なかったことにしてください  memo  work  clap
惚れた腫れたと 同士につっこまれるまで―門出―



 あー、バカバカ、オレ。何であんな風に逃げ出してきたんだ!
自転車を全力で漕ぎながら、頭の中は、さっきの自分の失態で一杯だった。アレじゃ、どう
見たって、「雨宮から逃げました」ってばれちゃうじゃないか。
 雨宮、待ってって言ってたよな、さっき。オレとまだしゃべる気、あるのかな。
でも、オレは雨宮に会いたいのか会いたくないのか、もうよく分からなくていた。だって、
雨宮のあんな顔、見たくない。
 ・・・オレってやっぱり嫉妬してるのか?たかだか、友達1人に?はん、ありえねー。
ペダルを漕ぐ足がゆっくりになる。オレは雨宮の隣にいたヤツの事をもう一度思い出して
みた。
 身長は、オレと同じくらいか、オレよりも小さかった。それから、オレよりももっと目が
クリクリしてて、オレよりも頭もよさそうで、きっと、ああいうやつなら、オレみたいに、
雨宮にひどいこと言わないし(オレがひどいこと言ってるのは、雨宮にからかわれた時だけ
だけどさ)雨宮もおちょくったりしないだろう。
 友達として選ぶなら、オレよりも、隣にいたアイツの方がずっとふさわしい気がする。
・・・ってか、何女々しいこと考えてるんだ、オレは。
あー、もう、ヤメだ、ヤメ。アイツの事はもう、考えない。忘れる。アイツはアイツで
友達勝手に作って、T高でもどこにでも行けばいい。オレはオレで好きにするさ。
 胸の痛みは見ない振り。そう決めて、赤くなった目を擦る。家に帰るまでに、引くかな、
コレ。オレは再び全力でペダルを漕いで、家に帰った。


「おはよ、天野」
「あ、来本じゃん」
次の日、登校中に来本に会った。来本とは、夏期講習以来、割としゃべるようになった。
ただ、コイツ、オレの失態っていうか塾での雨宮へのストーカー行為(?)を知ってるから
オレとしては、ちょっと弱みを握られてるみたいで、内心落ち着かない。
「どうよ、中間テストの結果」
「うーん、まあまあ」
来本は一昨日発表だった、二学期の中間テストの話を振ってきた。オレ達の学校じゃ、成績
が壁に張り出されるなんて事はないから、こうやって相手に探りを入れて、順位を聞き出し、
人づてに、誰が今回のトップだったかっていうのが広まっていく。
 今回のトップはやっぱり富田だった。アイツ、オレにやたらとライバル心むき出しだもんな。
今回の成績だって、なぜだか、真っ先にオレに教えに来たし。
「そういう、来本はどうだったんだ?」
「俺ー?・・・俺は、ちょっとマズイ。先生にも、釘刺されたしな。このままだと、志望校を
J高から変えたほうがいいかもしれないぞって。厳しいよな」
「まあ、でも期末もあるし」
「そうだけど。結構崖っぷちだぜ、俺。・・・あーあ、天野はいいよな」
「何が?」
「だってさ、夏から伸びるヤツって、そのままするっと合格してくヤツ多いんだってよ」
「そうなのか?」
「そうやって、塾の講師が言ってた。運動部の部活辞めた組は、夏から勉強始めるから、
急激に伸びるんだってよ。今まで相手にしてこなかったヤツらまで、お前達は戦わなければ
いけないって。もう戦場だよ」
来本は深いため息を吐いた。やっぱり、塾って大変だな・・・。夏期講習はそれなりに為になった
とは思うけど、自分で勉強してる方が、オレには性にあってる気がする。
「そういえば、雨宮、この前の模試でも塾内で1位だったぜ」
「あ、雨宮が?」
雨宮の話題が振ってきて、オレは早くも動揺し始める。今は一番触れて欲しくない話題なのに。
「雨宮、余裕そうだったよ。あれなら、きっとT高も余裕で合格だろうな」
え?今、何て・・・
「あ、あ、あ、雨宮ってT高受けるのか?」
「は?当たり前だろう、だって雨宮って医者の息子なんだろ?金あるし、頭いいし、T高、
狙わない訳がないと思うけど」
「でも、聞いたわけじゃないんだよな?」
「まあ、そうだけど・・・。何、天野、雨宮がどこに行くのか知ってるのか?」
「いや・・・」
知ってるんじゃなくて、それが知りたいんだよ、オレは。雨宮のあの言葉が本気なのか、
確かめたいんだ。
 確かめたところで、どうすることも今のオレにはできないけどさ。
でも、万が一、アイツと同じ高校になったら、校内で偶然装って、再会とか出来たら、
いいのにな、ってオレ、なんで雨宮のことになると、こうも女々しくなるんだ?
 どうせ、高校に入ったら入ったで、新しいオトモダチ作って、オレの知らない顔で笑って
オレはそれを遠くで見てるだけだ。
 オレは昨日の雨宮とその隣で笑っていたヤツの顔が頭に浮かぶ。思い出すだけで、体力を
消耗する程だ。どっと疲れが溜まる。
 あんな光景を3年間も見ているよりは、違う学校に行って、雨宮のことなんて綺麗さっぱり
忘れてしまったほうが、ずっとマシだ。
 オレが頭の中で雨宮の愚痴を言ってると、来本がオレを振り返って言った。
「そういえば」
見れば、来本はニタニタっと思い出し笑いをしている。
「なんだよ、気色悪るい」
「2学期から、塾に通い始めるヤツって結構いるんだけど、その中に、雨宮のストーカー2号
が現れたんだよ」
「はあ?」
何だそれは。しかも2号って。・・・まあ、1号はオレの事なんだろうけど。
「元々、雨宮と同じ中学だったらしいんだけど、ソイツが2学期になって入ってきてさ、
そしたらいきなり、雨宮にべったりなわけよ。取り巻き連中も引くぐらいに。俺達、夏期
講習を知ってる組はさ、そりゃもう、ストーカー2号って大騒ぎ。お前の時もセンセーショナル
だったけど、アイツも相当キてるぜ、あれは。女子なんてきゃあきゃあ言ってるもんな」
「・・・雨宮モテモテじゃん」
胸がつんと締め付けられる。来本の言葉にも、言った自分の言葉にも。
「しかもさー、そいつ、なんとなく天野に似てるんだよ。背とか体つきとか、顔も。あっち
の方が、もう少し、丸っこいカンジはするけど」
それって・・・まさか・・・。
「そいつって、なんていう名前なん?」
「門永だったかな。何、天野興味あるの?」
「別に、そんなんじゃないけど」
決まり悪そうに呟けば、来本はそれを見て、爆笑した。
「女子が言ってたぜ、雨宮を巡る新旧の対決だって」
「はあ?ばっかじゃねえの?」
なんで、オレが雨宮を巡って、対決なんてしなきゃいけないんだよ。大体、たかが友達で
取り合うも何もないって。それに・・・。
「やっぱりそうだよな。女子の考えてることってよく分かんない。雨宮と天野は普通に友達
だもんな」
普通に友達・・・。その言葉にはちょっと引っかかる。普通に友達なら、なんで昨日、逃げた
りしたんだろう。普通に友達なら、ずっとしゃべってなくても、こんなに不安になったり、
しない。友達の事思って、イライラしたり、そわそわしたりしないよな、普通なら。
「それに、オレ、夏休み明けてから、雨宮と会ってないし・・・」
「そうなの?」
「うん」
「・・・じゃあ、あの女子が言ってたことも、すぐ噂になって広まりそうだな」
「何が」
「雨宮は、天野を振って、乗り換えたって」
な、なな、何だそれはー!
 オレは頭の中で小爆発が何度も起きて、それで、本格的に腹が立ってきた。何でオレが
振られなきゃならないんだ!
 最後に勝手にいなくなったのは雨宮じゃないか。
もう、知らん。ホント、アイツのことなんて、きれいさっぱり忘れてやる。これ以上、
雨宮に振り回されるのは、もう沢山だ!



 雨宮の事は、もう忘れる、そう決めたのに、事態はオレの思っていた事と、全く別の方向
に向かっていた。
 雨宮を追いかけて、学校まで行ってから、1週間くらい経ったときのことだった。
部活も終わって勉強以外することないオレは、タケやヒデキとゲーセンにでも寄って、
家に帰るつもりだった。
「丘ー、今日、どこ行く?」
「駅前。あそこ、新しくなってから、オレ行った事ないんだよね」
「マジで?じゃ、行こうぜ」
正門を抜けたところで、オレは目が止まった。見慣れないブレザーを着た学生が立っていた
んだ。
「あれ、誰?」
オレの耳元でタケが言う。
「さあ」
そう言ってから、オレは自分の目を疑った。あの顔には見覚えがある。だってアレは・・・。
「・・・」
オレの足は止まっていた。不思議そうにタケとヒデキが振り返る。その向こうで、ブレザー
姿の学生は、こっちに向かって歩いてきていた。
 そう、紛れもなく、オレに向かって。
「天野君、だよね?」
声を掛けられて、オレは頷いた。わけも分からず足が震える。なんだ、何しに来たんだ。
「知り合いかよ?」
タケに言われて、どう答えていいのか分からなかった。
 知り合いっていうか、知ってる顔のヤツ。雨宮の隣で楽しそうに歩いていたヤツ。
オレが知ってるのはそれだけだ。
立ち尽くすオレの前で、ソイツは言った。
「ちょっと、話せる?」
そういわれて、断るわけにもいかず、オレは仕方なく、タケとヒデキに先に行くように言って
ソイツと2人きりになった。

 オレ達は、学校から離れて、近くの公園のベンチに並んで座った。それまで、お互い無言
でいた所為で、しゃべりだすのに、ひどく勇気がいった。
「何、用事って」
「天野君って、せっかちだって言われない?」
オレよりも、高い声だった。よく通る声で、この前も笑っていた。
「言われないよ・・・」
「そう。まあいいや。天野君、僕の顔には見覚えあるみたいだし」
やっぱり、あの時、雨宮の隣にいたコイツもオレの姿はちゃんと見てたんだろうな。すげえ
気まずい。
 来本の言葉が頭の中を走った。「雨宮を巡る新旧の対決」・・・バカじゃねえのか!そんなこと
あるはずない。なのに、相手は真面目そうな顔でオレを見た。
「僕、門永っていうんだけどさ」
「門永・・・」
ああ、やっぱり、コイツがストーカー2号なのか。この前の帰り道のことを思えば、塾の様子
だって、簡単に想像はできる。
 しかも、雨宮だって、まんざらでもないって顔してるしな。・・・ってアレ、オレなんか思考が
段々おかしい方向に行ってないか?
「お、オレは、天野・・・」
そう言い掛けてると、門永はオレの言葉を制した。
「うん。知ってる。天野丘君でしょ。雨宮に聞いたんだ」
「そう」
雨宮、オレの事なんて言ったんだよ。そわそわ落ち着かない気持ちを抑えて、オレは次の
言葉を待った。
「まどろっこしいのは、嫌いだから、単刀直入に言うよ」
「・・・」
生唾でも飲み込みそうな勢いだ。オレは横目で門永の顔を見る。門永は目元を細めると、オレ
の方をおもむろに見た。
「雨宮の事、たぶらかすのやめてくれるかな」
は、い?
 今、こいつ、なに言った?!
「・・・」
「言ってる意味分かるよね」
「わ、わ、わかんねえよ!」
オレが、いつ!雨宮を!
「たぶらかしたって言うんだよ!」
門永は息を吐いて、首を振った。
「あのね、雨宮は、ウチの中学でも優秀なやつなのは、知ってるよね」
アイツ、そういえば、学年トップだとか言ってたよな。
「雨宮は、入学してからずっとT高志望だったんだ」
その話をされて、オレははっと顔を上げた。門永の鋭い視線とぶつかり合う。
「なのに、3年の今になって、あいつは、志望校を本気で変えようとしてる。とんでもなく
くだらない理由で!」
くだらない、理由・・・。そうだよな。オレだって、そう言ったんだ、雨宮に。そんなくだらない
理由で志望校変えるなって。
 だけど、こうやって、他人に言われると、腹の底からぐうっと感情が煮えだすんだ。
「お、オレは別に・・・」
「雨宮、このままじゃ君について、J高に本気で行く気だ」
嫌いな人間からの言葉ってどうして、こうも信じやすいんだろう。オレは今、漸く、本当に
雨宮がJ高に行こうとしていることを、実感した。
 それは同時に、目の前の人間からの壮絶な批難を浴びることになるのだが。
「アイツ、本気なのか」
「本気も本気。どうしちゃったんだって思うくらい本気。それで、気になって、雨宮の行ってる
塾に行ってみて、漸く分かったよ。天野君が、雨宮をストーカーして落としたって」
「それ、違うから!」
噂って怖ええ。塾の中の噂なんて、あの女子達の捏造だらけなんだし、そんなの本気で信じ
られても、困るけど、こいつなんでそこまでして、雨宮の志望校に拘るんだろうな。
「まあ、その辺りの真相はどうだっていいよ。とにかく、天野君、一回アイツにちゃんと
言ってやってくれない?」
「何を」
「雨宮と一緒に高校行く気ないから、T高受けろって」
そ、それは・・・。
 オレが黙り込むと、門永はオレを無視して、立ち上がった。そして、とにかくヨロシクねと
だけ言うと、オレを置いて、公園を立ち去っていった。

 オレに一体どうしろって言うんだよ・・・。








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【天野家古今和歌集】
惚れた腫れたと 同士につっこまれるまで(ほれたはれたと どうしにつっこまれるまで)
恋のライバルって言うやつは凄い。特別な電波を持っている。それは、自分が好きな相手を
狙っている人物は、たとえ微弱電流だとしても、見逃さないのだ。
 でも、慌てて牽制球を投げて、それが返って逆効果になることに気づいてないのは、
それはやっぱり、盲目だからなんだろう。






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レス不要



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