なかったことにしてください  memo  work  clap
天 体 観 測 



「ふん、コイツはずっと昔から、一真のことを恋愛対象としてみてたんだ」
要が眉間に皺を寄せて目を閉じた。ジーザス、そんな心境なのだろう。要はいつからか気づいて
いたのだ。
(『隼人先輩は僕と一緒だから、気づいた』・・・そう言う意味だったのか)
隼人は下唇を噛んだまま、その場に立ちつくした。
「俺は、こいつを使ってやろうって決めた。おかしいことに、俺も大槻も一真も、みんな
S大に進学して、一真はこのサークルに入った。当然大槻が入ることは分かっていたし、俺も
躊躇いなくこのサークルに入った。後の計画なんて、単純さ。このサークルを利用して、
大槻に一真を連れ回させて、雛姫との距離を取らせる。ただ、それだけさ。飲み会、合宿
なんでも理由つければいい。まあ、尤も俺が後ろで糸引かなくたって、大槻は自分の意思
ってヤツで、一真と雛姫を引き離してたトコがあったけどな」
隼人の歯切りしする音が今にも聞こえてきそうだ。
「こいつは一人別の学校だし、仕事始めてからは、この距離ってヤツがすごい効果を発揮した。
笑えるくらいに、二人の間には溝が出来てた。・・・だから。だから、後は大槻がさっさと雛姫から
一真を奪ってくれればそれで俺の復讐は終わったのに!」
「復讐?」
雛姫の震える声に、木久が被せるように言う。
「ああ、そうさ。俺と同じように惨めになればいい。彼氏を彼氏の親友だと思っていた男に
奪われて、悲劇のヒロインでも演じていればいい。そうやって、どんどん惨めな気持ちに
させてやりたかったんだよ!!」
「ひ、ひどいわ・・・」
「ひどいことをしたのは、どっちだよ。お前が、あんな風に俺から離れていかなければ、俺だって
こんなことしなかったっ!!」
掴みかかる勢いで雛姫に向かって叫ぶ。雛姫の瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。
 春樹は呆然として動けなかった。こんな狭い人間関係の中で、腐り果てるまで、落ちなければ
誰も報われないのか?いや、もう誰もどう足掻いても報われないような気がしていた。
 隣の要は既にそれを悟っているのか、何も言わず事の成り行きを見ているようだった。
 隼人が大きなため息をついて、首を振る。
「もう、いいよ。やめよう。オレが初めからちゃんと言えばよかったんだ。それではっきり振られ
ていれば、こんなやっかいなこと起きなかった」
「隼人・・・」
「あの日、一真に訳も分からず殴られた。ただ、俺には心当たりは十分あった。雛姫ちゃんの
事で一真が怒ることなんて、木久の事以外考えられなかった。そうしているうちに、俺も武田が
しゃべっていた話と同じ噂を耳にした。まるで意図的に広められているようで、俺は木久を
ここに呼び出した。木久と雛姫ちゃんが付き合っていたのを知っているのは高校時代の3人
しかいないはずなのに、話が広まって、しかもおかしなおまけまでついて・・・それで、俺は
間違いなく木久の仕業だと確信した」
隼人も覚悟を決めたようなテンションで、淡々としゃべる。
「こいつは・・・悪びれもせず、俺に言ったんだ。俺がせっかくお膳立てしてやってるのにって。
腹が立った俺は木久をぶん殴ってやったけど。俺は今までもこれからも、一真に気持ちを伝える
気は一切ない、そう言ってやったんだ。そう言いながら俺はここから木久を蹴り出した。その後で、
雛姫ちゃんから電話があって、一真と別れたことを知った」
「あっ!・・・あの時、口から出してた血は、僕とぶつかったからじゃなくて、隼人先輩に殴られた
からだったんですね」
要は思い出したように、呟いた。それを受けて木久が皮肉そうに笑う。
「口からでまかせを言うときは、そのでまかせを信じることだよ、望月」
隼人は腐ったような木久の笑いに吐き気を覚える。けれど、怒りはこれ以上こみ上げては
こなかった。
「俺は、お前のしたことは絶対許せねえけど、お前を責める資格はない。お前が一真と雛姫
ちゃんの仲を引き裂こうとしたのなら、俺も同罪だ・・・」

 一呼吸置くと、情報の渦で頭をかき乱されている一真に向かって、隼人は思いを告げ始める。
それはどんな告白よりも、虚しくて、苦しかったが、どんな告白より熱っぽく聞こえた。
雛姫も木久ですら、表情を無くして隼人の告白を聞いている。要は目を閉じていた。
全ての人に覚悟を与え、また自らにけじめを付けるべく、隼人は思いの全てを吐き出そうと
している。
 隼人は顔の張り詰めた筋肉を緩め、穏やかに笑った。それは、さっきまでの苦渋に満ちた
隼人でもなければ、へらへらといつも笑っている隼人でもなく、人が1人の人間と対峙する
正しい姿勢のようだと、春樹は思った。
「一真、俺お前のこと好きだ。ずっと、ずっと、そういう対象で見てた。だから雛姫ちゃん
にも嫉妬してたし、お前が雛姫ちゃんと会う約束よりも、サークルを優先してくれると、すげえ
勝った気になってた。あの日・・・卒業式が終わった後、みんな学ラン脱ぎ捨てて、写真撮り
まくってたの覚えてるか?俺、お前に思いなんて告げるつもりなんかはサラサラなかったけど
俺とお前があの場所にいたって、もう一度だけ確認したくて、誰もいなくなった教室のお前の席で
1人座ってたんだ。そしたら、どんどん気持ちが高ぶって・・・そんな姿を木久に見られて、俺は
愕然とした。よりによって木久に見られるなんてな。木久は直接的な脅しは何一つ言わなかった
けど、常に俺達の傍にいて、まるで監視されているかのようだった。そうして、すぐに木久の
思惑がどこにあるのか知った。知ってたけど、お前といることの方をとっちまった。
・・・ごめん。ホント、俺ずるいから」
一真は何もいえなかった。親友だと思っていた男からの告白に正気で耐えられるほど、落ち
着いた心は持ち合わせていなかった。
 真っ赤になった瞳から、今にも涙の粒が零れ落ちそうになっている。
自分の気持ちが届かないことくらい分かっていたが、こうやって改めて一真の困窮する顔を
見ることになるのは、やはり隼人にとっても辛いことになった。こんな風に追い詰められなければ
一生閉じ込めて過ごすはずだった思い。吐き出したのは間違いだったのだろうか。
 隼人は要の方を向いた。
「望月、この前『自分の幸せよりも、相手の幸せを尊重するタイプなんですか』って聞いてきた
よな?」
「・・・はい」
「正直、見抜かれたと思った。よくよく考えてみれば望月も同じだったんだな。だから、
分かったのか。俺はしらばっくれながらも、告白して一緒に居れなくなるよりは、友達のまま
一緒に居れる今を取りたいと思ってた。ずるいだけだって言うのは、そういう意味だよ」
まるでこうなることは初めからわかっていたと言わんばかりに、隼人は諦めに近いため息を付く。
「それでも。それでも、相手を思って行動を起こさないだけ、僕は大人だと思います」
要が春樹の方を一瞬だけ見た。
 春樹も正直戸惑っていた。一番近い感情は一真だ。一真の衝撃は共有できる。だけど、
それ以上に、隼人の痛みに春樹は押し潰されそうだったのだ。
 その思いは確実に要に繋がっている。自分が傷つき、傷つけ、それでも隣にいたいと思う。
その関係に名前をつけるのは難しいと思った。
「・・・最低」
「雛姫・・・?」
「一真も、木久君も、大槻君も・・・みんな、最低。気持ち悪いわ」
さっきまでぽろぽろと涙をこぼしていた雛姫だったが、いつかの勝気な口調になって、男たち
に向かってきた。
「雛姫ちゃん・・・ごめんな・・・」
「あやまらないでよ。一真がずっと好きだった?やめてよ、気持ち悪い」
「雛姫っ」
「一真だって、そう思ってるんでしょ?自分が親友だと思ってた男にいきなり告白されて」
雛姫の口調は荒かったが、しかしながら表情は穏やかに見えた。
「気持ち悪いかどうかは・・・」
一真は隼人の顔が直視できずにいる。隼人はそれでも、一真をフォローした。
「・・・いいんだ、気持ち悪くたって。それが普通の反応だろ?雛姫ちゃんも・・・本当にごめん。
ずっと黙ってたことも、気持ち悪い思いさせたのも・・・」
だが雛姫はそんな隼人のフォローを鼻息ひとつで、消し去った。
「そんなの・・・そんなの、ずっと前から気づいてたわよ。女を舐めないでよ!!大槻君の気持ち
くらい、わかってたわよ」
「え!?」
「知ってたの・・・?」
一真も隼人も驚いて雛姫を見つめる。
「私が、どれだけ一真を見てたと思うの?4年間。ずっと傍にいて、気づかないとでも思ってた?」
前に一度だけ、一真の家で遭遇したあの白々しさは、やはり気のせいではなかったのだ。
「雛姫ちゃん、俺は・・・」
「もう。もういいの。何にも言わないでよ。・・・馬鹿みたい。こんな男の為に手まで切って、
死のうとまでして。もういいわよ、振り向いてなんてくれなくていい。解放してあげるわよ。
こんな、こんな鈍感な男、こっちから願い下げよ」
そういうと、雛姫は立ち上がって、一真、隼人、そして木久の順番に1人ずつ、頬を平手で
叩いていく。
 突然のことに誰もが驚き、誰もその行動を止められなかった。室内にパシっと小気味よい
音が3度鳴り響く。
「あー、もう、清々したっ・・・もう、こんなのに、巻き込まれるのは・・・ごめんよ・・・」
雛姫はにっこり笑いながらも、声が震えて再び涙が溢れ出している。手首を庇うように握り締め
必死で呼吸を整えてた。
「こんなトコ・・・呼ばれたって、二度とこないんだから・・・」
雛姫は誰も止める間もなく、振り返らずに部屋を出て行った。3人が三様に打たれた頬を押さえ
雛姫の残像を追っている。
 雛姫の方が、一枚大人だったのだろう。茶番劇から真っ先に降りたのは織姫だった。対岸に
会いに行く意味をなくした今、壊れかけた舟は何のために存在するのだろう。
「・・・俺は謝らないからな。だけど、これで、ゲームオーバーだ。・・・望月、いいんだろ、
この結末で。お前がねじ伏せた結果だ、これが」
「・・・」
木久も、そういい捨てると部屋を後にした。人口密度が低くなるにつれて、1人分の気持ちが
部屋の中でどんどんと膨れていくようだ。居心地の悪さに春樹が頭を掻き毟っている。
「多分、僕のエゴなんです」
要は自分に説き伏せるように言う。
「僕は、隼人先輩を救いたかった」
「望月・・・?」
「自分と同じ立場で苦しんでいた、先輩に自分を重ねてたんだと思います。・・・ただそれだけ
なんです。先輩が心に秘めたことを、暴いて、傷つけて・・・ごめんなさい」
頭を下げる要に向かって、隼人は首を振った。
「いいんだ、望月。多分、こうするのが一番よかったんだよ。自分だけ逃げてるのはずるいよな。
・・・進藤、お前はこれ以上逃げないでやってくれよ?」
「お、俺は・・・」
隼人にも要の気持ちが知れていることに気づいて、春樹は急激に恥ずかしくなる。そうして
春樹には俯くしか出来なかった。
 それを困った顔で見つめていた要が、もう一度、隼人とそして一真に頭を下げた。
「・・・僕たちも行こう、進藤。これ以上は、僕たちのいる場所じゃない」
「え?あ、おい、待てよ・・・」
要はドアを出て行く。その様子を隼人は苦笑いを浮かべながら見送っている。春樹は一度だけ
振り返って、曖昧に頭を下げると、要の後を追った。
 扉の向こうは、炎天下の夏空が輝いていた。


<<18へ続く>>




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