なかったことにしてください  memo  work  clap

はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 そこは、僕の場所だ!
 叫びたい思いを我慢して、握り締めた拳を隠した。



 車に乗り込んだ板橋は、まだ寝ぼけている僕達に開口一番こんなことを言った。
「ところでブログに書き込んだのお前等か?」
「ああ〜あれね〜」
呆れた顔している板橋に、僕達はしたり顔で頷いた。

 昨日の夜どうなったかって言えば、結局板橋だけが響子の部屋に泊まった。僕は見ず
知らずのチャラ男と2人、オデッセイで仲良く寝るはめになってしまったのだ。
 テルと2人で寝ること自体は嫌じゃなかった。
だってさ、この子(多分僕よりも年下だと思う)体つきがめちゃ好みなんだよね。好き
とかそういう感情は全くないけど、いい身体って近くにあるだけで、興奮するじゃん。
 だから、板橋が響子と2人で何をしてたのか知らないけど、あの2人の事がなければ、
そこそこ楽しい夜だった。
 テルにその気はないだろうけど、しゃべってたり、寝返り打ったときに肩が当たったり
することに、1人でドキドキしたりして。
「テル・・・だな、ブログ検索したの」
「あはは、バレた?」
「こいつは、機械音痴だから、ケータイでネットなんてできない」
断言しなくてもいいじゃないか。でも・・・
「マジで?」
はい、マジです。
 テルに書き込むところまでやってもらわなければ、出来なかったんだよ。テルは信じら
れないって顔して僕を見た。

「ハッシーってあだ名?って聞いたら、直哉が、あんたがブログで使ってる名前だって教え
てくれたんだよ。そんでちょっと覗いてみた」
「ケータイからでも見れるんだね」
変なところに感心していると、板橋はため息を吐いた。
「で、『はしま』ってのが、あんたなのか?」
「うん」
後部座席で頷くと、助手席の響子が振り返った。
「なんで、はしまなの?小島君なんでしょ〜?」
響子は、最後の「よ」が「お」に聞こえるくらい語尾を延ばした。板橋はこんなイライラ
するしゃべり方の女の子のが好きなのかな。
「えーっと、話すと長くなるというか、たいした理由じゃないんだけど」
「手短に言えよ」
板橋が僕に突っ込む。隣じゃないって、やっぱり遠い・・・。

「僕さ、弟がいるんだけど」
「うん」
「たぶん、板橋君と同い年」
ホントぞんざいなしゃべりしてるけど、僕の方が年上なんだよ?まあ弟にも舐められた口
聞かれてるのはいつものことなんだけど。
「でね、小学校の低学年の頃だったと思うんだけど、ある時、家に友達が遊びに来たんだ。
それで、おやつの時間に母さんが「かっぱえびせん」だしてくれたんだよね」
「はあ?」
話の見えない3人は、マヌケな声で頷く。
 困ったなあ・・・。僕は頬をぽりぽりと掻いた。
「子どものころってさ、お菓子で遊ばなかった?」
「遊ぶって、どうやって」
「こうさ、並べたり、文字書いたり」
隣のテルは、やったやった、と笑って手を叩いた。
「順番に並べて右から一本ずつ喰うとか、ガキってバカだよな」
「そうそう。僕もさ、友達とかっぱえびせんで自分の名前書いたの『小島』って。島書くの
難しくてさー・・・・・・」
話が見えてきたのは板橋だった。肩が揺れてると思って、バックミラーから顔を覗えば、
口を押さえて笑っている。
「で?それが、なんなの?」
響子はそんな板橋の姿を見て、イライラした。
「うん。すごく上手く書けたんだよ。で、母さんに見せようと思って、呼びに行ったんだ」
「ふーん。で?」
テルも話の続きを待っている。そんなに期待されてもオチのある話じゃない。
 僕は頭をかきながら、早口で言った。
「友達は、自分の名前が難しくて、僕が母さんを呼びに行っても真剣に作ってて、気付か
なかったんだよ、弟が来て、僕のかっぱえびせんの一部を食べちゃったことに」
「食べた〜?!なんだそれ」
ひっくり返りそうな声でテルが言う。
「呼んで来た母さんと僕は、目の前にあった文字に、唖然としたんだ。・・・・・・だって、弟
が食べちゃった所為で「小島」から「八島」になっちゃったんだもん」
きょとんとする弟に、顔を上げてそれを見た友達は爆笑。母さんも釣られて笑って、僕だけ
泣きそうな顔してたんだよね。
 また作ればいいだけの話なのに。子どもってホント、バカだよな。

「・・・それ以来、僕のあだ名は小学校の仲間の間では『はしま』なんだよ」
車の中が一瞬しーんとした。
 子どもの頃のあだなの由来なんて、笑えるほどインパクトのある出来事なんてない。
突拍子のないあだ名だって、由来は些細なものだ。
 肩を揺らして笑っていた板橋だけが、
「あんた、やっぱり面白いわ」
とあだ名の由来を賞賛してくれた。



 車はひたすら、東へと向かっていた。四国の中で東に向かえば、着く所は唯一つしか
ないだろう(と板橋が言っていた)。
 この日は、何故か4人旅になった。勿論、響子が含まれている。
 板橋は朝6時起きで、車に戻ってくると、眠っているところをたたき起こしてきた。
「・・・・・・」
寝ぼけた頭で(テルなんて、僕以上に寝ぼけていた)後部座席のシートを元に戻していると
板橋は運転席に、そして、響子が助手席に乗り込んできたのだ。
 しかも、そこに座ることが当然といった顔で。
「え?なんで?」
驚いて、声を上げると
「だってー、ハッシー悩んでたみたいだから、あたしがアドバイスしてあげたのー」
そう言って、響子は振り返ると上目で僕達を見つめた。
「悩み?」
テルが聞き返す。
「そうよ。ハッシーが四国から本州に行くのに、瀬戸大橋で行くか鳴門で行くか迷ってる
っていうから、あたしが提案してあげたの。鳴門まで行って、見てから、瀬戸大橋で本州
行けばいいんじゃないのって」
すると、板橋も頷いて
「あんた、鳴門も瀬戸も一気に見られるんだぜ?ラッキーだな」
と嬉しそうに言った。
 別に、僕はどっちも大して見たいわけじゃないんだけど・・・。
それよりも、その話と響子が乗ってくる関係が分からない。
「やあね、どうせ、こっから鳴門まで行って帰ってくるんだから、一日デエトに決まって
るでしょ?」
決まってるだってえ?
 思わず口から零れそうになった突っ込みを息で飲み込んだ。・・・・・・そんなんじゃないって
言ってたけど、やっぱり響子は板橋の恋人なんじゃないか。
 そうだよな、昨日の夜だって、2人できっといちゃつきながら寝てたに違いない。板橋の
健康そうな腕に抱かれて・・・。
 う、羨ましいなんて思わないからな!
なんて否定してみても、イライラは収まらない。
僕、板橋の事・・・・・・拙いなあ、それ。

「まあ、そんなわけだからさ、響子ちゃんも久しぶりに大鳴門橋みたいって言うし、今日
1日4人で動くことになったから。それにあんたらも見たほうがいいぜ、大鳴門橋」
板橋は満足げに言った。
 ここで、見た方がいいのが「鳴門の渦」じゃなくて「大鳴門橋」なのが、板橋らしい
というか。
 でも、確かに渦はちょっと見てみたい。(橋は別にいい)
テルは散々見たことがあるのか、そんなに嬉しそうにはしなかったけど、大した文句も
言わなかった。
 テルってチャラチャラしてイマドキの子って感じなのに、何を考えてるのかが、さっぱり
分からない。(板橋の方がもっと分からないけど・・・いや、あの子の頭の中は9割が橋の事で
あとの1割で生活することを無理矢理詰めてるって感じか)
 隣のテルは相変わらずくだらない世間話で車の中を盛り上げていた。
 
 板橋は、響子とデートできるという喜びより、鳴門大橋が見られるという喜びで満ちて
いることくらい、僕にだって分かる。
 だけど、それにつけ込んで、ちゃっかりデートを楽しんでる響子にも腹が立つし、それに
気付かない板橋にも、もっと腹が立った。
 僕の目が太陽光線なら、きっと響子の後頭部は焼け焦げて10円禿げが出来るんじゃないか
ってくらい、後部座席から助手席のシートを見つめる。
 そこは、僕の席なんだぞ!
ガムちょうだいって言えば、包みを剥いて渡すのも、ペットボトルのキャップ取って手
渡すのも全部、昨日まで僕がやってたことなのに!
 ・・・・・・って、これじゃ、恋人気取りじゃん。
 でも、車の中で2人、橋談義でも2人っきりでしゃべって、運転中の板橋にお茶渡したり
飴やらガムやら渡してあげたり、そういうのってちょっと錯覚するよね。
 助手席が他の席よりちょっとだけ特別なの、分かる。
響子の笑い声が僕の胸に氷の矢のように刺さっていた。



 鳴門の渦潮というのは、年がら年中あんなにグルグル回ってるわけじゃないらしい。
「渦、ちっこい!」
写真や映像でみる鳴門の渦潮っていうのは、いつも巨大な大渦を捲いているから、あの海域
は超危険地帯なのかと勝手に思ってた。
「なんだ、あんたは渦の方が見たいのか。だったら来る時間が微妙だったな」
板橋は僕が橋を見て喜ぶのかと思ってたらしく、渦が小さくてがっかりした姿に、しれっと
言った。
「もう少し待てば今日はデカイ渦できるらしいぜ?」
板橋は渦のできる時間がかかれた表を指差した。
「大潮?・・・あのでっかいのは大潮っていうのか・・・」
パンフレットと時間を見比べながら僕はパネル写真の大渦を頭に描く。
「あんた達は、この渦の道で、渦ができるのでも、待ってな。俺、橋見てくるから。ここ
よりも、外からの方が綺麗に写真撮れるしな」
「あ、まってよ、あたしも行く〜」
板橋の後ろを響子が付いていく。板橋は特に構うことなく(でも嫌そうにもせず)消えて
いった。

 僕がいるところは、「渦の道」というところで、場所でいうと大鳴門橋の真下だ。真下
というか、大鳴門橋の中というか。
 板橋から教えてもらった情報によると、この橋は元々車と電車が通れる橋にするために
二層にして作ったんだけど、この先に続いている明石大橋がそういう造りにしなかったため
に、この計画は倒れてしまったんだそうだ。
 で、電車の代わりに人が歩けばいいじゃんということで、鳴門側からの数百メートルを
観光用に人の歩けるスペースを作ったんだって。
 しかも、これガラス張りなんだ!床もガラス張りの部分とかあって、足が竦む。
本当なら、このガラスの下に、デカイ渦が見られるらしいけど、今は、渦ってるのかどう
だか分からないほど、小さな渦が、なんとなくあるだけだ。
 待ってたら見れるというから、待ってるけどね。

 僕はテルと2人渦の道で時間を過ごした。
デッキの部分で景色を眺めていると、浜辺の辺りで板橋を見つけた。
「ハッシーなにしてんだ?」
隣でテルが不審そうな声を出す。
「橋を楽しんでるんだよ、あれ」
板橋の隣に響子がまとわりついているが、取った手をやんわりと外し、板橋はカメラを向
けた。
「せっかくの2人っきりなのに、ハッシーは分かってないなあ・・・」
テルの苦笑いが、胸に刺さる。もしここで板橋と響子が2人でイチャついてる姿なんて、
みようもんなら、僕は泳いででも四国から逃げ出してやる。
 あ、渦に泳いで近づいたら、やっぱり飲み込まれて死んじゃうのかなあ。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
鳴門の渦潮のように、僕の心の中は色んな思いが掻き混ざる。

「そろそろ、干潮の時間だ」
それにあわせて、見学者の人も増える。僕達も場所を変えて、渦の見える場所まで歩いた。
 誰彼となく、感嘆の声があがった。
「ねえ、テルすごいよ!」
興奮気味に声をかけると、テルも
「すげえ」
と頷いた。
 段々と渦がでかくなっていくんだ。
ぐるぐる、ぐるぐる。
暖流と寒流が掻き混ざる。
ぐるぐる、ぐるぐる。
僕の板橋に対する気持ちと、それを否定する気持ち。
社長への未練、響子への嫉妬。テルへの好奇心。
僕の心の中にも性質の違う流れが何本も巡っていて、それがぶつかり、時に渦になって
やってくる。
 僕は、一体、どうしたいんだろう・・・。


 押し黙っていると、テルに腰の辺りを引かれた。展望室の隅の方へと連れていかれると、
テルは耳元で囁いた。
「なあ、直哉とハッシーって、そういう関係?」
「は?」
顔を上げると、テルは厭らしい目付きをしている。いきなり、なんだ?何言ってんの、テル!?
テルの顔つきが違う。
「・・・なわけないか。でも、あんた、そういう顔してる」
「テル、意味がわかんないよ」
慌てて否定すると、腰をぎゅっと引かれて、身体の前面がテルと密着した。
 ひぇえっ・・・。そんなことすんなって!
「今、すげえムラムラしてるだろ」
テルは、舌なめずりでもしそうな野生の男の顔をしていた。








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