優斗の告白―開発―
例えば子どもの頃の写真を見ると「ああ、昔の面影、なんとなくあるかなあ」ってやっと
言えるのが、成長期の高校生の顔だと思う。
10年も会っていなければ、普通「あの子」だなんて認識できないと思ってた。
だけど、俺の目の前でニコニコ笑ってるあっくんは、なんていうか、まんまだったんだ。
昔の面影というか、そのまんまおっきくなった顔。
確かに、あの家系(兄ちゃんと父さんしか見たことないけど)は皆同じ顔だった。あっくん
の父さんは数えるくらいしか見たことないけど、兄ちゃんは毎日あっくんのこと迎えに来て
たし、時々一緒に遊んだりもしれくれた。あっくんよりもでかいのに、あっくんと同じ顔で
俺はちょっとびびってた。
そういえば、あっくんは兄ちゃんのことが大好きみたいで、遊んでるときでも、すぐ、
兄ちゃんのまねしてたんだよな。
そこで、懐かしさと嬉しさで、忘れ掛けてた思い出が一気に噴火した。
たんぽぽ保育園に通っていた時の思い出は、殆どがあっくんとの戦いの思い出だった。
あっくんは、小さかった。
小さくて、わがままで、甘ったれて、泣き虫で、可愛くて、そして、乱暴者だった。
早生まれだった俺は、さらに小さかったけど、あっくんとよく「サイバーレッド」の座
を争って喧嘩したもんだった。
「今日は、アツがレッドやる」
「おれもレッド!」
「ダメー!!ゆうくんは、ブルーやればいいじゃん」
あれは、確か当時流行ってた「サイバーマン」という戦隊モノだ。で、戦隊モノのヒーロー
は当然レッドだった。
ただ、俺もあっくんも、サイバーレッドが、赤だからって言うわけでも、リーダーだから
っていうわけでもなく、レッドだけ、他のヤツよりも剣がデカかったから、いつもレッド
の座を巡って争ってたように思う。
保育園にはサイバーソードは1本しかなかったんだ。
子どもの惹かれるところなんて、所詮そんなもんだろう。だけど、俺達はそりゃあもう、
サイバーソードを引っ張り合って大喧嘩だった。何年経ってもその強烈なシーンは忘れる
ことはできない。
それで、あまりに喧嘩ばかりする俺達に担任の先生が、レッドとブルーを毎日交代です
るようにって言って一応事態は収拾したんだけど、(そういえば、当番表みたいな表作って
俺とあっくんがどっちがレッドでどっちがブルーになるのか、毎日書き込んであった気が
する)そうして公平に決まると、今度はあっくん、俺がレッドになると本気で、レッドを
攻撃してきた。
味方同士で攻撃しあってどうすんだよ。いきなり仲間割れ、戦隊モノに必要不可欠な
チームワークという言葉は俺達の間には皆無だった。怪獣役は先生って決まってたから、
そこで戦いが始まると、怪獣が2人を宥めるっていう、なんともカオスな状態が出来上がって
いた。
あっくんとの戦いは、大抵俺が大泣きして終わった。あっくんは俺の中で最大の敵だった。
サイバーマンの敵のハッカーよりも遥かに強敵だった。
だけど、あっくんが病気で保育園を休んだ日とか、凄く寂しかったんだよな。そんな日
は先生に誘われても、絶対サイバーマンごっこしなかったし、1人でボール蹴ったり、砂場
で遊んでたような気がする。
あっくんとの最大の思い出は、保育園の卒園式の後のことだった。年長になった頃、親父
が転勤になって、親父は暫く単身赴任することになったんだけど、俺が小学校に上がるのを
きっかけに、家族で父親の元に行くことになったのだ。
それまで、あっくんには言ってなかったから、あっくんは俺も同じ小学校に行くもんだ
と思ってたらしい。
それで、保育園を卒園するとき、俺が引っ越すことを知ったあっくんは、泣きそうな顔で
俺に抱きついてきたんだ。
「ゆうくん、とおく行くってホント?」
「うん」
「アツと、はなれちゃうの?」
「・・・・・・うん」
「やだ!!」
「だって、もうきまったもん」
「ヤダ!ヤダ!そんなのやだー」
「あっくん」
「じゃあ、アツ、ゆうくんとけっこんする。けっこんしたらずっといっしょだよ」
「・・・・・・ホント?」
「うん!いっしょうのやくそく!」
あっくんは、満面の笑みでそう答えた。俺は「けっこん」がなんであるかなんて、さっぱり
分からなかったけど、あの時、あっくんが俺をぎゅって抱きしめてきたあの感覚がすごく
気持ちよくて、あっくんの後に続いて「けっこんする」って言ってしまったんだ。
勿論、その後で、俺とあっくんは結婚できないことを教えられて、あっくんは、やっぱり
号泣する羽目になった。
あっくんが、どうしてあんな発言をしたのかを知ったのは、それから10年も経って、この
奇跡の再会を果たしてからだ。
そして、その話を聞いて、俺は自分の気持ちが、そっちの方向に引き釣られて行くのを
止めることができなくなった。
再会の時、冗談交じりで言ったあの台詞が、冗談ですまなくなっている。感動の再会で
ちょっとばかり、ハメを外しただけだったはずなのに。
高校2年生の「あっくん」は、天真爛漫を履き違えて大きくなっていた。
転入して、早々に気が合うようになったのは、一番前の席で俺に話しかけてきた笹部
だった。笹部は中学からアツシと同じ学校で、アツシの素行についても詳しかった。
(ただし、アツシと仲がよかったとかそういうわけではなく、ただ、笹部が一方的に知って
いただけなんだそうだ)
その笹部の情報によると、アツシの家庭は複雑で、そのあたりは小中学校の同級生の間
では有名だったらしい。
「アイツの母親、小さい頃に亡くなったらしいんだけど、その後で親父が保育園の先生と
再婚したんだって。有馬っち、保育園、アツシと同じだったんだろ?知ってる?」
「ふーん、そう。でも、誰だろう・・・って言っても俺、保育園の頃の先生の記憶なんて、
殆どないからなあ・・・。担任って言えば、怪獣役やってくれた男の先生なら覚えてるけど」
そういうと、笹部はちょっと皮肉に笑った。
「・・・・・・多分、その先生だよ、相手」
「は?」
「『結婚』相手。アツシの保育園には男の先生1人しかいなかったって、言ってたから」
「な、何言ってんの、笹部。親父の再婚相手だろ?」
「そうだよ、だから、複雑だって言ったデショ」
俺はポカンと口を開けて、笹部を見下ろした。
男同士で結婚って・・・・・・いや、俺もアツシに冗談で言ったんだけど。
「だからなのかな・・・アツシの破天荒な性格が出来上がっちゃったのは」
笹部のその意味を知るのに、時間は掛からなかった。
アツシはとにかくよくモテる。モテるっていうのは、女の子にちやほやされるという意味
だけじゃない。
放課後の部室に2人きりで閉じこもっていたとか、休日にホテルから出てくるのを見た
とか言う噂は直ぐに俺の耳にも入ってきて、こともあろうに、その相手は全て男だったのだ。
いくら、家庭の事情がちょっとばかり複雑だからって、そんなのってアリかよ。
初恋のような思い出の相手が、男相手に好き放題やってるなんて、俺の心境の方が複雑
だっつーの。
だけど、自分の目で確かめなきゃ信じられなくて、俺はアツシの行動を観察することに
した。
転入して1ヶ月、アツシの行動パターンはある程度見えてきた。アツシは暇が出来ると
地歴準備室へと向かうのだ。
その中にいるのは、数学の教師。担任の名倉も数学の教師だから、最初は何か相談でも
しているのかと思った。
だけど、いくらなんでも2日に1回のペースで通うっていうのも、変だ。気になる。あの
中で、アツシは何してる?
デバガメ根性丸出しで中を覗きたいけど、毎回準備室のドアはびっちり閉じられている
し、ドアに耳くっつけるところを誰かに見られたら、それはそれで、弁解のしようもないし。
それで、俺は考えた。地歴準備室にはドアが二つある。一つは廊下から地歴準備室に繋がる
のと、もう一つは地歴室を繋ぐものだ。
こっちのドアは、ドアの半分がガラスになっている。上手くやれば、中の様子を見ることが
出来るかもしれない。
地歴室なんて普段誰も使ってないし、忍び込んでこっちの部屋からなら、アツシの行動を
覗うことができそうだ。
・・・・・・俺、なんでこんなに必死なんだろう。アツシのことが気になるのは確かだけど
俺、別にホモじゃないし、アツシの事好きっていうのも違うような、そんなような。
ああ、はっきりしないな、俺。
だけどさ、あの幼い思い出の中で、俺に抱き付いてきたアツシが、目の前にいて、しかも
あの頃と同じ様に笑って、だけど、身体はでかくなってて。
初恋(なのか、それもイマイチ怪しいけど)がこんな形で再会になるなんて、なんて
皮肉なんだ。
俺は、放課後アツシが地歴準備室に入っていったのを確認して、地歴室へと入った。
案の定、地歴室には誰もいなかった。それで、準備室へと繋がるドアの下まで這って行く
と、ドアに耳をくっつけてみる。
中にいるのはアツシと担任の名倉らしい。その2人の声が僅かに聞こえてくる。
俺は中の会話に集中するためにドアにびっちり耳をつけ、二人の会話を聞き取ろうと
頑張った。
「ねえ、名倉センセ」
「なんですか、天野君」
「んー、もう、先生、つれないなあ」
「・・・・・・天野君、何度も言うようだけど、ここは学校です。勉強しないなら早く帰りなさい」
「ほら、またすぐそういうこと言うんだもん」
「分からないことを教わりに来る生徒以外、地歴準備室は立ち入り禁止ですよ」
「僕、分からないこと教わりに来たんだよ?」
「・・・・・・なんですか」
「センセの気持ち」
「あ、天野君。大人をからかうのは、やめなさい」
「からかってないのに、僕、本気なのに」
「天野君!」
「もう、センセ逃げないでよ。たまには僕に教えて?」
「・・・・・・数学で分からないことがあるなら、幾らでも教えますが、天野君が教えて欲しい
ことは、先生の教えられそうもないことです」
「そんなことないよー、ほら、ここに手あてて考えれば分かるでしょ?」
「・・・・・・天野君、君はまだ子どもです。あんまり、大人をからかってはいけませんよ」
「センセーの意気地なし」
な・・・・・・。
なんだ、今の会話。
名倉のひっくり返った声がする。天野君、やめなさい、と高い声をだして、がたがたっと
大きな音が聞こえた。
中で何が起きてるんだ!
気になる。何?何なの!アツシと名倉ってそんな関係なの?アツシ、お前一体どこまで
手出せば気が済むんだよ。
なんか、ショックだなあ・・・。別にアツシが清楚で潔白で、純愛しかしないようなヤツで
あってほしいとか思ってたわけじゃないけど、それにしたって、担任だよ?
しかも、あの根暗オタクみたいな名倉だよ?なんで、そんなヤツに迫ってるんだよ!
俺の方が100倍くらいいい顔してると思うぜ?身体だって鍛えてるし、あいつに迫る
くらいなら、俺にしとけよ。
ああ、なんだ、この気分の悪さ。
悔しいっていうか、腹が立つっていうか、こうさ、身体の中からぐわーっと燃え上がる
ような気持ちってあるだろ?
ああ、分かりやすい言い方すれば、嫉妬だよ、嫉妬。
名倉に嫉妬してるよ、俺は!初恋(というのは、やっぱり微妙)のアツシが目の前で別
のヤツのモノになろうとしてるんだ。そりゃ嫉妬もするさ。
(でも、俺がアツシを好きかどうかっていうのは、また違う問題なんだけど・・・と思いたい)
くっそー!
耳を当てているドアに力が入る。声が小さくなって会話が聞き取りづらくなった。
聞こえねえ!そう思って、ドアにぐっと耳を押し当てたその途端だった。
ぎいっと、いう音を立てて、俺の身体がドアごと内側へ押し進んでしまったのだ。
バランスを崩して、俺は、地歴準備室にドカっと転がる。鈍い音と共に、俺は背中を
強打した。
や、やべえ!ばれた!
・・・・・・まずい。どうしよう。いくらなんでも、俺が入ってきたことくらい気づくよなあ。
恐る恐る見上げたら、アツシが名倉のデコに思いっきりチューをしているところだった。
「!?」
名倉が驚いて、アツシから離れる。名倉は顔を真っ赤にして壁際に後ずさる。俺は転が
ったままの体勢で、引きつった笑いを浮かべた。
「や、やあ・・・」
アツシも驚いて俺を見た。誰が入ってきたのかアツシは気づいてなかったらしいが、転が
っているのが俺だと分かると、口に手を当てて大きく溜息を吐いた。
「センセ、見つかっちゃった」
「・・・・・・」
「ゆうくんに付けられてるなんて、気づかなかったなあ・・・・・・絶対、ばれないって思って
たのに。どうしようかな」
アツシは、この状況でも冷静だった。そして、デバガメしていた俺に近づいてきて、転が
っている俺の隣にしゃがみ込むと、鼻をぎゅっと摘んできた。
「ゆうくん、秘密って好き?」
「は?」
「ここで見たこと秘密にしてくれたら、ゆうくんにも秘密、あげるけど?」
「!?」
そ、そ、それって、どういう意味なんですか。
にっこり笑うアツシの顔が悪魔に見えた瞬間だった。
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【天野家国語便覧】
優斗の告白(有馬優斗 作)
幼い頃の思い出を、引きずるのは、かっこ悪いことなのだろうか。だけど、やっぱり
初恋が忘れられないとは、誰にも言えなかった。そんな思いを心に秘めたまま、懐かしい
故郷に帰ってきた「俺」は初恋の君に再会して・・・・・・
今流行の、感動っぽいかんじの恋愛小説の決定版!(になったらいいのに)
優斗の告白(有馬優斗 作)
幼い頃の思い出を、引きずるのは、かっこ悪いことなのだろうか。だけど、やっぱり
初恋が忘れられないとは、誰にも言えなかった。そんな思いを心に秘めたまま、懐かしい
故郷に帰ってきた「俺」は初恋の君に再会して・・・・・・
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