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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 やっぱり、やっぱり、やっぱり!
板橋って、よくわかんない!!



 一世一代の告白にも、板橋の反応は肩透かしというか、何を考えているんだか分からな
くて。
 頭を抱えたまま動かなかった板橋は、暫くすると、顔を上げて、一言こう言った。
「それ、本気?」
「うん」
「そう」
「・・・うん?」
板橋は僕が頷くと、1人で納得して、そして、極め付けに

「わかった」

と言ったのだ。
 何が、分かったんだよ、板橋!
告白の返事に「わかった」はないだろ。こっちは好きだって言ったんだよ。会話が成立
しないじゃないか。
 しかし、板橋はそう答えてしまうと、再び横になって、あとは規則正しい寝息が聞こえて
来るだけだった。
 何!?僕、コクり損?




 僕達の旅は、楽しかったり気まずかったり、真っ直ぐ進まないこの車と同じように、
感情も行ったり来たりして大忙しだ。
 辿りつく先も分からない。
ただ、どんなときも変わらず、板橋は運転して橋を求めて、僕は隣に座っている。永遠
に続くようにすら錯覚してしまう。
 でも何時もと同じようで、同じ日などない。
昨日とは違う気持ちの今日がある。ただ、それの繰り返しなのだ。
 僕は告白の答えをもらえないまま、今日も板橋の隣に座り、何故か用事のある長野へと
向かっている。
 隣の板橋の機嫌は、悪くはなさそうだった。

 昼を過ぎる頃に、車は長野市へと入った。冬に何度か来た事があるけど、夏場に来るの
は初めてだった。
 大して涼しいとは思えないほどの暑さで、長野イコール避暑地という考えは間違っている
のだと気づく。
「暑いね」
「こんな市内のど真ん中じゃな。山の方に行けば涼しいよ」
板橋はここでも勝手知ったるといった感じで道を走る。
 そうして、たどり着いたのは、アパートだった。板橋はアパートの前の駐車場に車を
停めると、
「あんたにも紹介してやるから、来いよ」
と言って、車を降りた。
 誰に会うつもりなんだろう・・・。女の子かな。橋好きなのかな。その子も板橋のこと好き
だったらどうしよう。不安を抱えながら、板橋の後を追った。



 アパートはそれほど新しいわけでもなく、近辺に同じようなアパートが幾つもあり、学生
らしき人がぽつぽつと歩いていた。
 この辺りは学生街なのかもしれない。そういえば、通り掛けに大学があった。この辺りに
住む子はみなあの大学に通っているのかもしれない。
 高校卒業してすぐ就職した僕には、大学という響きが少しだけ羨ましい。あの子達が
楽しそうに遊んでいる時には、僕はもう働いていたわけだし。その分、金は溜まったけど、
くだらない事にしか使えなかった。
 アパートの一室の前で板橋がチャイムを鳴らす。小窓が開いているから、住人はいるの
だろう。しかし、板橋が3度チャイムを鳴らしても、出てくる気配が無かった。
「あいつ何してんだ、出て来いよ」
板橋は舌打ちして、ドアを蹴飛ばす。随分と手荒い行動だ。そんなに気心が知れた人なんだ
ろうか。そんな人に僕を紹介するって、相手は誰なんだろう。
 僕は板橋の行動にハラハラしっぱなしだった。


「あれ?板橋、何してんだよ?」
玄関の前で住人を待っていると、二つ隣の玄関の扉が開いて、中から顔を出した男が、
こちらに向かって話しかけてきた。
 こんなトコにも知り合いがいるのか、板橋は。
「・・・・・・」
しかし、板橋は中から出てきた男(多分近所の大学に通う学生だろう)に会釈しただけだった。
「知り合いじゃないの?」
小声で板橋を引っ張ると、板橋は、さあっと曖昧な返事をする。
 相手の学生も怪訝そうに近づいてきて(玄関からはその学生に続いて、もう1人、白い肌の
男が出てきた)板橋と僕を見比べる。
「何、友達?・・・ってか、板橋なんか知らない間にエライ焼けたな?」
学生は板橋のことをちゃんと認識しているらしく、(その証拠にちゃんと板橋の名前を
知っていた)答えない板橋を不審そうに見ている。
「何、どこで焼いてきたんだ、出不精のお前が。なあ、かな・・・め・・・?」
学生が振り返って、後ろについてきた男(こっちも学生だろう)に話し掛けようとした時、
丁度玄関の扉が開いた。



「あ?!」
「え?!」
「へえ!」
3人分の声が、アパートの前に短く響いた。
「板橋が白い・・・」
そう呟いたのが僕で
「板橋が2人いる」
と目を白黒させたのが、板橋に話しかけた学生だった。



「なんだよ、双子なら双子だって、言えよな。ったくこっちの板橋も板橋だけど、黒板橋
も同じような性格してんなあ・・・」
「同じとは、失礼な。俺とカケルとじゃ180度違う。現に、俺はコイツの趣味に、全然
付いていけない」
「趣味?」
「コイツは、アホみたいな橋オタクなんだ」
そういうと、学生2人はぶほっという声を立てて噴出した。
「お前なんて、時刻表マニアじゃないか」
「崇高な机上旅行と橋オタクを一緒にするな」
「あー、はいはい」
学生が呆れた顔でため息を吐いた。机上旅行って何のことだろう・・・。
 もう1人の学生が声を掛ける。
「ねえ、時間大丈夫?」
「あ、やべえ。・・・じゃあな、板橋。また後で」
そう言うと、二人は去っていった。



二人が去っていった後、板橋は「チャイム鳴らしたら何で出てこないんだ」と散々文句を
言いながら、部屋に入った。
「あ、どうも、板橋ワタルです。一応兄らしい。でもさ、双子って先に生まれたほうが兄
なのかな。ねえ、はしま君は、どっちだと思う?」
「え?」
そんなことをいきなり聞かれても・・・。っていうか、なんで僕の名前・・・
「あれ、はしま君だよね、君」
白板橋は僕に向かって言う。
 それをフォローするように、板橋が口を挟んだ。
「こいつ、俺のブログ見てるから」
「え?あ、そうなんだ」
「はしま君でしょ、カケルのブログ壊したのって」
っていうか、板橋ブログに僕の事何書いてるんだろう、不安だなあ・・・。
 僕は申し訳なさそうに謝ると、
「どうやったら、壊れるんだろうなあ・・・。俺の書いたスクリプト、そんな弱くないはず
なんだけど・・・」
と不思議そうに呟いた。
「書いた・・・?」
「うん。カケルにあげたブログシステム、俺がスクリプト作ったんだよ」
ああ、あの時板橋が電話してた相手って、白板橋だったんだ!

 それから、板橋は白板橋に「親父からだ」といって手紙を渡した。どうやら用事という
のはこれだったらしい。
「俺の返事は決まってるからな、よく考えろよ」
白板橋も手紙の内容が何であるのか分かっているらしく、受け取るとにわかにため息を
吐いた。
 板橋は一つ伸びをすると、机の上のキーを掴んで立ち上がった。
「さてと。俺、ちょっと橋見に行ってくるから、そのあいだ、この人預かって」
「あ?別にいいけど。お前もよく飽きないな、橋、橋って」
「ワタルの妄想旅行よりマシだ」
板橋は僕に軽く手を上げると、部屋を出て行く。
「え、あの、僕・・・」
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるって」
白板橋は、興味なさそうに見送った。




 何時もより白くて、ちょっとだけ細くて、だけど声も顔も全く一緒の板橋と2人きり。
なんか、変な気分だな。好きな人と同じ顔がそこにあるのに、これは僕の好きな板橋じゃ
ないんだもん。
 だけど、知ってる顔、好きな顔ってだけで、他の人より警戒心はなかった。・・・・・・と言う
よりも、この白板橋の性格の所為かも、だけど。
「はしま君は橋には興味ないんだよね」
「え?ああ、うん。でも、こうやって旅をするのは楽しいかな」
「そうか、じゃあ、君も机上旅行をするといい」
「何それ」
「なんだ、知らないのか。ほら、こうやって、時刻表を見比べて、どんな旅をするか考える
んだ」
「はあ・・・」
これが、板橋の言っていた妄想旅行ってヤツか・・・。
 どっちもどっちだ、あの学生の言葉が頭を過ぎる。確かに。

「あの、ワタル君、だったよね?板橋君とはよく会うの?」
「あ?よくは会わないよ。お互い離れてるし。盆と正月くらい。実家に帰らないと、小言
言われるからな。まあ、今回の九州行きは、あいつにとって災難だったというか、ラッキー
だったというか・・・」
そういえば、僕は板橋がなんで大分になんていたのか聞いたこともなかった。それどころか
僕は板橋について、全然知らない。
「あ?あいつ、何にも言ってないの?・・・まああいつらしいといえばらしいけど」
白板橋はそういって、僕に板橋の素性を言って聞かせた。
「ウチの親父、ゼネコンの社長さん」
社長!ボンボンか!どうりで!あの金に対する無頓着加減はおぼちゃまだとは思ってたけど。
「親父の実家が鹿児島でさ。カケルが九州行ってたのは、親父の実家の葬式のためなんだ。
親父が忙しくていけなかったから、代わりにって。でも、代わりっていうのは、社長代理
って言う意味で・・・」
じゃあ、板橋、次期社長?
「・・・・・・だけど、分かるだろ?あの放蕩息子が社長になんてなるわけない。だから、あいつ
は親父に『家業は継がない』って言ってるんだ。・・・それで、この手紙は俺への説得」
「ワタル君が継ぐってこと?」
「いや、俺も継がない。だって、俺プログラム組むのと机上旅行する以外に興味ないから」
こ、この兄弟はっ!
「家、どうすんの?」
「さあ、どうするんだろうな。今はまだいいんじゃないの?親父元気だし。いざとなったら
もう1人くらい子ども作って、そいつに継がせりゃいいんだよ」
なんて事を言うんだ、この子は。
 性格が180度違うって板橋は言ってたけど、どっちもぶっとんだ思考は同じだと思う。だけど
こっちの板橋の方が、ちょっとだけお兄さんというか、板橋よりも「生活する」ことに関して
は上だった。
「カケル、ちゃんと生活してる?飯とか食ってるのか?」
「うん、食べてるよ。おごってもらってるけど・・・」
「ああ、いい。いい。金のことは気にしないでいい。でも洗濯とか風呂とか・・・放って置く
とすぐにサボるから、あんたちゃんと見張っててくれよな」
「僕が・・・?」
そんなこと、お願いされてもなあ。この旅が終われば、お別れに・・・なるんだろうし。
「カケルが橋ブログ始めてもう3年になるけど、ヒッチハイクのこと書いたの、あんたが
初めてだった」
「誰かにもそんなこと言われた」
「うん。それって、凄いことなんだけど」
「そうなの?」
「そうさ。あいつホントに橋以外に興味なかったから。人には無関心っていうか。友達と
橋なら橋取るやつだからさ」
友達よりも橋が大切なのか・・・・うう、ハードル高いな。
「・・・・・・あいつにどんな心境の変化があったのかわかんないけど、カケル、ああ見えて
ホントは淋しがりやだから。あいつが橋に心動かされたのも、多分どこにもいなくならない
からだと思う。生身の人間が苦手なのも、裏切られるのが怖いからなんだ」
板橋、君は過去に何を見てきたんだよ・・・。
「それって、あの・・・」
「まあ、そんなに深刻にならなくてもいいけど、これからも、カケルのこと頼むよ」
「はあ・・・・・・」



僕は、板橋に告白した。
板橋は、それを「わかった」と言った。
そして、板橋の双子の兄に「頼む」と言われた。


板橋の気持ちがOKなら、幾らでも頼まれてやるよ!!どんだけだって。裏切らないでずっと
その助手席、座っててやるから!!









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