男ヤモメに胸がワクワク―天の本性―
ゲイは隠さずとも、腹黒さは隠せよ。
大学時代に付き合っていた男の最後の台詞。別れ際に皮肉そうに言った一言を、俺は
未だに忘れられずにいる。いい子だったけど、俺の度重なる浮気に我慢できなかったんだ
そうで。
まあ、あの頃は若かったし、盛ってたし。今はそんなことしないけどね。
だって、晴さんっていう世界一愛おしいヒトにめぐり合っちゃったから。この幸せを俺は
けして手放さないって決めたんだから、さ。
「やっぱり、警察に行ってくるよ」
アツシを寝かしつけた後で、晴さんはいても立ってもいられないような顔で言った。晴さんの
息子、丘が家出して4日が経つ。
どうやら学校には通っているらしく、所在は確認できずとも、無事寝るところは確保して、
どこかで「潜伏」しているらしい。どうせ、クラスメイトのところにでもいるのだろう。俺は
高をくくっているが、やはり晴さんには気が気ではないらしい。
尤もその原因が自分たちにあるのだから、その気持ちは当然なことで。
カミングアウトにいきなり告白された同棲。まあ俺が丘なら、父親ぶん殴ってるかもな。
晴さんは非常識な男でも、変人でもない。付き合ってみてよく分かったのだけれど、この人は
極上の「天然素材」なのだ。よく、「子どもがそのままおっきくなっちゃった人」とか「少年の
心を忘れない人」だとかそういう形容をされる男がいるけど、晴さんはそういう訳でもない。
思考は確かに大人で、冷静に考えてるし、今だって息子の事本気で心配してる。だけど、どこか
おかしいのだ。
あえて言うなら、思考回路の伝達物質が違うというのか。人と同じこと考えてるのに、結果が
人と違ってしまうのは、そのせいなんじゃないのかって、俺は思ったりする。
まあ、俺なんて真性のゲイだし、その意味では俺もシナプスがイカレてるんじゃないかとは思う
けどね。
「晴さんちょっと待って。学校にはちゃんと行ってるし、警察沙汰になんてしたら、丘君ますます
帰って来づらくなりますよ?」
「だけど・・・」
晴さんは玄関まで向かうと、靴を履いて今にも飛び出しそうな勢いだ。
待て待て、身から出た錆をどこまでさらけ出す気だ。
「例えば今から警察行って、なんて言うんですか?息子に自分たちのことカミングアウトして
家出されたとでも言うんですか?」
「そ、それは・・・」
俺と晴さんが玄関で攻防を繰り広げていると、いきなり、玄関のドアが開いた。
三すくみとはこういう状態を言ったのだろうか。扉の向こうには意を決したような丘が
立っていた。晴さんは片足をスニーカーにつっこんだまま、固まった。
さすがにその瞬間は誰も動けなかった。丘なんて頬を真っ赤にしながら、目を丸くしている。
「お、おかえり、丘」
一番初めに反応したのは晴さんだった。晴さんは途端に父親の顔になる。優しくて包容力が
あって、理解ある父親・・・のような。理解してるよりも理解されてるようにも見えるけれど。
「・・・ただいま」
丘はぼそぼそと呟いた。出鼻をくじかれたようだった。覚悟して帰ってきたら、いきなり
ご対面。しかも、結構マヌケな状態で。
「め、飯。丘、飯は食ったのか?」
「うん」
「そうか・・・」
「父さんと・・・それから、天先生と、話しようと思って」
丘の口調は日曜日に大喧嘩したときとは比べようもないほど、冷静に聞こえた。
小学生の子どもってこんな短期間に成長するもんなんだろうかと、俺はそんなことを考えていた。
キッチンのテーブルはどこの家でもそうだろうけど、指定席になっている。入り口に一番近い所が
晴さんで、その隣が丘。丘の正面にアツシの子ども用の椅子があって、その隣、要するに晴さんの正面
が俺。まあ俺っていうか、晴さんの死んだ奥さん、「やっちゃん」の席。
晴さんは知らないかもしれないし、丘は覚えてないらしいけれど、俺は「やっちゃん」・・・弥生さんと
面識がある。
今から7年前、俺はたんぽぽ保育園に大学生のバイトとして務めていた。当時たんぽぽ保育園には
年少クラスに丘が通っていて、弥生さんは「親子会」のメンバーだったのだ。「親子会」は言ってみれば
PTAのようなもので、行事があるとかり出される親達の集まりだ。
下っ端の俺はそういう行事にはことごとく主要メンバーとしてかり出されていたので、弥生さんとも
何度か話をした。晴さんの言うように、豪快で人情味のある美人だった。身体が弱いなんて全然
わからなかったくらいだ。丘は当時から可愛い顔をしていたが、今ではすっかり父親似の「かわいい」
顔に育って、そんな父親と俺は目下恋愛中。人生なんて分からないものだ。
正面にそっくり親子が並んで座っている。晴さんなんて30過ぎてるのにその顔に「渋さ」が一向に
現れる気配すらなく、いつまでさわやか青年やってるんだろうって、まあ、そんな容姿に惚れたわけ
なんだけど。
さあ、丘に、どう説得しよう。どう説得するつもりなんだ、晴さん?
「今までちゃんと飯食ってたか?」
「うん」
「友だちのとこ?」
「・・・うん」
「タケ君とこ?」
「ううん」
「あ、じゃあヒデキ君のとこか」
「どっちも違うよ」
「そうか・・・父さん丘の友だち、それくらいしか分かんないからなあ」
「どこだっていいだろ、もう帰ってきたし」
「まあ、そうだけど」
ああ、もう。まどろっこしいな、この親子は。俺もいい加減参戦しようかな。
「なあ、丘君。帰ってきたってことは、話聞いてくれるってことだよね?」
「・・・うん」
「それって、俺とお父さんが一緒に住む事にちょっとは賛成かもしれないってことだよね?」
「ちょっとは・・・うん。そうかもしれない」
ふふん。ちょっとは賛成?気持ちがぐらついた人間を落とすのは簡単だ。おまけに丘は母親譲りの
超人情家ときてる。
その場の勢いでもなんでも、とりあえずここで「うん」と言わせてしまえばこっちの勝ちなのだ。
既成事実、強行突破。一度でも了承得たっていう事実があれば、俺は何食わぬ顔してここに
住めるんだから。
俺の中の悪いムシがむくむくと起き出している。丘にはちょっと可哀想な気もするけど、ここは
息子の幸せより、親の幸せ。そんでもって、俺の幸せ。
一生独り者って覚悟決めて生きてきた28年。こんな巡り合わせは今を逃したら二度とないかも
しれないのだ。
しどろもどろで、顔真っ赤にしながら、晴さんに「一緒に暮らそう」と言われたあのときの
衝動。絶対に手放さないって決めたんだから。
「丘君は、俺がここで暮らすってこと、どうして嫌だったの?」
「それは・・・」
「やっぱり、回りのみんなから、色々嫌なこと言われるから?それとも、男の人が男の人を
好きになるのは気持ち悪い?」
「どっちもある・・・」
「それは今も変わらない?」
丘は少し考えて、いや思い出しているようだった。
「か、家族は・・・どんな形でも、家族なんだと思う。父さんがいて、母さんがいてって、それが
全ていいわけじゃない・・・」
「丘・・・」
オヤオヤ、だれの入れ知恵?俺は興味津々で丘の言葉を待った。
「父さん、へんちくりんだし、よく分かんないけど、天先生のこと、好きなんだろ?だったら、
へんてこりんでも、好きな人が家族だったら、楽しいのかなって。でも、やっぱり、回りの
みんなに知られるのは恥ずかしい気がする」
「恥ずかしい?」
「・・・母さんいないってだけで、変な目で見る」
ああ、こいつにもそんな偏見の目がついて回ってたのか。母親がいない、ただそれだけのことで
言われなくてもいい嫌味や苦渋を味わってきたのだろう。
人は異端には厳しいのだ。その気持ちは少なからず理解できる。俺も自分がこんなんだから。
晴さんはむっとしながらそれに反論した。
「丘が悪い訳じゃないだろ、そんなのは。母さんがいないのは、母さんが死んじゃったから
だし、父さんが天先生を好きなのは、父さんの所為だし。お前は悪くないぞ」
「でも、オレはそんなへんちくりんな親の子だって思われるんだ!」
「へんちくりんってなー、へんちくりんじゃない親なんてどこにもいないぞ?みんな見えない
ようにしてるだけで。父さんはただちょっとオープンなんだ」
「そんなところ、オープンにしなくていいんだよ」
そこを息子に突っ込まれる辺りが晴さんらしい。子どもに隠し事をしないというか、時々、
隠してることが何なのか忘れてるんじゃないかって思うこともある。でもそれが晴さんのいい
ところでもあるんだろうけど。
「丘君、じゃあ、例えば俺と晴さんが一緒に住んでるってことに恥ずかしくない理由があったら
丘君はそれで我慢できる?」
「恥ずかしくない理由?」
「そう。例えば、単純に下宿してるとか。周りの人たちに知られても恥ずかしくないだろ?
そういうのだったら、丘君はいいの?」
「皆を騙すの?」
当たり前なことを、不思議に聞くあたり、やっぱり晴さんの息子なんだな。
「あのな、世の中には本音と建前が必要なんだよ。全てにおいて事実だけをいわなくちゃいけない
なんてことはないんだ。そうやって、本音と建前を切り分けて、みんな生きてる」
丘は俯いた。この子は嘘が嫌いなのかな。何かを一生懸命考えているようだ。後一押しか。
「あのさ、丘君にはちゃんと言っておくよ。実は俺さ、ゲイなんだ。ゲイって分かる?」
丘はプルプルと首を振った。
「丘君は、好きな子いる?ってまあいいや、いわなくても。でもきっと好きな子は、女の子
だよね。何の疑問も持たずに、女の子を好きになる。だけど、俺はそうじゃないんだ。好きな
人はみんな男だった。それって悪いことなのかな。気持ち悪い?」
「わ、わかんないよ・・・」
「丘君がお母さんがいなくて、変な目で見られるように、俺も変な目で見られてる。だけど
それって、俺の所為?俺だって、なんでそうなったかなんて分からない。気がついたらそう
だった。晴さんと出会って、好きだって思ったの。多分、丘君がクラスの女の子のこと好き
になるようにね」
殆ど泣きそうな顔で、丘は俺を見る。晴さんは俺の告白に照れているのか、頬をぽりぽり掻いて
困った顔をしていた。
抜群のジャブじゃない、これって。
「俺ね、こんなんだから、誰とも結婚できないし、ずっと一人ぼっちだって思ってた。だけど
晴さんが、一緒に住もうって言ってくれて、自分にも家族が出来るんだって思ったら、ずげえ
嬉しくて」
丘の目の色が変わる。あ、落ちたな、これは。
「一人ぼっちだった俺に、家族ができると思ったら、ちょっとはしゃぎすぎてたかな。ごめんね
丘君の気持ち、考えてたつもりだったけど、やっぱり突然でショックだったよね」
丘は、噛み締めていた下唇の力を抜いた。それから、俺を見て涙ぐみながら言った。
「・・・いいよ、わかったよ。暮らせばいい。父さんと俺とアツシと4人で暮らせばいいよ、ここで」
よっしゃ。言わせたぞ。その言葉、絶対、一生、忘れないからな。にんまり顔は心の中に必死に
押さえ込む。
「ありがとう、丘君」
「丘、本当にいいのか?」
「・・・うん、いいよ。・・・でも、そのかわり、あんまり馬鹿なことすんなよ」
「ああ」
この親子、どっちが親なんだ。晴さんの極上の笑みを見て俺も丘も思わずため息が出た。
「でも、この家に『タカシ』が2人になっちゃうな」
「ホントだね。俺は別に、「井原」でも「テン」でもいいですよ?」
「テン・・・」
そう呟いて、晴さんは俯いた。これは照れているのだ。いや、思い出して悶えてるのかな。
付き合い初めて、「井原先生」「天野さん」から「天」「晴さん」に変わってお互いその呼び名に
なれてきた頃、ベッドで喘いでる晴さんがうわごとのように言ったのだ。
「タカシって・・・なんだか、息子の名前、呼んでる、みたいで・・・やだな・・・」
「何?萎える?」
「そういう訳じゃないけど・・・」
「あ、後ろめたくなっちゃうんだ。じゃあ、「井原」でも「テン」でもいいよ、俺は」
「テン?」
「うん。俺の漢字、天でタカシだからさ」
「じゃあ、テン」
それ以来、何故か晴さんは「ベッドの中だけ」俺をテンと呼ぶ。「せっかくタカシっていう名前
呼び慣れたのに、止めるもったいない」っていうのが主な理由らしい。
俺は一向に構わないんだけど、晴さんはタカシとテンをそんな意味合いで使い分けてるもん
だから、俺が言った一言にひどく狼狽してるのだ。
「俺がテンにしなかったら、丘が『オカ』になっちゃうよ」
途端、丘が顔をしかめた。
「絶対やだ」
「じゃあ、俺はテンでいいよ」
にっこり言い放つと晴さんは観念したように、こくりと頷いた。
あーあ、顔真っ赤。名前がセックスシーンに直結するなんてホントかわいいな、この人。
晴さんは無言で立ち上がる。
「どうしたの?」
「・・・ちょっと、トイレ」
逃げたな。晴さんはそうして、脱落していったけど、俺の沸き出したいたずら心は止まらずに、
そのまま丘に向かった。
納得がまだいかないような顔をして、丘はふてくされながら席に座っている。心のどこかでは
言いくるめられたって思ってるのかもしれない。
きっと丘の中では俺はまだ「優しくて頼りがいのあるいい先生」なのだ。俺はそれを根本から
崩してみたくなった。
「丘君、これから、よろしくな?」
「・・・うん」
「一つ、聞いてもいい?」
「何」
「何で俺と晴さんのこと許す気になった?家出中、何かあったの?」
「・・・友だちが。友だちの所に泊まってて、そいつの家、家族バラバラで。ちゃんと父さんも
母さんもいるのに、忙しいからってご飯一緒に食べないし、あいついつも一人でさ。そいつが
ちょっとくらい変な家族でも一緒に笑いあえる方がいいって言ったんだ」
ふふーん、やっぱり入れ知恵があったな。グッドジョブ、丘の友人。余計な体力使わないで
この家に入れたのはその友人君のおかげだな。遊び来ることがあればねぎらってあげよう。
「そっか。じゃあ、これから仲良くしような」
「うん」
「俺、いっぱい晴さんのこと好きだから、丘から取っちゃう時もあるだろうけど」
「・・・うん」
「同じタカシだけど、天と丘じゃ、俺の方が遙かに上だし」
「・・・うん?」
「晴さんは俺のもんだから。丘はせいぜい、いい子にしてろよ」
途端、丘の顔が曇った。驚愕といった表情だ。うふふ。出ちゃった。思わず語尾に音符が着きそう
になる。素を出したときのこの「裏切られた」っていう顔が好きだ。
何、先生こんな人なの?みたいな。
こんなはずでは、こんな人だったのかと、丘は俺を異物でも見るようにしている。
親子揃って同じ顔で固まってた。
うん。でも腹黒いと言われようと、俺はここで新しい家族と暮らすんだ。
良い子ぶってるのなんてやってられない。
「オ、オレ、子分じゃねえよ」
丘が俺に向かって睨み付けている。怒っても似てる。
「あはは、ごめんごめん。軽い冗談。俺はね、晴さんも丘もアツシもみんな大好きだぜ?」
大切な晴さんのDNAを引き継ぐお前だからね。愛おしいよ。同じ顔、ちょっと天然素材ぽい
性格。晴さんの血が流れてるんだから。
「でも、安心しな。俺、子どもには興味ないから」
「な・・・」
「お前があと10歳くらい年くってたら、考えちゃうけどな。親子どんぶり」
「やっぱり出てけよ!!」
ニヤニヤ笑ってると、丘は最低と低くうなり声を上げて、キッチンを出て行ってしまった。
果たして丘はその意味を分かったのだろうか。
あーあ、かわいい。
「天・・・?」
キッチンのドアから顔だけを覗かせて晴さんが不審そうにこちらを見ている。
「晴さん、こっちおいでよ」
きょろきょろと中を確認して誰もいないことを確認すると、そおっと俺の方に向かってきた。
あんたは、挙動不審の小動物か。
俺は晴さんを捕まえると、ぎゅっと抱きしめて、耳にキスを落とす。
「家族に、なれるな」
晴さんの照れた声が聞こえた。家族、か。晴さんのことだから、戸籍弄ることもきっと本気で
考えてるはずだ。俺、苗字変わっちゃうのかな。
そんなことを考えたら、ムショウに照れくさくなって、嬉しくなって今度は唇にディープな
キス。半開きの口の中で熱い舌に絡ませると、晴さんの声が漏れた。
「ん・・・んんっ・・・」
ああ、もうたまんないな。
「愛してるよ、晴さんも晴さんの家族も、みんな」
男ヤモメに、こんなに胸がドキドキ、ワクワク。この幸せをただ噛み締めながら。
1話 男ヤモメに★が湧く(了) ――>>next (2話 二階から○△薬)
【天野家ことわざ辞典】
男鰥に胸がワクワク(おとこやもめにむねがわくわく)
男鰥に、胸をときめかせて、ワクワクする様
男鰥に胸がワクワク(おとこやもめにむねがわくわく)
男鰥に、胸をときめかせて、ワクワクする様
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