彼が二年連続で保健管理委員になったのには理由がある。
「保健室ってさ、噂の情報発信基地みたいなもんだから」
そう言って、井沢は人の悪そうな顔を浮かべた。
　保健管理委員会は無事終わり、その後顔合わせの為に新生ホケカンクラブのメンバーは
居残りになった。
　とりあえず、今後の活動を話し合ったが、元々不純な動機の塊な真桜や、単なる巻き込まれ
の煌成に明確なビジョンはなく、結局真面目な藤が「保健管理委員会便り」を作ることを
提案して終わった。
「活動は週2か週3くらいで、集まれる人は自主的に放課後、保健室に来るでいいかな」
藤がそう締めくくると、第一回のホケカンクラブも解散となった。
　藤は早々に保健室を後にし、真桜も追いかけるように保健室を出て行った。
煌成は言われた通り井沢と保健室の片付けをして廊下に出ると、並びたくもないのに、
井沢が隣についてきた。
そうして、煌成の「なんでお前、保健委員なん？」という問いに、井沢は「保健室ってさ、
噂の情報発信基地みたいなもんだから」と答えたのだ。
「保健室来るとさ、絶対誰かが誰かの愚痴やら噂を零すんだよ。無理なく保健室に通える
のは保健委員が一番だからさ」
煌成はそんな井沢を眉を顰めて見下ろした。
「そんな人の噂追いかけて面白い？」
「面白いだろ」
「･･････わからん」
煌成が面倒くさそうに呟くと、井沢はハイエナのような瞳をギラリと光らせた。
「だからさ、ホケカンクラブとかいうけったいなモンにだって、俺は首を突っ込むわけ」
「はぁ？」
「絶対なんかあるだろ、お前ら」
「ねえよ」
煌成はさらりとかわしたつもりだったが、井沢は舐めるような視線を外すことなく堂々と
煌成に宣言した。
「まあ、いいよ。見てろよ、今にお前らの企み暴いてやるから」
「そんな不純な動機で入るなっつーの」
「お前だって、聖人君子みたいなあの言葉、誰も信じてないからな」
「･･････うるせぇ」
煌成は益々面倒くさいことになったと長い溜息を吐いた。





　翌日、朝から胃の違和感を持ちながら煌成は登校した。昨日食べたカレーが胸焼けを
起しているのか、胃の辺りが熱いような気がする。
　煌成は胸を擦ってとりあえず痛みをごまかした。
　始業ギリギリで教室に入ると、直ぐに担任が入ってきた。教師は出席簿を教卓の上に軽く
叩き付けて、よく通る声を張り上げた。
「おはよう、はい、皆席に着けー。今日は2時間目から身体測定があるから、保健管理委員
の指示に従って動くようにー。保健委員、前に出て説明して。保健委員、誰だ？」
担任が見渡すと、誰ともなく煌成の名前を呼んだ。
「煌成ですー」
「海老原か。前に出て準備しろよー」
煌成はいそいそと前に出て行くと、女子の保健委員が個人記録用の用紙を配り始めた。
「えーと、個人記録の用紙を配るんで、自分の名前を記入してください。で、うちのクラス
は胸囲と体重と座高から始めるんで、名簿順に1〜10の人は胸囲、11〜20の人は体重、21番
以降の人は座高から始めてください。んで、終わったら、一つずつ隣にずれて、測定して
いってください。全部終わったら用紙は出口の回収ボックスに入れて着替えてクラスに
戻って自習です。あ、男子の測定は体育館、女子は保健室と視聴覚室なので、それぞれ
場所間違えないように行ってください」
煌成が一通り説明を終えると、教室が一気に騒がしくなった。
　授業が潰れるというだけで高校生はお祭り気分になれるらしい。煌成は自分の任された
仕事がなければきっとそんな気分だっただろうと苦笑いした。





　煌成たち保健委員は一時間目の授業が終わると、保健室に集まって身体測定に使う器具を
次々に体育館に運び込で行った。
　こんな面倒くさい準備まで保健委員の仕事にあるということを、煌成は自分が保健委員
になるまで知りもしなかった。
　体育館の準備が整うと、2年の生徒が続々と集まってきて、あっという間に騒がしくなった。
「お前らそこで服脱いで、さっさと並べよー！」
教科の授業のない教師達も手伝って、やっと野放しにされた野獣たちは身体測定の列を
作り始めた。
　煌成はその様子を見ながら、げっそりしていた。隣で男子学生の胸囲を測るのは伊純だ。
煌成はひたすら胸囲の記録を書き込む、記録係になっていたのだ。
　伊純は手際よく胸囲を測り、その数値を声に出している。騒がしいのでその声を聞き漏ら
さないように、煌成は神経を集中させていたのだが、袴田達が近づいてきて、ついその手
が止まってしまった。
「お前、チンコ勃ってるだろ」
「アホか！」
「うほ、でけぇ、どうなってんだよ、見せてみろ」
袴田が他の友人のトランクスの中を覗きこんで、ぎゃあと叫び声が聞こえた。
「･･････お前らなあ、馬鹿なこと言ってないでさっさと並べっつーの」
煌成が呆れて袴田たちに声を掛けると、袴田達は煌成の存在をたった今気づいたようで、
トランクス一枚の姿で煌成の机の周りを囲んだ。
「お前一人で服着ちゃって、何してんの」
「煌成、測らないのかよ？」
「保健委員は後で纏めてやるの。今日は記録係！お前ら、さっさと並べ！」
煌成が手で袴田達を追い払うと、友人の一人がニタリと笑った。
「うふっ」
「何だよ」
「こいつさ、去年、萩岡達に『チンコでかい』って騒がれて人前で脱ぐの嫌になってん
だぜ、絶対」
「なわけあるか！」
「そういや煌成のマグナム、一時噂になってたよな」
袴田がその話に面白がってのっかってくる。煌成はまたかと軽く目を閉じた。
「マジで？見せろよ」
「止めとけ、自分の小物っぷりに落ち込むだけだ」
袴田の笑いに煌成も諦めて乗ってやった。
「ばーか。見せても何の得にもならないヤツに見せるほど安くないんだよ」
「いや〜ん、煌成。自信たっぷり。それでどんだけ女の子啼かせてきたんだよ」
「お前らには秘密。･･････てか、後ろ詰まってるからさっさと胸囲測って次に行けっつーの」
「きゃっ、俺達のバスト網羅しちゃうなんて煌成のエッチ」
「お前らの汚い乳なんて興味ねえよ！」
伊純は煌成達の会話を隣で聞きながら、気が遠くなる思いだった。
　生徒の一人が言った「煌成のマグナム」が頭から離れなくなっている。煌成のマグナム、
煌成のマグナム･･････目の裏が熱くなってしまった。
そんな会話を聞いて伊純が想像しないわけがない。制服の上からだって分かる煌成の胸板の
厚さや肩幅、鎖骨の具合、どれを取っても自分のタイプだというのに、それだけじゃないと
いうのだ。
　理想的な、太くがっしりとした若い雄のペニス。青臭い匂いを漂わせて勃起した煌成の
マグナムにうっとりと口付けして、味わってみたい。
　大きくそそり立ったブツが自分の身体を貫くのを伊純はモロに思い描いて、眩暈がして
しまった。
「うっ･･････」
伊純は思わず前屈みになって顔を擦った。平常心に戻さなければと、手で覆った中の顔を
必死に教師の顔に戻そうとした。
　唯でさえ、ここには若い男の身体がうじゃうじゃしてるというのに、身体に悪すぎる。
初めは目の保養などと軽い気持ちでいたが、処理も出来ずただ見てるだけなど、拷問に近い。
夜のオカズになんて目に焼き付けておくなんて無理だった。今すぐトイレに篭りたい気分だ。
「･･････先生？具合悪いん？」
前屈みになっていると、隣から煌成の声が振ってきた。
「いえ、大丈夫です」
自分の妄想を無理矢理シャットダウンして、伊純はピシャリと言った。
　相変わらず冷たくされていると煌成はその態度を見て頬をピクリと吊り上げた。





　その日の5時間目頃から、煌成は嫌な胸焼けを起していた。やっぱり昨日食べたカレーが
悪かったのだ。
　5時間目の授業が終わってぐったりしていた煌成に袴田の声が降りかかってくる。
「煌成？」
「･･････ヤバイ、胃痛」
「またか。学校終わったらソッコーで帰れば？」
「今日の放課後、保健委員のヤツ身体測定してかなきゃいけないんだよ」
「別の日にしてもらえば」
「そうだけど･･････」
沈黙に袴田がしたり顔ではは〜んと笑った。
「伊純ちゃんと2人きりになるのが嫌なのか」
「袴田に、この苦痛が分かってたまるか」
「放課後の保健室に2人っきりで身体測定か･･････保健の先生が綺麗なお姉さんだったら、
絶好のシチュなのにな」
「残念ながら俺にだけ優しくない堅物教師だっつーの」
「ご愁傷様〜。でも、仲良くなれるチャンスかもよ？」
「30手前のオッサンと仲良くなんて、なりたくないわ」
しかし、それも手かもしれないと煌成は思った。2人きりになればもう少し伊純に突っ込んで
話が聞けるかもしれない。自分だけ邪険にする訳を自分は探るんだと決めたのだ。
　チャンスだと前向きに言い聞かせて、煌成はその日の身体測定を休むことにした。



　それから数日後、放課後煌成は一人保健室に来ていた。
保健室にはオバチャンはおらず、伊純が一人事務作業をしていて、煌成はがっかりした
ようなちょっと期待が叶ったような複雑な気分になった。
「いらっしゃい。身体測定ですね？」
「･･････おねがいしまーす」
健康体だし、保健委員会の日でもないと、こうやって保健室に入るのは何故か後ろめたい
気分になる。煌成が手持ち無沙汰で入り口付近に立っていると、伊純は事務机から席を立って
測定の器具をそろえだした。
「いつでもいいですよ。とりあえず脱いだ服は机の上にでも置いておいて」
「ズボンも･･･だよね？なんか一人で脱ぐのってすげえ抵抗あるんすけど」
珍しく煌成が恥らっていると、伊純は目を細めて言った。
「僕が脱いでたらおかしいでしょう」
「･･････先生ってそういうギャグ言うんだ」
煌成はいつもより伊純の間口が広い気がして、やっぱりこれはチャンスなのかもしれないと
思った。
　煌成は伊純に背中を向けて制服を脱いだ。それをいいことに伊純は煌成の背中に穴が
開くんじゃないかと思えるほど、その背中を眺めていた。
　そして思わずうっとりと心の声が洩れてしまった。
「いい身体･･････」
「は？」
トランクス一枚になった煌成はその聞き捨てならない台詞に怪訝そうに振り返る。伊純は
自分の声が洩れていたことに驚いて、慌てて取り繕った。
「･･････り、理想的な身体付きですね。運動部だったの？」
煌成は苦笑いしながら、伊純の隣まで来て、身長計に収まった。
「俺の虚弱な内臓知っててそれ聞く？」
煌成は身長計に背筋を合わせて顔だけ伊純の方を見下ろす。本物の裸の煌成が目の前にいる
ことを実感して、伊純は急激に体温が上がっていくのが分かった。
「･･････運動してなくても、こんなに筋肉ついてるじゃない」
ドサクサにまぎれて伊純は煌成の胸筋に手を伸ばす。
　ピクリと筋肉が震えて、乳首が立った。伊純はその突起した乳首に目が釘付けになった。
「ひゃっ、くすぐったいって。･･････俺さー、身体弱いから筋肉つけたら虚弱体質もよくなる
かと思ってさ、腹筋とか背筋とか頑張ってんだよね」
「･･････それで、胃腸は強くなったんですか」
「ならないから、こんな目に遭ってんだろ。でもさー、内臓弱くて身体もひょろっとして
か細い男だったら、なんか目も当てられないじゃん？せめて見た目だけでも格好つけて
おきたいっていう男子高校生の心、先生分かる？」
「海老原君はもてたい願望でもあるんですか」
「モテモテになりたいとは思わないけど、狙った子は落としたいでしょ」
狙われてみたいなんて恥ずかしいことを思って伊純は煌成の顔から目を背けた。
「･･････じゃあ、測りますよ」
「へぇい」
「179.6センチ」
「げ、去年より1センチ縮んでる」
「朝と夕方だと違いますからね。はい、じゃあ体重計乗って」
自分の息が荒くなってないか伊純は本気で心配しながら、何重にも仮面を被る。けれど、
この姿を全て目に焼き付けていこうと言う邪な気持ちが次々とその仮面を破っていった。
「じゃあ最後、胸囲測りますよ」
「･･････ひ、ひゃあ、先生くすぐったいって」
伊純の冷たい手が煌成の脇を掠ると、煌成は思わず身体をくねらせた。見ればやっぱり
煌成の乳首がつんと立っている。伊純は臨界だと悟った。
「ご、ごめんっ」
伊純は急いで胸囲を測ると、前屈みになって呼吸を整えた。やはり狙っている本人の裸は
数分でもヤバイらしい。数百人の男子高校生なんて目じゃないほどの破壊力がある。
　煌成は突然屈んだ伊純に驚いて思わず手を差し伸べていた。
「先生？！」
「･･････」
「･･････大丈夫？胃痛？」
その体勢に煌成は胃痛だと思い、背中に手を当てた。
「だ、大丈夫！」
止めてくれ、心臓の音が聞こえてしまう。伊純は焦って立ち上がったが、ドアップの煌成
の顔（しかも裸）に、伊純の腰が砕けてしまった。
「え？え？先生？」
へなへなとその場に崩れそうになって、煌成はその手を伊純の腰に回した。
「ちょっと、先生、大丈夫？！」
「･･････だっ、大丈夫」
「全然大丈夫そうに見えないけど」
「･･････すみません」
気まずいと思ったのは伊純の方で、煌成は単純に伊純が胃痛を起していると思い込んでいた。
胃痛の辛さは自分が一番分かる。こんなとき、自分ならとにかく横になりたいのだ。
　そう思って煌成は伊純を支える腕に力を込めた。
「どうすんの、先生？ベッドで休む？」
「･･････はい」
煌成は大きく息を吐いて、伊純の身体を持ち上げた。
「え、ちょっと！！自分で歩けます！！」
「面倒くさいから、暴れないでよ」
煌成の腕の中で伊純が慌てふためいているが、煌成は僅か数歩の距離をすたすたっと歩いて
伊純をベッドの上に寝かせた。
「･･････」
伊純は乱暴気味に下ろされたベッドに仰向けになって煌成を見上げた。きっとまだ顔は赤い
ままだ。
　裸の煌成とこんな場面に遭遇することになろうとは、夢にも思わなかった。
いや、夢でも見ようと、伊純はその姿を顔を赤くしながら焼き付けた。
「･･････？」
同時に、この男子を落とすには一体どうしたらいいのだろうと、伊純は途方に暮れながらも
これからに期待して目を閉じた。





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