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放課後ホケカン倶楽部
こういう時は成り行きに任せるのが一番だ・・・




「うんっ・・・・・・」
煌成の声が小さく洩れて、伊純は慌てて唇を離した。
 至近距離で見詰めても、煌成は綺麗な顔だと伊純はうっとりする。この顔に惚れたのだから
贔屓目になるのも無理はないが、この世の中で一番の美男子だと伊純は思った。
 あどけない寝顔から安定した寝息が聞こえて、ほっと胸をなでおろす。
煌成がまだぐっすり眠っていることを知ると、伊純は調子に乗ってもう一度煌成の唇に
近づいた。
 今度はもう少し強く重ねて、煌成の唇の感覚を味わう。高校生らしく張りのある皮膚
にぷくりと乗ったピンクの唇は、かさつきもなく滑らかな肌触りで、煌成を美形だとたら
しめる要素に思えた。
 柔らかく弾力のある唇に押し返される。煌成の寝息が口の周りに纏わり付いて、顔中が
煌成の匂いで染まっていくようだ。
 伊純は軽く目を閉じて今の瞬間を一秒たりとも忘れまいと身体中に記憶させていく。夜
になっても忘れないように、明日も、明後日も思い出せるように、五感全てで煌成を味わい
尽くして、最後に伊純は煌成の下唇を軽く舌で舐めて唇を離した。
「ふぅ・・・・・・」
離れてしまうと急激に心臓が踊り出して、自分のしたことへの罪悪感が膨れはじめた。
伊純は慌ててドアの鍵を開け、ついでに窓も開けた。
 クローゼットの前にある鏡が目に入る。自分の顔がだらしなく蕩けていることに気づいて
伊純は両手で顔を擦った。
 頬を押さえ、呼吸を整える。深呼吸を繰り返しているのに、自分の唇が妙にテカって
いるのが目に留まると、再び伊純の身体が震えた。
「・・・・・・!」
何てコトをしてしまったんだ、と自分のしたことを振り返って頭を抱えたくなる。けれど
そんな間もなく、ベッドの上の煌成が大きく伸びをしたのだった。
「・・・・・・あれ、俺寝てた?」
伊純は鼻を膨らませて大きく息を吸うと、引きつった顔をなんとか戻して煌成を振り返った。
「起きましたか」
「あー、先生いたの。・・・・・・こういうもんばっか見てると、直ぐ眠くなるわ」
「そこにお茶置いてあるから、適当に休憩して」
「へーい」
伊純はこの状況に耐えられなくなり、それだけ言うと寝室から逃げ出した。





 目覚めは悪く、頭がグラグラする。煌成は伊純が出て行ったドアをぼんやり眺めながら
自分が何処で眠りこけていたのか思い出した。
 それから伊純が置いていってくれたお茶に手を伸ばそうとして、おなかの上に開いて置いた
資料がぱさりと、床に落ちた。
「寝る前に読んでたこと、全部忘れたかも・・・・・・」
煌成はうつ伏せになると、ベッドから頭と手だけをはみ出して資料を拾った。
「うっ・・・・・・ん?」
資料を掴み、さて起き上がろうとしたところで、煌成の動きが止まった。
「あ?・・・・・・なんだあれ?」
煌成の視線はベッドの下でターゲットをロックオンした。
「・・・・・・なーんか、みーつけた」
一気に覚醒し、にんまりした表情を浮かべ煌成はベッドから降りた。それから改めてベッド
の下を覗くと、それに手を伸ばそうとした。暗くてよく見えないがDVDのパッケージである
ことは窺える。
「そーだよなー、先生だって男だし」
よく見えないけれど、推測は出来る。こんなベッドの下にもぐりこんでるDVDなんてAVしか
ありえない。少なくとも煌成の常識の中ではそうだ。
 煌成はニシシと笑ってDVDのパッケージを手繰り寄せた。
引っ張り出すに連れて、パッケージの後ろに肌色ゾーンが大量に見え始め、煌成は確信
した。間違いなくエロDVDだ!とウハウハした気持ちでいると、タイトルも見えた。
『穢された桃尻―18歳の秘密―』
「ぶははっ、先生、やっぱりJK派かよ!」
予想したとおりAVだと分かった煌成は少しだけ伊純に親近感を覚えた。先生だって所詮男だ。
保健の先生だってセックスもするし、自慰だってする、そう安心して、堅物のイメージだった
伊純がちょっとだけ自分寄りの人間なことに嬉しくなる。
 弱みを握ったというより、普通の男であることに安心して、さてどんな桃尻が出てくるんだ
とワクテカしながら煌成はパッケージを目の前に広げた。
「!?」
目に飛び込んできた写真に煌成は一瞬、頭の中が真っ白になった。
 煌成から見れば、どこをどうひっくり返したら桃尻になるのか不明なケツがパッケージの
写真に所狭しとちりばめられてたのだ。
 煌成はそのアングルに度肝を抜かれた。
 そのケツに突き刺さっているのは間違いなく男のアレで、ただのアナルプレイなら煌成
だって少しは免疫あるけれど、突き刺さっている方のケツの持ち主までに、男のアレが
付いていたのだ。
「ほっホモかよっ」
激しく動揺して、煌成は手にしたパッケージを手放した。
「てか!先生、ホモ?!」
気持ち悪い以前に、最大級の見てはいけない秘密を見てしまった気がして、煌成は震えた。
 とりあえずこれは元の場所に戻して、見なかったことにしなければと、焦りながら投げ
出したパッケージに手を伸ばそうとして、それがとてつもなく汚れている気がした。
 パッケージの男優が煌成を挑発的な瞳で見ている。煌成は下半身がむず痒くなる気分
だった。
伊純はこれを見て自慰をしているのだろうか。自分がAVを見て興奮するように、伊純も
このホモAVで興奮するのか・・・・・・
 煌成はぶんぶんと頭を振った。
「と、友達が悪乗りで貸して来たとか!ネットで注文したら間違ったのが届いたとか!」
そうだ、伊純がホモと決まったわけじゃない。きっと何かの間違いだ!
 この秘密は自分の心の中だけに留めておこうと、煌成が急いでDVDを手にしてベッドの奥
に仕舞いなおそうとした瞬間、人の気配を感じた。
「え?」
思わず顔を上げた煌成の目に映ったのは、表情をなくした伊純の姿だった。



「・・・・・・」
「・・・・・・」
空気の粘度が一気に上がり、身体中に纏わり付いてくるように感じた。重い。そして息
苦しい。沈黙は更に状況を悪くし、煌成も伊純も固まったまま、次の一歩が踏み出せず、
お互いを見詰め合ってしまった。
 なんとか切り抜けようと、煌成が「冗談ですよね〜?」と流そうとしたが、その前に
伊純が真剣な顔で首を振った。
「それ、何処で?」
「べ、ベッドの下にあって・・・・・・なんだろうって・・・・・・」
「見てしまったんですね・・・・・・」
「先生の?」
「・・・・・・他に誰のものだと思うんですか」
「マジでか」と煌成は驚き、そして嘘であってほしいという淡い期待もあっけなく消えた。
「すっ、すんませ・・・ん・・・・・・」
煌成は何を言っていいのか全く分からず、ただ頬がピクリピクリと揺れている。伊純は泣き
そうな顔で煌成を見下ろし、何故だか小さく謝った。
 それから、抜け殻のようにふらふらとしながら煌成の前から消えていった。
煌成は暫くその事実に震えていたが、我に返ると、慌ててベッドの下に問題のDVDを投げ
入れた。





 煌成が寝室で一人、巨大隕石に追突されて憤死していた頃、リビングでは高校生の恋愛
のほほえましい光景が繰り広げられていた。
 藤は既に、真桜の積極的な態度に満更でもなくなっているようで、隣に仲良く並びながら
資料を眺めている。時々肩が触れ合って、その都度過剰に反応する2人に、もう言葉は要らない
様に見えた。
 伊純はその甘酸っぱい光景に胸を締め付けられ、井沢は底意地の悪そうな視線を送った。
 時間はあっという間に過ぎ、気がつけば外はうっすらと暗くなり始めていた。
「今日はそろそろこの辺りで終わりにしましょうか?」
「一日でなんとかなると思ってたけど、意外と掛かるもんですね」
「でも、皆で頑張ればもうちょっとだと思うわ」
藤と真桜が心地よい疲れの表情で伸びをした。真桜は隣にいる藤とのやりとりを思う存分
楽しんだようで、この疲れも大したことはないようだった。
 そして、うっかり井沢の視線を忘れていた。
「今日は遅くなってしまいましたし、皆さん送っていきますよ」
「ホント!?やったー」
「先生、ありがとうございます」
生徒達は手元の資料を片付け始め、真桜はそこで漸く煌成の存在がないことにに気づいた。
「あれ?煌成は?」
「そういえば寝室に篭ったきり出てきてないね」
「・・・・・・どうせ、寝てサボってるんだわ。私、ちょっと起してくる」



「煌成?」
「!!」
真桜に声を掛けられて異様な程に驚いた煌成に、真桜もまた驚いた。
 煌成は伊純が泣きそうな顔で出て行ってから、ずっと伊純の事ばかり考えていたのだ。
伊純はゲイで、あの夢の中の伊純も自分に組み敷かれていた。状況としては「アリ」に
なってしまった。あの夢は偶然?それとも、なんの暗示?なんで自分がそんな夢を見て
しかも興奮なんてしてしまったんだろう。
 頭の中が伊純のことで一杯になって、資料なんて殆ど手付かずだった。
「・・・・・・どうしたの」
「なんだ、真桜か・・・・・・」
煌成は今朝見たときよりも数倍疲れた顔をしていた。
「なんかあったの?」
「・・・・・・疲れた」
「めっずらしー。そんな真剣に資料見てた?」
真桜に一瞬本当の話をしようかと思ったが、伊純のあの顔を思い出して止めた。あんな
超トップシークレットな話、真桜にだってできるはずがない。
「俺だって頑張るときは、頑張るの。で、お前の方こそどうなんだよ?」
煌成に振られて、真桜は無邪気な顔でVサインを出した。
 ギブアンドテイクに全然なってないと、煌成は盛大な溜息でそれに答えた。





 なんでこういう座席になるんだと煌成は乗る前から躊躇っていた。それぞれの家まで
送り届けてくれるという伊純に、真桜達は喜んで車に乗り込んでいく。藤が後部座席に
座る様子なのを見て、真桜もすかさず後部座席を選び、井沢も2人の動向を少しでも見逃す
まいと後部座席を選んだ。
 煌成に残されたのは有無を言わさず助手席で、煌成は一人気まずい空気を背負ったまま
車に乗り込んだ。
 しかも順番が悪いことに、煌成は一番最後になってしまい、一人、また一人と車内の
密度が下がっていくたび、煌成は恐怖に似た感覚が背筋を走っていた。
「あ、先生。俺ここ。・・・・・・どうもありがとうございました〜」
後部座席の最後の生徒、井沢が車を降りると、車内はやっぱり重い空気になった。
「・・・・・・海老原君のお家は・・・・・・」
「俺は・・・・・・近くの駅でいいよ・・・・・・」
逃げ出したい気持ちが露骨過ぎると分かっていても、逃げ出したいのだから仕方ない。
 この近くの駅なら、乗り換えなしでも帰れるはずだと、煌成が思っているのに、伊純は
「送っていきます」と無表情な声で言った。
逃げられない空気を作られて、煌成は仕方なく家の住所を告げると、車は豪快なエンジンの
音を巻き上げて、走り出した。
 2人になった途端、無言の空気が漂っていたが、家の近くになって伊純が漸く口を開いた。
「とても自分勝手なお願いだとは思うんですけど・・・・・・」
「は?」
「・・・・・・海老原君が寝室で見たこと、黙っておいてくれませんか?」
伊純は信号で止まると、煌成の方をちらりと覗いた。
「先生がホモってこと?」
「それもひっくるめて全部」
「別にそんなことわざわざ頼まれなくても、誰にも言わねえよ」
「・・・・・・そうですか。ありがとう。恥じてるわけではないんですけど、保健の先生として
そういう噂を流されると、いろいろ支障が出てくるので」
確かに保健医がホモだなんて噂が流れたら、学校中大騒ぎになりそうだ。煌成は元々誰にも
言うつもりはないと改めて言いながらも、伊純が本当にゲイであると突きつけられている
ようで、妙に苦しくなった。
「じゃあ、僕と海老原君だけの秘密にしてもらえます?」
「いいけど・・・・・・」
この息苦しさは秘密を共有してしまうことに関してだけではないと煌成は思った。誰かに
言いたいわけではないけれど、吐き出し口がなければ自分の中の伊純の像が変わってしまう
気がするのだ。
 自分の中の伊純・・・・・・?
それを考えて煌成は益々混乱した。自分は伊純をどういう視線で見ていたのだろう。
「いやいや、ただの保健の先生だろ・・・・・・」
煌成がぼそぼそと自分に突っ込むと、伊純が小さく訊き返した。
「僕が何か・・・・・・」
「・・・・・・先生は、どんなんでも先生だろってこと」
煌成のとっさに誤魔化した台詞を、伊純は煌成の優しさと思い込んで噛み締めた。
ありがとうと言う伊純の言葉に、煌成はぽりぽりと頬を掻いて、窓の外に目をやった。
 すっかり暗くなった夜の街が流れていく。ネオンに照らされて、煌成の髪の毛がキラリ
と輝いた。
 無言の車内は先ほどと別の空気が流れ込んでいるようだ。「気まずい」とはまた違う
そわそわとした落ち着かなさがあった。
 お互いがそこにいることを意識せずにはいられない状態なのに、敢てそれを無にしよう
としているのだ。
 それがお互いに伝わって、その部分だけ通じ合っているのがむず痒くなる。
 何かが変わる瞬間っていうのはこういう時なのだと、伊純もまたおぼろげに思っていた。





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