はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―
似てるということは、似ているわけであって本物というわけではない。
いくら心細いからといって、目の前に現れた自分より小さな子どもを板橋と思い込むの
は無茶苦茶だ。
これは板橋じゃない、これは板橋じゃない。似てるけど板橋じゃない。
心の中で自分に言い聞かせながら声を掛けたんだけど、これがまた恐ろしい程、板橋と
そっくりな口調でしゃべるから、本当に板橋がミニマムになってしまったんじゃないかと
本気で心配になった。
「こ、こんにちは」
「・・・あんた、誰?何してんのこんなところで」
「ひ、人を待ってるんだけど」
「待ち合わせ?こんなとこで?」
「待ち合わせっていうか・・・三途の川から戻ってくるのを待ってるっていうか・・・」
そう言うと、目の前の子どもは驚いた顔をして固まった。
「待ってるって・・・あんた死んだ人待ってるのか?」
「ええ?!」
その反応に言われた僕の方が驚いた。
「違う、違う。そこに架かってる橋を見に渡ってっちゃったツレがいるんだけど、いつまで
経っても戻ってこないから、って意味。あの世から死んだ人が来るの待ってるとか、そんな
ことじゃないよ」
止めてよ、そんな恐ろしい事言うの。間違って死んだばあちゃんと遭遇しちゃったらどう
すんだ。・・・まあ、ばあちゃんくらいならいいけど。
思わず身体がぶるっと震えた。お化けなんて絶対見たくない。
相変わらず霧は晴れず、湿気の多い空気が身体を冷やしていく。背筋に一層寒気が走って
僕は、僕を見上げる怪訝な視線から目を逸らしてしまった。
板橋を幼くして小さくしたらきっとこんなカンジ。白板橋としゃべってても変な感じは
するけど、これもまたすこぶる変な感じだ。
「君こそなんでこんなところに?」
尋ねると、少年は一瞬びくっと身体を震わせた。でもすぐに眉をしかめて
「別に」
とぶっきらぼうに答える。
「そう・・・なんだ。あ、あのさ、さっき君が来たほうに、橋見てる男の人がいなかった?」
僕は少年が来た方向に指をさした。
「さあ・・・」
「そっか・・・あー、もう、どこ行っちゃったんだろう。あの橋バカオタク」
霧の向こうに見えない橋を睨みつけてると、少年が驚き半分呆れ半分で僕に言った。
「橋って三途の川に架かってる橋?」
「うん」
「だったら、橋はこっち」
「え?」
少年が指す方向はぐるっと回って180度反対方向。
「霧でよく見えないけど、橋はあっち。・・・あんたさ、方向音痴なの?」
「ええっ・・・そうなの?」
だったら、僕は霧で視界が悪くなってからずっと、反対方向を向いて板橋を探してたって
ことになる。
おかしいなあ、僕が音痴なのは機械だけなはずなのに。
がっくり脱落して、本当の橋の方向を見つめた。僕が見当違いのところを探しているうち
に板橋とは完全にはぐれてしまったらしい。
どうしよう。
隣の子どもが哀れみながら声を掛けてくれる。小学生に心配される大人の構図。
・・・かっこ悪い。
「ケータイとか持ってないの?」
「あ!そっか」
どこまでも、かっこ悪い。
小学生に溜息を吐かれて、ポケットから取り出したケータイを見ると、見事に電池切れ
を起していた。
「で、電池が・・・」
「馬っ鹿じゃねえの」
はてしなく、かっこ悪い。
せっかくの名案も10秒で散った。
どうしよう。・・・・・・・あ、そうか。バス停まで戻れば白板橋に合流できるはず。僕が迷子
にならずに、正確にバス停までたどり着ければ何とかなるはずだ。
バス停まで・・・。
「あのさ、バス停ってあっちだよね?」
「そうだけど」
あはは、こんな事言ったら呆れられるよな。いや、でもここは確実にバス停まで行く方法
を確保しなければ。
「あのさ、バス停まで一緒にどう?」
「は?」
「ほら、せっかくだし」
何が「せっかく」なんだか分けわかんない。けど、少年は不思議な顔をしながらぼそりと
呟いた。
「別に。・・・いいけど。あんた一人で行けないの?」
流し目で呆れ顔。鼻から漏れる溜息。
うわっ・・・この子のこの表情、ホントに板橋にそっくり。ミニマム板橋。今、胸にきゅんって
きた。
ってときめいてる場合じゃないか。
(てか、板橋以外の子にときめいてる時点でアウト・・・?いや、小学生にときめいたら駄目
だろ自分!)
「とにかく、一緒に行こうよ。なんかさ君見てると、他人には思えなくて。ココで会った
のも何かの縁」
「なにそれ」
「うん・・・知り合いにそっくりなんだよね」
「ふーん、そう」
少年は興味なさそうに頷くと、踵を返して歩き出した。
「あ、ちょっと・・・」
小さな背中に向かって呼びかけると、少年は瞬間振り返った。
「のろま。女みたい」
しょ、小学生に・・・・・・馬鹿にされた!!!
何この衝撃。板橋に年下扱いされるのはもう慣れっ子だけど、ちょっとお兄さん立ち直れ
ないよ・・・。
でも、元のパーツが似てるって言うのはこういう皮肉に笑った顔も似るんだなあ。
見てると嫌でも板橋を意識しちゃうし、板橋を思い出してしまう。
ああ・・・板橋に早く会いたい。・・・てか、ホントに会えるよね?
旅の始まりは神奈川。横浜の家を出発して、山梨県大月市で白板橋と合流。
「なんで、そんな中途半端なとこで待ち合わせなの?東京まで来てもらえばいいじゃん。
新幹線だってあるんだし」
新幹線で東京まで来るのと、その大月市とか言うところまで出てくるのと、どっちが早い
のか僕は知らないけど、僕達の行く道も、高速使えばもっと早く行けるような気がするし
第一大回りというか逆方向というか、どこへ向かうのか早くも目的を忘れた旅になりつつ
ある。
板橋のやることは、時間を無駄使いしまくりだ。
だけど、そう文句をつけながらも、大体板橋の考えることなんてわかってる。
「あんたさ、猿橋って知らない?」
ほら、どうせ橋。橋の為にこんなところまで行っちゃう橋バカオタク。別に妬いてるわけじゃ
ないんだけど。(どっちかって言えば呆れてる)
「猿橋って何?猿が橋でも作ってるの?」
「うん。そんなもん」
「はあ?」
「猿がさ、次々背中にのって橋作って川瀬を渡ってる絵とか見たことない?」
ぼんやりその絵柄を想像してみた。なんとなくは分かる気がする。集団で山積みになって
いる猿か・・・なんだか滑稽だなあ。
「そういう橋があるの」
「よく、わかんない」
「見れば分かる。楽しみにしてなよ」
板橋は上機嫌で笑った。
大月駅で会った白板橋も何故か上機嫌だった。
「やあ。久しぶりだね、はしま君」
「おはよう・・・・・・大変じゃなかった?」
「たまには本物の電車に乗るのも悪くなかったからな」
・・・・・・そうだ、こっちの板橋は時刻表マニアだったんだ。別に白板橋の心配をする必要
など全くなかった。
「で?この橋馬鹿はどこに行くって?」
オデッセイの後部座席に乗り込みながら、白板橋が言う。
「猿橋。前に来たときは天気が悪くて、あんまり堪能できなかったから」
「猿橋って、ああこの近くに猿橋駅ってあるな。何の橋だそれは。猿が橋でも作ってるのか」
「刎橋(はねばし)だよ。日本で唯一の」
「刎橋・・・?」
なんだろう、刎橋って。猿が橋を作る=刎橋・・・?見れば分かるなんて。橋なんて大して興味
ないのに、ちょっとわくわくしちゃうじゃん。参ったなあ、段々橋オタクに感化される・・・。
数十分も経たないうちにオデッセイは駐車場に滑り込んだ。
「どこにあるの?」
「まあ、付いておいで。・・・あんたの想像が具現化するまであと少しだな」
板橋は颯爽として車を降りる。
「ワタルは?」
「うん。行ってやろう。どんな橋か見てやろう。さあ、はしま君。君も行こう。ほら、もた
もたしてると、おいてゆくよ」
白板橋は偉そうな口調で(こういうしゃべりが素なのか、わざとなのかよくわからない)
僕を従えると、猿橋の看板がある方向へと歩き出した。
「あ・・・ちょっと、待ってよ」
振り返ると、既に板橋はいなかった。
「あれ・・・板橋?」
板橋の背中の向こうに、また板橋。
板橋は僕らの様子なんてもっとお構いなしにその前方を歩いていた。
もう、なんなんだ!この協調性のない軍団は!(僕は違うよ)
猿橋というのは「日本三奇橋」というヤツの一つで(他の二つも何か聞いたけど、生憎
僕のキャパはそれを留めておくことを許してくれなかった。ごめん板橋)刎橋っていうのは
室町時代から原型があった・・・らしい。猿橋は江戸時代あたりでは存在していて、それを
何度か架け直しているんだそうだ。現在、現存する唯一の刎橋。
勿論これは板橋の受け売り。
前方を行く板橋に追いつくと、板橋は橋情報をくれた。で、じゃあその刎橋って何だ
と思っていると漸く橋の前に着いた。
「着いたな。うん。いつみてもいい橋だ、これは」
「こ、これ・・・」
「おお、これが猿か。そうか猿なんだな。猿。あそこが猿なんだろ。猿、猿」
板橋はにいっと笑いさっそくデジカメを構える。白板橋は「猿」がそんなに気になるのか、
近くによって覗いたり唸ったりした。
僕は形容しがたい感想の中で、どう感動を口にしていいのか迷った。
確かに橋自体、すごいと思うんだ。これが「刎橋」なのかと。猿が川瀬を渡るために
次々背中にのって橋作るっていう表現も、これを見たら納得できる。
この橋を説明するのって難しいなあ。でも一つだけいえるのは、こんな橋初めて見た、
ってこと?
ある意味橋の常識を超えてるっていうか。
まず、支柱(なんていうの、橋桁?)がない。渓谷だから、柱は立てられないんだ。じゃあ
普通はつり橋でも架けそうなところなんだけど、それがこの橋ときたら、両端の岸壁から、
何本も杭を突き出させて、それを支えにして橋を造ってるんだ。
両端から少しずつ杭を伸ばしていって、真ん中でやっと結ばれる。ホントに猿が集団で
作った橋みたいだ。
ちょっとした観光だったら僕だって十分感動すると思うんだけど、目の前のフリーダム
双子を見ると正直、そんな気持ちも萎えた。
この2人、当人同士は全く似てないと主張しあってるけど、僕から言わせてもらえば、顔
どころか性格だってそっくりだ。「全てにおいて自分本位」っていうところが特に。
板橋だって、思いやりもあるし優しいと思うけど、何かに取り憑かれると、目の前のこと
しか頭に入ってこない。
今だって、板橋は僕のこと絶対忘れてる。(橋に嫉妬してるわけじゃないからね)
僕は橋の袂に立って橋を眺めてる双子に近寄る。後ろから声をかけると、同じタイミング
で振り返った。
「・・・・・・君達ってホントによく似てるよね」
「そうか?」
「そう見えるとはよく言われるけど、今まで似ていたことなど数えるほどしかないよ、
はしま君」
似てるってカウントとかするものなのかな・・・・・・。
でも、板橋もその意見には賛成らしく、渋い顔で頷いている。
「似てる思い出は結構貴重だな」
「親友ランキングのベスト5が一緒だったこと」
「驚いたな、あれ。ワタルが1位にみっちゃんを持ってくるとは思わなかった」
「後は・・・高校のころ、一緒にAV見たやつ」
は?
「何、それ・・・」
何だ、一緒にAVって。AVって、アダルトビデオの略だよね?アニメビデオとか、オーディオ
ビジュアルとか、アホがテレビに向かってVサインとかそんな略じゃなくて、アダルトビデオ
ってことなんだよね?!
・・・一緒に見るって何。
「ワタルやめろ」
僕が驚きのあまり口をあんぐりあけてると、板橋の渋い声がした。
見れば板橋は哀れみの顔をして僕を見ている。・・・どういう意味なんだ、その表情は!
「板橋?!」
「ワタル、こいつはな高校の頃から、男といえば一緒にAVを見る仲ではなくて、一緒に
AVをやっちゃうような仲なんだから、そういう高校男児の楽しい思い出は、こいつには
ないの。かわいそうなことするな」
「板橋!!なんだよ、それは!」
「・・・違うのか?」
平然と聞くな、板橋の馬鹿!板橋なんて、橋馬鹿から橋とってやる!馬鹿だ馬鹿!
「そうなのか。AV見るために兄弟で深夜のテレビの奪い合いとか、回ってきたビデオの
奪い合いとか。そんな思い出もないのか、はしま君は?」
「・・・・・・普通、ゲイじゃなくても、そんな思い出はないと思うけど」
っていうか、君達一体どんな青春を過ごしてきたんだよ。
まあ、尤も僕はその頃からゲイだったし、クラスの連中で集まってAV大会とかやってる
とかいう噂は聞いたことあったけど、目の前でそんなことされたら、僕、鼻血吹いてる。
・・・・・・あ、AVみる振りしてそいつ見てればよかったのか。(なんて、のんきに今では言える
けど、高校生の頃なんて、ゲイを隠すのにそれこそ必死だったからなあ)
板橋は白板橋の言葉を聞いて思い出が蘇っているらしい。
「でも高校の頃、やったよな。やっちんから回ってきたビデオの取り合い」
「若かったな、あれは。でも、やっちんがいいもん持ってくるんだよな」
「そうそう。そのうち取り合うのが面倒くさくなって、いつの間にか一緒にマス掻いてた」
板橋がほんの少しニヤけて僕を見る。あのさ、僕・・・君達のそんな性春の一コマなんて、
聞きたくないんですけど・・・。
白い方の馬鹿も何故か調子に乗ってきて、僕を見下ろしてニヤニヤしている。
「あー、そんなこともあった。フィニッシュが一緒なのには参ったけど」
「そうそう、シンクロしまくりで」
「シンクロ・ナイズド・オナニー選手権とかあったら間違いなく優勝だったなあれは」
な、な、なんだー、シンクロナイズドオナニーって!それ、何競う競技?シンクロって!?
この子達、馬鹿じゃないの?っていうかホント馬鹿!馬鹿双子!変態双子!
馬鹿さ加減なんてそっくりそのものじゃないか。これのどこが似てないって言うんだ。
「信じられない」
恥ずかしいのか、感情が高ぶってるのか、顔の辺りまで熱い。多分真っ赤になってる。
「馬鹿でしょ、君達!ホントに!」
ところがダブル板橋は、僕の必死の訴えを見るとゲラゲラ笑い出した。
「あー、あんたホント面白い」
「カケル、いいもの拾ったなあ」
「ワタルにはやらんよ」
「はしま君の性別が女の子だったら、奪い合ってもいい」
「お、男だよ!僕は!」
板橋たちは僕の肩をポンと叩く。そしてその場で立ち竦んでる僕を残して、もと来た道を
戻り始めていた。
ちょ、ちょっと、置いてかないでよ、この状況で!
「待ってよ」
スリーテンポくらい遅れて僕も歩き出す。双子の背中はどこまでも似ている。
肩幅も、歩く歩幅も、首の傾き方も。だけど、その一方だけが振り返った。
「遅いよ。はやく来い、直哉」
流し目で呆れ顔。鼻から漏れる溜息。
振り向きざま、板橋から自然に差し伸べられた手に僕は不覚にも感動した。
ああ、そうだ。そうなんだ。この顔なんだ・・・。似てると思ったのは。
目の前を歩く少年に、無言で付いて行く自分。これじゃどっちが子どもだかわかんない。
かっこ悪〜・・・。
なんとかこの空気の主導権をとりたくて、僕は平然を装って後ろから声を掛けた。
「・・・・・・。ねえ、君名前は?」
「鉄平」
振り返った鉄平の顔は、やっぱり板橋に似ていて、僕は思わず固まってしまった。
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