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はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―



 素朴な疑問が一つだけある。
鉄平は、もし友達に逢えたとして、何を伝えるつもりなんだろう・・・・・・?



 帰りの旅は次の日の朝早くから始まった。朝食を済ませると早々とチェックアウトして
オデッセイに乗り込む。寝不足ながら、身体はそれほど疲れを感じてなかった。
 運転席には板橋、助手席に僕。そして後部座席には白板橋と鉄平が乗り込んだ。板橋は
ラジオの電波を適当に合わせながら、鼻歌を歌っている。
 今日は機嫌がいいらしい。板橋は回りの空気を読まないけど、回りに空気を作るヤツだ
と僕は思っている。板橋の機嫌がよければ自然と車の中にも穏やかな時間が流れる。
 身勝手っていうかすごいというか。そうやって僕も巻き込まれているんだから仕方ない
んだろうけれど。
 板橋は手際よくナビに目的地を入力していた。
「で?初めはどこに行くんだ?」
後ろから白板橋が覗き込んできてナビの画面を見た。
「北から順番に攻めていかないとな。とりあえず秋田。俺も行ったことはないからどんな
ところかは全くわからないけどね」
「どれくらい掛かるかなあ」
「さあねえ・・・」
鉄平は会話に加わる事もなく窓の外をただ眺めていた。今の鉄平の気持ちを理解するのは
とても難しいような気がする。こういうときは板橋たちを見習って「普通」にしてる他ない
のかもしれない。
「さてと。行くよ?」
板橋が不安げな僕を見下ろす。
「うん、わかった」
結局、僕も車に乗り込んでから鉄平に一言も声を掛けることなく、車は秋田の三途の川へと
出発していった。





 板橋も行ったことのない川と橋だというから、板橋もあまり情報をくれなかった。どんな
橋が架かってるのかもよく知らないんだという。その代わり板橋は珍しく昔話なんてしてくれた。
 それは板橋と白板橋が小学校の頃に仲のよかった松本という子の話だった。
「松本――まっちゃんは、俺達の隣の家に住んでた子でさ、生まれたときに病気になったか、
生まれつきなのかその辺りは詳しく知らないんだけど、とにかく他の子より身体が小さい子
だったんだよね。まっちゃんには2つ下の妹がいたんだけど、その子よりも小さくて・・・・・・
ああ、まっちゃんは男の子なんだけど、声なんかその辺の女の子より高くて、時々女の子に
間違われてたくらいだった」
「ん?まっちゃんの話か・・・・・・懐かしいな」
白板橋が後部座席で反応した。
「だけどさ、牛乳瓶の蓋みたいなぐりぐりの眼鏡掛けて、ものすごくアンバランスなの。
たっかい声で喚くくせに、おっさんみたいな眼鏡。俺達そんなまっちゃんと遊ぶのが大好き
だったんだけど・・・」
「面白かったなあ、あれは。口癖は『そんなことするとお母さんに言いつけるよ』で」
「なにそれ」
「俺達がいたずらすると、すぐそう言うんだよ。初めは鬱陶しいって思ってたけど、だけど
段々ムキになってる姿が可愛くなってきちゃって、それを言わせたくて、まっちゃんのいる
前でばっかりいたずらしてたよな」
「典型的な小学生じゃない」
「そうだよ、俺達普通の双子だもん」
普通・・・・・・それは言いすぎだと思うけど。
「俺達の事全然見分けられなくてすぐ間違えるんだ、あいつ。だからさ、ワタルがもう俺達
一人が分裂したってことにすればいいよって言い出して、まっちゃんに『俺達は本当は2人で
1人なんだ。まっちゃん以外の人には、俺達は1人にしか見えない』って教え込んだら本当に
信じちゃって後で大変な事になったこともあった」
また、そういうむちゃくちゃな嘘を・・・。白板橋らしいと言えばそうなのかもしれないな。
この2人と小学生の頃に知り合いにならなくてよかった、ような気がする。
「大変な事って?」
「他の友達が、俺達の事普通に2人いるように接してきたから、まっちゃん大パニック起し
ちゃって・・・・・・まあ、俺達双子なんだから当たり前に2人いるんだけど、まっちゃんは相当
俺達の嘘を信じ込んでたみたいでさ」
「あんときは、流石に慌てたなあ。俺達も後でこっぴどく叱られた。あんな嘘を本気に
するなんて、まっちゃんはすごい。けど、あれはやっぱりまずかった」
「何が起きたの?」
「発作起して倒れた。で、そのまま病院。・・・・・・まあ、結果的には次の日にはけろっとして
学校に来てたんだけどね」
ほ、発作って!どんだけ病弱だったんだろう、その「まっちゃん」は。
「君たちの、その性格は小学生の頃から何一つ変わってないってことか・・・・・・」
いたずら好きで手に負えない双子だったんだろうなあと、僕は板橋の子どもの頃の姿を
思い描いてみる。丁度それが鉄平に重なって苦笑いになった。
 顔は同じでも性格は正反対に違いない。
「その『まっちゃん』って子に僕は同情しまくりだね。性格ひねくれた大人にならなかった?」
僕の何気ない一言に板橋は瞬間言葉を詰まらせた。
「まっちゃんは、大人にはなれなかった・・・・・・」
「え?」
「・・・・・・子どものまま、あんたの言う「あっち側」に行っちゃったんだな」
「!?」
絶句してしまった。なんの脈絡もないただの昔話だと思っていたのに、こんなところで、
何故だか繋がっている。板橋はこの話をなんで持ち出してきたんだろう。鉄平に何かを伝える
為?それとも、ただの偶然?
 板橋は黙る僕を尻目に話を続けた。
「まっちゃんは身体弱かったからさ、大人になれないかもしれないっていうのは、回りの
大人は結構知ってたらしい。だけど俺達はそんなこと知る分けないだろ?」
「・・・・・・」
後部座席で白板橋も呟く。
「悲しいとかそう言うの飛び越えるんだよな。俺達にとって初めての経験だったし、頭では
理解してても、明日からまっちゃんがいないなんてそんな日常思い描けなかった。・・・・・・
でも、まっちゃんいなくなったけど、俺達まっちゃんのこと今でも好きだしなあ」
「そうだなあ、ワタルといるとよく話題になる」
「そういうもん?」
「例えこの世からいなくなったって、まっちゃんがいた事に変わりないし、俺達の記憶から
消える事だってないでしょ」
「そうだね」
白板橋が後部座席から前に乗り出して来る。白板橋の息が耳を掠めた。
「三途の川に行ったら、まっちゃんのお化けが出てくるといいのに」
「いいなあ、それ」
板橋の表情は穏やかに笑っていた。
 僕は急激に不安になってバックミラーで鉄平の姿を探した。鉄平は右隅に小さくなって
俯いている。
「鉄平君?」
呼びかけると、ミラー越しに目が合った。鉄平は僕の瞳を睨みつけた。怒っているような
悲しんでいるような。板橋達の話を聞いて、彼らの話を自分と被せるなとでも言っている
ような。
 自分の悲しみは自分のものだ。他人と同列に語ることなどできない。この気持ちは誰にも
分るはずがないと、その瞳は語っているようだった。
「はしま君?どうしたんだ、そんなまぬけな顔をして。猪でも出てきたかい?」
「山奥だからなあ、猪くらい出るかも」
「・・・・・・」
僕が双子の会話にあっけに取られていた隙に鉄平はもう外を向いて、それから目的地に着く
まで僕と目を合わせる事はなかった。






 三途の川には似つかわしくないほどの晴天。すがすがしい秋空に観光客の笑い声。おまけに
限りなく俗世的な建設物に僕は唖然とする。
秋田の三途の川渓谷は紅葉シーズンの観光客でにぎわっていた。
「これ・・・三途の川?」
橋の上から川を覗き込めば、申し訳程度に流れている水の流れが見える。うっかりすると
見落としてしまいそうな川だった。
「はしま君、ちゃんと見たまえ。看板にちゃんと三途の川と書いてあるだろう」
「それはそうだけど・・・・・・」
観光地化された秋田の三途の川には恐山のようなおどろおどろしさもなければ、幽霊の出て
くる気配もなかった。
 橋の上にはどう見ても「閻魔大王」の石造が建てられているし、それ以外にも、名前も
分らない像が作ってあった。
「やっぱり、橋は普通だったな」
板橋が残念そうに呟く。確かに「橋」としてはどこにでもありそうな形をしているし、橋の
景観も特にすばらしいといえるようなものではない。
「それにしても三途の川はどうやって渡ったらいいんだ!これではあの世に行けないじゃ
ないか。なあ、はしま君」
白板橋はそう言いながら閻魔大王にべたべた触りながら喜んでいる。
「普通の橋だからねえ」
「なんていい天気!こんな晴れ渡った空気の中で、お化けは一体どうやって出てくるんだ?
呼び出す儀式とかないのかね、はしま君」
「知らないよ、そんな儀式・・・」
こんな昼間の晴天の中で幽霊を探すほうが間違っているような気もするけど、少なくとも
僕が想像していた雰囲気は何一つなかった。
 鉄平もこの景色に唖然としているようで、欄干から橋の下を眺めたままの姿で固まっている。
そもそも、「三途の川でお化けを探す」なんて馬鹿げていることなのだろうけど、鉄平はその
馬鹿げた事に縋らなければ遣り切れない思いがあるはずで、それを察しようとすれば掛ける
言葉も見失ってしまった。
 板橋は橋にがっかりしながらも、あらゆる角度から橋の写真を撮っていて、その橋オタク
っぷりには僕も苦笑いをするしかなかった。
「たいした橋じゃなくても、やっぱり写真は撮っていくんだね」
「まあ、今後の参考のためにな。それに、こんなところなんだから、写真に写りこんでる
かもしれないでしょ」
「え?!」
心霊写真の言葉が頭に浮かんで身体がさっと冷えた。
「もう、そういうことを、さらっと言わないでよ!」
「うそうそ。俺そういう才能ないから」
白板橋の方は4つもある石造をそれぞれ眺めてぼそぼそとなにやら呟いているのだが、
僕には聞き取れなかった。



 僕は鉄平の隣まで行くと、少しだけ距離を保って同じように欄干にもたれかかった。
「・・・いい天気だね」
鉄平は僕を一度だけ振り返って、そしてまた橋の下に目を落とす。
「どうせ俺のこと馬鹿にしてるんだろ」
小学生に似つかわしくない自虐的な口調だった。
「馬鹿にするって、何を」
「俺がしようとしてること、気づいてるんだろ」
「まあ、なんとなくは」
「馬鹿だと思ってる」
「別に思ってなんてないよ。僕も、あの2人も」
「じゃあ、そんな願い叶わないと思ってる」
「そんなことないよ!――――それは、まあ、難しいかなとは思うけど、鉄平君の思いが
通じたら逢えるんじゃないかな」
「・・・・・・。あんた、馬鹿じゃないの。死んだ人間が現れるわけないじゃん」
「なっ」
「あんた、本当にお化けとか信じてるの?」
「し、信じてるよ!」
「馬鹿じゃないの?お化けなんているわけないのに」
何だよ、人がせっかく気を使って言ってやったのに。言ってる事とやってる事が矛盾してる
じゃないか。信じてないのに、見えるわけないだろ。
「じゃあ、鉄平君は何のためにここにいるの?」
「・・・・・・」
「鉄平君は、死んだ友達に何とかして逢おうとしてるんじゃないの?」
鉄平は横目で僕を見る。下唇を噛み締めて気持ちをセーブしているようだった。
「そういう気持ちは、誰にだってあると思うし、それを馬鹿になんてしないよ?」
言葉を掛ければ、欄干に顔を埋めてくぐもった声で鉄平は答えた。
「―――俺だって、そんなことくらい分ってる」
「鉄平君?」
「分ってる。馬鹿なことしてる事くらい・・・だけど・・・・・・」
鉄平は欄干を強く握ると、そこで言葉を詰まらせた。
「鉄平君は、ちゃんとお別れが出来なかったの?」
「・・・・・・葬式になら行った。あいつの前でいっぱい言葉も掛けた。そういう『お別れ』なら
ちゃんとした」
「じゃあ、きっと鉄平君の気持ちも通じてるんじゃないのかな。友達も分ってると思うよ?
喧嘩した事も、鉄平君が仲直りしたかったってことも・・・・・・鉄平君が「ゴメン」って思って
いれば、ちゃんと伝わるんじゃないのかな。たとえ三途の川で友達に逢えなくたって、
気持ちは通じてるよ」
僕の慰めは、鉄平にはどうも逆効果だったようだ。鉄平は僕の方を睨むと、
「そんなの、伝わらない」
と涙交じりに叫んできたのだ。驚いて鉄平を見ると、鉄平はさっきよりもきつい目つきで
僕を睨んでいた。
「鉄平君・・・・・・?」
「俺が伝えたいのはそんなことじゃない」
「え?それってどういうこと?君は友達に何を言いたいの?」
「俺はっ・・・・・・」
言いかけて、言葉を呑む。そして鉄平は答えを言う前にそこから走り出して行った。
 僕は1人秋風の中に後に残されてしまった。
「一体、なんなんだよ」
掛ける言葉を間違えたのか、僕が何を言っても無駄だったのか。溜息は風にかき消された。



 板橋は相変わらず橋に夢中で僕達の会話なんて聞こえてないようだった。あれは、あれで
気を使ってるつもりなのかもしれないと、思う。
 橋の上では数人の観光客がカメラを抱えて楽しそうに歩いている。閻魔大王像の前で
はしゃぐ中年女性、紅葉を楽しむ老夫婦。全てが俗世じみている。
 僕は欄干から振り返って一つ伸びをした。
「どうしたもんかなあ・・・・・・」
 お化けなんてどうひっくり返ったって出てきそうもない青空が眩しい。
 遠くで白板橋の奇声が聞こえた――ような気がしていた。







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