☆special―俺の橋をこえてゆけ―2




「ねえ、神戸行ってみる?」
膝の上に僕を乗せてパソコンを見つめていた板橋は、深い溜息のあとに呟いた。
「は?」
板橋はキーボードの矢印キーを無駄に上下に叩いている。考えのまとまらないときの板橋 の癖だ。
「神戸だって。神戸。分かる?兵庫県の県庁所在地で……」
「分かるよ!そこじゃなくて、なんで突然神戸なんていくのかってこと」
「……メールで呼ばれたから?」
僕は振り返ってパソコンの画面を見た。



『hassy様

ご無沙汰しております。
「Beyond The Bridge」マスターです。

さて、お知らせです。「Beyond The Bridge」オフ会を開きます。
場所と日程は例年のごとく、です。

参加人数の確認をしますので早急に返事をください。


では、また。』



「なにこれ」
「どっからどう見ても、オフ会のお誘いじゃない」
オフ会?何のオフ会なんだろ。bridgeっていうくらいだから橋か。橋のオフ会ってなんだよ。 オタッキー集団が橋の写真を見せあったり?語り合ったり?みんなで橋を眺めたり?僕は 勝手な予想にため息が出た。
「それは分かるけど……なんでこのメールと神戸がつながるのさ」
「マスターの拠点が神戸なんだよ」
「あ、そう。……行くの?」
板橋はそれを言われて益々キーボードをカチャカチャと鳴らした。曰くつきのメールなん だろうか。振り返ってもう一度メールを読み返してみるけれど、不親切な案内以外は特に 見当たらなかった。
板橋は僕の肩に顎を乗せて、メールを指差した。
「困ったことに、このメール4月1日付なんだ」
あれ?今日はまだ3月の半ばなはず。
「未来だ」
呟いた僕に、板橋は即答した。
「エープリルフールなの」
「あ、ホント」
「あの人、本当に嘘つくからね……4月1日は本当に嘘ついて人を騙していい日だと頑なに 信じてるからな。神戸には罠があるかもしれない」
「じゃあ止めればいいじゃん」
「それが、この人には並々ならない恩もあるんだ。無碍に断るわけにもいかない。例年なら 騙されて付き合ってやってもいいんだけど、今年はとにかく忙しいんだよ。貴重な一日、 最悪泊まりで2日も潰されたら、もう身動きできなくなる。ただでさえ、あんたと一緒にいる 時間が取れないっていうのに」
最近、こういう最後の一言のおまけが妙に嬉しくて、きゅうっと胸がくすぐったくなる。 僕は板橋の首筋に唇を寄せた。
「じゃあ、神戸まで僕も行くっていうのは?」
「……来る?」
「行ってもいいの?」
「いいけど、つまんないかも」
「大丈夫。つまんないのは橋旅行で慣れてますから」
「はいはい」
板橋は僕の顔を起こすと、やっと目を合わせた。それから困ったように微笑むと、鼻を摺り 寄せて、小さくついばむキスをしあった。





4月1日、日曜日、am7:00。神戸へと向かうオデッセイの中に僕たちはいた。
朝から気持ちのよい青空が広がって、ピンクの花びらが風に流れている。高速道路から 見下ろす河川敷にはブルーシートがいくつも広がっていて、場所取りの人が寝っ転がって いるのが見えた。
「花見日和だな」
「じゃあ神戸行くのやめて、花見でもする?」
「しない」
板橋が笑いながら即答した。僕も笑って窓の外を見る。久々の遠出に僕のテンションも 少なからず上がっていた。
「なんだかんだいって、久しぶりだよね」
「そうだなあ。最近、橋なんてまともに見に行けてなかったし」
板橋は眠そうな顔で、大きなあくびをした。昨日も夜遅くまでレポートか何かを書いていた みたいだ。旅の前に甘い時間を過ごせるかと思って、前泊して板橋のアパートに乗り込ん だのだけど、先に寝ててと言われ、板橋がベッドにやってきた時には僕はもう夢の住人に なっていた。
最近、甘い時間、過ごしてないなあ……。別にいいんだけど。別に……別に……。
「4月1日が日曜日でよかったな」
「流石に新年度一発目から有給使うっていうのもね。まあ入社式あっても僕とは関係ない し、いなくてもいいんだけど気持ち的に。ところで、神戸ってどこに行くの?」
相変わらず突発的な行動のため、僕は今日の予定を何も聞かされていない。明日は月曜で 僕も会社だし板橋も大学があるから、日帰りであることは確かなんだけど、それ以外は どこで何をするのかさっぱり知らなかった。
「とりあえず舞子公園に行く。そこが例の集合場所。あのメールが嘘かどうかは行って みないと分からないから、あんたもそこまでは付いて来て。あとは好きにしていいよ」
「好きにしてって言われても」
「じゃあ舞子公園で橋を見てたらいいじゃない?」
「……橋が見えるの、そこ」
「当たり前じゃない。絶好のポイントなのに」
なんの橋なんだよそれは。舞子公園と言われてもピンと来ない僕は公園の池に架かる橋を 想像していた。天気もいいし、のんびり公園散策でもいいかな。
僕たちはくだらないことをしゃべり続け、昼頃には目的地につくことが出来たのだった。



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