☆special―俺の橋をこえてゆけ―3




「橋ってこれのことだったの!?」
舞子公園に近づくに従って姿を現したのは、世界最長級の吊り橋、明石海峡大橋だった。
この橋は僕にとってもちょっとだけ特別な橋だ。
出会った頃の板橋を思い出して苦笑いになった。板橋と初めて身体を繋げたのはこの橋の 見える場所だ。それがどこなのか正確にはわからないけど、あの橋をバックに僕たちは オデッセイの中で初めてセックスをした。
まだお互いの気持ちもあやふやだったし、そのあと板橋に「今のなし」と言われ ひどく傷ついた。
懐かしい。3年前のことが鮮やかに蘇ってきた。
思い出は自分の中で膨らませて、僕たちは舞子公園に降り立った。



海沿いの遊歩道を歩き続け、明石大橋海峡の「絶好ポイント」というところに辿り着くと 板橋は大きな溜息を吐いた。
「板橋?」
オフ会というのだから、オタッキーな集団がたむろっているのかと思ったらそこにいたのは 僕と同年代と思われる女性だった。
あの人も橋オタクなのかな。そういえば板橋と旅をしてると時々会う橋仲間の中にも女の子 はいたし、珍しくはないのかもしれない。
けれど、板橋を見上げると憮然とした顔になっていた。
「騙された方だった」
「どういうこと?」
板橋が返答する前に、女性が僕たちの存在に気づいて、手を挙げた。
「久しぶり」
「どうも」
「カケルの方だよね?」
「当たり前でしょ。ワタルが来てたら怖いよ」
「随分会ってなかったから、二人を区別付ける自信ないわ」
ワタルは板橋の双子の兄だ。長野の大学に通っていて、多分いまでも通っている。
この男も社会人になるのを嫌がっているという、板橋とどっちもどっちな兄で、板橋に 輪を掛けて変人な人だ。
板橋と違ってインドアなことから身体が白く、僕はこっそり白板橋と呼んでいる。
その白板橋を知っているということは、この女性は板橋に近い存在なのだろう。
僕は急に気持ちが小さくなった。板橋の知人に会うのは気が重い。僕はゲイだけど、板橋 はそうじゃないし、巻き込んでしまったという後ろめたさが未だに抜けないから。
僕は板橋の一歩後ろで軽く頭を下げた。
「おじさんが『ハッシーはツレを一人連れてくる』って言ってたけど」
「ああ、この人」
板橋は僕を指差す。
「どうも、小島です」
「初めまして。湯川梨香です。カケルの高校の先輩ってトコ?」
梨香が同意を求めるように板橋を見上げると、板橋は溜息を漏らしながら頷いた。
「あと、beyond the bridgeのマスターの姪っ子さん。で?今回はどういう趣向なの」
板橋は硬い表情のまま梨香を見下ろす。梨香は首をすくめて笑った。
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。オフ会はちゃんとあるみたいだから。その前に
カケルに会いたかっただけなの」
「何それ」
「オフ会集合場所はあっち」
梨香が指差す方を見ると、板橋が「橋の科学館?」と呟く。梨香はさすがと頷いた。
「おじさんにちょこっとだけ細工してもらったの。ホントの集合場所はあっちでカケル だけこっちに来るように仕向けてもらったってわけ」
「なんで」
「だから、カケルに会いたかったんだってば」
梨香は軽やかに笑った。屈託のない笑顔が僕には眩しくて、僕は正直消えてしまいたく なる。二人は何も説明しないけど、きっとかつては愛を分かち合った相手なんだと僕は 直感した。そういう空気が伝わってくるんだ。緊張と懐かしさと少しの気まずさと。
「で?」
板橋はいつもの3割増でぶっきらぼうに会話をしている。
「もう、相変わらずだなあ。……あたしね、今度結婚するの」
梨香が微笑んで左手を挙げる。薬指にキラリと光る指輪が見えた。
「!」
板橋は目を開いてそれを見て固まっていたが、弾けたように一歩後ろへと下がった。 そして、板橋はびっくりする行動に出たのだ。
板橋は片足で跪くと中世の騎士よろしく、胸の前に手を当て
「ご結婚おめでとうございます」
と頭を下げた。
「板橋!?」
驚く僕とは対照的に、梨香は笑いを抑えきれず小刻みに揺れている。板橋はすぐに立ち 上がると、無駄に膝の埃を払っていた。
「ありがとう。これで、うんと幸せになれるわ」
「そう。それはよかった」
板橋は梨香と顔も合わせず、ぶっきらぼうに答えた。その横顔を覗き込んで僕は更に 驚く。
だって、こんな板橋の顔、見たことなかったんだ。照れ隠しの合間に、青臭い思い出を 磨り潰している切ない表情。それが妙に艶っぽくて、僕までドギマギしてしまった。
いつもの板橋と違う。こんな顔させられる梨香は一体何者なのだろう。僕の中でぐるぐる と渦巻き出す疑問。きっとこの先にある鳴門の大渦くらいぐるぐるになってるに違いない。
梨香は梨香ですべてを悟ったような満足気な顔でそこに立っていて、三者の交われない 空気が、酸欠でも引き起こしそうなほど苦しく圧迫し合った。
緊迫した空気を真っ先に破ったのは板橋だった。
「じゃあ、集合場所に行ってくるから。直哉、終わったら連絡するよ」
「え?ええ?!」
板橋の突飛な行動には慣れているつもりなのに、やっぱり僕は焦るだけで何の対処もでき なかった。 板橋は、喋りながらもう歩き出していて、それを止めることもできず、僕は置いていかれた のだった。



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