なかったことにしてください

　俺のモットーは「短くてもいい、一発を大切に使ってあげたい」だ。
誰だ、今、某ハムのCMのパクリだって言ったのは。

「深海･･･馬鹿だろっ･･･」
そう言いながら妖しい顔で見上げているのも吉沢さんだ。
　ソファーで散々イチャイチャした後、小休憩のための風呂に入った。それでも足りない
俺たちはベッドに雪崩れ込んでさっきよりも濃厚な続き。
「吉沢さん、だって･･･」
俺に股間を弄られて、枕の隅を握り締めてる吉沢さんだって十分馬鹿に匹敵してる。嫌なら
拒むはずだから、吉沢さんだって俺並には、セックスが好きなんだと思う。
　言っても、俺絶倫なわけじゃないし、どっちかっていうと淡白な方だと思うし、それに
年には勝てないし･･･。（衰えるの早すぎる？）
　盛りを過ぎてるからやっぱり、何発もって言うわけには行かないんだよな。この前、無茶
して2ラウンドした事あったけど、イクと時に肝心の俺の息子様が吊るという、お間抜けで、
しかもむっちゃ痛い思いしたから、もう絶対無理はしない。
　一発を大切に大切に育て上げるんだって心に決めた。
そういう大切な俺達の貴重な愛の時間。吉沢さんが唯一俺に心も身体も開いてくれる時間。
　ホント、それ以外は優秀で完璧な俺の上司だからなあ･･････。

吉沢さんとの付き合いは長い。俺が入社してからずっと、駄目社員だった俺を叱咤激励
してくれてたから、もう6年にもなる。
　だたし、こんな関係になったのはここ2年くらいのことだけど。
俺にとって人生の分岐点。今世紀最大のサプライズ。地底人もびっくりヒストリー。
だって、まさかこの上司と自分が付き合うことになるとは、思いもよらないだろ、普通。
　おまけにその上司ときたら、俺が好きになる前から俺のことが好きだったと来るから、
本当に世の中って分らない。
　ぶっさいくな男連れてる美人の女とか時々見るけど、なんでアレがコレを選ぶんだ？って
疑問に思っちゃいけないってことだ。だって、俺だって十分そう思われてる範囲にいるわけ
だし。勿論この先誰にも言うつもりはないけど。
　俺がいくら馬鹿で駄目な男でも、吉沢さんに迷惑だけはかけられないのだ。（仕事では
今でも十分迷惑かけているが･･････）
　たとえ俺が会社で自分の立場を追われることになっても、吉沢さんだけは絶対上に進んで
もらわないとって、俺が一番気にしてるのはそれ。こんな事で足を引っ張りたくない。
「その割りに、お前は危ない橋ばかり渡りたがる」
まあそうやって呆れられてるのも事実。現に、斉藤さんにバレたのは外でイチャイチャした
所為だから。
　そりゃ男ですから。たまには（十分に歪みまくってる）自尊心ってものが働いたりしちゃう
わけですよ。「こんなすっごい人が俺の恋人なんです！」って、世界中に叫びたくなる瞬間
だってあるわけだ。
　そう言うと「お前、本当に馬鹿だろ」と言われるので吉沢さんには言えないけど。この
言いたくても人に言えないフラストレーション。行き場のない俺の欲望。吉沢さんが女で
仕事のしがらみがなかったら、毎日だって連れまわしてみんなに見せ付けてやるのになあ。
　って、吉沢さんは吉沢さんだから好きなんだけどさ。吉沢さんが女だったら、なんて
想像できない。考えただけで萎える･･････あれ、俺おかしい？
まあ、そんな気持ちが溜まってるから、だからこうやってベッドの中だけは俺の好き放題
させてもらってる。
　吉沢さんもベッドの中だけは気持ち切り替えてるのか、途中で諦めてるのか、自分が上司
ってこと忘れてるし。タガが外れた吉沢さんは気持ちいいほど可愛いんだ、これが。
　ほら今だって俺のこと深海って呼びながら、目なんてぎゅって閉じて、いやらしく乱れて。
こんな姿、絶対、ぜーったい誰にも見せたくない。あのアホの新井だって、こんな吉沢さん
みたら間違いなく惚れる。俺が惚れたんだから、あいつが惚れないわけがない。
　あんなガキんちょになんぞ、吉沢さんなんて100年早いわ。
そんな事を考えてたら、新井のアホ面が浮かんできた。黙って真剣に仕事してれば、
それなりの好青年に見えなくもないのに、あいつはしゃべれば口元はだらしないし、へら
へら笑ってるし、使えないし、アホだし、馬鹿だし、単細胞だし･･････
　うわあっ、アイツの顔なんて思い浮かべたら俺の股間、思いっきり萎えてたぁ～。
「深海･･････？」
頭の上で吉沢さんの怪訝な声がする。考え事してたら、口が止まってたらしい。どうも一つ
の事しか出来ない単細胞は俺も一緒なようだ。
「す、すんませっ･･････新井のアホがこんな時まで俺の邪魔をするんです･･･！」
「･･････」
瞬間吉沢さんの顔が上司の顔になって、俺のこと叱り飛ばそうとした。けれど、直ぐにここが
俺の独壇場なことを思い出して、苦笑いに変わる。
　俺は小言を言われる前に口を外して、吉沢さんの背中に沿うように一緒に寝転がった。
後ろから身体を抱きすくめて、うなじに唇を這わせる。吉沢さんの背中に密着すると、
体温が一気に上がった。3月と言ってもまだ寒い。こうやって裸でぴったりくっつくと気持ち
がいい。無意識のうちにわき腹あたりを撫で回していると吉沢さんがくすぐったそうに身体
を捩り始めた。
「ふ、かみっ･･･くすぐったいって」
「だって、吉沢さんの身体さわり心地よくて」
「･･････深海、何考えてた？」
「新井のバカをどう説得しようかって」
「こんなときに？」
批判めいた口調にも思わず口がにやける。
　拗ねてるんだ、自分とのセックスに集中しなかったから。勿論口に出そうもんなら、
ぶっとばされるか、今すぐこのベッドから追い出されるかさもなくば1週間くらい口利いて
くれなくなるかどれかだから、言わないけど。口は災いの元。俺がこの2年で学んだ数少ない
吉沢さん対処法。
「だって俺、絶対に吉沢さんをあんなバカに取られたくないっていうか、あんなヤツに
吉沢さんを好きになる権利すら与えたくないんです」
「なんだそれは」
「なんなら、あいつの視界から吉沢さんを消したいくらいです。･･･もう、見るなって
カンジ。俺、独占欲強いんです」
吉沢さんは首だけ捻ってこちらを見ると、困ったように笑った。
「そんなバカな事考えなくても、俺はお前しか好きじゃないから」

うわ～～～～。棚ボタってこういうの言うんだ！
　振り向いた吉沢さんの唇をガブリ。野獣みたいに貪って、俺の溢れんばかりの気持ちを
お返し。
　歯列をなぞって、舌を絡ませる。散々キスした唇は唾液で濡れてテラテラしていた。俺
の舌の動きに合わせて吉沢さんも応戦するように舌を出す。
　吉沢さんとのキスは気持ちいい。分厚くなった唇の感触も、ざらざらした舌も、脳天まで
駆け抜けるような気持ちよさがある。
「深海、当たってるって･･･」
その証拠に新井の顔で萎えていた俺のペニスも元通り元気なお姿になってる。
「すぐにでも、出来そうなくらい復活しました」
「･･････」
吉沢さんの手が俺の股間に伸びる。軽く扱かれて思わず溜息が漏れた。
「気持ちいい･･････」
「涎たらすなよ」
「吉沢さんのこんな姿、ヨダレもんですよ」
ニタニタ笑って、お返しに俺も吉沢さんの股間に手を伸ばす。30過ぎてもこの肉体。この
元気。最近フィットネスに通いだしてるのは
「メタボになりたくないから」
って言ってたけど、どっちかっていうと体中に筋肉を付けようとしてるように思う。無駄
に筋肉質な俺と鏡の前で並んだりすると、時々気にしてるようだし。
　俺なんて頭の中まで筋肉みたいな代表だから、ちょっとくらい痩せてても、その有能な
頭の方がずっとか魅力的だけど。
　それに、このすべすべ、もちもちのわき腹が筋肉になるのは勿体無い。せっかくの数
少ない吉沢さんの柔らかゾーンなんだから。

　吉沢さんのペニスに手をかけると、先が僅かにぬめった。そのぬめりを指で潰しながら
全体に塗りたくる。指だけで扱くとまた蜜が溢れた。
　ソファーでたっぷり遊んだから、もうお互い準備は出来上がっていて、早くも次の快感を
欲していた。
　吉沢さんの指にも力が入る。ピッチがあがって息が何度も漏れた。
「ふかみっ･･･はふっ」
「早く、中に入れたい」
「ああっ･･･ん･･･」
ベッドサイドを手探りで探って、ローションのビンを取り出す。スタンドの明かりだけを
頼りにそれを確かめた。
　吉沢さんの過去の遍歴は実のところ俺はよく知らない。元々ゲイだったのか、俺が初めて
なのかも、詳しく聞いたことがない。
　正直、怖くて聞けない。どうせ聞いても聞かなくても吉沢さんの過去が変わるわけでもないし
面白くない思いをするだけなんだから（過去の相手にだって嫉妬する了見の狭い俺）聞かない
方がマシだと思って、なるべくその話題は避けてるんだけど、例えばこんな風に、部屋に
ローションが置いてあったりとか、やけに受け入れる事に抵抗がなかったりすると「そう
だったのかも」とか思ってしまうわけだ。
　別に吉沢さんが元々ゲイでも構わないし、逆に、女相手でも、この年まで貞操守って
ましたって言う方が引く。
　だから吉沢さんがバックバージンでも、経験者でもいいんだけど･･････

「もう、俺だけにしてくださいよ、こんな顔見せるのは」

仰向けにして、ペニスの先からローションを垂らす。ジェル状の液体は重力に従ってゆっくりと
吉沢さんのペニスを伝っていった。
　それを指で絡めて、一本一本濡らしていく。吉沢さんはぎゅっと目を閉じたまま枕で顔を
隠していた。どこの乙女かと思うけど、可愛いなあこういう姿。
　俺は吉沢さんがこっちを見てないことをいいことに、吉沢さんの表情を観察しながら、
ジェルでぬめった指で秘部を探した。
　スタンドの明かりに顔が照らされて、やたらと艶かしい。一本埋める度に、身体がびくり
びくりと反応して、口からは小さく声が漏れた。
「ああっ･･･」
「ここ、気持ちいい？」
「うん･･･」
指で内部を押し上げるようにぐるりとかき混ぜて、吉沢さんの反応を楽しむ。いつもは引き
締まった唇がだらしなく開いて、赤い舌がちろちろ覗く。
「いいなあ、それ･･･」
指は中に残したまま、その唇を塞いだ。
「んんっ･･･はっ･･････ふか、み･･･」
「っもう、ダメ？」
「じらすな、バカ」

　馬鹿、バカ、ばか。
吉沢さんの口癖。二言目には深海のバカ、アホ。散々なじられて、ベッドの中でも言わ
れて、だけどこの姿みてたら自分がなんて罵られようが全く気にならなくなっちゃうんだ
から、俺の脳みそって単純だよなあ。
「ああっ」
「･･････ふぃーっ」
手に残ったローションを自分のペニスに塗りたくって、一気に貫く。毛穴が総立ちしそうな
くらいザワザワと神経が疼いた。
　完全に枕に顔を押し付けて、吉沢さんの顔は見えない。後ろ向きにして密着度を上げると
調子に乗って、早いストロークで突いた。
「あっ、あっ･･･」
奥に到達する度、吉沢さんの悲鳴にも似た声がする。その声で余計に入り口がぎゅっと締まる
んだけど、これがまた気持ちがいい。
　マニアックな俺の楽しみ方。
「そんなに、奥まで、突くな･･･あっ･･･苦しいって･･･」
「でも、全然吉沢さんの･･･ここ、萎えて･･･ないっすよ･･････ぐふっ」
枕の隅から顔を覗かせて、涙目になりながら吉沢さんが何かを訴える。
「あっ･･･だ、め･･･だって･･･もっ･･･あっ･･･」
だけど、俺のピッチに合わせて息が上がり、全く言葉にならない。
　吉沢さんのペニスから手を外して、両手で吉沢さんを抱きしめた。背中に密着して、お互い
の肌が吸い付いた。
　気持ちがよくて、その体勢のまま腰を進めると、あっという間に先が見える。
（うわ～～～、やべえ、もうイク）
あまりにも調子に乗りすぎた所為か、いつもより全然持たない。いくら俺のモットーが
「短くてもいい、一発を大切に使ってあげたい」だといっても、吉沢さんを満足させられる
くらいは持ってくれなきゃ。

　そうだ、イキそうなのを我慢するには、萎える映像を！
萎えるもの･･････
えっと･･････

「あら、い！！」

　そうやって真っ先に出てきた映像が、新井のふざけた笑い顔だった。
「んんんっ･･････うがっ」
「ふか、み･･･？」
身体が硬直した。萎えるどころの騒ぎじゃない。
（最悪じゃ～～～～）
こんにゃろう、新井め。こんな時まで俺と吉沢さんの邪魔しやがって。
お前には絶対、吉沢さんは渡さん！！（全くの濡れ衣だと言う事はこの際、関係なしだ）
腹が立って、余計に我慢できなくなる。
「もう、イキます！俺!」
「ふ、ふかみ？！」
結局、俺は吉沢さんの腰を掴んでガツガツと貪っていた。

「はあっ･･･はあっ･･･」
でも、それが返って吉沢さんのイイトコロを突いたみたいで、俺が昇りつめてくのと同時に
吉沢さんもその気になったようだった。
「あっ･･･出る」
「俺も、いきそう･･･うっ」
「ふかみ、ううっ･･･」
「ああっ」
「いくっ」

すっきり！

　お互い気持ちよく果てて、後始末も適当にベッドに埋もれた。2人だらりとベッドに仰向け
になって、息を整える。
　これ以上動きたくない。目を閉じればそのまま眠れそうだった。
吉沢さんが首だけをこちらに向けて言う。
「･･････今日の深海、なんかちょっと変」
「ええ？！そうっすか？･･･どこが変っすかね？」
「まあ、いつも全部変だけど」
「ひどい言われようなんですけど、それ」
「まあいいよ。眠いし。おやすみ」
吉沢さんは自分で振っておいたくせに、さっさと自己解決して顔を背けてしまった。
　俺もその隣で目を閉じる。
明日も、あの新井のバカの相手をしなきゃいけないんだと思ったら、余計に疲れが溜まって
俺は直ぐに眠りに落ちた。

　この新井の所為で、俺達が引っ掻き回されるまであと数日の初春の夜のことだった。

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