なかったことにしてください  memo  work  clap
Re:不在届け預かってます


 Re:帰るから・・・




 コタツの中に丸まりながら、奈央は智優を迎え入れてくれた。
この時期、夜になればまだ寒く、コタツの中でぬくぬくと温まると、智優の思考も少しずつ
まったりと落ち着いてきた。
 出されたマグカップの中は煎茶で、ミスマッチなのに、それが余計に智優のヒートアップ
していた心を取り戻させている。なんで、あの場から逃げ出してしまったんだろうと、少し
の後悔を胸に浮かべながら、智優は奈央の呆れている顔を見上げた。
 こうなった経緯を、奈央は静かに聴いてくれていたが、最後には苦笑いの溜息を吐かれた。
「呆れてるな・・・」
「懲りないなあって思っただけ」
「喧嘩したくてしたわけじゃないって」
「でも、結果として、こうなったわけじゃん?」
「だって、蛍琉が・・・・・・」
智優は思わずブツブツと文句を言い出す。奈央はマグカップの煎茶を冷ましながら一口、
口に含むと、ごくりと喉を鳴らして飲み込んで、それから智優にびしっと言い放った。
「そりゃあ、智優が悪い」
「奈央・・・」
手にしたマグカップをコタツのテーブルに戻すと、奈央は智優の顔をしっかり覗きながら
しゃべり始めた。
「俺はさ、成岡とは高校が一緒で、そのときにちょっとだけしゃべった分だから、成岡の
性格なんて殆ど知らないよ。でも、智優はガキの時からずっと一緒の学校だし、一緒に
遊んでた仲間だから、お前の事は多分すごくよく分かってる・・・・・・つもり」
「なんだよ、突然」
「ああ、うん、まあ聞けって。智優と成岡の今までの関係は、とりあえずおいとくって話
にしてさ・・・・・・」
「うん」
「智優の性格を踏まえた上で、一方的に言わせて貰えば、今回の事はお前が悪いよ」
「なっ・・・・・・!」
奈央が味方についてくれるとばかり思っていた智優は、奈央の発言に思わず背筋を伸ばした。
「見つかるかもしれないリスクがあるのに、隙がありすぎなんだよ。智優は昔からそうだ。
詰めが甘い。完璧に綺麗にこなせると思わせておいて、どっか抜けてるんだ」
奈央の言葉を聞きながら、智優は驚いていた。
「嘘を吐くなら、完璧につき通せ。それが鉄則だろ」
「そう、かな・・・・・・そうかも」
「だから、今回は隙を見せたお前が悪いんだよ」
智優は上ずった声で奈央を見返した。
「隙を見せた?嘘を吐いた、じゃなくて?」
そんな智優の表情を、奈央は少しだけおかしそうに見ながら首を振った。
「嘘を吐いたことが悪いとか、そういうのは価値観だからどうしようもないだろ。お前は
黙ってた方がいいと思ったんだし、成岡はちゃんと言ってほしかったって思ったんだろう。
人によって対処の仕方に好みがあるのはどうしようもないじゃん。まあ、嘘も方便って言葉
があるくらいだから、必要な嘘はあると俺は思ってるけど、そういうのは価値観なんだから、
2人でちゃんと話し合って、ルールを作るしかないだろ」
「そういうもんかなあ・・・・・・」
「まあ、大元を糾せば、そういう話し合いをしてない2人が悪いんだろうけど」
奈央は智優をちらっと見て、コタツの上のタバコを引き寄せた。
 箱から1本引き抜いたタバコに火をつけて、ふうっと旨そうに吹き出す奈央の動作を智優
はぼんやりと見た。
「どうせ、そういう話し合いもできてないんだろ、お前らは。でもさ、智優が自分の価値観
で嘘を吐いて黙ってるって決めたなら、それはそれでいいと俺は思う」
「奈央・・・・・・」
「だけど、それは誰にもばれたらダメなんだよ。特に成岡になんて絶対バレちゃダメだ。
そうやってバレた時点でお前が悪くなるんだから」
「うん・・・」
「中途半端なことはするなって事だよ。リスクを考えてなかったっていうのなら、智優
の詰めが甘いんだ。世の中自分の都合だけで回ると思うなよ」
隙を見せたから自分が悪い・・・・・・。奈央の言ってることはストンと心の中に入ってきた。
 確かに配慮が足りなかったと、暢気に一花と歩いてる場合じゃなかった。自分だって
蛍琉の事を、適当にしていた気がして、智優は本当の意味で落ち込んだ。
「どうしたー、珍しく俺の前で落ちこんでんじゃん」
タバコの灰を灰皿に落としながら、奈央は珍しく本音で落ち込んでいる智優を見て苦笑い
した。いつもはスマートな大人を演じて、けして自分達にだって、舞台裏を見せない智優
が、こんなに落ち込んでいる。
 寒の戻りで雪でも降るんじゃないかと智優を茶化すと、智優は自分が思わず本音を洩らして
いたことに漸くそこで気づいた。
「あー、やばいな、奈央に超かっこ悪いところ見られた。詠汰には言うなよ」
ニヤリと笑った顔はちょっとだけ弱々しくて、まだ仮面を被りきれていないように見える。
強がってばかりの智優の一番の欠点は、本当の崖っぷちにならないと人に弱音を見せられ
ないことだと、奈央は思った。
「まあいいけどさ。潰れる前にたまには頼れよ」
「・・・・・・十分頼りにしてるって」
照れたように顔を逸らすと、智優は飲みかけのマグカップの煎茶を全部飲み干した。
「俺、帰るわ」
「はいはい、そうして、そうして」
智優の発言にも奈央はその行動を読んでいたかのようにしっしと掌を振った。
「こんな狭い部屋に泊まられるだけ迷惑だって」
「邪険に扱うなよ!」
「智優のうちの方がずっとか快適でしょうが」
「・・・・・・」
「それに、待ってる人がいるなら、どんなことがあっても帰るべきだと俺は思うけど」
「う、ん」
「成岡、心配して寝ないで待ってると思うよ」
「そうか〜?アイツ、平気で寝てそうだけど」
「じゃあ、成岡が起きて待ってるに、飲み代1回分!」
ニシシと奈央が笑うと、智優も困ったように頷いた。奈央の優しさが沁みる。かけがえの
無い友人だ。照れくさくて面と向かって言えはしないけれど、蛍琉とは別の意味で失い
たくない人だと智優は思った。





 奈央の部屋を後にすると、智優はスプリングコートを着なおして、足早に家に向かった。
蛍琉には取り合えず謝ろう。奈央の言葉は自分の中にすんなりとなじんでいた。人と付き
合っていくのには折り合いが必要で、そんなのは営業所に来る客も、恋人も同じだ。折り
合う場所が違うだけで、恋人だからと言って100%相手を受け入れる必要も、自分を認めて
貰う必要もない。上手くやっていく方法を見つけることが必要なんだと、奈央の言葉には
はっとさせられた。悪いのは嘘をついた自分ではなくて、蛍琉を傷つけた自分。そこに信念
があるから、後ろめたさも全部飲み込めるはずだ。
 何もかも分かりかえるカップルなら苦労しないんだろうな、と智優は自虐的に思う。それ
でも、智優は蛍琉から離れたくないし、この気持ちは未だに冷めては無い。自分達のスタンス
で繋がっていればそれでいいんだと、智優は思った。
 信号で立ち止まると、ポケットから携帯電話を取り出して、用件だけをメールした。
打ってる間に、色々書こうか迷ったけれど、結局送信ボタンを押したときには、一言しか
書けていなかった。



from:智優
sub:帰るから・・・
  今から帰る





 マンションの前で部屋の明かりを確認した。リビングの窓は真っ暗で、寝室の明かりが
カーテンの隙間から洩れている。まだ起きてるんだろうか。メールの返事は未だに無くて
智優はそれが不安でたまらなかった。
 足早になりながら、エントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。「閉」ボタンを
連打して、5階ボタンを押した。動き出すまでの僅かな時間でさえもイライラしてもどかし
かった。
 ドアが開くと同時にエレベーターから飛び出して、智優は大股で歩く。深夜だから、
なるべく足音を消して歩こうとしているのに、上ずった心の音が洩れ出るように、カツン
カツンと靴の音が鳴った。
 玄関を抜けて、真っ暗なリビングを手探りであるいて、そしてたどり着いた2人のベッド
ルーム。ベッドルームのドアはきっちり閉まっていて、それが拒絶のサインのようにも思え
てくる。
 けれど、ここで怯んでるわけにはいかないのだ。今日のうちに傷を修復させなければ、
傷は広がっていくだけだ。蛍琉を手放したくない。今の智優の気持ちはそれだけで、その
為には何でもしてしまうかもしれないと、意地っ張りの智優が珍しく弱気になっていた。
 流石に入る前は胸がちくりと痛くなって、智優はYシャツの上からぎゅっと胸を掴んで
呼吸を繰り返すと、恐る恐るドアノブに手を伸ばす。
 ノック3回で、返事も聞かずに智優はドアを開けた。
「・・・・・・蛍琉、起きてる?」
ベッドルームに顔だけ突っ込むと、ベッドの上で蛍琉が雑誌を読んでいた。顔を上げて、
智優を確認すると、複雑な表情を作った。
「帰ってきたんだ」
「うん・・・」
話も聞いてくれないほどの拒絶ではないと肌で感じると、智優はおずおずとベッドルームに
足を入れる。
「あの、さ・・・・・・」
蛍琉の顔が目の端に入るくらいの距離でダブルベッドに腰を下ろした。正面向かって顔を
合わせる勇気がない。これから言う台詞は、智優にとってそれ程に重かった。
「蛍琉・・・ごめん」
「!?」
蛍琉の動きがぴたりと止まった。空気が一気に張り詰めて、智優は窒息しそうな気分だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
言葉が続かないのは、お互いこんな展開に慣れてないからだろうか。智優は恐々と蛍琉を
振り返った。
「智優が謝ってくるなんて」
蛍琉は驚いていた。
「お、俺だって、悪かったと思えば謝るよ!」
「悪かったと思ってるの?」
蛍琉の言葉に智優はちくんと胸が痛む。悪かった。そう、悪いのは自分。だって・・・・・・
「・・・・・・奈央に言われて、気がついた。俺、蛍琉の事傷つけたから・・・・・・」
嘘を吐いたことはやっぱり謝る気にはなれないけれど、傷つけたことは、素直に謝れた。
そんな殊勝な態度の智優を見たのは、蛍琉の記憶の中でも数えるほどしかない。
 蛍琉は肩に張った力を抜いて、ベッドの背もたれに身体を預けた。
「彼のところに行ってたの」
「そうだよ、他に行くところなんてない」
「・・・・・・いっぱいいるんじゃないの?」
意地悪な質問は、やっぱり自分の行いは見通されている証拠だった。智優は拳を握り締めた。
「・・・・・・別れても無いのに、俺はそういうことしない!」
それは自分のポリシーだ。欺瞞だといわれても、自分の中で「別れた」時でなければ、他
の男の元には行く気にはなれない。「浮気」はしないと決めている。蛍琉にしてみれば、
浮気とどう違うのか、複雑な気持ちは持ち続けるはめになるのだけれど。
「そう。・・・・・・ちゃんと帰ってこれてよかった」
「俺のうちだもん、帰るよ」
「また帰ってこないかと思ったけどね」
「蛍琉!」
蛍琉が少しだけ表情を和らげた。緊迫の空気は薄れている。
 根本的な解決はしてないけれど、智優は、価値観の違いは、分かったつもりだし、小さな
ことに目を瞑っても、手放したくない程、目の前の恋人はやっぱり愛おしいと思うのだ。
 智優は蛍琉の手の上に自分の手を重ねた。
「なあ・・・・・・俺達、ちゃんと仲直りできる?」
蛍琉の切れ長の瞳を見つめると、蛍琉は智優の髪の毛に手を伸ばして、ゆっくりと撫でた。
「智優は、俺の事・・・・・・」
「何」
「・・・うん、まあ、いいや」
「なんだよ」
智優が顔を覗き込むと、蛍琉はそこで暫く固まった。それから、おでこに唇を寄せて、ぎゅっと
身体を引き寄せた。
「身体冷えてる。風呂まだでしょ、早く入っておいで」
「・・・・・・あぁ・・・」
智優は肝心の一言を聞き逃してしまった気分のまま、部屋を出された。
 この曖昧さがいけないんだ。曖昧なのは楽だけど、自分達の繋がっている糸が太いのか
細いのかも曖昧にされてしまう。
 いつかはちゃんと腰を据えて話し合わなければと思いながら、智優はとりあえず訪れた
目の前の安定に、気持ちを奪われて、またもぐるぐるとした想いに蓋をしてしまった。
 早く蛍琉と一緒に眠ってしまいたかった。



 熱いシャワーを浴びて、素早く戻ってくると、蛍琉はまだ雑誌を読んでいた。
「起きてたの?」
「待ってたよ」
「うん。ありがと」
「おいでよ」
「・・・・・・うん」
ベッドにもぐりこんで、2人は身体を寄せる。蛍琉の体温は暖かく、智優は蛍琉の腰に巻き
付くと、蛍琉の匂いを感じてほっと息をついた。自分の帰る場所はここがいい。
 蛍琉が智優の髪の毛に唇を落とす。ちゅっと小さな音が響いた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
蛍琉の瞳はにごったまま、それを気づかれないうちに蛍琉は、そして智優も目を閉じた。





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