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はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―



「話っていうのは拗れるときにはどこまでも駄目になっていくんだなあ」
ぼんやり呟いた僕に隣のベッドで板橋がけだるそうに相槌を打った。
「うーん?」
白板橋も鉄平もいるから、帰りの旅はちゃんとホテルに泊まってる。(行きは板橋の友人
・・・・・・いや、橋オタクネットワークのところで泊めてもらったり、ホテルに泊まったりして
いたんだけど、流石に鉄平もいるから、帰りはホテルに泊まる事になったのだ)
 ツインの部屋を二つ借りて、僕と板橋、白板橋と鉄平がそれぞれ部屋を使った。
秋田の三途の川渓谷を後にしてから、僕達は次の川(板橋にとっては橋?)のある宮城県
へと向かうことになった。
 朝早く青森を出発したはずなのに、秋田から脱出する頃にはすっかり暗くなっていて、
宮城の橋は次の日へと持ち越すことにして、僕達は飛び込みでホテルを取った。
 けして快適なホテルとはいえなかったけど、車の中で寝るより、友達(オタク仲間?)の
ところに泊めてもらうより、板橋と2人きりになれる空間があるっていうだけで、僕の気持ち
は随分と楽になった。
 ここまでの道のりを思い浮かべると何度溜息を吐いても、尽きる事はない。
 車の中は暗くて重い空気と、それを無視する明るい板橋兄弟の空気が混沌と入り混じって
居心地はあまりよくないものだった。僕はどっちにも付けず、不安定な気持ちのまま車の中
でじっと座っていただけだ。
 ああ、あの2人には居心地が悪いとかそんな気分になる事などないのかもしれない。
羨ましいといえば、羨ましいけど。
 板橋は読みかけの雑誌をベッドサイドに置くと僕の方に身体を向けた。
「何悩んでるの?」
「鉄平の事。あの子、死んだ友達と喧嘩したって言ったじゃん」
「うん」
「それで、その子に謝りたくてあんな事してるんだと思ってたんだけど・・・・・・」
「違ったの?」
「・・・・・・いや、多分違ってはないと思う。だけど、単純に喧嘩の事を謝りたくて、あんなに
もがいてる訳でもなさそうなんだよね」
「何か裏があるの?」
「裏っていうか、もっと深いところで傷付いてるっていうか。僕にもよく分らないんだけど、
表面だけ分ったような口で慰めちゃったから、怒らせちゃったみたい」
「鉄平、そんな神経質なヤツじゃなかったと思うけどなあ。年に何度も会う訳じゃない
けど、元気いっぱいって感じの普通の小学生だったはず」
「それだけ、ナイーブな問題ってことなのかも。本当のことが分れば、もう少し分って
あげる事も出来るんだろうけど、僕達こうやって見てるしかないのかなあ」
思わず出た溜息に板橋が動いた。僕のベッドに雪崩れ込んでくる。
「うわっ」
板橋に抱きすくめられて間近で板橋を見上げる格好になった。板橋は僕の髪の毛で遊び
ながら感心したように言った。
「あんたってさー、なんか凄いな」
「何それ」
顔を動かすと耳元に板橋の触っていた髪の毛がさらさらと降ってくる。くすぐったくて
払いのけると板橋にその手を取られた。
「他人のことに一生懸命になれる」
板橋の唇が僕の手の甲をすっと撫ぜる。板橋の何気ない仕草に僕は時々あっという間に
ノックアウトされるんだ。
「・・・僕は橋のことに一生懸命になれる板橋の方が凄いと思うけど」
「そうか?」
板橋のすっとぼけた顔が可笑しくて僕は笑った。そのまま板橋を引き寄せて、板橋のカサ
ついた唇に自分のそれを重ねた。
 鉄平にも早くこんな笑顔が戻るといいのだけれど、そんな事を考えながら・・・・・・。






 次の日も見事な秋晴れだった。
「しかしいい天気だなあ、なあはしま君」
白板橋が伸びをしながらホテルの外に出てくる。その後ろを暗い顔した鉄平が続いた。
 車に荷物を詰め終わると、板橋はナビを設定し始める。確かに宮城にも「三途の川」と
言う名称の川があった。
「昼過ぎくらいには目的地には着けそうだよ」
「昼!この馬鹿みたいな秋晴れの昼に!ここには雨人間がいないのか!こんな悪条件では
出るものも出てこないじゃないかっ!」
後部座席で白板橋が残念そうに叫んでいる。
 お化けが出てくる条件から最もかけ離れてるような気はするけど、そもそもお化けの出て
来る条件などと言うものが僕には分らない。
どんなときでも見えるときには見えるし、見えないときには見えないって思ってるけど、
お化けを一度も見たことがない、見る才能がないというこの双子には何か「条件」ってモノ
があるのかもしれない。
 見れないなら一生見れないほうが僕は幸せだと思うんだけどなあ・・・。そんな体質になって
なったらどうするつもりなんだ。



 道はどんどん山奥へと向かっていった。蔵王エコーラインと名づけられた道を走っている
といくつものスキー場を通り過ぎた。シーズン前のスキー場は静かなものだ。
「本当にこんなところにあるの?」
「あるんだろ、ナビがそう示してるんだから」
言われれば確実に目的地までの距離は短くなっているんだけど、ただの山の中の道を永遠と
走り続けていては、本当に辿り着くのか不安になる。
「こっちのは秋田の三途の川渓谷とは違うから、普通の川なはずだよ」


板橋の言ったとおり、宮城の三途の川は山奥の小さな小さな川だった。川というよりも沢
に近い。
 あれから更に走り続けてると、その川は突然現れた。
何の変哲もない、本当にただの川だった。道も通っていない山奥の沢で、ここに橋が
架かっていない事が分ると、板橋は随分とがっかりした。
「まあ、こんなもんだろうとは思っていたけど」
昼間の太陽の降り注ぐすがすがしい天気だ。白板橋は車から降りると、一つ大きな伸びを
した。
「はしま君」
「何?」
「踊れ!踊るんだ!」
「はあ?」
「雨乞いの踊りを踊れ!そしたら辺りは一気に暗くなって、それなりの雰囲気も出る。
そうすれば、鉄平の思い人も現れる!」
「むちゃくちゃ言わないでよ」
白板橋に呆れていると、鉄平は1人川の見える一番近いところまで歩いていった。
 どうがんばっても、ここも違う。第一、ここからでは「渡ることが出来ない」。川に
近づけないのだ。ただ見るだけの三途の川。
でも、迷信でも、まやかしでも、何でもいいから鉄平には信じ続ける必要があるらしい。
逢えるわけがないと否定しながらも、どこかで期待してる。
「逢いたい」の気持ちだけは嘘じゃないのだから。
僕は鉄平を追いかけて川のよく見える方へと近寄った。
「鉄平君、昨日はゴメンね。鉄平君の気持ち考えてるつもりだったけど、どこかで傷付け
ちゃったみたいで・・・・・・」
「別にいいよ」
鉄平は振り向きもせずに言った。
 怒っているというよりは落ち込んでいるように見える。こんな晴天の中で雰囲気すらない
三途の川など、ただの川でしかない。
「あのさ、鉄平君。少し話さない?」
「・・・・・・」
「僕は鉄平君を傷つけたくはないし、もし出来るなら力になりたい。どんな理由があるのか
分らないけど、鉄平君がそうまでして逢いたがってる友達の事、教えてくれないかな」
「何で、そんな事話さなきゃならないんだ」
鉄平は川を眺めている。僕とは目を合わせる気もないらしい。だけど、僕も何故か引く
気にはなれなかった。
「何でって・・・鉄平君が苦しそうだからかな。困ってる人が隣にいたら助けたいって思うのは
普通じゃない?」
「余計な事だよ」
「そうかな。鉄平君、凄く辛そうだよ。ひょっとして友達にもお父さんやお母さんにも
言えないような辛い事を抱えてるんじゃないの?誰にも言えないのは辛いよ?・・・・・・ほら、
僕なら他人だし、これでもう会うこともないかもしれないから、言ってすっきりしてみる
っていうのはどうかな・・・?」
その問いかけに鉄平の肩が震えた。泣いてるのかと思ったら、振り返った直後に顔を真っ赤
にして叫ばれてしまった。
「うるさい!あんたはお節介なんだよ!」
「お節介・・・・・・」
やっぱりそうきたか。鉄平の心を開けるのは並大抵のことじゃ駄目らしい。
「もう、ほっといてよ!あんたなんて関係ないんだから」
鉄平の叫び声は怒りよりも悲しみの方が大きいとは思うけど、流石にその台詞にはちょっと
むっとしてしまった。こっちだって色々考えてるのに、一言「関係ない」はないだろうに。
子ども相手に怒るのは大人気ないけど、僕だって感情は動く。
 溜息を吐きたいのを必死でこらえていると、いつの間にか隣に板橋が立っていた。
板橋の直ぐ後ろには白板橋もいる。2人とも僕達の話を聞いていたようだった。
「鉄平」
「・・・・・・」
板橋が鉄平に近づく。僕と白板橋は黙ってそれを見ていた。
 次に板橋の取った行動に僕はかなり驚かされる事となった。板橋は僕達の会話に干渉
してきたのだ。
 橋の架かっていない川を見るのに飽きたのか単なる気まぐれなのか分らないけど、板橋は
僕に助け舟を出してくれた、らしいのだ。
「鉄平、大人に向かってそう言う口利くのはどうかと思うよ」
「カケル兄ちゃん」
「この人はね、鉄平のこと考えてそう言ってるんだから、お節介だろうがなんだろうが、
そう言う人に向かって『うるさい』なんていうもんじゃない」
鉄平は一層不貞腐れた。
 人には言えない気持ちがあるのは僕にも分る。それを責められるのは理不尽だ。確かに
鉄平の態度には少し腹が立つけど、無理矢理心をこじ開けるような真似をした僕も悪い
んだろう。
 僕は慌てて鉄平のフォローに入った。
「ごめん、僕の方こそやっぱりお節介だったみたいだし。・・・ねえ、鉄平君」
「何」
「僕が駄目なら、板橋になら話せる?」
「・・・・・・」
「板橋になら話せるのなら、僕はここ外すよ」
僕は出来る限り優しい言葉で鉄平に語りかけた。
 でも、鉄平は首を振るばかりだった。
「なんだ、俺にも言えないの?」
「カケル兄ちゃんにもこれだけは言えない」
鉄平は深刻そうな顔を向けて板橋に言う。そうだよなあ、変人の従兄になんて言う気には
なれないよなあって場違いにも思ってしまう。
 自分だって中途半端な身内にゲイの事カミングアウトできるかって言われたら、それこそ
一番知られたくないし。
「なあ、鉄平・・・・・・」
「だから!言えないっていってるだろ」
三度目の問いかけに鉄平はついに切れた。鉄平の抱えている悩みがどれだけ深くてどれだけ
苦しいのか僕には分らない。
 けれど、こんな場面でこんな風に切れる程なのだから、鉄平にとってそれは目の前に立ち
はだかる大きな壁なんだろう。
 その鉄平の切れ具合に、カチンと来たのは板橋だった。
板橋の顔が段々と強張っていく。
「ここまで連れてきてやって、そう言うのってどうなんだ?」
「板橋っ!」
慌てて板橋の名を呼んだけど、板橋の口は止まる事はなかった。
「自分の都合は明かせない、だけど人は利用するって言うのか?」
その言葉に鉄平がうつむく。子どもに向かって言う台詞じゃない。板橋にしてみれば貴重な
東北の橋の旅が、こんなものに消えていくなんて納得いかないことかも知れないけど、でも
子どもに向かって利用するとかしないとか、そんなのは板橋こそどうかと思う。
「カケル、言いすぎ」
僕の気持ちを代弁するかのように白板橋が口を挟んだ。
「鉄平の中には利用するなんて気持ちはどこにもないと思うよ」
板橋も自分の言葉に反省したかのようにトーンを落とす。
「・・・・・・鉄平、ここに来るまでにいろんな人に迷惑掛けてきた事忘れるなよ?」
「それは・・・・・・分ってる。・・・・・・でも、こればっかりは絶対誰にも言えないんだ!言いたく
ない!もうほっといて!一人にして!」
「鉄平、あのなあ・・・」
「うるさい!もういいんだ!」
鉄平が頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜて首を振った。
「わかったよ!もう、こんなのやめればいいんだろ!帰るよ!帰ればいいんだろ!そう
したら文句ないんでしょ!」
食って掛かる鉄平に、一度は我慢した板橋の苛立ちが顔を出す。親切は仇だ。子どもって
なんて厄介な生き物なんだろう。
 道を踏み違えないように守ってやらなければならないのに、手を差し伸べれば鬱陶しがられる。
自分の子どもの頃の事など棚に上げて、僕は鉄平の隣で大人の振りをする。
「もういい、帰る!1人で帰る!」
鉄平が悔し涙を浮かべて板橋に叫んだ。
「俺が帰れば、皆迷惑しないで済むんでしょ!?」
売り言葉に買い言葉。温厚なはずの板橋の感情がむき出しになる。見たこともないような
怖い形相になって、板橋は鉄平を見た。
 子ども相手にそんな切れなくてもいいのに、そう思うけど止められる術がない。僕の隣
に立つ白板橋も困った顔で二人を見てる。
 僕はこっそり白板橋のシャツの裾を引っ張って合図を送ったのだけれど、白板橋は僕を
見て首を横に振っただけだった。
 僕達の入る余地はないらしい。

 板橋は鉄平を睨み下ろすと
「勝手にしろ」
そう言い捨てて車に戻って行ってしまった。







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