ぴょぉぉお〜っ!(俺的笛の音)ポンポンポンポン・・・っ(俺的太鼓の音)
大坂冬の陣。
天守閣は一向に陥落する兆しもなく、ただ虚しく冬がやって来た。
ポンポンっ(俺的・・・以下略)
入社半年で大阪に飛ばされて、それから早3ヶ月。2008年の幕開けは、劇的なことも
感動する出会いもなく、ただ普通にやってきた。
久しぶりに帰る田舎に、やっぱり地元はいいよな、なんて中学時代のツレと話ながら
仕事始めに間に合うように、また大阪に戻ってくる。
大阪の冬は、地元よりも寒く感じた。実際気温はさして変わらないはずなのに、ビルの
隙間から吹き降ろす風は頬を切るような痛みを伴っている。
からっ風なら地元の方が酷いのにな。
都会暮らしへの無意識の嫌悪がそう感じさせてるのかもしれない。
JRを乗り継いで、桜ノ宮で降りると早くも街は仕事始めのサラリーマンで埋まっていた。
「おはよおさん」
「あ、おはようございます。明けましておめでとうございます」
コートの裾が捲れ上がって、身体を震わせながら通り過ぎていく上司に挨拶をする。
「日下は、今年もアレのケツ追いかけるんか」
「あ、はあ、まあ・・・。連敗中ですけど」
「まあ、がんばり」
「ありがとうございます」
この場合、この言葉が適切なのかどうか、自分でも悩む。
大阪に来て3ヶ月。分かったことがある。この馴れ馴れしいというか、何でもネタにして
笑いに変えようとする気質は、大阪の人のモノというより、この会社の体質だってことだ。
大阪支社は勿論地元出身者がダントツで多い訳だが、全国からも集まってきている。その
非大阪人(?)ですら、同じようなノリで俺の恋の行方を探ってくるのだから、もうコレは
ウチの会社の体質としか言いようがない。
まあ、それならそうで、ギャラリー味方に付けて外堀から埋めるまでだ。なんてったって
大阪のマリア様は、信じられないほど頑丈で、まるで難攻不落の大坂城みたいなのだから。
ぴょうっと吹く風に身体を震わせながら、俺は雑兵のように敵地本陣に乗り込んでいった。
「毬谷さん、おはようございます!」
「おはようさ・・・っ!出よったな、日下」
新年一発目のマリア様は、俺の顔を見るなり、眉間に皺を寄せた。でも、そんなのは気に
しない。ありがたいお告げを実らせるためには、多少の困難はつき物だ。
毬谷さんの両手を取って、少しだけ見下げる視線を送る。
「明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。そして、早く
俺の恋人になる日が来る事を誰よりも願ってます」
「・・・・・・アホか!そんなモン願うとるな」
「願いますよ〜。てか、実家帰ったときもご先祖様にお願いしておきました。あと初詣で、
天照大神様にもお願いしておきましたから。毬谷さんが、早く俺に落ちてくれますように
って。神様、仏様、マリア様。とりあえず、お願いできるものには全部お願いしときました。
あ、毬谷さんはどれが一番効力あると思います?」
「・・・・・・日下ぁ!お前は、俺の事、どんだけ怒らせたいんや!」
「ぎゃぅ、痛い痛い、毬谷さん、痛いです!」
毬谷さんは口も早いが手も早い。大量の唾を飛ばしながら足蹴り一発。みぞおちは何とか
回避したけど、避けた拍子に毬谷さんの足が背中を直撃した。
「・・・・・・毬谷さん、酷い」
「酷いんは、お前の頭ン中や!」
「ぎゃん」
蹲っていると、上から上司の声が降って来た。
「なんや、日下のあほぅは今年も健在か」
「・・・ぶ、部長、おはようございます」
「毬谷、日下、新しい仕事や。何時までも遊んどらんとこっち来い。社運掛かっとる大事
な仕事や!」
見上げた部長の顔もどこか笑っていた。
「部長、新しい仕事ってなんですの」
「せっかちなやっちゃな」
「せやけど気になりますやん、あんな言い方」
新年一発目の朝礼の後で営業部長に呼ばれた俺と毬谷さんは、会議室でのん気にお茶を
飲んでる部長の前でポカンと口を開ける事となった。
「プロモーションDVD?!」
「なんですの、それ」
「なんや、まあ、取引先への販促物にな、今までのメモ帳と一緒に配ろうと思うとる」
部長はアイディアに満足したようにニコニコしていた。
「ウチが作るんです?」
「そや」
「本社やなく?」
「大阪支社の販促品や。IT流通のイメージアップがメインで作ろう思うとる」
「で?」
隣を見下ろすと、毬谷さんが固い顔をしている。
「せやから、お前等企画せえ」
「ぶちょー、そんなメンドイもん、やめましょや」
途端、毬谷さんの顔が曇った。営業の癖に面倒くさいことは人一倍嫌いらしい。
「アホか」
「あの、それ俺達が作るわけじゃないんですよね?」
「あたりまえや。お前等にそんな技術あるなら、こないな所で営業なんてしてへんやろ。
打ち合わせをお前達でしろ言うてんねん」
「はあ」
初めて貰った仕事は、やっぱり押し付けられた厄介な仕事だった。大体プロモって何だ。
プロモーションって、あのよく歌手が歌、歌いながら踊ったりドラマみたいなのを演じ
たりするやつ?PVって呼ばれてるアレ?
プロモってそのプロモ?
え?真逆そんなもんやるやけじゃないんだよな?
一瞬俺と毬谷さんが2人で腰くねらせて踊ってる姿なんて思い浮かべちゃって、自分の
想像の大間違いに、後で凄い恥ずかしい思いをすることになる。(口に出さなくてよかった)
「馴染みの広告代理店に話通してある。あとはお前等でやれや」
「はい」
思わず頷いたら、毬谷さんが俺の肩をぽんと叩いてきた。
「・・・・・・ほな、日下がんばりや」
「毬谷さん!?」
俺の肩から手を離して、毬谷さんはその場を立ち去ろうとする。
ええっ?ちょっと、あんた、何言ってんの。
俺は慌ててその腕を取って引き止めた。
「ちょっと、待ってくださいよ。俺1人じゃ訳わかんないっす」
「俺かて、そんなもん、ようわからん。・・・・・・代理店のヤツにまかしとき、なんとかして
くれるやろ」
振りほどこうとする手を、更に引き止める。毬谷さんが「面倒なのはいやや」とブツブツ
言いながら、俺の手を叩いた。
「でも・・・俺1人って・・・!」
「大丈夫やて、日下なら出来る」
「出来るとか出来ないとか、そういう問題じゃないんじゃ・・・」
何でこの人は、部長の前で部長直々の仕事を簡単に断れたりするんだ。
揉み合いになっていたところに、バンと机が鳴った。びくっと身体を飛び跳ねさせて、
俺と毬谷さんの動きが止まる。
振り返ると部長の顔がぷるぷると震えていた。
「部長、そないな顔してるとハゲまっせ」
「ちょ、毬谷さん・・・」
幾らなんでも、そのギャグは部長相手に言うもんじゃないと思いますよ・・・。しかもこんな
時に。
「毬谷ぁ!お前が責任者や!お前がせえ!」
部長の罵声は会議室に響き渡っていた。
「・・・ったく、部長も勘弁やわ。こない面倒な事押し付けよって」
「そんなこと言いながら、資料揃えたりしたのは全部俺ですよ。毬谷さんは、俺に指示
出してただけじゃないですか」
「うっさい」
「痛って」
毬谷さんの足が俺のケツに直撃する。毬谷さんは本当に口数も多いけど手数も多い。こんな
凶暴なマリア様見たことない。まあ清純なマリア様も見たことないわけだけど。(俺無宗教
な上に、無学だし)
結局部長に言われた販促用のプロモDVDは毬谷さんを責任者として俺と2人で担当していく
こととなった。
社内で方向性が決まってくると、今度は実際に広告代理店との打ち合わせとなる。この
広告代理店も部長の知り合いらしくて、「ちょっと頼むよ」みたいなノリで頼まれてしまった
らしいのだから溜まったもんじゃない。
担当の(多分押し付けられたんだろう)営業と何度か電話でやり取りをしたが、柔らかい
物腰の割りに、「なんで俺がこんなことを」という棘が見え隠れして、俺としても申し訳
ない気がしてしまう。
「こっちかて、被害者や」
そう思って、下手に出ていたら、電話の後ろで毬谷さんにどつかれてしまった。
オフィスビルの廊下を毬谷さんと歩いていると、通り過ぎる他の会社の社員が、俺達を
見てクスクスと笑っていた。(この階には、ウチの会社の他に3社ほどオフィスを借りている
会社がある)
通り過ぎる他会社の社員に気まずそうに頭を下げて、突き当たりの喫煙ルームに入る。
ヘビースモーカーな毬谷さんはここの常連だ。給湯室で淹れてきたコーヒーを片手に
マルボロメンソールを旨そうに吸った。
「日下、打ち合わせ何時からや?」
「1時半ですよ。1本吸ったら行かないと間に合いません」
「15分もあるやん。せかすな」
「こっちは、わざわざ打ち合わせ来てもらってるんですよ。担当さん、もう来てるかも
しれないじゃないですか」
「あーはいはい。ほな、これ吸ったら行きますか。なんて前途多難な仕事押し付けられて
しもたんやろ」
毬谷さんの口からマルボロの煙が噴出している。メンソールなんてよく吸うな。あんな喉
のスースーするタバコすった気にならないけど。
俺も隣でフィリップモリスをふかす。
「俺なんて、恋も仕事も前途多難ですよ」
「恋て・・・・・・」
「そりゃ勿論、毬谷さんとの恋の成就ですよ。お告げによると、毬谷さんを恋人にしな
ければ、俺の大阪ライフは暗闇らしいですから。毬谷さんは俺の幸運の女神様です」
煙で毬谷さんがゴホっと咽こむ。それから灰皿にマルボロをねじ込むと俺を睨み上げた。
「お前、男好きなん?」
「へ?」
「・・・・・・俺、男やで?お前そういう趣味なんか?」
「いえ、全然。女の子大好きってわけでもないですけど、でも男は好きになったことない
ですから・・・・・・。あ、でも毬谷さんなら大丈夫だと思います」
「大丈夫って、どういう意味やん!」
どういう意味と言われてもなあ・・・。
「えーっと、詰まり、恋人に出来ると思うという意味です」
「アホか!お告げか何かよう知らんけど、俺は男や。そんなんで恋人選ぶて、自分、頭おか
しいちゃうん?」
「おかしくなんてないですよ。俺あの占いで感じたんです。このおばちゃん信じたほうが
いいって。実際、毬谷さんに出会えたわけですし」
「・・・っだー!もー!うっさい、うっさい」
毬谷さんはやっぱり俺のケツを蹴り上げると、さっさと喫煙ルームから出て行ってしまった。
「待ってくださいよー、毬谷さーん!資料忘れてますって」
「・・・・・・お前がもってこいや!」
毬谷さんのデカイ声が廊下中に響いた。
会議室のドアが開いて、入ってきたのは長身の恐ろしく顔の整った男だった。どこかで
見たことあるような気がしてるのは、芸能人にこんな顔があったからかもしれない。最近
よくCMで見るセクシーそうな男だけど、あの芸能人、何て名前だっけ。
「お世話になります、K社の上嶋と申します」
「あ、お世話になります。日下です。色々ご無理言って申し訳ありません。よろしくお願い
致します」
頭を下げると、上嶋は営業マンの鑑のような笑顔を見せた。俺から見てもいい男だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・?毬谷さん?」
ふと見ると、毬谷さんはその顔を見てぼけっと突っ立っていた。挨拶もしないで、どうした
んだろう。
え?まさか、見惚れてるわけじゃないですよね?
「毬谷さん?」
覗き込むと弾けたように顔をくしゃっと曲げて笑った。
「なんや、どっかで見たことあると思うたら、パチンコ屋で会うた兄ちゃんやん!」
「・・・・・・どこかでお会いしましたか?」
「覚えてへんの。・・・高槻駅のパチンコ屋でようさん出しとったやろ?」
「高槻駅・・・・・・ああ、3ヶ月程前出張で行きましたね。そういえば、隣で大負けしてる方が
いらっしゃいましたね」
上嶋はクスっと笑って、毬谷さんの正面に立った。
「なんや、覚えてるやん」
「そういえば、こんな顔されてる方でした」
「こんな顔や」
俺や毬谷さんを軽く超える身長。芸能人のような綺麗な笑顔。男の色気、働く男のかっこ
よさ。そういう趣味じゃなくても、一瞬おっと振り返りたくなる佇まい。
出来すぎじゃん。
俺が(多分毬谷さんも)上嶋に見惚れていると、この男は柔らかい物腰で、さらっと
恐ろしいことを言った。
「なんだか、運命みたいですね」
俺の脳裏には、大坂城本丸の前に立ちはだかる真田幸村の姿が浮かび上がっていた。
ポンポンポン・・・(以下略)
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