だってあなたといたいんだもん Merry Xmas 特別編―雨宮の心境―
夜を彩るイルミネーション。ベルの音と浮かれた音楽。馬鹿みたいに、街が一色に染まっ
ている。
週末のクリスマスまで、この熱は加速してくんだろう。
オレはビルの谷間を吹き抜ける風に身体を震わせた。
「受験生にクリスマスなんて関係ねえな」
「そう?こうやって雰囲気だけでも楽しむのも悪くないと思うけど」
隣を歩く雨宮は街の明かりを目を細めて見た。街の明かりが雨宮の眼鏡を反射する。
「お前はいいよな!センターなんて余裕だろうし、2次だってオールA判定!」
「丘(たかし)だって、この前のセンター模試でB付いてたでしょ」
「ふんっ!お前が無茶な事言って、志望学部変更させなければ余裕でA判定だったんだよ!」
「上を目指すっていうのはいいことだと思うけど?」
雨宮はしれっと言い放った。
本当はオレを同じ学部に行かせたいだけなのに。雨宮っていうのはそういう性格の男。
「あーあー、そうですね、そうですね。これでオレが落ちたら、一生お前の所為にしてやる」
「一生面倒見る覚悟はあるよ」
「・・・・・・あ、アホか!」
雨宮っていうのは、こういうことを惜しげもなく言う男。
オレ、天野丘(あまの たかし)と隣で歩く雨宮修弥(あまみや しゅうや)は小学校から
の知り合いだ。
小5の時に初めて同じクラスになって、そのときは「頭がいいけど暗いメガネ君」としか
思ってなかったけど、ある事件をきっかけにオレと雨宮は急に仲良くなった。
あのときほど、雨宮のことをいいヤツだと思ったことはない。暗くてつまんねえヤツだって
決め付けてたオレはもう反省だよ。
で、ある事件っていうのは、オレの家族の事。
オレのウチは母さんがいない。オレが小2の時に病気で死んで、それ以来父さんと弟の
男3人暮らしだ。母さんがいないことで、嫌な思いをしたこともあったけど、別に新しい
母親なんて欲しくなかったし、これからも3人で暮らしていくんだろうなって思ってた。
なのに小5になったある日、父さんが新しい「恋人」をつれてきたんだ。その人は、弟の
の保育園の担任で、こともあろうか男だった。
あの時はホント頭真っ白になったね。あまりに腹が立って家を飛び出して彷徨ってる時に
雨宮と出くわして、雨宮の家に厄介になった。
結局、雨宮の助言でオレは家に戻って父さんと新しい恋人との仲を認めることになった
んだけど、それ以来オレの家は男4人という、今まで以上にカオスな家族になってしまっ
たのだ。
それが縁で、オレは雨宮と仲良くなったんだけど、今思えば、この判断は正しかったのか
どうか迷う。
まあ、本人達が幸せならオレが口を挟むことじゃない。・・・・・・それに実の所、オレも人
の事が言えた義理じゃない。
隣で歩く雨宮は、今はオレの・・・こ、恋人だったりする。
雨宮は病院の息子で金持ちで頭がよくて、おまけにキビシーお母様がいるから、小学校
卒業すると私立の中学に進んでしまったのだ。だから、オレ達の友情はそこで終わる予定
だった。
予定だったというのは、勿論続きがあるって事だ。
――運命の再会はそれはもう突然にやってきた。
中三の夏。
高校受験を控えたオレは、友人の進めで入った夏期講習で偶然雨宮を見つけた。
3年ぶりの雨宮は・・・・・・何もかもが変わっていた。なんていうか、腹黒くなってたんだ。
しかし、そのことを言うと今でも雨宮はこう言う。
「丘が、社交的になれって言ったから、それに従った俺は褒められるべきだと思うね」
ああ、確かに言った。言ったさ!小学校の卒業の時、周りともっと仲良くなったほうが
いいって。
だけど、オレが言ったのはそう言う意味じゃねえんだよ、馬鹿雨宮。
雨宮は何を思ったのか表面ばかり仲良くなることを身につけてしまったのだ。似非スマイル
に、無駄な優しさ。知的に見える振る舞いと笑顔で人気急上昇ってどこの役者だよ。
そしてその歪んだ性格はあれから3年経っても、未だそのまま。
でも、この再会でオレは何故か雨宮と付き合うことになってしまったし、その、なんだ、
あれだ、その・・・・・・す、好きだと思うし・・・・・・。
ああ、もうこういう恥ずかしい話は思い出したくない!!
「丘?」
「ああ?」
「どうかした?顔赤いけど」
「なんでもねえよ!・・・それより、お前今日、あそこで何してたんだ?」
唐突に振った話題は、今日の放課後の事だ。
塾までの時間潰しに、オレはいつも雨宮の家で勉強してるんだけど(言っとくけど、本当
に勉強の為に行ってるんだからな)今日も、授業が終わった後で雨宮のクラスに雨宮を迎え
に行ったら、オレはあまり心地よくない光景を目にすることになった。
真っ先に目に飛び込んできたのは、教室にの後ろで立っている雨宮と小柄な女。その距離
の近さに、オレは教室の入り口で思わず固まった。
別に雨宮が告白されるなんていうのは珍しい光景じゃない。
雨宮はモテる。高校に入ってから益々腹黒度が上がって、どこの貴公子かってくらい気持ち
悪い笑顔を振りまいてるし、困ったことに口が上手い。
みんな雨宮の虚像に騙されてるだけってこと、いい加減気づいたほうがいいのに。
「あの・・・これを・・・・・・ってくれる?」
ここからだと、2人の会話はよく聞き取れない。ただ女の子が雨宮に向かってプレゼントを
差し出してるのだけははっきり見えた。
雨宮が少し驚いた表情で女の子の方を見つめ返してる。
「俺・・・?」
聞き返す雨宮に女の子は恥ずかしそうに俯いた。
こんな内気な女の子までが雨宮の事好きなんて、世の中変わってるって言うか、おかしい
っていうか。この際自分のことはまるっきり棚上げだけど。
雨宮は差し出されたプレゼントを躊躇いながら受け取った。小声で何を言っているのか
分からないけど、雨宮は珍しく渋い顔をしてる。
雨宮が告白されてる姿は何回か見た事あるけど、プレゼント貰ってるのを見たのは初めてだ。
もうすぐクリスマスだからな。恋する乙女とやらは受験生でも関係ないんだろうな。
全然嫉妬しないわけじゃないけど、雨宮が今更俺を捨てて他の誰かに行ってしまうって
言うのも考えられなくて(自意識過剰と言われても仕方ない発言だな、これ)女の子の
告白くらいでうろたえるのは、もう止めた。
だって、そんなことで挫けてたら、オレのハート持たないもん。
現に雨宮は告白してくる女の子のこと、片っ端から断ってるし、ちょっとは自信がある
っていうか、安心してるっていうか。
しかし、こういうときの雨宮は本当に嘘臭い。自分にも相手にも非がない、完璧な話術
で女の子を傷つけないように断る。
なーにが、「不器用な男だから」だ!このインチキ詐欺師!お前が嫌われたくないだけ
なんだろ!
・・・・・・まあ、見てて面白くないのも事実なわけだ。(結局、嫉妬してる)
「あのね・・・・・・」
雨宮は貰ったプレゼントを持ったまま、小声で女の子に話しかける。女の子は俯きながら
何度か頷いた。
「でも・・・・・・」
雨宮の溜息が聞こえる。そして、雨宮は首を振ってそのプレゼントを女の子に突き返した
のだ。
女の子だけじゃない。オレも驚いた。雨宮は人から貰ったプレゼントを突き返すなんて
そんなひどい事をする人間じゃないって思ってたのに。
女の子は泣きそうな顔でそれを手にすると、暫く固まってしまっていた。
そりゃそうだよな、気持ちをこめたプレゼントをこんな風に拒絶されたら、オレだって
へこむわ。
女の子は涙目で雨宮を見上げると、こっちまではっきり聞こえる声で言った。
「お願いします」
思わずその声に雨宮が苦笑いする。口元を手で押さえて唸ってるんだろう。いいじゃねえか
それくらい、貰ってあげろよ。女の子、かわいそうだろ!
雨宮は苦笑いのまま手を差し出した。
「・・・・・・わかった・・・・・・・もらっておくよ」
女の子は急に笑顔になりながら雨宮にそれを渡すと、弾けるようにその場を離れた。
やべっ、見つかる!
廊下に逃げて、いかにも今偶然ここを通りかかったように装ってみたけど、すれ違った
女の子はものすごい形相をしてオレを見た。
「あっ・・・」
「え?」
一瞬何か言いたげな顔をしたけど、彼女は真っ赤になったままオレの隣をすり抜けていく。
教室を覗けば、雨宮は何事もなかったように帰り支度をしていた。
「・・・・・・なんだ、やっぱり見てたの」
「べっつにー!見てたわけじゃねえよ。たまたま見えただけ!」
「気になる?」
「全然っ」
「そっ、じゃあ別にいいでしょ?丘には教えない」
売り言葉に買い言葉じゃないけど、オレ達の些細な反発は常にこうやって起きて、オレが
不機嫌になり、雨宮が適当にあしらって、そのまま鎮火したり時に炎上したりして、2人
の間を何度も盛り上げてくれる。別に盛り上がる必要は一切なんだけど、なんでだろう、
雨宮としゃべってると、ちょっとしたことですぐ言い合いになっちゃうんだよな。
暫くお互い無言のまま歩いた。2丁目の商店街まで来ると、少しずつそわそわする。自分
の家に帰るのなら、この商店街をつっき抜けるんだけど、雨宮の家に行くなら右だ。
別にいつも約束してるわけじゃない。
ただ、惰性で塾のあとも雨宮の家で1時間くらいぐだぐだしてしまう。・・・こっちの時間
ははっきりいって勉強じゃないんだけど。
だからこんな雰囲気の中じゃ、いそいそと雨宮の家にいくわけにもいかないんだよな。
横目で雨宮を見ると雨宮は何食わぬ顔で歩いてる。本当っ、ムカつく。
あー、もう今日は帰ろ。
そう思って商店街を突き抜けようとしたら、いきなり腕を引っ張られ、危うく転倒しそう
になった。
「うわっ・・・何!?」
「そっちじゃないでしょ」
「なっ・・・・・・」
雨宮の顔を見れば、メガネの奥に不遜な笑顔。
「っんにゃろうっ・・・・・・」
向かいかけてた一歩が止まる。その手を振りほどいて歩き出してしまえば、それまでの事
なのに、掴まれた腕がじんじん痺れる。
雨宮は「効果的」って言葉を一番理解してるんだ。そうに決まってる。そうじゃなきゃ
今、このオレが、雨宮相手にきゅんとかなってるなんて、おかしいだろ!
そんな風に笑うな!
「こないの?」
「行くよ!」
結局今日もお決まりコース。
雨宮家は両親と一人息子の雨宮の3人家族だ。両親は2人とも医者で家の隣にでかい病院
を経営してる。
だから雨宮家は基本的に人がいない。まあ、それをいいことにオレと雨宮は雨宮の部屋
でやりたい放題してるんだけど、いつかばれないか少しくらい心配した方がいいよな、きっと。
この辺の感覚が麻痺してるオレも雨宮も相当重症。
今では勝手知ったる雨宮家に上がりこむと、そのまま二階の雨宮の部屋へ入る。雨宮が
キッチンでコーヒーを淹れてくれてる間に勝手にエアコンをつけた。
部屋は冷たくて、つけたエアコンもなかなか身体を暖めてはくれなかった。雨宮の部屋
には、ストーブとかコタツとかそういった庶民的な暖房器具がないから、エアコンが暖めて
くれるのをひたすら待つしかない。
カーペットの上に座っておとなしく待っていると、雨宮がコーヒーを持って現れた。
「寒いね。はいどうぞ」
「サンキュ。・・・なあ、そういえば、今日のあの物理の問題、お前分かった?」
「ん?どれだろう」
隣に座ると雨宮は鞄から塾で使ったテキストを取り出す。その拍子にあのプレゼントまでが
こぼれ出た。
ガン見。
露骨に目をやっていたのを雨宮も気づいたようだった。
「やっぱり、気になる?」
「別にって言ってるだろ!?」
「いいよ、聞きたいなら教えてあげる」
「べっつに、お前が誰から告白されようが、プレゼント貰おうが、オレには関係ないって
言ってるだろ。お前なんて告白でもされてデレデレしてればいいんだよ!」
「なんだ、丘妬いてるのか」
「妬くか!」
「じゃあ、プレゼントの中身も気にならないし、もし俺があの子の告白受け入れたりとか、
そんな心配もしないんだね?」
「それは・・・・・・」
「実は、俺の好みが彼女みたいな子だったとかりとか、そういう事も考えない?」
「なんだよ・・・お前・・・・・・あの子のこと・・・・・・」
部屋は徐々に温まっているはずなのに、雨宮の言葉で急激に背筋が寒くなった。
真逆、本当に雨宮はオレと別れたいとか思ってるのか?
ど、どうしよう・・・・・・今までどんなに喧嘩したってそんな事思った事もなかったのに。
オレ、捨てられる・・・?
それだけは絶対に嫌だっ・・・・・・!
不安になって雨宮を見つめ返すと、雨宮も神妙な顔をしてる。
「雨宮、オレ・・・・・・」
「少しは、気になる?」
「あ、当たり前だろ!!」
思わず本音がボロリ。
すると、雨宮は顔の筋肉を緩めて眉をひくひくさせ始めた。
「ん?」
「・・・・・・」
そして、鞄からはみ出したプレゼントをオレに渡してきたのだ。
「はい、丘へ」
「は?」
雨宮がニヤニヤと笑い出す。どういうことだ?
「俺は頼まれただけ。丘に渡してほしいって」
「ええーっ」
うわー!なんだそれー!
「って、オレ?!オレに?!ホントに?!お前じゃなくて、オレ?」
「そうだよ。はっきり『雨宮君の親友の天野君に渡してほしい』って頼まれたんだから」
むちゃくちゃオレの勘違いかよ!!
「じゃ、じゃあ、なんで受け取った後、付き返したりしてたんだよ!」
「・・・・・・そんなトコまで見てたの。あれはね、俺なんかが渡すより直接気持ちを言って
渡したほうがいいってアドバイスしただけ。結局、恥ずかしいから渡してほしいって言い
切ったからこうやって預かってきたんだけど」
「なんだそれ!!」
「だって、俺が預かって渡すより、本人から告白したほうが気持ち伝わるでしょ」
しれっと言うな、しれっと。お前絶対オレが勘違いすると思ってただろ!!
「あーまーみーやぁー」
「何?」
「だったら、オレにさっさと渡せばいいだろ!もったいつけた言い方しやがって」
「別にもったいつけてなんてないよ?知りたい?って聞いたら丘が別にって言っただけ」
「雨宮!!」
「・・・でも丘が、妬いてくれてるなんてな」
勘違いしてたのも、思わず本音が漏れたことも、全部恥ずかしくて、雨宮に飛び掛って
思わず首に手をかけていた。
「お前なんて、絞め殺してやるっ」
だけど伸ばした手は雨宮にあっさりと取られて、そのまま抱き寄せられる。
「離せ、馬鹿」
「暴れるなって、メガネがずれる」
雨宮の肩におデコをくっつけられて、背中に回される腕に力が入る。
未だにこうやって張り付けば、心臓がドクドク言うんだから、オレってなんて純情青年。
あー、もう恥ずかしいわ!
どんな顔して雨宮みたらいいんだよって迷ってると、雨宮の唇が耳元に近づいてきて
身体の芯にまで響きそうな言葉を吐いていった。
「丘宛のプレゼント貰って、大人しく渡してやれるほど、俺人間出来てないからね」
「え?」
「俺、丘の事になると度量が狭くなるの知ってるでしょ」
「あ、あっ・・・・あっ・・・・」
「ん?」
「アホか!」
雨宮の唇が耳元でざわり、うごめいてオレは身体をくねらせる。
そうだ・・・雨宮ってこういう男だったんだ・・・・・・。
オレは雨宮の降り注ぐキスを唇やらうなじやらに受けて、赤鼻のトナカイよろしく鼻
どころか顔中真っ赤なっていた。
了
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