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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



「直哉。今、すげえムラムラしてるだろ」
テルは腰を擦り付けてくる。
「えっと・・・」
 ムラムラじゃなくて、僕がしてるのは、イライラなんですけど。
それに、ムラムラしてんのは、テルの方じゃないのか?
口をパクパク動かして止めろよと訴えると(大声で叫ぶなんて、ホモの人にはあるまじき
行為はしない。いつ、如何なるときも世間から注目されるのはごめんだ)、テルはニイっ
と笑って腰に回した手の力を抜いた。
 途端、バランスを崩して後ろによろける。2、3歩下がって手摺に掴まった。
「あはは、ちょっと軽いジョーダンだって。・・・あれ?案外脈あり?」
「テル!?」
ひょっとして試されてた?
 身体がぐぃーんと熱くなる。テルと密着していた部分の細胞がざわざわと蠢きだす。
自分、明らかに「ホモの人」として正しい反応を示してます。どうしましょう。
 テルは、ゲイなのかな。それとも本当にからかっただけなのかな。
 テルの真意が見えないけど、掴まれた腰がじんじんと熱くて、それはそれで、非常に
マズイことにはかわりなく。
 だって、思ってしまったんだ。テルの身体に抱かれた自分を。一瞬でも想像した自分
の負けだ。
 うわあっ。
 溜まってるのか、僕は。


 その後、直ぐに板橋と響子は戻ってきた。その所為で、僕はテルにさっきのことを聞けず
妙な距離を保ったまま、後部座席に並んで座る羽目になった。
 橋を堪能した後(何度も言うけど堪能したのは板橋だけ)車に戻ってきた僕達は、再び
香川へと戻る。なんて非効率な。この大鳴門橋を越えていけば、本州なんて直ぐなのに。
 ただで乗せてもらってる(それにお金まで借りてる)身なので、文句は言えないけど、
板橋の旅は本当に無駄が多い。
 鳴門だって、ただ橋見るだけで何時間も潰して、橋しか見てないのに夕暮れになるって、
一体どういうことなんだろう。
 西陽をモロに受けながら、車は西へと向かう。一歩進んで二歩下がる。それ、前に進んで
ないから。
 サイコロ振ってフリダシニモドルじゃないけど、昨日から一向に神奈川に近づけてない。
別に焦って帰る必要もないけど、僕としては早く四国から脱出したくて仕方ないのに、
追い討ちをかけるように響子が例のごとく甘ったれた声で板橋を唆した。
「ねえ、ハッシー、今日も泊まって行くでしょ?」
「うーん・・・どうしよう。のんびりしすぎたしなあ・・・」
板橋が渋ってると、響子は助手席からこちらを振り返った。
「ねえ、香川でもう1泊くらいしても構わないでしょ?」
彼女の発言は何時だって自分本位だ。板橋もいい加減気づけよ。
「でも・・・」
僕が口を出そうとしたら、それに割り込むようにテルが言った。
「いいよ、いいよ。オレら2人で車で寝るから、さ」
テルの語尾には音符が幾つも踊っているようだ。なんでテルは響子の肩を持つんだろう。
「わあい。テル、ありがとう。ね、ね、2人もそう言ってるし、ハッシーもいいでしょ?」
あのさ、僕はいいなんて、一言も言ってないからね。
 響子の視界にはもう後部座席はない。板橋の横顔を真剣に見つめて、おねだりしている。
「うーん、でもなあ。あんたらは、いいのか?」
板橋はミラー越しに後部座席を覗ってくる。
 いいわけないじゃないか。だけど、どう反論していいか分からないから、困る。
だって、なんて言えばいい?
響子と2人きりになってほしくないから?
どうせ、2人きりになったら、イチャイチャするんだろ?
ホントは、恋人同士で、僕達邪魔なんだろ?
そんなの、どうして言えよう。
だって、どれもこれも、僕の醜い嫉妬じゃん。

 なんで、こんなにも板橋が気になるんだろう。ただの橋バカなのに。ちょっと隣にいて、
ちょっと優しくされただけなのに。
 なんで、板橋のこと思うと、気持ちがそわそわしちゃうんだろう。
好きになるに、時間なんて関係ないけど、自分の神経疑っちゃうよ?

「そんなに、のんびりでも、いいの?」
漸く切り出せた台詞にも、「俺は構わないけど」なんていう曖昧な返事でかわされて、
結局この夜も、板橋は響子の元へと行ってしまう事になった。
 行くなよ、その一言は言えないまま。


 響子の部屋で男三人、代わる代わるにシャワーを借りて、12時過ぎまで団欒して、なのに
寝る時になったら、僕とテルだけ、ハイさようなら。
 何て不自然!何て理不尽!
「野暮なことすんなよ」
テルのニヤニヤした笑いに引っ張られて、僕らは部屋を出る。
「じゃ、また明日な」
なんて気軽に声を掛けたのはテルで、それに「はあい」なんて可愛い声で返事したのは、
響子だった。
 板橋はちょっとばかり神妙な顔で僕を見送っていた。
「あっ・・・」
板橋が、僕の背中に向けて手を上げる。
「何?」
「・・・・・・いや、別に」
「そう」
言いたいことがあるなら、言えよ!そう思って、自分だって何にも言えないじゃんって
気づく。

 テルに背中を押されて、車まで来ると、身体全身の緊張が一気にほぐれた。
どれだけ引きつった笑いを作ってたんだって程、顔中の筋肉が痛い。
「さてと、オレ達も、さっさと寝ちまおうぜ?」
「うん・・・」
シートをフラットにして、枕を設置。テルの隣に倒れこんだ。
「あー、疲れた」
枕に顔を埋めれば、すぐにでも眠れそうなほど身体は疲れてたのに、板橋の事を思い出せば
悶々としてしまう。
 眠りたいのに眠れない、そのイライラは隣にいるテルにも伝わってしまったらしい。

「ねえ、ムラムラしてる?」
「それを言うなら、イライラだって」
昼間も思ったけど、テル、日本語間違ってるよ?
「じゃあ、何イラついてるの?」
「え?」
思わず寝返りをうって見れば、暗闇の中でもばっちり目が合う。
やばい、そう思ったときは大抵は遅いのだ。
「ハッシーってさー、至ってノーマルだもんね」
「は?」
「でも、直哉は違う」
何、こいつ・・・。
「オレ、そういうの嗅ぎ分けるの上手いんだよね」
テルの指がどこからともなく伸びてきて、頬を撫でた。
ぞくり。
背筋から頭に向かって、尖った神経がぬけて行く。
 気づかなかった。ホントにテルも同類だっていうの?
「そこで、燻っててもハッシーには伝わらないよ?」
「・・・・・・伝えるつもり、ないし」
「でも、それじゃ、ムラムラは募るばかりでしょ?」
「だから、ムラムラじゃなくて、イライラだって」
反論した唇をテルの指がなぞった。
「どっちでも一緒でしょ?身体が繋がらないイライラは、ムラムラになるデショ」
「違っ・・・」
否定はテルの唇で拒まれた。
「んんっ」
久しぶりにする社長以外の男のキスは、眠ったはずの自分の中の性癖を一発で目覚めさせ
てくれた。
 僕は流されやすい人間だ。
 そんなの、百も承知だ。だから社長ともあんな泥沼になったんだし、初めてセックス
した相手だって、あんなのだったんだ。
 身体に素直なんだなって何時だったか言われたことがある。多分行きずりのヤツ。
社長に抱かれた直後も、僕は他の男と寝たりしてた。社長だって「不倫」なんだから、僕
が縛られる必要はない。多分そんな気持ちだったんだと思う。まあ、それは自分が社長に
のめりこむに連れて、自然と減っていったんだけど。
 何人自分の上を男が跨いでいったかなんて、もう数えるのも止めた。両手の指じゃ足り
ないのは確かだけど、そんなものは自慢にもならない。
 僕はただ、流されてるだけなんだ。
例えばこういう状況に。
拒絶することは簡単だ。嫌だといって、車を飛び出せばいい。だけど、それが出来ない。
出来ないのかしたくないのか、そのあたりの判断は非常に難しい。
 相手の性欲に「まあ、いっか」で乗っかってしまう僕の悪い癖。

 テルの指がもぞもぞ動き出して、僕の股間を触りだす。
「ほら、ムラムラでしょ?」
そんなこと言ったって、そこを触られたら、勃ちます!
「ホモの人」の正しい反応でしょうが。
黙っていれば、テルは調子に乗ってジッパーに手を掛ける。器用にボタンを外すと下着の
上から触られた。
 さっきよりも強い刺激に、くらくらする。
ああ、もうどうでもいい。
僕の感覚はすぐにそこに達する。社長に振られて、好きになりかけた男は今頃女とベッド
の中。この虚しさを埋めてくれるのがテルならば、たとえ好きじゃなくても抱かれてしまえ。
生憎、抱かれて怒るような人間はもういない。いるとすれば、僕の少ない良心くらいだ。
 好きな人に操を立てろと、小人みたいな良心がぴょんぴょこ飛び跳ねて、頭の中でwarning
の赤ランプをしきりに点滅させてるけど、不埒な勇者がそれをご丁寧に一つずつ壊して回る。
 理性なんてくそくらえだと。
 テルの手が動き出すと、ぱあんとショートして、頭の中要塞は全部吹っ飛んだ。
「その気じゃん」
僕もテルの股間に手を伸ばす。
「後腐れないんでしょ?」
「まあね」
いかにも遊びなれてますといった手つきでテルは僕のズボンを脱がせにかかる。キスを貪り
ながら、お互いの服に手を掛けて、反り勃った股間を擦り付けた。
 穴を埋めてくれる人がいるなら、テルだっていい。
僕という人間はそんなもんだ。
「はあっ・・・」
「直哉、パンツ濡れてるぜ」
下着の上から扱かれて、腰をくねらせる。そんなたるい刺激はいらない。我慢できずに、
テルの下着の中に手を突っ込めば、テルもしっかり勃っていて、掴んだ瞬間に、はうっと
小さく身体が揺れた。
「うっ・・・」
それにあわせて、テルの刺激も強くなる。
「オレ、直哉の中に入れたい」
「・・・いいよ」
お互い相手の股間を刺激しながら、セックスの合意。
 ここが板橋の車の中ってことも、隣のアパートの2階には板橋がいることも、僕の頭から
はすっかり抜け落ちて、今は目の前にいる男と繋がることしか考えられなくなっている。

 手を離すと、潤滑代わりに今度は口に含む。
テルのペニスは社長のよりも少しだけ小さくて(でも別に見るからに小さいっていうわけ
じゃなくて)口で扱くとびくりと内股が痙攣した。
「直哉、すげえ気持ちいいじゃねえか・・・」
そりゃ、伊達に色んな男に奉仕してきたわけじゃないから。
 社長も僕のフェラは好きだった。舌が長いんだって。それが生き物みたいに動くって
言ってた。
 勢いよく吸い上げたり、根元から舌を這わしたり、すっかり固くなったテルのペニスを
僕は大切に口であやしたりした。


 車の外で声がする。
段々遠くからこちらに近づいている。なんだろうと思って、息を潜めた。
その体勢で固まらなくてもいいのに、僕はテルのペニスを咥えたまま、声に注目する。
「・・・ねえ・・・ちょっと待ってよ・・・」
「・・・・・・だから・・・そんな気は・・・」
男と女の声だった。
「・・・・・・じゃあ、なんで・・・」
「・・・悪かったって・・・・・・」
近づくにつれて、話の内容も鮮明になる。その声は、言い争ってるようだった。
「・・・何よ、じゃあ、あたしのこと弄んだっていうの」
随分、物騒な話だ。あれ、この声って・・・
「・・・それについては謝るって言ってるだろ。俺はそういうつもりじゃない」
「じゃあ、どういうつもりで、あたしを抱いたのよ!ねえ、聞いてるの、ハッシー!」
・・・・・・やっぱり!!
声はどんどん近くなって、遂には車の前まで来ていた。僕達はその声に夢中で、自分達
のことなんて、棚上げになっていた。
 板橋、響子のこと抱いたんだ・・・・・・。
 ホント、自分のことなんて棚上げだな。
「・・・確かに酔ってたなんて言い訳にならないけど、あんたが言ったんだぜ、抱いてくれ
って。それだけだ」
「・・・ひどい!」
「何度も言っただろ、俺はあんたと付き合う気はないって」
「待って、ねえ、待ってよ!」
やばい、そう思ったときは大抵は遅いのだ。
 二人の声がダイレクトに聞こえる。
そう、板橋が運転席のドアを開けたのだ。
「あんたがそういうつもりなら、俺は帰る」
板橋の怒りに満ちた声が車の中まで響いた。



「あ・・・・・・」
「・・・・・・」
「えっ・・・・・・」
怒りの顔が一瞬驚きに変わった。
 テルのペニスを咥えたままの僕と板橋の視線は痛いほどがっちりと結ばれていた。








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