なかったことにしてください  memo  work  clap
きょうの料理


 レシピ9:炊飯ジャーに愛を込めて、炊き込んで―後編 



ステーションビルでは、大きなクリスマスツリーがきらびやかに瞬き、その下では聖歌隊
がクリスマスイブの夜を祝っていた。
街を行くカップルは甘い空気を否応なく振りまいて、観光客でさえもクリスマスイブを
この街に求めているようだった。
誠史は人ごみを掻き分けるように歩き、目的地まで急いだ。手にはビジネスバッグと共に
紙袋が握られ、無意識ながらそれを守りながら歩いていた。
人通りが少なくなると、誠史はコートに手を突っ込んで歩調を緩めた。
顔が強張っているのは寒いからだけではないだろう。誠史は苦笑いを浮かべた。この年に
なってもまだ緊張している。どうしてこんなに心を奪われてしまうのだろう。
誠史は自分が選んだ道が正しかったのか分からない。15歳も年の離れた人間を巻き込む
罪悪感もあるし、世間の良識を引っ張り出すと手放しで肯定されることでもない。
そんなことは分かっているが、動き出してしまった自分の歯車を止めることも出来なかった
のだ。初めは小さな歯車が回っただけだったのに、今は自分をここまで突き動かす大きな
動力を持ってしまった。
吐いた息は白く、空気中に紛れ込んですぐに消えた。
どうせ失うものなどそう多くない。覚悟を決めて、コートの中の拳に力を込めると、誠史
は迷うことなく道を進んだ。





待ち合わせの時間にはまだ少し余裕があった。綾真は身支度を整えると、駅前の店でも
覗いていこうと早めにアパートを出た。
玄関を出ると、耳が痛くなるほどの冷たい空気に身体が急激に冷やされる。コートを着て
いても、震えそうなほど寒かった。
綾真は駆け足でアパートの外階段を下りると、敷地を出て細い道路を駅方面へと歩き出す。
そこで、綾真は想定外な人物に出くわした。
「誠史、さん!?」
「こんばんは」
誠史はこちらに向かって歩いてきており、多分自分に会いに来たのだろうと綾真は察した。
「どうして……」
「高森さんが、今日は休みだって教えてくれたから」
「いえ、そうでなくて……」
「なんで君に会いに来たのかって?」
「……」
「この前のことをずっと気にしてたからじゃダメ?」
「……」
綾真は一気にばつの悪い気分になった。この前、自分の幼稚な感情で怒りをぶつけ、走り
去ったことは全て自分が悪い。いや、自分が悪かったと今はよく分かる。チクリとする胸
を押さえつけて、綾真は頭を下げた。
「すみませんでした」
「綾真君のその素直さが復活してよかった。お母さんと和解は出来たってことかな」
「あの……会いに行ったの知ってますか」
「あの日、呑喜に行ったからね。君の作っていった炊き込みご飯も美味しくいただいたよ」
「にんじんとごぼう、食べられたんですか!?」
「綾真君が作ったものは何でも旨いよ」
「よくいいますね」
綾真は苦笑いで視線を合わせた。
見上げると、誠史も柔らかい視線を返してくれる。いつもと違う景色の中で見る誠史は
やっぱり緊張してしまった。
綾真は誠史から視線を逸らし、勝手に歩き出す。誠史はその後を付いていった。
「再婚相手のおっさん、父さんが死んだときからの知り合いだったんです」
「へえ」
「支援の会やサポートしてくれた人を通じで知り合ったそうで、相手の人も10年以上前に
奥さんと娘さんを亡くしてるんだそうです」
誠史は無言で聞いた。自分の事を肯定してくれる、今度はその空気が伝わってきて、綾真
は喋り始めた。
「どんなヤツだろうと反対してやろうって意気込んでたのに、ホントどこにでもいそうな
人のいいおっちゃんだった。全然かっこよくないし、中年太りしてるし、父さんとは似て
も似つかないくらいかけ離れてて、母さんの趣味、随分変わったんだって思った」
後ろで誠史がくすりと笑っている。綾真はそれに安心した。
「俺の作った炊き込みご飯、すっごい美味しそうに食べてるの見たら、正面切って再婚に
反対だなんて言えなくなっちゃったんです」
いっそ、母を唆して再婚しようとしているような人ならよかったとさえ思った。自分の感情
が正当化できて、この再婚をぶち壊しても感謝されるのだから。
けれど、母も相手の男も落ち着いた中に得体の知れない苦しみが垣間見えて、綾真は自分
の気持ちをもてあましてしまった。
「ただ、自分の気持ち黙ってたら伝わらないって言われて、母にもその人にも聞いてみた
んです」
母に会いに行くように勧めてくれた南里の言葉だ。それが誰の言葉かを誠史も察した様で
誠史は思いっきり眉間に皺を寄せたが、綾真は気付くはずも無く、自分の気持ちを話し
続けた。
「亡くした相手の事をどう思ってるのかって。再婚することでないがしろにされてる気が
しないのかって、そう聞いてみたんです」
そんなことを聞くまでもない雰囲気だったけれど、言葉にしなければ綾真のもやもやと
した感情は収まりそうも無いと思ったのだ。
「母もその人も、亡くした人の事を忘れたことは一日もないとはっきりと言ってました」
けれど、そう言われても、綾真の中では矛盾した気持ちは理解できなかった。唇を噛み
締めたまま暗い顔をしていた綾真に相手の男は言った。
「大切な人が一人増えたんだって考えてはどう?」
ふっとかおをあげると、男は優しい顔を困らせていた。
「お母さんは、今でもお父さんのことを愛してるよ。この気持ちを分かってもらうのは
とても難しいことだと思うけど。僕も、妻と娘は今でも愛してるし、これからもそれは
変わる事のない事実だ。でも、僕の人生の中に君のお母さんがいることが、妻と娘への裏
切りだとは……今は思わないよ」
綾真は今度こそそれ以上何も言えなくなってしまった。
膝の上で結んだ拳は力を込めたまま震えている。肩の力を抜けば、泣いてしまいそうだった。
今でも手放しでおめでとうと言えるほど、気持ちは整理がついていない。ただ、母も母が
選んだ人にも、自分には分からない苦悩の日々があったのだ。同じように大切な人を亡く
し、苦しみ、それを乗り越えて今があることは分かる気がした。
だから、自分はもう少し、この二人を見届けてから答えを出そうと決めたのだと綾真は
は告げた。
「解決したようなしてないようなあやふやな部分ではあるんですけど、気持ちは一歩前に
進んだと思います」
そして一歩進んだところから振り返ると、誠史の言葉にも一理あるし、あんな言い方を
してしまった自分に恥ずかしいと思うのだ。
何故、あそこまで誠史の言葉に敏感になってしまったのか。深く考えると答えに到達して
しまいそうで、綾真は引き返した。
「あの、俺、待ち合わせしてて……」
「うん。そうみたいだね」
誠史は急に声のトーンを下げた。
「実は、母に会いに行くようにアドバイスくれたのは南里さんで……」
「知ってるよ」
「知ってたんですか!?」
「高森さんに聞いた」
「そうですか。母の事でお礼がしたいからって日程調整してたら今日しかなくて……」
「ふうん?」
流石の綾真も今日が24日、クリスマスイブだということは認識していた。自分も南里も予定
は入っていなかったし、その関係にやましいものは何一つもなかったから、綾真はあっさり
OKをしたのだ。
けれど、誠史を前に説明すると、後ろめたさが漂った。
「わざわざイブなんて選ぶかね、普通」
言葉に棘がある。誠史は明らかに不機嫌で、綾真も手に取るように分かった。
「でも、本当に今日しかお互い空いてるときがなかったんですよ!」
弁解しても、誠史の不機嫌な空気を払拭することはできなかった。それどころか更に凶悪
なオーラを持ち出して、誠史は言ってのけた。
「南里の優しさは見た目だけだから」
「!?」
「騙されないで」
「何ですかそれは!!南里さんに失礼じゃないですか?」
「ふうん。南里の肩持つんだ。洗脳されてるなあ」
嫌味たっぷりに発する誠史の言葉に綾真も胸の奥がかっと熱くなった。南里は自分に
とって恩人のような人だ。そうでなくても業界に精通していて為になる話を沢山してくれ
た南里は、尊敬に値する人だとさえ思ったのだ。それをこんな風に否定されるのは、相手
が誠史であっても気持ちのいいものではなかった。
「俺は、俺が感じた南里さんを信じてるだけです」
「それが騙されてるっていうの」
「何で俺を騙す必要があるんですか?」
「君が騙されやすいから。あいつは、綾真君をカモくらいにしか思ってないよ」
「なんで誠史さんはそこまで南里さんをひどく言うんですか?俺はただ、母さんのことで
親身にアドバイスしてもらって、おまけに飲食界の話聞かせてもらって、勉強にもなって
凄く感謝してるんですよ!?」
「そうやって恩を売っておいて、後で回収するのが南里の手だ」
そこまで言う誠史に綾真も本気で腹が立ち始めている。感情がむき出しになって、声が
上がった。
「回収って何ですか!!」
「店出さないかって冗談でも言われなかった?」
「え?」
「綾真君の店、プロデュースしてみたいって言われなかった?」
「それは……」
確かにこの前、冗談でそう言われた。でも、それは酒の席の社交辞令みたいなものだと
綾真も南里も分かっているはずだった。綾真が言い淀んだ瞬間、誠史の表情が硬くなった。
バリトンボイスが強く意思を発した。
「俺は反対。絶対、行くな」
今まで誠史に命令口調で言われたことなどないかった。だから、綾真も一瞬ひるんだ。誠史
には分かる南里の何かがあるのかもしれないと思ったが、南里は自分を騙すような人では
ないと根拠のない自信も手伝って、綾真は誠史の声に耳を傾ける気にはなれなかった。
誠史は自分の事が好きだから、おもちゃが取られるのが面白くないだけなのだ。これは
誠史の我がままか、もしくは嫉妬だ。
「今日はお礼をしに行くだけです!それにもしそう言われても、俺はちゃんと断りますから」
強い意思表示に誠史の言葉が詰まる。その間にヒートアップ気味の気持ちにブレーキを掛けて
誠史はトーンを落とした。
「……そう。出すぎた真似してごめんね。でも、本当に気をつけて」
「……」
「あいつ何考えてるかわかんないし……こうと決めたら、信じられないくらい強引だし……」
誠史の言葉は歯切れが悪い。言いたい事を最後まで言おうか迷っているようにも見えたが
綾真はそれをあえて無視して、笑って除けた。
「誠史さんと同じにしないでくださいよ」
「俺は強引じゃないと思うけど?テクを駆使して背中を押してるだけだよ」
「よく言いますね!……とにかく、約束してるんで俺行きますから」
「……分かった。勝手にするといい。でも、くれぐれも気をつけて」
誠史は見送る方向でその場を引いたが、最後にもう一度念を押した。
見上げた顔は不満と不安に満ちていて、綾真は胸の辺りがチクリと傷んだ。
「じゃあ、また……」
そう言って、歩き出そうとしたそのとき、綾真は後ろから肩を掴まれて、誠史の唇が耳元
を掠めた。
「一つ。忘れないで。再婚で悩んでた君の力になりたいって、一番思ってたのは、俺なん
だからね」
ぽんと背中が押され、静かに誠史の身体が離れていく。振り返ると、淋しそうな笑みを
浮かべた誠史が闇夜に浮かび上がっていた。
綾真は泣きたくなる気持ちを振り切って、その場を離れたのだった。





――>>next




今日のレシピ
炊飯ジャーに愛を込めてピリ辛ごぼうの炊き込みご飯


材料(4人分)
米……3合
豚ひき肉……200g
ごぼう……半分〜1本
人参……1/2本
しょうが……1かけ

調味料
醤油……大3〜4
砂糖……大1
酒……大2
豆板醤……小1/2

中華だし(顆粒)……小1
ごま……適量
ごま油……適量

作り方
1.ごぼうはピーラーで剥き、にんじんは細切り
しょうがはみじん切りにする
2.お米を研いで、通常通りに水を入れ、
中華だしを入れて軽く混ぜておく
3.フライパンにごま油を入れしょうがを炒める
4.ひき肉、ごぼう、にんじんを炒める
5.ひき肉に火が通り、ごぼうがしんなりして
きたら、調味料を入れる
6.2の上に5を入れ、通常通りに炊く
7.炊けたら、ごまを振り入れ、かき混ぜる

綾真メモ
辛いのが苦手な人は豆板醤の量を
調節して!




よろしければ、ご感想お聞かせ下さい

レス不要



  top > work > きょうの料理 > きょうの料理9後編
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13