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はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―



 喧嘩の後始末―――。



「こういうところって入れるの?」
「へえ?」
間抜けな返事をした僕は、運転席で指をさす板橋を見た。その先にはネオンが眩しすぎる
煌びやかな――ホテルだった。
「だからさ、こういうホテルって男同士でも入れるの?」
「何急に」
「だって俺、ホモ初心者だし」
「ほ、ホモに初心者も上級者もあるかよ!」
相変わらず板橋の思考はよく分からない。でも板橋がしようとしていることは容易に想像が
ついた。
 だから僕はたっぷり笑って言ってやった。
「恋人同士なら誰でも入れるはずだよ」
板橋も笑った。





 車から降りると、板橋は無言で僕の手を繋いだ。板橋が車を乗り入れたホテルは車から
直接部屋に入れるタイプのホテルだったようで、駐車場の後ろの階段を昇るとすぐ部屋に
辿り着いてしまったけどそれでも、板橋がこんな風に手を繋いでくることなんて珍しくて
僕は嬉しくて柄にもなくドキドキしてしまった。それでなくても板橋と初めて入るホテル
に少し緊張してるっていうのに。
 その人と初めて入るホテルっていうのは発見と驚きと照れくささに溢れてると思う。
例えば部屋に入ったら真っ先に何をするかとか、どこに座るかとか。その所作にいちいち
注目してしまう。
 変に緊張してぎこちない男とか、ホテルに馴れ過ぎてる男とか、こう言う所に来なければ
けして見られない一面を誰もが持っていて、それが大きな発見に繋がったり、何気ない行動
に幻滅してしまったことだってある。
 板橋は部屋に入るとベッドサイドに財布やらケータイを並べた。
「ちょっと風呂入って来る」
「ああ、うん・・・・・・」
「何?不服?」
板橋が困ったように笑って言った。僕そんなにがっつりした顔してる?
「不服って!」
顔に「やりたいです」なんて書いてあるつもり全くないんですけど。
「そのままあんたの事抱いてやってもいいけど、俺昨日風呂入ってないから臭いよ」
「・・・・・・」
「どーする?」
「は、入ってくればいいじゃん!」
「うん。そうする」
子どもみたいに頷いて板橋は風呂に消えていった。
 板橋のことが読めない。甘い気分にさせてくれてるのかと思えば、あっさり肩透かしだし、
空気読んでよって思っても板橋にそんなことさせるのは絶対無理だし、それどころか板橋が
自ら変な空気を作り出して、それでその場を支配しちゃうし。
 だけど、やっぱり好きなんだよな。惚れた弱みなんだから仕方ないんだろうけど。なんで
好きかなんてそんな事考えるだけ無駄だ。好きに理由を求めるほうが馬鹿げてる。
 僕は自嘲気味に一人笑った。




板橋と入れ替わるように僕もシャワーを浴びた。なんか僕だけ浴びないっていうのも変
な気がして、熱いシャワーを体中に当てた。
 身体から流れ出す1日分、いや2日分の疲れ。そういえば板橋昨日風呂に入ってないって
言ってたけどなんでだろう。そんな疑問も2日分のもやもやとともに流れて消えた。
 シャワーから出てみれば、板橋はバスタオルを腹の辺りに広げた状態で、ベッドに大の字
になって気持ちよさそうに眠っていた。
 寝息が規則正しい。腹の上のバスタオルが上下に動いていて、板橋が本格的に寝ている
ことが分かった。
「いたばしぃ〜」
豪快な姿勢に僕は呆れた。普通こういう時、本気で寝る?
 腹のバスタオルを取り上げて丸めると、それを板橋に向かってぶつけてやった。
「うん?!」
「キミ、ここに何しに来たの」
緊張感の欠片どころか、甘い空気も仲直りの感動も全部ぶち壊しだ。
 板橋は腹への衝撃で目を覚ましたけれど、何が起きているのかイマイチ把握してない様子
だった。のんびりと大きな伸びをして起き上がる。腹をさすりながら
「もう出たの?」
なんて暢気に言った。
 怒る気すら失せる。
「かなり念入りに洗ってきたし、それくらいの時間は経過してるよ」
「そう?」
「本気で寝て待つ人初めて見たよ」
呆れついでに嫌味の一つでも言ってやったのに、板橋はさらりと流してしまった。
「・・・・・・おいで」



 僕の手を取ると板橋は巻き込むように僕をベッドに引き寄せる。背中からぺったりと
抱きしめられて、しっとりとした肌が気持ちいい。
 旅に出る前にグダグダしながら抱かれたような気がするけど、すごく久しぶりで、直ぐに
心臓が高鳴った。
 しかもこんな風にしっとり始まることなんてない。
板橋のセックスはお世辞にもロマンチックだなんて言えない。色気もムードもないんだ。
板橋にそれを求めるほうが間違ってるけど、煌々と蛍光灯の照らす部屋の中で下半身剥き
出しのまま繋がるそれは、「セックスは欲情のはけ口です」って言わんばかりの牡同士の
青臭さで満ちていると思う。
 確かにそうなんだろうけど、それに僕は女じゃないし、セックスにロマンなんて求めたり
しないけど、板橋の即物さ加減には
「もう少し、まじめにやろうよ」
と言ってしまった程だ。真面目にセックスってなんだ、とすかさず突っ込まれたけど。
 そんな日常の光景とはかけ離れてるように感じるのはやっぱりココがホテルだからなの
かもしれない。板橋は馴れてるようにも緊張してるようにも見えないけど、いつもと違う
ように見えるのは、絶対この空気が板橋を押してるからだ。
「・・・・・・昨日、あんまり眠れなかったんだ、誰かの所為で」
耳の後ろから板橋の掠れ声がする。
 ゾクっと全身が痺れた。
「誰かの所為って・・・それって・・・・・・」
僕との事を思って、板橋が眠れなかったって事?そんな乙女チックなこと起きるんだ!
 再び甘い空気が降りてきた、と思った。
「・・・・・・アイツのイビキ、殺人級だぜ?」
「はい?」
「ワタルだよ、ワタル。昨日アイツと酒飲んで、そのまま酔っ払って寝ちゃったんだけど
途中でイビキがうるさくて目が覚めたんだよ。でそこからはアイツのイビキとの戦い。
首絞めてやろうかと何度思ったことか」
耳元で板橋が大きな欠伸をする。
「このやろぅ〜っ」
「え?何?」
僕は板橋の絡めていた腕をもぎ取ると、板橋の上に馬乗りになった。
「態とだろ!絶対態とやってるだろ!」
甘さと日常をさっきから行ったり来たり。どんだけ僕の事じらしたら気が済むんだ。
「あったま来た!どんなに眠くても、寝かさないから覚悟しとけ!」
「・・・・・・でも、俺、チンコ勃つかなあ・・・」
「勃たぬなら勃たせてみせよう板橋君!」
「あはは、何それ」
板橋が笑っている間に僕は板橋の股間に顔を埋めた。・・・確かにしょんぼりしてる。
 口に含むと柔らかい。舌で転がして先っぽや全体を刺激すると僅かに強度を増してきた。
「うぐっ」
板橋が唸る。僕の頭を掴んで荒い息を始めると、板橋のペニスは一気に膨れ上がった。
 口の中に入りきらなくなって、咽る寸前で一度口を離すと、板橋は呼吸を整えるように
肩で息をしていた。
「余裕で勃つじゃん」
「俺、こう見えて若いから」
「言うね」
もう一度口を近づけると、今度は下から舐めあげた。手で扱きながら舌を添えると板橋の
呼吸は更に荒くなる。
 板橋のすごいと思うところは、疲れてても、相手が男でもフェラされればすぐにでかく
なるってとこだ。中にはいるんだ、どんなにフェラ好きでも男にされたら勃たない人とか、
疲れてたり酒によってたりするとぜったい使えないふにゃチンの人とか。
 若いっていうより板橋はさりげなく絶倫なのかもしれない。目に見えるほどエロいわけ
でもなければ、むっつりでもないし、寧ろ平気で変態プレーチックなことやってくるし。
 こんなときだって、眠いなんていいながらも絶対性欲には逆らえないんだから、板橋の
精力はすごいんだと思う。
 そんなこと考えながら板橋のペニスをこねくり回してると、自分の身体が熱くなってきた。
「直哉、おいでよ」
板橋が僕の足を引っ張る。勢いよく引かれた所為で、板橋の顔の方に足を向けて転がって
しまった。
「痛てっ」
それでも板橋は僕の体勢なんて気にすることなく股間に顔を埋めてきて、僕達はお互いを
まさぐりあった。
 そのうち板橋がベッドサイドからローションを持ち出して僕の中に冷たいそれを塗り
たくってくると、僕も相当溜まってきた欲がはじけてしまったみたいで、むしゃぶりついて
いたペニスから口を離すと、板橋に
「はやくしたい」
なんて即物的なお願いをしていた。
 板橋はそんな僕の反応を楽しんでるんだか、何を考えてるのか分からない表情で僕の中を
何度も何度もかき回す。
「はうぅっ」
板橋の指が中で蠢く。この刺激はこれで堪らないんだけど、ここ数日まともにセックスして
ないことや、板橋への感情やら、この場の雰囲気やらで、僕の衝動は収まらない。
 早く、早くと次の快楽を求めて、急かしてしまう。なのに、板橋は僕の感情とは裏腹に
いつもに増してしつこいほど指で僕の中を犯していった。
「いたばしぃっ」
「ひょっとして、指だけでいけちゃうんじゃないの?」
板橋がニヤっと笑った。
「ジョーダンじゃないよ。板橋と違って、一日に何度も出来るほど僕は頑丈に出来てないの。
貴重な一発を指なんかでいかされてたまるか!」
僕は板橋の絡んでる腕から無理矢理逃げ出した。足をバタつかせていたら、板橋の顎だか肩に
直撃したようで、板橋の身体の力が抜けた。
「痛っ!―――あんたねえっ」
そうして、板橋が文句を言って起き上がる前に僕は板橋の上に馬乗りになった。
「板橋、疲れてるならそのままでいいよ。・・・・・・でも、寝かさないけどね」
僕もお返しといわんばかりにニタっと笑うと、十分に濡れた割れ目に板橋を自ら迎えてやった。
「はぁっ」
「むっ」
下から押し上げてくる板橋のペニスに身体中の神経がざわめき出す。肩で呼吸をしながら、
ゆっくりと腰を上げる。それから、抜ける寸前で重力に任せて腰を落とした。
「はあんっ」
「・・・・・・っ!」
隣の部屋に声が漏れないようにとか、パイプベッドだから下の部屋に響かないようにだとか、
車の中だから汚れないようにとか、そんな日々の心配事を今日はしなくてもいいんだ。
 こんな開放的な気分でセックスするのいつ以来なんだっ・・・。
ホテルのテンションに浮かれて僕はすっかり乱れていた・・・・・・ように思う。
激しい上下運動に板橋の顔も歪む。板橋が掴む僕の腰にも力が入って上下やら前後やらに
僕の身体を動かした。




 何度か腰を振っていると、体中がぶるっと震えた。
「い、板橋、もうっ・・・いきそう・・・なんだけど・・・」
「そんなに、興奮しちゃった?」
「うん」
もうあと一押しっていうか、ぶっちゃけあと一突きくらいで直ぐにでもいってしまいそうな
ほど限界だった。
 板橋も僕の限界を分ってくれたらしく、ラストスパートに向けて腰を突き動かそうとした
その瞬間、息を呑んでしんと静まったその僅かな時にそれは起こった。
 あまりにも間抜けに響くケータイのメロディ。ベッドサイドの板橋のケータイだ。
「ケータイ、鳴ってる」
「無視しとけ」
「そうだね」
そうは言うものの、中々鳴り止まないそれにイラついて、板橋はついにケータイに手を伸ばした。
「しつこい!」
開口一番しつこい、はないだろう。掛けてきた相手だってびっくりだよ、それじゃ。
「・・・・・・ああ、帰るかどうかわかんない。・・・・・・そうだよ、うん。・・・・・・うっさいなあ」
電話口の声はもそもそ言っている男の声としか分らないけど、会話から察するに、相手は
白板橋だろう。
 結婚式が終わって僕達がいなくなって心配でもしてたのかもしれない。
板橋は面倒くさそうな表情で会話を返しながらも、片手で僕の腰に触れた。
「ん?」
目が会うと板橋が瞬間ニタリとした。
 真逆・・・。
「ちょっ・・・んんっ」
慌てて僕は口をふさいだけど、板橋の腰の動きに僕の声は漏れてしまった。何考えてるんだ
キミは一体!
 その後、電話で2,3言話すと板橋は僕にケータイを向けた。
「ワタルが替わってだって」
「僕に?」
「そう、あんたに」
僕は板橋に馬乗りになったまま、しかも、板橋のペニスを自分の中にがっつり咥えたまま
白板橋の電話を受け取った。ものすごく間抜けな格好だ。
「も、もしもし・・・・・・」
『やあ、はしま君』
「何・・・」
『そこで、そんなことしてるってことは、どうやら仲直りできたらしいね』
電話の向こう側が笑っている。
「き、聞こえたの?!」
『何のことかな?』
白板橋はあはは、と声に出して笑った。
「君達、最低最悪双子だね」
電話口に向かって言うと、目の前の板橋が最悪で悪かったねと言って再び腰を振った。
「はむっ・・・・・・!!い、いたばしっ!」
限界ぎりぎりで止めていたんだから、僕にはもう後がない。それなのに板橋ときたら、
容赦なく腰を突き上げてくる。板橋から逃れようと動けば腰を捕まえられて、離してもらえ
なかった。
『はしま君?』
電話の向こう側でも、この状況を知ってか知らずか、容赦なく白板橋が話しかけてくる。
「も、もうっ・・・君達、いい加減んにっ・・・・・・はんっ」
思わず声が漏れたところで、板橋に電話を突っ返した。
 もう無理!絶対無理!直ぐにでも出せる!
板橋はその電話に向かって
「お取り込み中なんで、もう少し待って」
なんて暢気な事を言った。待ってじゃない、その電話を今すぐ切れ、このバカオタク変態。
 板橋は片手にケータイを持ったまま、僕の腰を高く突き上げる。さっきよりも激しく
揺さぶられ、僕は本当に我慢できなくなってしまった。

「はっ、はっ、も、もうっ・・・板橋のっ、アホ・・・・・・いくぅっ」

がくり、板橋の肩に手を置いて、思いっきり呼吸をする。
 い、い、いってしまった。―――電話、電話は?!
ケータイのありかを探せば、板橋の手の中にあって、その電話口から世界で一番聞き
たくない言葉が発せられた。
『ご馳走様』
「!!」
「人のセックス盗み聞くなんて、悪趣味だなあ、ワタルは」
「板橋!!」
『おもしろかったよ』
「おかずにすんなよ」
『はしま君だしなあ』
「い、板橋っ!!!」
僕は板橋からケータイを取り上げると問答無用で電話を切った。
「最低の下の言葉があったら、僕は知りたいよ!」
「怒るなよ、それくらいの事で」
それくらいのことか!シンクロオナニーとかバカなことするこの子達にとってはそれくらい
のこととしか映らないのかもしれないけど。


 板橋の腹には僕がぶちまけた精子がトロリと乗っている。釈然としない思いでそれを見つ
めていたら
「痒くなるから早く拭いて」
と言って板橋が僕にティッシュを差し出してきた。
「ついでに、一回どいてくれるとありがたいんだけど」
「え?」
僅かに動くと身体の中でどろりと液体が動いた。ジェルじゃないその液体に僕はびっくりして
板橋を覗いた。
「板橋、いつの間にいってたの?!」
「あんたと一緒。あんたの興奮してる顔見たら出したくなった」
「ウソ〜!」
「興奮しすぎて、俺がいくのわかんなかったの?」
「・・・・・・」
そんなことって、あるんだ。
 腰を退かせば、中からどろっと板橋の精液が零れ落ちてきた。それも板橋の腹の上に掛けて
自分のと混ぜてやった。
「気持ち悪いことするのやめてよ」
「ふんっ。ちょっとくらい、嫌な思いでもしな!君達は節操がないっていうか、常識がない
っていうか・・・。呆れたよ」
僕はそう言い残してシャワーに向かった。




 その後、本当にくったりと疲れ果てた板橋と僕はそのままホテルに一泊コースとなり、
次の日白板橋に散々からかわれることとなる。
 まあでも仲直りできたわけだし、喧嘩の後始末はこれに限るのかも・・・・・・。






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