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韋駄天ラバーズ



ここ数日の亜希の口癖。
「そろそろ、俺に惚れただろ」
半ばヤケクソのような台詞に、真野も冗談半分で
「そりゃあ、もうベタ惚れだ。このさわり心地のいい肉とかな」
と、亜希の顎をたぷたぷさせて言うのだ。
お決まりの形式美みたいになっていて、それをやらないと、二人の会話は始まらないの
だから、もし周りの人間が見てたら、中てられたとしか思わないだろう。
 お互い、胸の内を隠したまま、1年が終わろうとしていた。




□□亜希のダイエット記録□□

3月某日――ダイエット170日目
実行中のダイエット:真野の命令ご飯メニュー+真野の地獄のストレッチ運動

朝食:ご飯、豆腐の味噌汁、サラダ
昼食:母さんが考えたダイエット弁当(唐揚げ入ってないバージョン)
夕食:ご飯、野菜たっぷり味噌汁、焼き魚
体重:73.1(か、唐揚げ、肉〜!肉!食わせろー!)
一言:唐揚げと焼肉やめただけでまだコレだけ痩せるのか・・・・・・呆れた(真野)



「このグラフ眺めるのも最後かもしれないと思うと、感慨深くなっちゃうわ」
敦子達は教室の後ろ側に貼ってある亜希のダイエットグラフを眺めながら、切なそうに
呟いていた。
 グラフはお正月のリバウンドがぼこっと山を作っているけれど、その後もなだらかな
右下がりを描いている。順調に減り続けている体重は、現在73キロ。日付を見ると、今日で
3学期も終わりだ。
 敦子達と一緒にその軌跡を眺めていた亜希も、感慨深くなってしまう。ダイエット始めて
真野と喧嘩して、目的がばれて、また一緒にダイエット始めて・・・・・・。
 グラフの角度が変わる節目には必ず何かが起きてた。そこに矢印で書き込みたいくらいだ。
「2年になっても、続けるよね?」
「う、うん」
「皆、同じクラスになれれば問題ないけど、そうそう上手くはいかないよね」
「・・・・・・」
真野ともクラスが離れるのか。
 もう体育の時間にあんな風に喧嘩することもない。そう思うと、亜希は淋しい気持ちの
方が先に込み上げてきた。
「なんだか淋しいね」
「亜希ちゃんと真野君の喧嘩、見てるの好きだったのに」
「面白くないよ、そんなの!」
自分が一番淋しいことを亜希は隠しながら、敦子達の会話に適当に頷いた。



 終了式が終わって、見たくも無い通知表を渡されると、クラスが「解散」したような気分
になっていた。亜希もクラスの雰囲気に飲み込まれて、一年を感傷に浸りながら思い出して
そして、真野を思って焦った。
(俺、何で焦ってるんだ・・・)
中学の頃だって、好きな子と別れるのが切なくなったこともあったけど、今日みたいに、
焦りを感じたことはなかった。
 2年になって、真野とクラスが分かれたら、どうなるんだろう。廊下ですれ違っても気軽
に声を掛け合うような関係じゃないし、会えば喧嘩腰でしゃべってしまう今の自分と真野
のつながりが、どんな風に変わっていくのか、想像ができない。
 クラスが離れてフェードアウトが一番ありえるかな。それは一番嫌な終わり方だと亜希
は思う。
「高城ー、2年になってもがんばれよー」
「ちょっと痩せて、美少年の片鱗、見えてきた気がするしな」
からかい半分で亜希を励ましながら、クラスメイトが次々と教室を出て行く。
「次も同じクラスになれるといいね」
「2年も同じクラスになったら、亜希ちゃんが痩せてくの、間近で見られるもんねー」
「どんどん美少年になってくよ、きっと」
「春休み明け、会うの楽しみ」
敦子達も軽やかに笑いながら、亜希を置いて去っていった。
 取り残されていく亜希に、教室に残る生徒がどんどん減っていく。亜希も慌てて鞄の中
に持ち帰りきれなかった教科書やら辞書やらを詰め込んで、席を立つ。
 教室を見渡せば、そこには真野がまだ残っていた。
 真野は席に座ったまま、眉間に皺を寄せて、紙を見ていた。なんだろう。少しだけ目を
凝らして見ると、真野が持っているのは手紙のようだった。
(1年最後の日にも告白の手紙とかもらっちゃうんだな、こいつは)
ちくんと棘が刺さったみたいに、心に痛みが走る。
 真野みたいなカッコいい男に彼女が出来ない方がおかしいってことを亜希は今更ながら
思い知る。2年になって、新しいクラスで新しい出会いがあって、そこに真野のストライク
ど真ん中の女の子が現れたら・・・・・・。
 自分なんて勝ち目がない。それどころか、真野に彼女が出来たら、ダイエットだって協力
してくれなくなるんじゃないか。
 亜希の不安と焦りは益々大きくなった。



「何?」
「・・・・・・!?」
ぼけっと真野を見ていたことに気づかれて、亜希は目を逸らす間もなく真野にその視線を
捉えられてしまった。
 真野は一瞬眉間に皺を寄せたあとで、挑発的な態度を見せた。
「・・・・・・ふん、これか?」
ひらひらと手の中の紙を振る。
「これが、気になる?」
「べ、別に!」
「読みたい?」
「真野宛のラブレターを俺が読んで何が楽しいんだ!!」
「高城が嫉妬で燃える姿が見えたら、俺は楽しい」
「はぁあ?!」
真野は手紙をぞんざいに鞄の中に突っ込むと、鞄を肩に引っ掛けて、亜希に近づいてくる。
 そして、空いてる方の手を、亜希の身体に絡ませて、口を亜希の耳元までくっつけた。
「なあ、高城」
真野が時々やってくる過度のスキンシップに、亜希は毎回心拍数が上がって、どうかなり
そうだ。真野は亜希に意地悪するためにこうやって近づいてくるのだろうけれど、亜希に
とってみれば、好きな相手に抱きしめられてるようなものなのだから、平常心でいろと
言われる方が難しい。
 亜希の右耳は切れそうなくらい熱くて、亜希は真野の中から逃げ出そうともがいた。
「お前ってさ、俺を惚れさせようとするし、惚れたって聞いてくるけど・・・・・・」
びくっ。亜希がその言葉に反応して振り向くと5センチ先に真野の唇が見えた。
 形のいい唇がゆっくり動く。亜希は熱にでも浮かされたような気分でそれを見た。
「そういうお前こそ、俺に惚れてるんだろ」
「?!」
「それ、隠してるつもりか?俺に惚れてるの、バレバレ」
「な、な、な!なんで?!」
なんで!?いつ、どこで、ばれた!?この気持ち、美咲にしか言ったことないのに・・・・・・!
揺れる瞳を真野に見つめられて、亜希は更に追い込まれた。
 これだけは、絶対に守らなければいけない秘密だったのに。そんなにあからさまな態度
を取った覚えは無い。
 真野の勘の良さに亜希は背筋が冷たくなった。
ここで告白したら、どうなるんだろう。真野に気持ち告げたら、真野は軽蔑する?それ
とも、受け入れて・・・・・・くれるわけないよな。
 唇をかみ締めて動揺する亜希に、真野はふっと絡ませていた手をどけた。
「・・・・・・なんだ。お前、本当に俺に惚れてるのか。そうか、ふうん」
「?!」
軽い声に亜希は焦点が定まらず、くらくらと揺れた。
「カマ掛けただけなのに、何か釣れたな」
「ええ!?」
「ふうん、そうか。お前が俺にねえ」
納得しかける真野に、亜希は全速力で否定する。また自分はこのサイテー男に騙されかけてた
のか!
「ば、馬鹿か!なんで俺が真野みたいなサイテーな男に惚れなきゃならないんだ」
「さあ。俺の方が聞きたい」
「っていうか!全然惚れてないから!お前になんか!!」
「あ、そう」
ニタニタ笑う真野に半分以上本気のグーパンチをお見舞いしたら、真野はふわりとその長身
な身体を右に揺らして亜希の鈍足なパンチを軽々と避けた。
「全然!惚れてない!お前の方こそ、そうやって俺の出方見てるけど、ホントは惚れてる
んだろ!」
不毛な言い合い・・・・・・いや、どこのじゃれ合いカップルかと、呆れられそうな会話をしながら
真野は最後に亜希のケツを足で蹴った。
「そんなに惚れて欲しければ、さっさと着替えて体育館行くぞ。部活始まるまで、みっちり
扱いてやる」
「・・・・・・言われなくても、行くって!一々蹴るなよ!!」
「お前のケツ見ると、蹴りたくなる。部室で着替えてるから、さっさと準備して来いよ」
真野はそう言うと、さっさと一人で教室を出て行ってしまった。
 残された亜希はブツブツ文句を言いながらも、さっきの自分の失態に、脇の下に嫌な汗
をたっぷりと掻いていた。
「・・・・・・ばれてる?いや・・・・・・きっとばれてない!・・・・・・多分」





 部活が始まる前の2人だけの日課は、以前の亜希にとっては苦痛以外何物でもなかった。
ムカつく真野と一緒な上に、辛いストレッチや筋トレ。逃げ出せるものなら、いつだって
逃げ出そうと思っていたのに、今の亜希は、これが全然苦痛じゃない。
 それどころか真野を好きだと自覚してからは、この時間が楽しみで仕方なくなっていた。
 だから、1年が終わっても・・・・・・例えクラスが離れてしまっても、この時間だけは、続けて
いたかった。
 どうやったら不自然じゃなく、この関係が続けられるか。亜希は1年生最後の日が近づく
につれて、そればかり考えていた。
 2年になってもダイエット協力して。素直にそう言えばいい。たったそれだけの事だ。
分かってるけれど、その一言が亜希の意地やプライドに阻まれて、なかなか出てこない。
真野が自分から、続けてやるなんてそんな甘い言葉掛けてくれるとは期待してないし
真野の性格から考えると、クラスが離れてまで、真野が自分の事を追いかけてダイエット
させようとするようにも思えなかった。
 自分が動くしかない。自分で、協力して欲しいと言うしかない。分かっているけど、亜希
の口は一向にその言葉を発することは出来ないでいた。
しかも、さっきの教室での際どい発言が、更に亜希の口を重くする。すがるような事を
すれば、今度こそ気持ちがばれてしまう。
 それだけは絶対に避けなければ。自分の気持ちは最後の砦なのだ。



「足上げ腹筋、あと10回!」
真野がバスケットボールを亜希の腹の上に押し付けた。
「うぐぅ」
寝転がって、足を上げると、真野がその足を床に向かって叩く。
 亜希のぷるんとした足が床ギリギリのところで耐えて、再び上がってくると、その足を、
真野は再び力強く床に叩きつけた。
「ふぐぅ」
「足曲げるな!伸ばせ」
「・・・・・・んなこと、言っても!」
食いしばりながら自分の足をよろよろと持ち上げると、真野は容赦なく、再び亜希の足を
床に叩き付けた。
「ぐぃひぃ〜」
足が上下に往復するたび、腹筋が千切れそうなほど悲鳴をあげている。
「もう、む、り」
「やれ!ラスト!一回!」
バシンと足を叩かれて、亜希は最後の力を振り絞って足を上げた。



「ふう!ぐう!・・・・・・」
亜希は腹を押さえて、寝転がったまま呼吸を繰り返してた。それから、ごろごろと回転して
鞄のところまでたどり着くと、手探りで鞄の中からペットボトルの水を取り出した。
「水・・・・・・苦しい・・・はあっ」
春先とは思えないほど、亜希の額や背中には汗が噴き出している。それを拭う余力すら、
亜希には残っていなかった。
「あれ・・・・・・水・・・・・・」
辞書や教科書の詰まった鞄を手探りで、しかも仰向けに寝転がったまま取り出そうとしている
姿に、真野が呆れた顔をした。
「お前なあ・・・・・・」
「あった!水!」
そう言って鞄の中からペットボトルを出すと、ひらり、鞄の中から紙が一緒に飛び出した。
「落ちたぞ」
「ん?」
真野は落ちた紙が何であるか確認した上で、当たり前のようにそれに手を伸ばした。
「!?」
真野はそれを開いて、鼻で笑った。
「・・・・・・ぶっ、お前。体育2か」
「ちょ!それ、俺の通知表!!人のプライベート覗くなよ!!」
「ひどいな。・・・・・・どれも平均以下。俺、「2」とか初めて見た。激レア。感動」
「うるさい!!」
亜希は最後の力を振り絞って、真野に手を伸ばしたけれど、真野は軽々とそれを避けた。
「返せよ!」
「あの体育じゃ、2も当然か・・・・・・まあ、もうちょっと痩せたら3ぐらいは取れるんじゃ
ないの」
「うっさい!わかったよ!痩せる!痩せてやる!痩せて体育だって3でも5でも10でも取って
やる」
「ふうん、言ってろ、言ってろ。でも、お前2年になっても、痩せられるか?」
挑発されて、沸点の低い亜希はすぐに喧嘩モードにギアが入ってしまう。
「痩せるよ!痩せてやる!でも、お前も協力しろよ!!」
「・・・・・・」
「クラス離れても、ちゃんと手伝えよ!!」
「・・・・・・」
「死ぬ気でやらせるって言ったの、お前なんだからな!最後まで面倒見ろよ!!」
どうして、こう言う大切な事まで喧嘩腰になってしまうのか。けれど、勢いで出た言葉には
勢いがついていて、真野はど真ん中で受け取ってくれていた。
「高城って一緒にいればいるほど、面白くなるやつだな」
「・・・・・・」
「飽きるまで、一緒にやってやるよ」
真野の言葉に、亜希は心の中でガッツポーズを繰り返した。どうせなら録音して黄門様の
印籠みたいに持ち歩きたい気分だ。真野を信用してないわけじゃないけれど、一緒にいられる
かどうかの不安が常に付きまとうのが、恋する乙女の性なのだから仕方ない。
「ぜ、絶対だからな!」
来年の確約を思わぬ形で手に入れた亜希は、照れ隠しのためにやっぱり喧嘩腰で真野に
言い放っていた。




□□亜希のダイエット記録□□

4月某日――ダイエット190日目
実行中のダイエット:真野の地獄のストレッチ+筋トレ運動

朝食:パン、サラダ、フルーツヨーグルト
昼食:カレー(おかわり2杯)
夕食:カレー(おかわり3杯)
体重:72.3(新陳代謝、カレー効果!)
一言:お前、馬鹿だろ。カレーは高カロリーだ。毎回書くのもうざいけど、食いすぎ(真野)






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