生徒失格―眼精―
2日間うだうだ考えて、3日目の朝、目が覚めると同時に気づいた。
「西の目的、分かった」
起き抜けに頭がフルスピードで回転を始め、俺は夢うつつで思っていたことを言葉にして
みる。
「・・・・・・でも、そうだとしたら、西のヤツ、相当悪趣味・・・・・・」
俺は自分の思い描いた結末に、寒気を感じた。
晴天の秋空。温かい陽射しにひんやりとした空気。今日は絶好調の体育大会日和だ。と
言っても、ただのクラスマッチにそれほど燃えるヤツもいない。(理系の男なんてのは
そんなもんだ)
朝、名倉のぼそぼそとした注意事項を聞いて、クラスの応援席にブルーシートを張ると
俺は自分の出番が来るまで、その上で雑魚寝していた。
「お、次、笹部じゃん」
「あいつ、何気にぶっちぎるんじゃねえ?」
「いけー、やれー!」
同じくブルーシートの上で雑魚寝しながら、クラスの男が何人か笹部に適当な応援をして
いる。競技に出ているヤツを除いても、応援席にいる人数は少なすぎだ。
どうせ、どこかでサボっているか他のクラスの彼女とイチャついてるか、どっちかだ。
見渡せばアツシの姿も見つからなかった。
ぱあん、と合図が鳴ると、応援席のすぐ目の前を砂埃を上げて男達が一斉に走り始める。
男子100メートル予選。笹部は一番手前を誰よりも早く走っていった。
「すげえ、ぶっちぎり」
「笹部の運動神経はおかしい」
「あれで、性格がもう少しまともなら、絶対モテるのになあ」
「天野とつるんだりするからだろ、それは」
応援席ではクラスメイトが言いたい放題言っているが、確かに一理ある気がした。
笹部はゴールでガッツポーズを決めている。遠くから見ればいい男だ。その笹部を細目
で眺めていると、笹部の更に向こう側で西が歩いているのが見えた。
アイツこそ、遠くから見てもいい男だ。西は1人で教室棟の方に向かおうとしているらし
かったが、そこで足を止めると、ふと後ろを振り返った。
そして、思いっきりこちらを見てきたのだ。
やばい、目が合う、そう思ったら、その視線は僅かに外れていた。西は、その視線にニヤ
っとした笑いを乗せて送ると、振り向き直って、また歩き出す。
俺はその視線の残像を追った。そこには顔を真っ赤にして俯く女が1人。
・・・・・・ったく、あの変態野郎!
ブルーシートから立ち上がると、俺は思わず駆け出していた。
トラックの隅を小走りで駈けていると、走り終わった笹部に目を丸くされた。
「有馬っち、何してんの」
「悪りィ、笹部、後で!」
「・・・・・・ちょ、ちょっと。痛いってば!離してよ!」
「ああ、別にいいけど・・・。今井サンなんて連れて・・・・・・何、清算?」
「まあね」
俺は今井の腕を引っ張って歩き出す。
「もう!離して!」
「離したら逃げるだろ」
「・・・・・・なんで、あんたの言うことなんて聞かなきゃならないのよ!アタシ、忙しいんだ
から!」
「あー、ハイハイ。後で幾らでも謝ってやるから、いいから来い」
半ば抱きかかえる勢いで今井を連れて、俺は西の消えた教室棟の方へと急ぐ。周りの生徒
がびっくりして振り返っていくが、そんなもん気にしてられるか。
笹部の「頑張れー」の声援に、おう、と片手を上げて答えると、後はひたすら今井を
引きずって行く。
「おい、西!」
サボるつもりだったのか、西はやはり、自分の教室に戻っているところだった。教室の前
で、なんとか西を捕まえると、大声で名前を呼ぶ。
西は振り返ると、その端正な顔を少しだけ歪めた。
「・・・すごいコンビネーション」
「コンビじゃねえよ!」
「何よ、なんなのよ!離してってば」
今井が暴れるせいで、彼女の腕が2回も顎に当たって、舌を噛みそうになる。
「暴れんなっつーの。・・・・・・おい、西。お前・・・・・・」
「あー、ハイハイ。有馬君には分かっちゃったんだね」
西は、もう俺の前では、優等生の仮面を被るのを止めたのか、ニタリと笑って俺に近づいて
来る。
「で、どうすればいいの?」
「・・・・・・とりあえず、コイツを連れて、屋上!」
西は今井の腕を取り、俺と並んで歩き始める。
男2人に両脇を固められ、今井は急に大人しくなってしまった。屋上へと続く階段。
多分、アツシはそこでサボってるはずだ。
屋上へ続く鉄扉を開けると、冷たい風が吹き込んできた。
太陽に少しだけ近い所為かじりじりと半袖のシャツに熱さが反射して、痛い。
屋上には、悪魔の尻尾を取られてしょげてるみたいな小悪魔が一匹転がっていた。
「アーツーシ」
名前を呼んで近づくと、緩慢な動作でアツシは起き上がる。
「ゆうくん・・・それに、西君に今井サンまで・・・」
俺は今井の腕を離した。ニコニコ顔の西と、不貞腐れたままの今井。
散々考えた。自分の気持ち。アツシへの思い。名倉への嫉妬。そして、この邪魔な
ギャラリー。
途中から、話がややこしくなったのは、明らかにコイツ等の所為だ。それで、俺が行き
着いた答えは、とりあえず、無駄でややこしいものは排除する。
話はそれからだ。
何時までも沈黙してても仕方ない。俺は思い切って切り出した。
「・・・で、西。お前、ゲームに参戦して、そのゲーム、勝ったのか?」
ギロっと睨んでやると、西は視線を別方向にずらして、笑った。
「うん。多分ね。・・・・・・初めから勝算はあったから」
・・・っこの、変態野郎。
「分かった。・・・・・・とにかく、西。それから、今井も。お前等アツシに謝れ」
「え?何、ゆうくん、いきなり」
アツシが驚いて俺を見る。西の溜息。今井は口に手を当てて、目だけは俺を睨んでいた。
「・・・・・・俺、西が何で今頃出てきたのか、ずっと気になってた。それで、ちょっとだけ
探り入れたら、あることに気づいた。・・・・・・アツシとホテルから出てきたっていうあの噂
流したの、お前だろ、西!」
「ええ?!」
「?!」
アツシと今井が目をクリクリさせて西を見る。西は苦笑いで頷いた。
「ご名答」
「ったく。お前、頭おかしいんじゃないのか」
「なんでそんなこと。西君、僕の事絶対好きじゃないよね?」
「あはは、うん。やっぱりそういうところは分かっちゃうんだね」
「こいつはな、アツシ。お前や今井と同じことしてんだよ」
「同じこと?」
「・・・そう。多分一番初めにな。そろそろ吐けよ、西」
西は一つ、溜息を吐くと、漸く話し始めた。
「僕ね、人に踊らされるの嫌いなの。天野君や今井さんみたいにね。・・・・・・今井さんが僕
の事、狙ってるって噂で聞いて、ちょっと試してみたんだ。僕と天野君の噂が流れたら
今井さんがどんな風に出てくるかって」
今井の片腕は未だに西に取られていて、その腕は固くつかまれている。
アツシはぽっかり口を開いていた。
「そしたら、今井さんってば、あっさり僕の事諦めちゃうんだもんね。ひどいなあ」
「!?」
「・・・・・・だけど、ちがったんだろ、ホントは」
「うん。修学旅行でいきなり、名倉先生にアプローチなんて初めて、最初は天野君への
嫌がらせかと思ったけど・・・・・・あ、それもあったのかな」
「嫌がらせ?」
アツシが今井を見る。今井はバツの悪そうな顔でぼそぼそと答えた。
「アタシがあんなヤツにホンキで惚れるわけないでしょ」
その途端にアツシの顔の筋肉が緩む。
「マジでー、騙されたよー」
「俺も、最初は、今井サンがアツシにムカついて、それで復讐のために、そんなことしてる
んだと思ってた。ってか、今井サンがそう言ったから、信じてただけだけど。でも、そうじゃ
なかったんだよな。今井サン」
「・・・・・・」
「ゆうくん、どういうこと?」
俺は今井と西を交互に見て、2人が口を割らないことを悟ると、アツシに言ってやった。
「今井サンは、名倉と噂を流して、もう一度西に仕掛けたんだろ。早くしないと他の男と
くっついちゃうけど、いいのかって。だけど、その作戦は殆ど失敗だった。修学旅行から
帰ってきて、名倉を追いかけなくなったのは、名倉にホンキじゃないことが見破られた
からか?まあ、その辺はよくわかんないけど、少なくとも西には、効かなかった。それ
どころか、逆に、また西が動き出して、アツシと噂が流れた」
ぽかんと口を開けていたアツシも漸く、事の真相が理解できてきたらしい。
「言ったでしょ、僕も人に踊らされるの、嫌いだって。・・・・・・でも、今井サンが慌ててる
姿は、可愛くて仕方なかったよ」
「なんで・・・そんなこと・・・」
今井の泣きそうな顔に、西が覗き込んで
「昔から言うでしょ、男っていうのは、好きな子ほど苛めたくなるんだって」
そういうと、掴んでいた今井の腕を手繰り寄せる。頭に軽く唇を落とすと、今井が真っ赤に
なって、震えだした。
「ドS野郎」
「うわあ、僕、利用されてたの、思いっきり」
「あはは、ごめんね。天野君のことそういう風には好きじゃないけど、嫌いでもないよ。
ただ、僕は、女の子の方が好きだから。特に、こういう負けず嫌いな女の子は、大好物だよ」
西が俺にアツシには興味ないって言ってたとき、誰になら興味あるのかと思ってた。真逆、
俺じゃないだろうし、ましてや名倉でもない。そうなると、残るのは今井しかいないと思った。
だけど、西が今井に対してやってることは、落とすというのとは180度反対なことのようで、
嫌がらせにしか見えない。
そこで、ふと思考が止まる。今井が今でも自分の事を好きってことを西が知ってたとしたら。
こいつは、相当な悪趣味で、ドSな変態野郎だって。
「・・・・・・さ、最低!もう、離してよ、馬鹿!!」
西の腕の中で暴れる今井は、目なんかウルウルしちゃって、この時ばかりは俺も、ちょっと
可愛いなんて思ってしまった。
今井は、無理矢理西の腕を解いて、駆け出した。
「あーあ、行っちゃった」
「さっさと、追いかけて来い」
西は首をコキコキならす。
「ハイハイ。君達の邪魔も、いつまでもしてちゃ悪いしね。・・・天野君、ごめんね。今井ちゃん
の分も一緒に謝っておくよ」
「うん・・・・・・。ホント、西君にはやられた」
「あはは、悪い悪い。じゃあね」
西は全然悪びれた様子もなく、手を上げて、屋上を後にする。あいつ、ちゃんと今井のこと
追いかけるんだろうか。
今井と西が去っていくと、屋上はぐっと静かになる。グラウンドから響いてくる歓声と
軽快な音楽。涼しげな風。
俺はアツシと並んで手摺にもたれかかる。
「とんでもない奴等だったな」
「ゆうくん、よく気づいたね」
「まあ、アツシよりヒントが多かったからな」
「ありがと」
「別に、お前の為にやったわけじゃない」
俺の気持ちの清算の為だ。
「また、ただの三角関係に戻った?」
「・・・お前ねえ」
見下ろすと、アツシが悪戯な目をして笑っていた。小悪魔様復活かよ。
拳をぐっと握って、心を決める。見下ろして、アツシに向き合った。
「俺、お前の事好きだ」
「ゆうくん?」
「初めから、言っておけば、俺も変に悩まずに済んだのかな」
「ごめん・・・僕、名倉先生が好き・・・・・・」
胸がツンとする言葉。分かってたけど、アツシの口から言われればやっぱり切ない。
「ああ、知ってる。お前は名倉が一番で、それ以外は一番にはなれないんだろ。それでも
俺、お前の事好きだった。・・・・・・たんぽぽ保育園で、お前に泣かされてたときから、ずっと
お前の事追いかけてて、お前の隣にいたくてしかたなかった」
「僕も、ゆうくんと離れ離れになるって知ったとき、凄く寂しかったよ」
「・・・・・・そう。じゃあ、アツシの初恋は貰っておいていいんだな?」
「うん」
アツシが笑う。本の少しだけ済まなそうな顔をしてたけど、俺が背中を叩くと、弾けた。
「早く行けよ。名倉のヤツ、アツシに振られたと思って準備室でいじけてるぜ」
「そうかな」
「あいつが、お前にメロメロなんて、クラス中のヤツが知ってるだろ」
見下ろしたアツシは、照れたように頬を掻き、そして俺の手を握ると、そこに小さな音を
立てて、キスをした。
「アツシ?」
「ゆうくん、ありがと!大好き」
「さっさと、行け、馬鹿」
アツシは、天使の羽が生えたみたいに軽やかに扉の向こうに消えて行った。
あーあ、振られた。
手摺に腕を乗せて、撃沈してると、扉の奥から足音が聞こえた。
「ブロークンハートの有馬っち」
「デバガメすんな、笹部」
「何を。この劇的な清算の為にずっと追いかけてたんだ、俺は。あー、やっとすっきり
したな。これで、クラスの気持ち悪い空気も一掃されるぜ」
俺の肩をパンパン叩いて、笹部は笑う。
「そんなにデバガメしたけりゃ、準備室行けよ。いいもん見れるぞ」
「俺は、ホモなんて嫌いなの。アツシのカラミなんてごめんだっつーの」
「はいはい、そーですか」
アイツのことだから、どこでも盛ってるんだろうな。そう思ったら、また落ち込んだ。
結構、ホンキで好きだったんじゃねえか、俺。
笹部が俺の隣に並ぶ。
「まあまあ、今度、いい女紹介してやるから」
「マジで?」
「ああ。修学旅行のお前の写真見たら、えらく気に入ったらしくて、会わせろってうるさい
んだよ」
「誰?同じ学校じゃないんだよな?」
「俺の妹。ちょー可愛いぜ」
「妹か・・・。妹でもいいや。慰めてくれるのなら。・・・で、妹どこの学校?T高?S高?真逆
中学とか・・・まあ、中3くらいならありかなあ」
「いんや、H小だ」
「はあ!?」
「妹、小6」
「お前、最低!俺のこと犯罪者にでもするつもりか」
「アツシと名倉見てみろ、あいつらよりマシだろ。年だって6つも違うんだぜ?それに比べて
お前と妹なら、5つだ。しかも男と女。ハードルは低いぜ」
「どこがだよ!」
笹部が肩をぶつけておどけた。
暫くは、振り回されるのはゴメンだぜ。
高い空に、鳴り響くスタートの音。湧き上がる歓声。風がすり抜けていく。
アツシは、もう準備室にたどり着いただろうか。
俺は、もう一度、大きなため息を吐いた。
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【天野家国語便覧】
生徒失格(ゆうくん 画策)
ちょっとばかり、いい人になってしまった所為で、欲しいものが手に入れられなかったり
周りにいいように弄ばれたりとヒト科ヘタレ属性の彼だが、本人はそれで、納得している
部分もあるので、彼なりに幸せなのだろう。
結局、振り回されてるんだよな。最後に呟くその一言が彼の全てを語っている。
生徒失格(ゆうくん 画策)
ちょっとばかり、いい人になってしまった所為で、欲しいものが手に入れられなかったり
周りにいいように弄ばれたりとヒト科ヘタレ属性の彼だが、本人はそれで、納得している
部分もあるので、彼なりに幸せなのだろう。
結局、振り回されてるんだよな。最後に呟くその一言が彼の全てを語っている。
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