なかったことにしてください  memo work  clap

はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―



「お前だけには―――鉄平だけには絶対言えない」



「あんたの所為だからね。―――全部、鉄平君の所為だからね!!」



 ぴゅうっと秋の心地よい風が頬を掠めていった。
何もかもが中途半間なまま時間が過ぎていく。まるで空中分解して着地できなかった
模型飛行機みたいだ。
 やってきた事が役に立たない。無意味な時間が過ぎ去って、無意味な時間がやってくる。
鉄平のあがきも、僕のお節介も、このままうやむやと過去にされてしまうんだろうか。
蔵王の三途の川は目の前にあるのに、手の届かない別次元のようだ。
「さあ、鉄平、はしま君!橋が渡れないんじゃこの川は駄目だ!もうこんなところには用は
ない!次だ次!次いくぞ!」
「ワタル兄ちゃん・・・・・・」
白板橋は僕達の背中をぐいぐいと押して板橋の乗り込んだオデッセイに連れて行く。鉄平は
躊躇っていたが僕もその背中を押した。
勝手にしろ、といった割には板橋はちゃんと車で僕達を待っていてくれた。(このまま
ここに置いてかれたら、それこそ遭難してしまうわけだが)
 鉄平も不貞腐れたままオデッセイに乗り込んで、車は南下し始める。
今回ばかりは白板橋の陽気な話にもだれも乗ってはこなかった。
これから板橋はどこに向かうつもりなのか、僕は怖くて聞けないでいる。例えこのまま
帰ると言おうと、誰も反対する事はできないだろうから。
 上手くいかない時は本当に上手くいかない。それを身をもって知った。





板橋って本当は不器用で優しい人間なのかなあ・・・・・・。

蔵王を後にして板橋が向かったのは群馬だった。
夜遅くに群馬に入った僕達はそこでもう一泊することとなった。これが旅の最後の宿に
なるのか、まだもう少し冒険できるのか、僕は板橋に聞けずにその日は眠った。
そうして、次の日板橋がナビを設定した場所は群馬県甘楽町だったのだ。
「勝手にしろって言ったから、俺も勝手にするよ」
板橋は僕にそう言って「群馬の三途の川」へと車を走らせ始めた。後部座席を振り返えれば
白板橋が喉の奥でククっと笑いながら鉄平の頭を撫ぜている。
 僕もなんとなく笑ってしまった。


「昨日より結構いい条件になって来たと思ったんだけどなあ」
「いい条件って何」
「天気。見たまえこの曇天。絶好の幽霊日和じゃないか」
そんな日和あってたまるか。
 白板橋は三途の川の前で唸っていた。
群馬の三途の川は「庶民的」だったのだ。町の中を流れている所為でちっともオドロオドロ
しさがない。
 橋はあるけれど、誰もが普通に渡っているし、それが生活の一部みたいになっていた。
「天気がよければ環境が悪い」
「でも、あそこにお堂とかあるし・・・」
夜になったらこの光景はそれなりに怖いんじゃないか?
「うーむ、よし、そこに行ってみようではないか!」
白板橋は僕と鉄平の背中を押して歩き出す。慌てて振り返ると板橋は手を振っていた。
「写真取ったら車戻ってるから、あんたは行ってきな」
「・・・・・・うん」



 お堂には何も収穫はなかった。当たり前だろうけど、ここで幽霊に会えるわけもなく、
僕達は近くのベンチに並んで座った。
「最後の一つに賭けるしかないな」
「ああ、あと一つあるんだっけ」
鉄平を挟んで右と左に僕と白板橋が座る。鉄平は俯いて首を振った。
「・・・・・・もういいよ、こんな馬鹿げてる事やっても意味がない」
落ち込んでいる鉄平の頭を白板橋がぐりぐり摩る。
「鉄平それは違うぞ!意味はあるさ!」
「・・・?」
「願い続けなければ、幽霊になんて逢えるはずがないだろう。俺達なんて逢いたいって願い
続けて10年以上経ってるのに、未だ逢えずじまいだ。そう簡単に逢えるはずがない」
「・・・・・・そうだよね。簡単に逢えるはずがない」
「だからと言って諦めてはいかんのだよ、はしま君」
「え?なんで僕」
「恐山で俺達を探す事を諦めていたら、今頃君が幽霊になっていたかもしれない」
「・・・・・・そういう怖い事いうのやめてよ」
白板橋は鉄平の頭に手を置いたまましゃべり続けた。
「鉄平、人はね誰もが誰かに迷惑をかけて生きてるんだ。見たまえ、ここのはしま君なんて
俺達に迷惑をかけられっぱなしだ」
分ってるんなら、自重してよ。
「だけど、それは当たり前のことで、鉄平が気にすることじゃない。だからカケルが怒った
ことになんて、何にも気にすることはないんだ。現にカケルはこうして次の川に連れてきて
くれたし、本当はカケルだって幽霊に逢いたいんだよ」
「・・・・・・まっちゃんって子の?」
「うん。逢いたいな、まっちゃんには」
板橋の幽霊に逢いたいって結構純粋な気持ちだったのかな・・・?興味本位じゃないのか。
白板橋の言葉に簡単に騙されてはいけないとは思うけど、そう言う純粋な気持ちなら、
ちょっと板橋のこと見直しちゃうなあ。
「鉄平」
「何・・・・・・」
「誰かが死ねば、皆傷ついて悲しむ。同じ悲しみなんて一つもない。誰もが悲しいし、誰も
が悲劇の中心にいる。その中からもがいて抜け出すのは楽じゃないよな」
「・・・・・・」
「抜け出すために、更に誰かを不幸にすることだってある」
「・・・・・・そうかも」
「忘れちゃいけないのは、自分がどこに向かって歩いてるかってことだよ。悲しみのサークル
の中をぐるぐる回ってたら外には出られないからね」
「ワタル兄ちゃん・・・・・・」
白板橋がもう一度鉄平の頭を撫でると、鉄平の瞳から溜まっていた涙がぽろぽろっと零れた。
 僕も鼻につんとこみ上げる思いを隣でぐっと噛み締めていた。





車に戻った鉄平は運転席で待っていた板橋に真っ直ぐに言った。
「カケル兄ちゃん、ごめん。ごめんなさい。本当のこと話すよ」
鉄平は強い意志で自分の言葉を紡ぐ。その表情に板橋が驚いた。
「ん?」
「ごめんなさい。俺、自分勝手だった・・・。助けてくれた人の気持ち全然考えてなくて、
自分だけが傷ついてるって思って・・・・・・」
「別にもういいよ。俺も言いすぎた」
板橋はハンドルを握りながら鉄平の言葉に耳を傾けている。白板橋の言葉が鉄平の中に
しみこんだようだ。
助手席から振り返ると、白板橋はニコニコ笑っていた。どうしてこんなに空気を読めない
人間が、言葉一つで鉄平を救えるのか、僕は不思議に思う。才能なのかもしれない。
鉄平は一つ、大きな息を吸うとその吐く息にあわせて語り出した。全ての理由を。


「仲のよかった・・・親友だと思ってた雅博が死んだのは前に話したと思うけど、喧嘩した
時のことは、本当はもっと複雑だった」
鉄平の親友――都築雅博というらしい――が事故で死んだのは1ヶ月近く前なのだという。
 あのときの鉄平の話からすると、好きな子の話が原因で喧嘩になったらしいのだけど、
やはりというか、そこに鉄平が苦しんでいる本当の理由があったのだ。
「友達6人で遊んでたとき、クラスの中で付き合ってるヤツがいるらしいって話になって・・・」
「いまどきの子は小学生でも付き合ったりするのか?!」
白板橋が驚いて口を挟む。
「時々いるよ。珍しいけど。・・・・・・で、そのうち好きな子の話になった」
「ませてるんだなあ」
白板橋があまりに空気を読まない発言をするので、僕が小さくねめつけると白板橋は眉を
ひょいっと揺らしておどけて見せた。
「クラスに保科さんっていう可愛い子がいるんだ。ちょっと気が強いけど」
「鉄平はその子が好きなのか」
「好きっていうか・・・まあ、いいかなって思ってるくらいだったけど・・・みんなの前で誰が
好きかって話になったとき保科さんの名前言った・・・・・・」
鉄平は俯き加減になって言葉を止めた。
 握り締めた拳が震えている。その背中を白板橋がポンと叩いた。
「雅博も一緒だったけど、あいつ俺が話した後で、「俺、好きなやつなんていないし、
考えた事もなかった」って言ったんだ。他のヤツは皆名前言ったのに、雅博だけ言わなくて
皆が無理矢理にでも言わせようとしたんだけど、結局最後まで言わなかった」
「それで、後で2人になったときに、もう一回聞いたんだね?」
「うん」




「お前さ、本当は誰か好きな女子いるんじゃないの?」
「しつこいなあ、いないって」
友達と別れて二人きりになったあとで、鉄平はもう一度雅博に聞いていた。
「そうかあ〜?雅博、かっこいいし、モテるじゃん」
「関係ないよ、そんなの。それに俺モテない」
雅博はその話題に触れられるのが面白くないのか、早く切り上げようとしているように
みえた。しかし、鉄平の気は治まらず、飄々と歩いている雅博の後を追って何とか口を
割らせようと試みた。
「でも、気になる子くらいいるだろ?俺だって言ったんだぜ?みんなに言うのが嫌なら
俺にくらい教えてよ」
「鉄平、しつこいって。いないものはいないの!俺、そういうのより、皆や鉄平と遊んでる
方が楽しいもん」
「そりゃ、俺だって、付き合うとかよくわかんないし、雅博と遊んでるほうが楽しいけど」
「だろ?」
「でも、気になる子くらいいるだろ〜。なあ、教えろよ」
「うるさいなあ、いないって言ったらいない!」
この話は終わり、といわんばかりに鉄平を振り向くと軽く怒鳴りつける。流石にそこまで
言われると鉄平も引かずにはいられなかった。
「じゃあ、出来たら教えてよ?」
「できたら、ね」
そう言うと雅博はまた歩き出す。鉄平も慌てて隣に並んだ。
「それより、鉄平は本当に保科さんが好きなの?」
「・・・・・・好きってほどじゃないけど、可愛いかなって思っただけ」
「ふうん、そう」
「あっ、もしかして」
「何?」
「雅博も保科さんのことが好きなの!?」
鉄平は雅博が僅かに揺れた事に気づかなかった。
「んなわけないだろ!」
「本当に?」
「ほんとに!違う!」
「ムキになってる、怪しい〜。なあ、本当のこと言えよ!」
鉄平がしつこいほど雅博に食って掛かる。肩をぶつけたり、腕を揺さぶったりしたが、雅博
は口を割ろうとしなかった。
「なあ、本当のこと言えって!いるんだろ、好きなやつ」
「・・・・・・」
雅博は言葉を飲み込んだ。微妙な沈黙が出来る。鉄平は突然黙った雅博に驚いてその顔を
まじまじと見てしまう。
 雅博はゆっくりと動きを止めると急に真面目な顔になって、鉄平に言った。
「お前だけには―――鉄平だけには絶対言えない」





「そんな風に言われて、俺、キレちゃったんだ」
俯く鉄平の表情は見えないけれど、ひどく後悔している声に聞こえた。白板橋が鉄平の頭に
手を置いて優しく撫でている。





「なんで俺には言えないんだ!?俺達友達じゃないのか?」
「もちろん、友達だと思ってるよ、親友だと思ってる!」
「親友ならなんで言えないんだよ」
「親友でもなんでも、言えないものは言えない!」



「雅博なんて―――お前なんて親友でも何でもない!」





「思ってないこと、言っちゃったんだ。だけどそのときは止められなくて、そのうち雅博も
キレて、お互いひどい事言って、俺そのまま走り去った」
「そんな事があったのか〜。まあ小学生の喧嘩なんてよくある事だ」
「雅博と喧嘩したの初めてだったよ。だからどうしていいかよく分らなかった。謝ったら
いいのか、どうしたらいいのか分らなくて3日くらい過ぎた。それで、ずっと無視みたいな
状態が続いてたら雅博から声かけてきた」



「本当のこと話すから、学校終わったらいつものとこで待ってて」



それが雅博と話した最後の言葉になった。
「雅博が来るのずっと待ってた。暗くなって、なんで来ないんだろうって不安になっても、
もう少しだけ待とうって思ってた」
「夜まで待ってたの?」
「ううん・・・・・・日が落ちて、なんか変な気持ちになったんだ。なんていうのかよく分らない
けど、急に不安になって急いで家に帰った」
虫の知らせとかそういうものなのかな。僕にはそういうのを感じた事がないけど。
「家に帰ったら、母さんがびっくりした顔で僕を迎えてくれた。俺の事、探しに行こうと
してたみたいで、俺の顔を見ると『あんたは怪我してない?』って聞いてくるから、何か
あったのかって・・・・・・」
僕の拳にも思わず力が入る。聞きたくない一言だ。
「『雅博君ね、鉄平と遊ぶために出掛けた直後に交通事故にあったのよ。あんた今までどこ
にいたの?もうこっちは大変で・・・』って。俺、母さんの言葉の意味がよく分らなかった」
家を飛び出したのを止められて、お母さんと一緒に病院に行ったときは、もう遅かった
らしい。雅博の家族が号泣していたことくらいしか覚えてないと、鉄平は言った。
 なんて痛い経験なんだろう。なんでこんな経験しなくちゃならないんだろう。
僕には友達を失った経験がないからその気持ちを正確にわかりあうことは出来ないけど
想像くらいなら出来る。
「お葬式の時もずっと傍にいさせてもらった。何度も謝った・・・・・・雅博が骨になって出て
きた時、泣きすぎて倒れた・・・・・・」
「俺達も、まっちゃんが死んだときはそんな感じだったなあ。骨になって出てきたあの瞬間
って漠然と「終わった」って思うもんだよ」
「うん・・・・・・。でも、辛かったのはその後のことだった」
「ん?」


鉄平の苦しんでいる本当の理由に漸く辿り着く。僕は何度も目を瞬いて鉄平を振り返った。
「お葬式が終わって、クラスの雰囲気もやっと落ち着いて来たときに、保科さんから呼び
出されたんだ」
「保科さんって鉄平が好きな子か」
「・・・・・・うん。好きだったかもしれない子・・・・・・」
「なんか含みがあるなあ、その言い回しは」
「保科さん、雅博が事故に遭ったときの話を俺に聞いてきた。その二三日前から俺と雅博
の様子がおかしかった事気づいてたみたいだから、喧嘩したこと正直に話した」




「そんなくだらない理由で・・・・・・」
「くだらないって・・・そうだよ、くだらない理由だよ!」
お前なんかに何が分る、そんな気持ちになって保科を睨むと、保科は泣きそうな顔で鉄平
を睨み返した。
「鉄平君さえ都築君と喧嘩しなければ、都築君、死なずに済んだのに!」
その言葉に鉄平が反論できる余地がない。自分さえあんなくだらない事言わなければ、
喧嘩しなければ・・・過去への仮定は虚しくなるだけだ。
 保科は鉄平の気持ちなど微塵も知る由もなく自分の感情だけをぶつけた。
「あたし、まだ都築君から答え聞いてないのよ!?」
「答え・・・?」
「告白の答えよ!あんた達が喧嘩するちょっと前に、あたし都築君に告白したのよ!」
「え?!」



「あんたの所為だからね。―――全部、鉄平君の所為だからね!!鉄平君が都築君を
殺したんだわ!!」



頭を鈍器で殴られたような衝撃。全てが繋がって、繋がった途端、ずしりと重たい枷が
はめられた気分だ。
 単純だけど行き場のない気持ち。誰も悪くないのに、誰もが痛い。


「雅博なんて―――お前なんて親友でも何でもない!」


「お前だけには―――鉄平だけには絶対言えない」


聞こえないはずの雅博の声が僕の頭の中でリフレインする。雅博はどんな気持ちでこの言葉
を発したのだろう・・・・・・。






――>>next








よろしければ、ご感想お聞かせ下さいvv

レス不要



  top > work > はしま道中流離譚 > 道中お気をつけて12
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13