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裏通りを1本入ったところにそのゲームセンターはあった。
「ここ?」
「ああ、そう。ここ」
「あっちの通りの方がデカイぜ?」
亮太は商店街の通りを指差して言ったが翔はそれを無視して、店に入った。
店内は薄暗く、ゲームセンター特有のにおいが漂っている。
客は殆どおらず、店員がカウンターの隅で漫画を読んでいた。
「よう、相場、久しぶりじゃん」
「ちゅーっす」
「何?トモダチ?」
「ま、そんなカンジ」
翔はカウンターで積み重なっている灰皿を一つ取り、奥の通路に進む。亮太は無言で付いていく。
店の一番奥の格闘ゲームの台の前で翔は椅子に足を投げ出して座った。
「座れば?」
「ああ」
亮太は隣の台の椅子に座る。手持ち無沙汰で翔を見ると、翔はジーンズのポケットからタバコの
箱を取り出して口に咥えていた。当たり前のように火をつけ口から白い煙が自分の顔めがけて
吐きかけられた。亮太は不快な顔をする。
「ここで吸うな」
「どこで吸おうが俺の勝手」
「お前、身体動かなくなるぞ」
「うっせーな」
亮太は翔の吸っていたたばこを無理矢理取り上げると灰皿の上でぐりぐりと潰した。
「あ、リョウ、お前何すんだよ」
「俺の前で吸うな」
亮太はタバコの箱を翔から奪うと自分のポケットにすばやく突っ込む。
翔と亮太は暫く睨みあっていた。
「よう、翔、久しぶりじゃん」
亮太は後ろからいきなり声がしたので翔との視線を外した。
「榊さん、久しぶりっス」
振り返ると、人相の悪そうな男が3人亮太の後ろに立っていた。いかにも悪そうと言った
感じの男はニヤニヤと笑ってこちらを向いている。
「何々、翔、トモダチなんて連れてんの?」
「まあ、そんなところデス」
「何?同級生?」
榊の後ろにいた男が亮太の顔を覗き込む。
「お?なんか青春してそうな顔してんじゃん」
亮太は俺に話しかけるなと言うように、翔から借りた帽子をさらに目深に被りなおす。
「なんだよ、こいつ。挨拶くらいしろよ」
男は亮太の帽子を無理矢理引き剥がして胸ぐらを掴んだ。
「あはは、辞めてくださいよ、三井さん。俺のトモダチなんで、絡まんといてください
それに、そいつのTシャツ、俺が貸してやってるんですよ。服伸びちゃうんで、胸ぐら掴むの
辞めてやってくれるとありがたいんですけど」
「まあまあ、翔のトモダチっていうならあんま言わないけどさー」
「あんまり、舐めた真似してんじゃねーよ」
三井は亮太を離すと咥えていたタバコの煙を亮太に向かって吐きかける。
亮太は思わず咽てげほげほと咳き込んだ。
「けっ、ガキが」
三井ともう1人はその様子を見て下品な笑いをこぼす。
「まあ、精精仲良くな、翔」
「まあね」
翔はだるそうに返事をして壁にもたれ直す。
「じゃあな、翔」
「ははは、じゃあな、オトモダチ君」
榊たちは亮太の頭をぐりぐり撫で回して店を出て行った。
また沈黙が訪れた。心地いいはずの沈黙はなぜか翔を苛立たせた。
(どうだ、リョウ。自分が無残にバカにされる屈辱は)
屈辱。自分が足掻いてもなれない人間への憧れと失望。それを追い討ちしてくる周りの
人間からの期待。それら全ては亮太への恨みとなって翔の中に沈下する。
ゆっくりとした動きで亮太は立ち上がると、店を出ようとする。
「俺、帰る」
「なんだよ、もう少し付き合えよ」
「俺、こんなところにいるわけには・・・」
「はん、青少年の代表者がこんな不良の巣窟みたいなところを徘徊してたら、まずいって?」
「俺が補導されたら、俺だけの問題じゃなくなるから」
翔は亮太を睨みつけると絶対的な圧力で言い放った。
「帰さないぜ。お前が俺にした仕打ち分、付き合ってもらうからな」
「なっ・・・」
「あの日、見たくもない試合見させられて、挙句の果てに先輩に囲まれて、野球部入れなんていわれて・・・
俺がどんな気持ちでいたか、お前にも分からせてやるよ。この惨めな気分をな」
亮太の瞳の奥がゆらゆらと動いて、そして、押し黙った。翔は鼻で笑い、店を後にする。そこからは
慣れた足取りで路地裏を抜ける。歓楽街のすぐ隣にあるのは、翔の行きつけのクラブだった。
幾らかの優越感が伴っている。こんな風に翔はいつも亮太よりも前を歩いていた。亮太が怖気づくのを
時に小気味よく眺め、心の中で嘲って、「所詮、野球以外は俺に勝てないくせに」と罵ることで、
翔はギリギリのラインを保っていたのだ。
T字路を右折して、さらに突き当たりまで行くと、翔は立ち止まった。
「来いよ」
「なんだよ、ここ」
「zackっていうクラブ。酒のんだり踊ったり。その辺で座り込んでるヤツもいるけどな。ま、お前なんか
こんなこともなけりゃ一生は入れないとこだから、せいぜい絡まれないようにな」
翔は地下へ向かう階段を下りて分厚い扉を開けた。爆音のクラブミュージックと薄赤黒い照明で、亮太は
一気に吐き気を催す。
翔は一度だけ振り返り、そんな亮太を見て笑った。
「こっち、ついてこいよ」
クラブに入ってから亮太は明らかに不機嫌だった。
翔は亮太を尻目に薄暗い隅のテーブルを陣取り、ポケットのタバコを探した。
(ちっ。さっきリョウに取られたんだ)
顔見知りの女がカクテルを手に近づいてきた。
「翔、今日は早いじゃない。・・・トモダチ?」
「・・・まあ、そんなとこ」
「飲む?」
「ああ、置いといて」
女はその場に同席することを許されないと察知し手にしたカクテルをテーブルに置くと去っていった。
翔は女の置いたカクテルを口にする。
「うえ、甘。不味ィ。お前にやるよ」
「いらない。それ、酒だろ?」
「なんだよ、酒くらいでがたがた言うなよ。まさか飲んだことないとか言わないよな?」
「ない。身体が浮腫んで動けなくなる」
「は?なんだそれ」
一々野球バカみたいな返答をする亮太に翔は呆れてため息が出た。
「お前さ、いい子ちゃん振るのやめろよ。吐き気がする」
「どういう意味だよ」
「まんま、だよ。そうやって野球の事ばっか考えて、絵に描いたようなスポーツ青年やってさ、
すげー、胡散臭い。気持ち悪い」
「俺がどんな風に野球やろうが、俺の勝手だ」
「ああ、そうさ、そんなのはお前の勝手だ。だけどな、その勝手な行動で俺を振り回すな」
「振り回してなんてないだろう。大体勝手に野球辞めたの、翔だろ」
「勝手にだと・・・?俺がどんな気持ちで野球辞めたのか、お前にだけは言われたくない。お前に
そんなこと言える権利なんてどこにもないんだ」
「・・・何、そんなにムキになって怒ってんだよ」
「別に」
翔はムスっとしてテーブルの上のカクテルをもう一口、口に入れる。不味いと分かっていても
飲まずにはいられなかった。人の気持ちも分からない野球馬鹿に、自分の人生をめちゃくちゃに
されたと、翔は本気で思っている。
「大体、あの時だって」
「あの時・・・?」
「忘れたとは言わせない。去年の秋の試合だ。あの時、俺がどんな気持ちでいたかなんて、お前
何にも考えてないだろっ」
「それは・・・」
「お前なんて、野球しか頭になくて、俺がどんな風に思ってたかなんて全然考えれないただのバカ
じゃねーかよ」
詰り始めたら止めることは出来なかった。支離滅裂でもなんでもいい、亮太が傷つけばそれでいい。
翔は亮太が人間の欠陥品でもあるかのように亮太を責める。
「翔、お前いい加減にしろよ。俺は確かにお前にあの日試合見にくるように田崎に頼んで仕向けた。
先輩に頼まれたからっていうのもあるけど、そうじゃなくても、俺はお前に見に来て欲しかったんだ。
だけど、俺はお前に嫌な思いさせるつもりで呼んだわけじゃない。・・・それは絶対に違う」
「だったら何で呼んだ?俺にお前の勇姿を見せ付けて、俺に褒めてもらいたかったのかよ?」
「そうじゃない。俺はお前がもう二度と俺とは一緒に野球をやってくれないこともわかってるけど
お前には見て欲しかったんだ。お前と一緒にグラウンドに立てなくても、野球でつながっていたかったんだ」
「・・・ふざけんなよ。俺は、お前とは何もかも切れたいんだ。お前のそばにいると、俺は自分が
アホみたいに惨めになる。もうそんなのはごめんだ。俺の人生からお前の全てを消し去りたい。
過去も今もこれからもな」
「翔っ」
亮太の低い声が店に響いた。周りの客も驚いて一斉に翔たちの方を見る。暗くてよく見えないが、
それでも亮太の顔は怒りで震えているように見えた。
翔はこんな風に怒る亮太を初めて見た。自分の何が逆鱗に触れたのか翔には分からなかった。
「・・・何だよ」
「苦しいのはお前だけだと思い込むなよ」
ポケットからタバコの箱を取り出すと、机の上に思いっきり叩きつける。そして、亮太はそのまま店を
出て行ってしまった。翔はただそれを見送っていた。
周りの客がこちらをちらちらと見ながら小声で話す。こんな時はいくら小声で話されてもそれが
自分の話であることを簡単に察知できてしまう。翔は段々と自分の置かれている立場を理解する。
そして、それがどんなに屈辱的な場面かも悟った。拳を強く握って身体の震えをなんとか抑える。
置いてきぼりをくらった。その事実は衝撃的だった。2人の仲がどんなに険悪になっても、
亮太がキレてその場から立ち去るなんてことは嘗て一度もなかった。
キレて逃げたしたり、人を置き去りにするのは翔の役目だった。こんな気持ちで取り残されるなんて
なんて惨めなんだ。
当り散らしたいのに、当たる相手はいない。机の上のタバコはぐちゃぐちゃに潰れて、吸えるもの
なんて、一本もないだろう。
(あの、クソ馬鹿力っ・・・)
馴染みの女がこちらに向かって歩いてくる。隣に座るとクスクスと笑った。甘い香水の香りが鼻に突く。
「珍しいトモダチ連れてると思ったら、喧嘩?ふふふ、若いわね」
(鬱陶しい女・・・)
寄りかかる女を一瞥して席を立つ。遊ぶ気にもなれなかった。
早い時間で客は殆どいない。僅かにいる客も常連ばかりだ。翔とは面識があるが、友人でもなんでもない。
他人のスキャンダルを酒の肴くらいにしか思っていない連中だ。案の定、彼等の今日の肴は翔になるだろう。
痛い視線を背中に感じながら、翔はクラブを出る。外の扉を左手で思いっきり殴った。
バコンと大きな音がして幾人かが振り返ったが、翔はそれらを無視しながら歩き続けた。亮太の言葉が
頭を回る。
お前が苦しいなんてあるはずない。お前は、ただ前を向いて進んでるだけじゃないかっ・・・。そんな
ヤツに、苦しいなんて言わせない。自分の努力だけでいくらでも報われる苦しさなんて、俺は認めない。
俺は絶対お前を許さない・・・
<<5へ続く>>
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