なかったことにしてください  memo  work  clap

フォルトゥナのうしろ髪




 小宮山はあの頃の自分を許してくれないのだと鉄二は思っていた。
だから、自分をこんな目に遭わせているのだと。この仕返しは、鉄二の中で新しい手法で
しかも相当なダメージを食らった。
 腕や足の1本や2本を折られた方がずっとか傷は残りにくい。
小宮山のこの方法は、自分を痛めつける最良の方法だと、鉄二は歯軋りしながら思った。
「そんな怯えた顔しないで。力抜いて、楽にしていいんですよ」
耳に張り付くようなねっとりとした声で小宮山は囁く。鉄二のキメの細かい腹部の感触を
手で愉しみながら、鉄二の様子を見下ろした。
 それから、おもむろにベッドから降りると、どこからか小瓶を持って再び鉄二の前に姿
を現した。
「後ろでセックスしたことありますか」
小宮山は小瓶の蓋を開けると、それを掌に向かって傾ける。とろりとした液体が小宮山の
手の中に滴っていくのを見て、鉄二は慌てて首を振った。
「なっ!!ない!!」
「そうですか。使ったことがないなら、初めてだときついかもしれません。多少の痛みや
違和感はありますが、心配はありません」
まるで、病院で何かを処方されるみたいな言い方だ。鉄二はこれから自分の身に起きることが
どれだけ苦痛を伴うことなのか、想像して震えた。
 この男を受け入れる?
会社の事さえなければ・・・・・・。過去の過ちさえなければ・・・・・・。
自分と小宮山をつなぐものが何もなければ、今すぐ殴り倒して逃げられるのに。
「初めは冷たいですけど、直ぐに温かくなってきますよ」
小宮山は掌のローションを躊躇いもなく、鉄二の蕾に押し当てると、ゆっくりとマッサージ
を始めた。
「止めろっ」
ぬるっとした感触に思わず驚いて腰を上げると、小宮山の強い腕の力で鉄二は抑え込まれた。
「ちゃんと手順踏まないと、切れちゃいますよ?」
「き、切れるって」
「当たり前でしょう。ここの皮膚は弱いんですから」
そう言って、小宮山は鉄二の中に指を1本ねじ込んだ。
 感じたことのない違和感で、鉄二はそれを吐き出そうと暴れだす。けれど、小宮山が
何度も鉄二の中をかき回し、ある一点のところをぐりぐりと押さえ始めると、鉄二は腰の力
が一気に抜けた。
「何っ」
「ここ気持ちいいでしょう?自分でやったこと無いですか」
聞いたことはあるけれど、そんなもの、自分でやったことはない。そこまで快楽を追求する
ほど飢えていないと、鉄二は膨れていく自分のペニスを見ながら思った。
 気持ちいいのに、虚しい。
小宮山は執拗なほど鉄二の中をかき回し、反対の手で会陰を押された。
「んっ・・・!!」
味わったことの無い感覚に、これが快感なのか不快なのかも分からなくなりそうで、鉄二は
小宮山の手から逃げようと足を突っ張った。
 腰が上がると、膨れたペニスから蜜が涙を零し始める。小宮山は満足げにその様子を
上から眺めた。
「直ぐにでもぶち込んでやりたい気分ですよ」
「俺は・・・・・・今すぐにでも、お前を殴り倒したい気分だ」
「気持ちよさそうな顔してるのに?」
「・・・・・・だから、ぶん殴りたいんだ」
小宮山から目を逸らすと、小さな笑いと無数のキスが降って来た。





 小宮山は根気強く、丹念に鉄二の中をマッサージしていった。
初めは違和感と不快が先行していた鉄二も、いつの間にか小宮山の指の動きに合わせて
呼吸が弾み出し、指を増やされても、痛みで仰け反るほどにはならなかった。
「意外と順応性があるんですね。・・・素質があるかもしれませんよ」
「やめっ・・・ああぁっ」
ずるずるっと指を引き抜かれると、鉄二は急激に圧迫が無くなった反動で、自分でも怖ろ
しくなるような高い声が漏れてしまった。
 暫く肩で息を整えて、天井のシーリングファンが回るのを見ていた。自分の頭の中も
こんな風にぐるぐる回ってるんだろうな、と鉄二は思う。
 諦めと怒り。快感と不快。自制と衝動。相反する二つがぐるぐると渦巻いて、どちらが
飛び出すのか自分でも分からない。ここまで築き上げた大人の自分が、心細そうに、自分
の真ん中でぽつんと立っている。背中を押せば、どこかに吹き飛んでいってしまいそうな
脆い自分を鉄二は必死に守った。
「これ以上はどれだけやっても同じでしょうから」
その言葉に鉄二が足元の小宮山を見ると、小宮山は既に固くなっている自分のペニスに
丁寧にローションを塗りたくっているところだった。
「本気・・・」
「当たり前じゃないですか。大丈夫ですよ、慣れてますから、要領はわかってるんで」
「慣れてるって・・・」
「俺のいたラグビー部って多かったんですよね、掘ったり掘られたり」
ニヤニヤと笑う度、小宮山の眼鏡がダウンライトに照らされて、怪しく光った。
「さ、最悪だな」
「あなたにそう言われるとは思いませんでしたよ」
逃げるならこのチャンスだというのに、鉄二はその場の雰囲気に圧倒されて、ただ、小宮山
の準備が終わるのを眺めていた。
 ローションでてらてらと光るペニスが鉄二の孔に宛がわれると、そこでやっと鉄二の
脳みそは逃げることを命令した。
 身体を反らして、小宮山から孔を隠す。弓なりになって必死で守ろうとする鉄二を小宮山
はわざとらしく溜息を吐いてみせた。
「まだ諦めてなかったんですか」
そう言うと小宮山は鉄二の背中に手を回す。くるっと半回転させて、うつ伏せにすると、
腰を高く持ち上げて、さっきよりも更に恥ずかしい格好にさせられた。
「こっちの方がやりやすいし、多分あなたも痛くないと思いますよ」
言い終わらないうちに、小宮山は鉄二の孔に自分のペニスをずぶずぶとのめりこませていく。
「あ・・・・・・ああっ」
痛みで目が充血していくのすら分かる気がした。
「力抜いて。息吐いて」
「いや、だ・・・」
引きちぎられそうな痛みと、圧迫感で、排除しようと力が入る。
「言うこと聞いたほうがいい。こんなところで反抗しても辛いだけですよ」
鉄二は苦しみから逃れるために、小宮山の言葉を素直に聞いた。
「・・・・・・そうそう、ゆっくり吐いて」
めりめり。小宮山のペニスがどんどん自分の中に入って来るのが分かる。中側から痛めつけ
られているような気分だ。
 息を吐きながら痛みを逃がし、この苦痛が早く終わることだけを鉄二は願った。
けれど、小宮山のペニスが自分の中に全部収まると、小宮山は暫くじっと固まったまま
動かそうとしなかった。
 ぴったりくっついて時々小宮山のペニスが自分の中でぴくぴくと動く。そのたび、自分も
身体の芯から何かが疼きだしていることに気がつかされた。
「な、に・・・」
「気持ちよくなってきました?・・・うぐっ・・・鉄二さん、締め付けないで」
「ああっ・・・何だ、これ・・・」
「変な感じ?いつもの射精感と違う?」
言われてることは分かるけれど、返事をするのが嫌で鉄二は小宮山の問いには答えなかった。
「・・・開発もしないで後ろ側でイケるって、すごい恵まれた体質なんですよ?」
「止めろ!・・・・・・いやだっ」
鉄二は慌てて逃げようと腰をくねらせた。小宮山の手が一瞬緩んで、ずりずりっと小宮山
が外に出て行く。抜け切る直前で小宮山に引き戻されて、意図しないのに、鉄二の腰が
グラインドし始めた。
「ああっ」
小宮山も思わず声が漏れる。そして、それが切っ掛けになって、小宮山は堰を切ったように
鉄二の腰を振った。
「嫌だ、止めろ!!」
「・・・・・・せっかく気持ちよくいかせてあげようとしたのに・・・・・・。あなたが悪いんですよ。
こんなの、俺だって我慢できない」
小宮山は鉄二のペニスにも手を伸ばすと、腰を動かしながら器用に鉄二のペニスも扱き
始める。
「ああ・・・んっ」
さっきの余韻が漂っていた所為か、鉄二は直ぐにでも達してしまいそうになっていた。
「何度でも出していいですよ」
「・・・・・・うぅ」
 小宮山が腰を振るたび、口から出ているのは息だけじゃなくて、自分の内臓も心の中の
モノも全部飛び出しているんじゃないかと思った。
 さらけ出されて、こんな屈辱受けているのに、一方で、またもいってしまいそうになる。
小宮山のピッチがあがって、擦られた孔は痛みでじんじんと疼き、扱かれたペニスは
イキたくてむずむずとした。
「こんなの・・・もう、嫌だっ・・・」
「一緒に出します?」
小宮山の声も余裕は無い。鉄二の中で小宮山が一層膨れると、更に強い力で腰をグラインド
させた。
「ああっ」
「イキそう」
「あっ、あっ・・・」
「うぅぅ」
残された鉄二も、溜まった欲望を吐き出すべく、屈辱に耐えながらも最後は小宮山の手の
中に暴れるペニスを委ね、ベッドの上にぶちまけていた。





 小宮山の慣れた後始末を、鉄二は呆然と受けていた。
 それから、やっと親指の縛りから解放されると、鉄二は痛む身体を無理矢理動かして、
散乱した服をかき集めた。
 さっさとこれを着て、この部屋から一刻も早く立ち去りたい。けれど、はやる気持ちと、
身体の痛みが邪魔をして、鉄二はズボンに足を突っ込んだところで前のめりになった。
 小宮山がその身体を支える。鉄二はズボンをはき終わると、小宮山から逃げるように
退いた。
「か、帰るっ!これで十分だろ!!お前の・・・気持ちは済んだんだろ、これで!」
これで会社も救われる。自分さえ目を閉じれば、明日から何事もなくみんな生きていける
んだと唇をかみ締めると、小宮山は目を細めながら言った。
「これで終わりだと思わないでくださいね」
「!!」
「例の話、3%のままでいたいなら、俺の要求も呑み続けてもらいますから」
「要求って、まさか・・・・・・」
この身体への苦痛を永遠と受け続けなければならないのか?
鉄二は受けた屈辱で腹の底がクツクツと煮えくり返り始めている。たった一度なら、我慢
しようと、諦めたのに。
「なんで、こんなこと・・・」
握った拳は震え、鉄二は小宮山を殴りかかりそうになるのを必死に堪えた。
「何で?簡単なことですよ」
小宮山は、鉄二の怒りを顕わにした姿を見ても、動じることなく、真っ直ぐに見下ろして
言った。
「俺があなたを抱く理由は、俺があなたを愛してるからです」
「なっ・・・」
いとも簡単にそう言った小宮山に鉄二は絶句した。
「助けてもらったあの日から、『鉄二先輩』は俺の憧れだったんですよ」
「う、嘘吐くな。俺はお前からカツアゲしてたんだぞ」
「分かってますよ。俺だって、あなたが好きだったから、素直に渡してたんですよ?そんな
ことも分からなかったんですか」
そんなこと、ある分けない!小宮山の発した台詞に恐怖を覚えながら、鉄二は首を振った。
「俺、鉄二さんがどれだけ友人を連れて金を借りに来ても、鉄二さん以外に金渡したこと
ないんですよね。知ってました?」
「そんなの、知らな・・・」
後ずさる鉄二に小宮山は手を取って、自分の胸の中に鉄二を引き込んだ。
「当たり前じゃないですか。だって、俺は鉄二さんが好きで、鉄二さんだから金貸してた
んですよ?なんであんな馬鹿な連中に金くれてやらなきゃいけないんですか」
小宮山の冷ややかな視線が自分の過去に注げられている気がした。
「だから、今日のセックスは、長年の思い出をあなたにさらけ出しただけなんです」
そう言われると、あの頃、小宮山の自分だけを見つめるか細い視線をよく感じていたような
気がする。睨まれてるわけでも、恨まれてるわけでもない不思議な視線だと思っていた。
 あれが本当に自分を好いている視線だったとしたら、自分も小宮山も大馬鹿者だと鉄二
は頭痛を感じた。
「愛してますよ、鉄二さん」
ああ、嘘だ。愛してるなんて。小宮山のこの行為に、そんな感情一つも垣間見えなかった
じゃないか。快楽に溺れさせるだけ溺れさられて、思い出すだけで赤面するようなこと
ばかりされて、どこに愛情があったっていうんだ。
「お前は、俺に復讐したいんだろ・・・・・・。俺をこんな目に遭わせて、心の中で、馬鹿な男
だって、嘲笑ってるんだろ」
「信じてもらえませんか」
小宮山は鉄二の乾いた唇を指でなぞった。
「だ、だったら!他にやり方があるだろう」
「だって仕方ないじゃないですか。ずっと追い求めてやっと見つけたと思ったら、奥さん
も子どももいる幸せな家庭を築いてて、どうやったら俺の入り込む隙間があるんです?
だから、正攻法じゃ手に入らないなら、こうするしかないって思いませんか」
思わず頷いてしまいたくなるような口調で小宮山は無茶苦茶なことを言った。
 鉄二は怒りが少しずつ押し流されていくような気がした。
この男は、実はものすごく不器用な人間なのだろうか。
 小宮山は鉄二の唇に自分のも小さく音を立てて重ねた。
「・・・・・・お前、ずるいな」
「どの辺りが?」
「・・・・・・こんな」
こんな風に言われたら、許してしまいそうになるじゃないか。
 鉄二はぶるぶると頭を振った。腰の重さとヒリヒリと痛むそこの感覚を探り出して、
小宮山の行動の自分勝手さを思い出す。
 許してはいけない。どんな理由でも、この男は、自分をこんな目に合わせて、会社を
弄んだ人間だ。こんな一言で揺れてはいけないのだ。
 ちりちりとした怒りが、昔の自分を吸収していく。むやみに殴ったり、暴れたり、物に
当たったり、そんな癇癪ばかり繰り返していた自分を、大人の自分が包み込む様に飲み込んで
冷静な怒りだけが鉄二の中に残った。
 鉄二は小宮山の腕の中から抜け出すと、ふらつく身体を庇いながら、部屋を出て行こうと
する。手の中からするりと逃げ出された小宮山は普段より慌てた声で鉄二を呼んだ。
「待って」
小宮山の声に、鉄二は立ち止まり、それからゆったりとした動作で振り返った。
「・・・・・・約束、絶対守れよ。俺も守ってやる。その代わり、会社潰すようなことしたら、
俺はお前を許さねえからな」
周りの人間を全て切り裂きそうな鋭い視線で鉄二は言う。それは小宮山がよく知っている
昔の鉄二の顔だった。



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