる。背中に冷や汗が吹き出てくるようだった。
 当時の雨宮は大人しくて、誰からも頼られたりしなかったし、誰を頼ったりすることもな
かった。逆に苛められはしなかったけど、暗いっていうだけで無視に近いことはあった、
らしい。オレと同じクラスになってからは、オレがそんな周りの空気なんてお構いなく話し
かけたりしたから、みんな、無視なんてバカみたいな事しなくなったって言ってたけど、
あんまりいい顔しないやつも確かにいた。
 その筆頭がコイツらで、オレがバスケよりも雨宮としゃべってたりすると、後で絶対に、
「あんなヤツとしゃべってると暗いのうるからやめろよ」
って言われてた。
 なんでかなあ、雨宮いいヤツなのに。オレは何度もそう言ったけど、雨宮とコイツらが
仲良くすることは遂になかった。
 まずいな・・・。さすがに見れば雨宮だって気づくよな。
「お前等、何してんだ?」
「ゲーセン帰り」
「・・・暇人」
「うっせ。そーいうお前こそなんだ」
「塾だよ、塾。ベンキョーしてんのオレ」
「天野が勉強?嘘くせー」
「嘘じゃねえよ」
部活の奴等の前で勉強してるなんて言ったことないから当然の反応かもしれない。とにかく
適当に話をつけてこの場を立ち去りたい。
 見れば雨宮は所在なさげに俺の後ろに突っ立っていた。何時ものオーラなんてなくなって
小学校の頃の雨宮にすっかり戻ってる。
「なあ、俺らこれからカラオケ行くんだけど、天野も行こうぜ」
「これから?いや、いいよ、やめとく」
「ノリ悪いな・・・って、あれ?お前、もしかして・・・」
やば。
 そう言うと、雨宮の近くまで行って、顔を覗き込む。
「雨宮じゃん」
「え、マジで?」
「ホントだ、雨宮じゃねーか」
あー、見つかった。

 瞬間、3人は雨宮の周りをぐるっと囲んだ。残りの2人は、不思議そうにその後ろに立って、
仕切りにダチ?ツレ?なんて聞いてる。
「雨宮、でっけー。でも顔変わんねえな」
「ホント、オレよりも身長あるんじゃね?なあ、ひっさしぶりじゃーん」
「あはは、その暗さは相変わらず」
雨宮はむすっとして顔を逸らした。なんだよ、雨宮。塾やオレとの態度とは全然違うじゃん。
どうしたんだよ、そいつらにも、がつんと言ってやれば、「誰」ってさ。
 バスケ部の奴等は雨宮を囲んで、腕やら背中をパシパシ叩いた。
「雨宮、超頭いい学校通ってるんだろ?」
「・・・」
「あれだろ、ゆくゆくはT高、T大、でもって雨宮病院の院長!」
「よ、社長!エリート!」
あはは、と小ばかにした笑いが起きる。
「お前等なあ・・・止めろよ。そういうの」
オレが止めに入ると、バスケ部の連中は、オレにまで絡んできた。
「天野、お前コイツに見習って、がり勉君にでもなるのかよ?」
「いや〜ん、暗〜いのが、うつっちゃう」
がははと品のなく3人は笑った。その後ろで同じバスケ部のヤツも半笑いを浮かべている。
 強い悪気があるわけでもないし、単にからかってるだけだ。コイツらのノリっていつもこんな
カンジ。悪いヤツじゃないのは、オレだって分かってる。それに、雨宮も、塾でやってる
みたいに、笑って流せば、こいつ等だって、絡んでこないと思う。
 だけど、雨宮はさっきから一言もしゃべることなく、暴言を受け止めている。
オイオイ、どうしたんだよ。さっきまでオレとしゃべってたあの雨宮は、どこに隠れちゃった
んだよ。
 雨宮の性格が益々分からなくなる。どれがホンモノの雨宮?今までオレに不遜に笑って
見せてたのは?オレをからかって、ニタニタ笑ったり、オレと同じくらいしゃべってた雨宮
は一体何だったんだ?
「・・・」
雨宮は、3人に何を言われようが、黙ったままだった。その姿は小学校の時と同じようで、
それでも、真っ直ぐ前を向いたままの雨宮は、小学校の頃とも違っていた。
 あの頃、雨宮は俯いてばかりだったから。
「あはは、こいつ、一言もしゃべらねえぜ、つまんねえよ」
「もういいじゃん、さっさとカラオケ行こうよ」
後ろの2人は、雨宮をからかうことに、何が楽しいのか分からないらしく(そりゃ雨宮の性格
を知らなきゃ、そう思うだろう。ただでかいだけで、怖いもんな)これから行くカラオケの
ことをしきりに言った。
 そうそう、お前らなんて、さっさとカラオケでもどこにでも行ってくれ。
「じゃあ、天野も雨宮も一緒に来いよ」
「はあ?」
「カラオケ、一緒に行こうぜ?」
「お坊ちゃまって、どんな曲歌うん?校歌?童謡?」
「あはは、軍歌とか!」
3人は笑いながら、オレと雨宮の腕を取った。そのまま引きずられそうになりながら、オレ達
はその場を動かされる。
 オレは必死に抵抗した。
「行かねえよ」
「ノリ悪い!行こうぜ、夏休みもうすぐ終わっちゃう」
 絡んだ腕を無理矢理剥いで、雨宮はぐっと我慢していた口を開いた。彼らを見下すその声は
冷たく、バスケ部に向けられた声は、オレの足元まで凍らせた。
「ふん、くだらない」
雨宮は一言だけ、そう吐き捨てると、オレを置いて暗闇に消えていった。
「雨宮・・・」
取り残されたオレ達は、その姿を見送ることしかできなかった。雨宮、絶対傷ついてる。
だけど追いかけて、自分にどんな声が掛けられるのか、オレには分からなかった。オレは
雨宮の色んなものを傷つけてしまった。
 オレが悪いわけでも雨宮が悪いわけでもないけど、雨宮は絶対にこんなところオレには
見られたくなかったと思う。
 これは雨宮の残ってる本当の性格なのかな。・・・じゃあ今までのはなんだったんだ?
分厚く塗り固めた雨宮の仮面にひびが入って、その隙間から、昔の雨宮がひょっこり
顔を出したような、そんな気がした。
 けっ、かっこばっかつけるからだ。悪態が雨宮の元に届くことはない。

それから。
 雨宮は次の日、塾に来なかった。オレの夏休みは終わった。オレは雨宮に別れも告げずに、
雨宮とはバラバラの生活が始まったのだった。




1話 花ぞ昔の 香に匂いける 終わり

――>>next (2話 物や思うと 人の問うまで)



【天野家古今和歌集】
雨ぞ昔の 香に匂いける(あめぞむかしの かににおいける)
人間の本性なんてものは、根底から変えることなんて不可能に近い。何枚も仮面を被った
としても、持っているものは隠し切れないのだ。






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