「運命?」
「冗談ですよ。こういうの言ってみたかっただけです」
上嶋はしれっと言いながらも、色気立つ顔で毬谷さんを見ていた。この人、大丈夫かな。
俺のライバルとかになったりしないよな?
この人と戦って勝てる気全くしないけど。
いやいや、普通男を巡って男と取り合うことなんてない。彼はただからかっただけだ。
幾ら毬谷さんが魅力的な人だからって、ドイツもコイツも毬谷さんを狙ってるなんて
そんなアホなことあってたまるか。
上嶋をホモ扱いするなんて失礼だもんな。ごめんなさいと心の中で謝っていると、毬谷
さんも拍子抜けした顔をやっと戻した。
「おもろい人やな、上嶋さんて」
「それはどうも。関西出身としては、ありがたい褒め言葉として受け取っておきますよ」
「上嶋さん、出身こちらなんですか?」
「ええ、実家は神戸です。長いこと東京に住んでますから、こっちの事情にはあまり詳しく
ありませんが。1月に転勤で大阪来たばかりですし」
言われれば、僅かに関西のイントネーションが残っている気もするけど、流暢な標準語を
しゃべっている。
この人にコテコテの関西弁って似合わないなあ。いや、でも小さい頃は喋ってたんだよな?
不思議だ。こういうオシャレ臭い人は東京とかの方が似合いそうなのに。
東京の自由ヶ丘とか(あくまで俺のイメージ)代官山とか(行ったことないからイメージ
の世界で!)そういうオシャでハイセンスな人が暮らしていそうな街にいそうなのに。ああ
でも神戸は似合いそう。(神戸も行ったことないから、そこはやっぱりイメージで)
「じゃあ、神戸から通ってらっしゃるんですか?」
「いえ、天王寺の辺りに部屋借りてます」
コテコテ大阪ど真ん中。思わずふっと笑いそうになったら、「会社が近くなので」と軽く
睨まれた気がした。
上嶋の噂はあっという間に広がった。
主に女子の間で。そりゃああの容姿なんだから、騒がない方がおかしいとは思うのだけど、
だからって「親睦会」という名の飲み会が開かれるのも、それに出席する人間の殆どが女
の人っていうのもどうなの?
親睦なら俺と毬谷さんだけで十分じゃないか。そもそも親睦を深めなければならないよう
な仕事関係じゃない。
俺と毬谷さんは女の人達にいいように踏み台にされたってことだ。
「毬谷さんは今日飲み会参加します?」
「俺らが行かんと、困るやろ」
「そうですかね」
「あの兄ちゃんと女の子で何せえ言うねん」
「うーん、ハーレムとか」
「きしょいわ」
「じゃあお一人様争奪合コン」
モテる男はいいよな。別にひがんでる訳じゃないけど、そのモテフェロモンの1%でもいい
から俺にもあればいいのに。
そしたら、毬谷さんも俺の男らしさに惹かれて思わず恋人になっちゃったりするかもしれ
ないじゃないか。「上嶋汀フェロモン」どっかに売ってないかなあ。
隣を見ればイライラした表情で毬谷さんがハンドルをトントン弾いていた。
「あー、渋滞し始めた。・・・・・・抜けるで」
「あ、はい」
俺と毬谷さんはお得意様に営業周りをして帰社する途中だ。大阪の街を運転するのは決まって
毬谷さん。
一度俺が運転したら、
「このド下手くそ」
と詰られて以来運転させてもらえない。・・・・・・言われるほど下手だとは思わないんだけど、
毬谷さんの運転を見ていたら皆下手くそになってしまうのだ。
「・・・っだ、そこのぶっ細工な女邪魔やどけ!」
今だって割り込もうとしてくる軽自動車相手に罵声浴びさせてる。
毬谷さんはありがちな「ハンドル握らせると性格が変わる」人だった。
「あかん、抜け道まで渋滞や・・・」
交差点の先で詰まっていると、毬谷さんは交差点向こうの車の左隣に頭を突っ込む形で、
ムリムリ交差点を突っ切った。
大阪に来て初めて見た時はこの光景に度肝を抜かれた。普通交差点で先が詰まってたら、
信号の手前で待つだろう。先が詰まってるんなら待てばいいのに。
毬谷さんも例外なく「待てない人」なのだ。
「毬谷さん、危ないっすよ」
「うっさいボケ」
「毬谷さん・・・」
「このド下手くそ共、はよう行けや」
なんて最悪なドライバー。こんなんでよく事故らないよな。毬谷さんは正真正銘のゴールド
免許なんだけど、これはただ運がいいだけだと思う。
隣に乗ってる俺の方が心臓に悪い走り方ばかりする。ハンドル握ったら助手席は自分と
一心同体だとでも思ってるのか助手席を顧みないし、勿論助手席の言うことなんて聞か
ないし。
「聖母」の面影など微塵も感じさせない大阪のマリア様は今日も絶好調に罵声を飛ばす。
交差点で詰まった車は一向に動く気配はない。毬谷さんはそのうち罵声では我慢できなく
なったのかクラクションを鳴らし始めた。
それに呼応するように他の車からもクラクションが鳴り、辺り一帯はクラクションの
合唱団のようになる。
「鳴らしてもどうにもならないですよー」
「どうにもならんから鳴らしとんじゃ」
「それじゃ八つ当たりじゃないですか」
「うっさい。日下、お前ちいと降りて渋滞作っとるヤツ、シバいて来い」
「はあ?」
「冗談や」
「はあ・・・」
毬谷さんの毒舌に中てられながら窓の外を見ると、また一台隣に黒のセダンが突っ込んで
来た。横断歩道というモノの意味を理解してないんだろうか・・・・・・。
見れば車の正面には駐禁の黄色いワッペンが1つ、2つ・・・いや3つも付いている。
「すげえあの車、駐禁踏み倒ししてる」
ぼそっと呟くと、毬谷さんも隣の車の駐禁ワッペンを見て鼻で笑った。
「ケーサツの飲み代なん、払ろうてたまるか」
「だからって、アレはないですよね・・・・・・」
まるで何かの勲章のように3つも付けて、誇らしげに走っている光景もココに来て初めて
見た。ココは自分の思っている常識とはちょっと違うらしい。
制度が変わる前のヤツだろうから、隣の車は一体何年アレを付けて走ってるんだろう。
「ココには交通ルールって言うのはないんですかね」
「あほう、国のルールなんてどうでもええねん。合理的に走れる、それがルールや」
毬谷さんは自信満々で答えていた。
案の定、渋滞のおかげで「親睦会」には30分程遅れた。
梅田お初天神と言えば曽根崎心中が有名らしいが俺を含めそれがどんなものであるのか
知る人は少ないんじゃないんだろうか。
少なくとも毬谷さんは知らなかったし、お初天神と言えば「飲み屋街に決まっとる」
というのが毬谷さんの口癖だ。
実際、天神通りには沢山の飲み屋や有名らしいお好み焼き屋がひしめいていて、夕方に
なるとサラリーマンやカップルでごった返している。
「うっし、今日は呑むで」
「ほどほどにしてくださいよー」
「女の子、飲み放題にした言うてたやろ、元取らな損や」
そう言えばこの人運転も荒いけど酒癖もかなり悪い。強くないくせに呑む。そして気が付く
と暴れだすと言う尤もたちの悪い人種で、俺の新歓の時ですら、酔った毬谷さんを介抱
したのは俺だった。(まあそれはそれで美味役だったわけだけど)
通りから僅かに外れた居酒屋に入ると、店員が部屋に通してくれた。俺と毬谷さん以外
は既にメンバーは揃っているようで、俺達の顔を見るなり女の子達(正確には俺よりも年上
のお姉さま方達を含む)が手招きして急かした。
「もう、毬谷さん達遅いわ」
「待ちくたびれて、上嶋さん帰っちゃうトコやったで」
「すんません、渋滞に巻き込まれて、帰社が遅くなってしまって」
「いえいえ、お仕事ですから構いませんよ。お疲れ様です」
ああ、この人ってなんでこんなに男前なんだろう。仕事終わりのこんな安居酒屋で、ネクタイ
緩めてる姿ですらサマになってるんだから参るよな。
上嶋の両脇を固めてる女の子なんて目がハートマークになってとろんとしてる。
俺達は彼女達に勧められるまま上嶋の正面に二人並んで座った。俺達の両サイドにも上嶋
に熱い視線を送る女の子が3人。正面には上嶋を中心に女の子が4人。7対3というなんとも
バランスの悪い(しかも俺と毬谷さんなんて絶対邪魔モノに決まってる)飲み会はこうして
始まった。
「上嶋さんは神戸出身なんですか〜」
「ええ、高校卒業以来東京にいましたので、こちらの事情にはあまり詳しくありませんが」
「そうなんですか〜」
女の子達は上嶋にビールを注ぎながら上嶋のパーソナルデータを聞き出している。上嶋は
それを手馴れた様にあしらって、毬谷さんにビールを勧めてた。
「あ、あの・・・上嶋さん、あまり毬谷さんに酒勧めないで下さい」
「どうかしたんですか?」
「いえ、その」
「なんやとー、くさかぁー、せんぱいに、さしず、すんなやー」
最初の3杯あたりで毬谷さんの呂律は怪しくなっている。毬谷さんは俺の肩に手を回して
絡んできた。ああ、今日も暴れん坊毬谷コースか・・・。
参ったな、そう思って毬谷さんを振り返ると、毬谷さんのとろんとした瞳が飛び込んで
きた。
毬谷さんの酒臭い息が耳やうなじに掛かって身体がぽんと熱くなる。
毬谷さん顔近いっす。
近くで見ると毬谷さんって結構綺麗な顔してるよな。肌だって・・・・・・まあ酒でテカテカに
てかってるけど、にきび一つないし、腰だって俺より細くて思わずこう、手を回してみたく
なったりするし・・・。
途端想像した毬谷さんの身体に脳天抜けるような痺れを感じた。
「ま、毬谷さんっ・・・」
身体をよじって毬谷さんから逃げようとすると、毬谷さんは身体の力を全部俺に任せて
一緒に雪崩れ込んでくる。
毬谷さんの体重のせいで、後ろにひっくり返った。
「うげっ」
俺に覆いかぶさるように毬谷さんのボディーアタック。ちょっと、これヤバイって。いくら
毬谷さん酔ってるからって、こんなに密着したら・・・き、緊張するっ。
いきなりな展開に心臓がドドドと怒涛の速さで高鳴っている。毬谷さんは暫く無言で固
まっていたけど、ゆっくりと身体をくねらせて、俺の方を覗いてきた。
「このぉー、なんじゃくものぉー」
「毬谷さーん、重いですって」
俺の心臓に耳を当てた毬谷さんがクスリと笑う。
「くさかぁ、しんぞう、はようなっとるー」
や、や、や、や、やめてーーーーー。
毬谷さんは、どこぞの恋人がするように俺の心臓に耳を当てながら、俺の胸の辺りを指で
くるくるとなぞる。
「ちょ、ちょっと、毬谷さんっ・・・!」
「なんやー、くさかぁ、ちくび、たっとんでー」
いやーーーーーーっ
「緊張すると、乳首が立つんです!」
「ビーチクパラダイスやん」
毬谷さんはシャツの上で俺の突起物を探して喜んだ。
お、お、俺の乳首を、はじかないでぇぇぇぇっーーー。
耐えられなくなって、酔っ払いの毬谷さんを無理矢理起こすと、周りから失笑が漏れて
いた。彼女達は勿論俺と毬谷さんの関係(俺が毬谷さんを一方的に狙ってるというアレ)
を知っていて、面白がっているのだ。
目の前の上嶋も酒を飲む手が止まっていた。
「いや、あの・・・お見苦しいところを・・・」
「・・・・・・」
「いややわ、上嶋さん驚いてはるやないの」
女の子の1人が溜息を吐いた。
「カオルちゃーん、そーゆうんのは、2人きりの時にして」
「ええっ!?」
俺の所為?ねえ、これって俺の所為なの?
周りをぐるりと見渡すとこの変な空気を作った俺をからかっている。
「・・・・・・お2人は、そのようなご関係なんですか?」
上嶋まで面白がって苦笑いの質問。
「そのようなも、どのようなも、ご関係あらへーん」
毬谷さんは相変わらず呂律の回らない真っ赤な顔で答える。関係ないといいながら、酔い
の回っている毬谷さんはまた俺の肩に手を回してきた。すると、すぐ隣の女の子が俺達を
見て補足するように上嶋に言った。
「まだ、なだけですよ」
「まだ?」
「うふふ、ね?カオルちゃん」
「え、あの、その・・・」
みんなの前でいきなり公開告白した身分としては今更隠す必要もないんだけど、流石に
こんな出来た男を前にしてはちょっと恥ずかしくなる。
「カオルちゃんて、配属になったその日に毬谷さんに告白しはったんですよ」
「マリア様てな、カオルちゃん」
その話を聞いているうちに上嶋の表情がふっと変わった。咥えたタバコから口を離すと
ふわっと煙が吐き出される。
その口元が僅かにニヤッと笑った気がした。
瞳の奥に宿るのは、まるでハンターみたいな男の姿。狙われたカピバラ見たいにびくびく
身体の内側から震えが来る。
「お2人こそ、本当に面白いですね」
背中にひやりと冷たい汗。なんだ、この人。・・・何狙ってるんだ?!
「あはは、せやろ!」
ぎゃははと笑いながら、毬谷さんは俺の隣でとぐろを巻いていてビールを煽っていた。
(それ言うなら「くだ」やろ「管」!)
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